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グリムフォレスト5
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「嘘でしょ!?」
レイは雪を蹴散らし、全力で駆けながら叫んだ。
グリムフォレストの森は、いたる所に木の根や岩が飛び出しており、また、雪の下には落ち葉や小さな木の枝が落ちていて、ブーツの裏で滑って非常に走りづらかった。
「とにかく今は走れ!!」
オリヴァーの怒号が森に響いた。
「ゔぅっ……何なんでしょう、あの影みたいな人たち……」
「あれは、レスタリア領が仕掛けた妖精向けのトラップだ! チッ、以前より数が増えてるぞ」
レイたちの後を、複数の黒い影が執拗に追いかけて来ていた。
黒い影はペラペラの紙のような人型で、冷たい冬の風に煽られながらも、雪の上を滑るようにレイたちに迫っていた。
「あの影が自分の影の中に入り込んだら、妖精自治区には連れて行けない! あれは妖精の影に取り憑いて、妖精自治区に侵入して内情を探る魔術だ!」
オリヴァーが叫んだ。
(妖精の影に取り憑くなら……)
レイは、あえてオリヴァーから離れるように走った。
レイが離れていくと、黒い影はオリヴァーの方の後を追った。
「やっぱり、妖精を狙ってるんだ……オリヴァーさん! あの影ってどうやったら消せるんですか!?」
レイはオリヴァーと離れた場所に立ち止まると、荒い息を吐きながら叫んだ。
「手っ取り早く消すなら聖属性だ!!」
オリヴァーは遂に妖精の羽を出して飛び始めた。蜻蛉のような四枚羽で、艶やかな緑色の葉のような羽だ。
オリヴァーのスピードが急上昇し、器用に木々や枝葉の間をすり抜け、素早く森の上空へと舞い上がった。
黒い影もオリヴァーを追跡しようと、クンッと上方向を向く——その瞬間、
「浄化!! ……きゃあっ!?」
「レイッ!!?」
レイは聖属性の魔力をありったけに込めて、浄化砲を撃った。
ジュジュッと音を立てて、いくつもの黒い影が聖灰になって消えた。
ただ、浄化砲を放った衝撃で、レイは後方に飛ばされてバランスを崩した。
ズルリと足元の雪が滑り、レイは滑るように坂を転がり落ちていった。
(やばい! 結界!!)
レイは瞬時に自分の周りに結界を張った。
雪で滑って、さらに勢いを増して、レイを包んだ結界ボールはどんどんゴロゴロと転がっていく。
「み゛ゃ゛あ゛あぁぁあぁっ!! 助けてぇええぇっ!!!」
結界内で、洗濯機の中の洗濯物のようにぐるぐると回されながら、レイは絶叫した。生きた心地はしなかった。
***
ゴロゴロゴロゴロ……ドシンッ!! と結界ボールが大木の幹にぶち当たった。
バサバサバサッと、木の枝を存分に揺らして、降り積もった雪が結界ボールの上に降り注いだ。
(…………うぷっ。ほんっとうに、きもぢわ゛るい…………)
レイは、ごろんとうつ伏せになった。
転がり落ちた余韻で、乗り物に酷く酔ったような、ぐわんぐわんと世界がまだ回っているかのような嫌な心地だ。
「おいっ! 何か落ちてきたぞ!」
「さっき人影が見えなかったか!?」
「雪に埋まってるな!」
雪の外側では、ガヤガヤと人の声がした。
(!? ヤバい! ここって、どこだろう!? 境界線の向こう側だったら危ないかも!!?)
レイは、ハッと現実に引き戻された。
そして、慌ててガサゴソと空間収納の中を漁り始めた。「気持ち悪い」だなんて弱音を吐いている暇は無かった。
結界の外側では、レイを救出しようと、ザクザクと雪をかき分ける音が響いていた。時折「大丈夫か!?」と心配するような声がけもあった。
(ヤバい!! …………何か、何か、誤魔化せるようなもの…………これだっ!!!)
