鈴蘭の魔女の代替り

拝詩ルルー

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グリムフォレスト13

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 応接スペースのテーブルを囲うように、領主とヨハン、そしてティターニアとハムレットとレイが席に着いた。

 レイとヨハンはチラリと領主バルトルトの方を見たが、彼から睨まれそうになり、さっと視線を逸らした。

(……見ないうちに、領主様がすごいことになってる……妖精さんって、敵にしたらある意味怖いかも……)

 レイは思わず遠い目をした。

 バルトルトの派手に染められた髪は、鳥の巣のようにヘアアレンジされ、小鳥の卵のような物が載っていた。
 彼が着ている服の袖口や襟元からは、ポンポンとかわいらしい花が飛び出すように咲いていて、ほんのり甘くて良い香りが流れてくる。
 さらには、バルトルトにはピエロのような化粧が顔に施されていた——レイもヨハンも、初めは彼が領主だとは全く気づかなかったぐらいの変貌ぶりだった。

「全く、我々が何をしたというんだ! 早急に街から妖精を追い出し、あの竜巻もどうにかしてもらおうか!!」

 バルトルトは腕を組み、ふんすっと鼻息も荒く言い張った。

其方そなたらが、妖精族を冷遇したのが原因ではないか。妖精の地に無断で侵入し、我らが共有財産を奪取し、あまつさえ我らの土地で禁止していた魔物を惑わす魔術も使用した。さらには妖精が街に訪れただけで、罰を与え、追い返したであろう? 報告は全て受けておるぞ」

 ティターニアが冷たく目を眇め、反論した。

「それを言うなら、ラングフォード領も被害を受けてますよ。レスタリア領で対処すべき魔物をこちらに流したでしょう? おかげで、水竜王様は相当にお冠ですよ」

 レイを保護できたためか、すっかり落ち着いたハムレットも反論した。
 この場では「水竜王の代理人」として発言するようだ。

「魔物を流したなど、人聞きの悪いことを。それに、我が領がやったという証拠はあるのですか?」

 バルトルトが吐き捨てるように言った。

「魔物の誘導はグリムフォレストで行っていたであろう? 証言してもよいぞ」

 ティターニアがさらりと告げると、バルトルトは「くっ……」と、苦虫を噛み潰したかのような表情になった。

「グリムフォレストへの不可侵を再度約束してもらおうか。それから妖精族への不当な弾圧も止めてもらおう」
「ラングフォードも魔物の件について、正式な謝罪と相応の賠償を求めますよ」

 ティターニアとハムレットは、それぞれ主張した。二人とも、真っ直ぐにバルトルトを見据える。

「グリムフォレストに人間が足を踏み入れてはいけないというのなら、妖精は人間の街に入ってはいけないとしても何ら不平等ではないでしょう!? 我々だけがグリムフォレストへ入れないことの方が不当だ! さらにラングフォード魔術伯爵に至っては、水竜王様の代理人であって、領のことについてはあなたに権限は無いはずです! 異議があるなら、ラングフォード領主の方からお話を伺いましょうか」

 バルトルトはギロリとティターニアとハムレットを睨み返した。まるで凶悪なピエロが次の獲物を狙うような、変な凄みがあった。

「この男では埒があかんな。グリムフォレストの奥地は、希少な植物の宝庫だ。人間では知らず踏み荒らしてしまうだろう。それに、凶暴な魔物や魔獣が街に出ないのも、妖精族が抑えているからだとは教わらなかったのか?」
「彼では話にならないな……」

 ティターニアは呆れた溜め息を吐き、ハムレットも大仰に肩をすくめて首を横に振った。

 つい、とティターニアはヨハンの方に視線を向けた。見る角度によって青や緑色に美しく色が変わる瞳が、彼を射抜いた。

「そうだ。妾は其方が領主をやるのであれば、交渉の席についてもよいぞ。其方であれば、まともな話し合いができそうだ」

「私もそれには同意かな。君のお兄さんは、交渉役には向かないようだ」

 ハムレットも、ヨハンの方に視線を向ける。

「なっ……!? ヨハンはずっと教会にいて領経営のことは分かりません! そんな半人前が役立つなど……!!」

 バルトルトは席から身を乗り出して、慌てて口を挟んだ。

「私も、ヨハン兄さんの方が適任だと思います」

 アルマが静かに声をあげた。

「アルマ……」

 バルトルトは、壁際にいるアルマの方に目を向けた。
 アルマは思い詰めた表情をしつつも、力強くバルトルトを見つめ返していた。

「兄さんのやり方は急すぎたんだ。周囲と軋轢を抱えたままじゃ、領を守ることも、発展させることもままならないよ。今のシルルベルクを見てごらん。現に、人外者の影響で大変なことになってるよ。彼らと上手くやっていけないのなら、また同じようなことが起こるし、レスタリア領も無くなってしまうよ」

 ヨハンも、諭すように静かに言葉にした。

「……だが、しかし……!」

「ヨハンが領主様やるの?」

 反論しようとしたバルトルトの言葉を遮るように、かわいらしい声が尋ねた。

 声がした方を、執務室内にいた全員が振り向くと、そこには小さな妖精の男の子が小首を傾げていた。

「それなら、僕、手伝うよ! お花育てるの得意だよ!」
「私は船渡しが得意なの! 船のオールから派生したのよ!」
「僕はお薬の調合を手伝えるよ! すり鉢から生まれたんだ!」

 わらわらと妖精の小道から、妖精たちが溢れ出てきた——みんな妖精の小道で聞き耳を立てていたようだ。

 それぞれの妖精ができることを口々好き勝手に話し、執務室は、大量の妖精たちのお喋りで騒々しくなった。
 ヨハンはたくさんの妖精に囲まれて、嬉しいような困ったような表情で「お、お願いだから、一人ずつ話して!」と懇願していた。

「クッ、ハハハッ! 妖精の愛し子とはいつ見ても面白い。我々が無条件で手伝いたくなる……不思議なものだ」

 ティターニアが口を開けて呵々と笑った。元々人形のように整った顔立ちだが、笑顔になると大輪の花を思わせるほどの麗しさだった。

 ティターニアの珍しい様子に、妖精騎士たちは目が飛び出すかというほどに驚いた顔をし、ハムレットは彼女を口説こうと口を開きかけて、彼女からしっかりと睨まれていた。

「お前たち、ヨハン・レスタリアが領主になるなら、この街からおとなしく引くか?」
「「「「「「「「「「もちろん!」」」」」」」」」」

 ティターニアが問いかけると、妖精たちは口を揃えて元気よく答えた。

「私もヨハン殿を推そう。領主が変わるまで、あの水の竜巻はそのままかな」

 ハムレットも、愉しげに微笑んだ。


 バルトルトは、力なくその場にがっくりと項垂れた。


——この日、レスタリア領の領主が交代することとなった。


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◆関連作品

『砂漠の詩』
『雨の回廊』編の過去編スピンオフです。

『冒険者を辞めたら天職でした 〜パーティーを追放された凄腕治癒師は、大聖者と崇められる〜』
『冒険者パーティーを追放された凄腕治癒師を拾いました』編のスピンオフです。

『ジャスティンと魔法少女のステッキ』
『魔法少女』編のスピンオフです。

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