レイは、それを引っ掴んで空間収納から取り出すと、勢い良く頭にかぶった。
次の瞬間、頭上の雪が取り払われ、眩しい朝日が差し込んできた。
「おいっ! 大丈夫か!?」
「ノームの女の子だぞ。よく無事だったな」
「でも、具合が悪そうだな。立てるか?」
レイが朝日の眩しさ目を眇めて見上げると、そこには、ムッキムキに鍛え上げられた三人の妖精たちがいた。
——レイが咄嗟にかぶったのは、以前ノームの里長からもらったパーティー感溢れる変身帽子だった。
「オリヴァー隊長を迎えに来たんだが、まさかこんな所でノームの子供を拾うとはな」
一番背が高いガチムチな妖精が、溢した。
ピンク色の短いくるくるのカーリーヘアで、蝶のような羽の色も、髪の毛と同じ真ピンクだ。
「しかも、この帽子ならかなり上位のノームだな。族長の子か?」
鋼色のソフトモヒカンヘアの妖精が、レイがかぶっている帽子を見つめて尋ねた。
彼はガチムチな腕を組んで、首を捻って考え込んでいる。
「いえ、そんなことは……」
レイは小さく首を横に振った。
「二人は、その子を保護して妖精自治区に連れてってあげてくれ。俺は、オリヴァー隊長を迎えに行くよ」
一番小柄なガチムチ妖精は、「俺が一番飛ぶのが速いからな」と、一人、颯爽とオリヴァーのお迎えに飛んで行ってしまった。
「あ……」
レイが呼び止める間もなく、小柄な妖精はビュビュンッと森の木々の彼方へと消えてしまっていた。
(オリヴァーさんに会うなら、私は無事だって伝言を頼めば良かった……)
レイはしょんぼりと、妖精が去って行った方向を眺めていた。
「ノームは羽が退化しちまって飛べないからな。悪いが、担いで行くぞ」
ソフトモヒカンな妖精が、ゴツい腕でレイを姫抱きにした。
「わっ!?」
レイは慌てて、ノームの変身帽子を手で押さえた。
「もう大丈夫だぞ~。ティターニアはおっかないが、子供と妖精族にはお優しいからな」
ピンク髪の妖精は、レイを安心させるように、にっこりと笑いかけてきた。
(オリヴァーさんがいないのは不安だけど、仕方がない……妖精自治区は、目的地でもあるし!)
「よろしくお願いします」
レイは腹を括って、ぺこりとお辞儀をした。
***
ハムレットとアルマは、シルルベルク全体が見渡せる高台の上のカフェに来ていた。
カフェから眺めるシルルベルクの街は壮観で、かわいらしいオレンジ色の屋根にはところどころ白い雪がかぶり、フェルタバ川に沿うように、ゆるりと軒を連ねていた。
街の中心地には、古城を再利用した領主館が聳え立っていた。
ハムレットとアルマは、カフェの奥側にある窓際の席に座り、領主館を眺めていた。
ハムレットは紅茶を、アルマは蜂蜜がけのカフェラテを注文していた。
「この席周辺に防音結界を張ったよ。それに、ここの席なら、私の背に隠れて君の姿はあまりよく見えないはずだ……話してもらえるかな、アルマ嬢?」
ハムレットは、優しく微笑んだ。
「あの時、よく嘘だとお分かりになりましたね」
「うん、君が嘘泣きをしていたからね」
「……バレてたんですね……」
アルマは両手でカップを包み込み、少し気まずそうにラテに載った蜂蜜を見つめた。
「それで、君はどうしたいのかな?」
ハムレットが恋人にするように、自らの手でアルマの手を包み込んだ。穏やかに尋ねる。
「…………まずは、今のレスタリア領の状況を話させてください。一年程前に父が亡くなり、上の兄——バルトルト兄様が跡目を継いだんです。それからレスタリア領がおかしくなりました」
アルマは、ハムレットの手を払いのけることなく、ぽつりぽつりと語り始めた。
「母はずっと前に亡くなっていましたし、バルトルト兄様一人で慣れない領主の仕事をするのは大変だろうと、次兄のヨハン兄様が教会の神官職を辞めて領地に戻ったのです。……ですが、二人の兄はことごとく意見が合わず……最終的にヨハン兄様は、あの塔へと幽閉されてしまいました」
アルマは寂しげに、窓の外の領主館に視線を向けた。
領主館本館の裏手には高い塔が立っており、遠目からにも、その窓には鉄格子がはめられているのが分かった。
「新しいレスタリア領主のことは、私の耳にも入っているよ。——今までの領政治を覆す改革者だと」
「ええ。我が家は、代々敬虔な聖鳳教会の信徒なのですが、バルトルト兄様には教会で扱っている魔術の適性がなく、あまり信仰心はなかったのです。ですが、勉強熱心で、子供の頃から領地経営に強い関心を持ってました」
「それで、自分が領主として立てるようになったから、領の運営を抜本的に変えようと?」
「おそらく……レスタリア領は領土は広いですが、そのほとんどは森林に覆われてますし、グリムフォレストの大部分は妖精の土地で、昔からの決まりで人間は踏み込めません……実際にはそこまで豊かな土地ではないのです。バルトルト兄様は、そんな状況を変えたいのだと思います」
「そうなんだね。私が耳にした噂では、新しい領主は、グリムフォレストに野心的に土地を求めているだとか、先代とは違って教会と距離を取ろうとしているとかかな。あとは、木工業や商業にも力を入れようとしているとも聞いたね」
「そうですね、その通りです。ですが、その分、妖精に対してかなり排他的になっているんです。以前に比べて、妖精とのいざこざや衝突が格段に増えているんです。今までは、教会が妖精と人間との間に立って緩衝役になっていたのですが、それも最近はあまり望めなくなりました……結界張りの件で、教会ともトラブルになってしまって……」
アルマは憂いに沈んだ表情で俯いた。声のトーンも落ち込んでいく。
「ふぅん……それはあまり良くないね」
ハムレットも相槌を打つ。
「……そうですよね。さらにそこに水不足も重なってしまって……バルトルト兄様が領経営に苦慮されているのは分かるのですが、ヨハン兄様をあんな所に閉じ込めてしまうのは、さすがにやりすぎですし……」
「それで、アルマ嬢はどうしたいの?」
ハムレットは恋人に甘く問いかけるかのように、アルマを見つめた。
「私は……」
アルマは下を向き、一瞬言葉に詰まったが、決心したように顔を上げた。グレー色の瞳は、強い意志を灯していた。
「私は、ヨハン兄様を救いたい。そして、ヨハン兄様にも領経営に参加してもらいます。バルトルト兄様のやり方は、急進的すぎます。レスタリア領は、人間だけの土地ではないのです。ここにはたくさんの妖精がいて、教会が間を取り持って成り立ってきた土地です。彼らと協力し合いながらでなければ、本当の意味でレスタリア領を発展させていくことはできないです」
アルマも真っ直ぐにハムレットを見つめ、ありのままの彼女の気持ちを語った。
「そう。それなら、私もアルマ嬢に協力しよう」
ハムレットはにっこりと微笑んだ。
レイは雪を蹴散らし、全力で駆けながら叫んだ。
グリムフォレストの森は、いたる所に木の根や岩が飛び出しており、また、雪の下には落ち葉や小さな木の枝が落ちていて、ブーツの裏で滑って非常に走りづらかった。
「とにかく今は走れ!!」
オリヴァーの怒号が森に響いた。
「ゔぅっ……何なんでしょう、あの影みたいな人たち……」
「あれは、レスタリア領が仕掛けた妖精向けのトラップだ! チッ、以前より数が増えてるぞ」
レイたちの後を、複数の黒い影が執拗に追いかけて来ていた。
黒い影はペラペラの紙のような人型で、冷たい冬の風に煽られながらも、雪の上を滑るようにレイたちに迫っていた。
「あの影が自分の影の中に入り込んだら、妖精自治区には連れて行けない! あれは妖精の影に取り憑いて、妖精自治区に侵入して内情を探る魔術だ!」
オリヴァーが叫んだ。
(妖精の影に取り憑くなら……)
レイは、あえてオリヴァーから離れるように走った。
レイが離れていくと、黒い影はオリヴァーの方の後を追った。
「やっぱり、妖精を狙ってるんだ……オリヴァーさん! あの影ってどうやったら消せるんですか!?」
レイはオリヴァーと離れた場所に立ち止まると、荒い息を吐きながら叫んだ。
「手っ取り早く消すなら聖属性だ!!」
オリヴァーは遂に妖精の羽を出して飛び始めた。蜻蛉のような四枚羽で、艶やかな緑色の葉のような羽だ。
オリヴァーのスピードが急上昇し、器用に木々や枝葉の間をすり抜け、素早く森の上空へと舞い上がった。
黒い影もオリヴァーを追跡しようと、クンッと上方向を向く——その瞬間、
「浄化!! ……きゃあっ!?」
「レイッ!!?」
レイは聖属性の魔力をありったけに込めて、浄化砲を撃った。
ジュジュッと音を立てて、いくつもの黒い影が聖灰になって消えた。
ただ、浄化砲を放った衝撃で、レイは後方に飛ばされてバランスを崩した。
ズルリと足元の雪が滑り、レイは滑るように坂を転がり落ちていった。
(やばい! 結界!!)
レイは瞬時に自分の周りに結界を張った。
雪で滑って、さらに勢いを増して、レイを包んだ結界ボールはどんどんゴロゴロと転がっていく。
「み゛ゃ゛あ゛あぁぁあぁっ!! 助けてぇええぇっ!!!」
結界内で、洗濯機の中の洗濯物のようにぐるぐると回されながら、レイは絶叫した。生きた心地はしなかった。
***
ゴロゴロゴロゴロ……ドシンッ!! と結界ボールが大木の幹にぶち当たった。
バサバサバサッと、木の枝を存分に揺らして、降り積もった雪が結界ボールの上に降り注いだ。
(…………うぷっ。ほんっとうに、きもぢわ゛るい…………)
レイは、ごろんとうつ伏せになった。
転がり落ちた余韻で、乗り物に酷く酔ったような、ぐわんぐわんと世界がまだ回っているかのような嫌な心地だ。
「おいっ! 何か落ちてきたぞ!」
「さっき人影が見えなかったか!?」
「雪に埋まってるな!」
雪の外側では、ガヤガヤと人の声がした。
(!? ヤバい! ここって、どこだろう!? 境界線の向こう側だったら危ないかも!!?)
レイは、ハッと現実に引き戻された。
そして、慌ててガサゴソと空間収納の中を漁り始めた。「気持ち悪い」だなんて弱音を吐いている暇は無かった。
結界の外側では、レイを救出しようと、ザクザクと雪をかき分ける音が響いていた。時折「大丈夫か!?」と心配するような声がけもあった。
(ヤバい!! …………何か、何か、誤魔化せるようなもの…………これだっ!!!)
レイは、それを引っ掴んで空間収納から取り出すと、勢い良く頭にかぶった。
次の瞬間、頭上の雪が取り払われ、眩しい朝日が差し込んできた。
「おいっ! 大丈夫か!?」
「ノームの女の子だぞ。よく無事だったな」
「でも、具合が悪そうだな。立てるか?」
レイが朝日の眩しさ目を眇めて見上げると、そこには、ムッキムキに鍛え上げられた三人の妖精たちがいた。
——レイが咄嗟にかぶったのは、以前ノームの里長からもらったパーティー感溢れる変身帽子だった。
「オリヴァー隊長を迎えに来たんだが、まさかこんな所でノームの子供を拾うとはな」
一番背が高いガチムチな妖精が、溢した。
ピンク色の短いくるくるのカーリーヘアで、蝶のような羽の色も、髪の毛と同じ真ピンクだ。
「しかも、この帽子ならかなり上位のノームだな。族長の子か?」
鋼色のソフトモヒカンヘアの妖精が、レイがかぶっている帽子を見つめて尋ねた。
彼はガチムチな腕を組んで、首を捻って考え込んでいる。
「いえ、そんなことは……」
レイは小さく首を横に振った。
「二人は、その子を保護して妖精自治区に連れてってあげてくれ。俺は、オリヴァー隊長を迎えに行くよ」
一番小柄なガチムチ妖精は、「俺が一番飛ぶのが速いからな」と、一人、颯爽とオリヴァーのお迎えに飛んで行ってしまった。
「あ……」
レイが呼び止める間もなく、小柄な妖精はビュビュンッと森の木々の彼方へと消えてしまっていた。
(オリヴァーさんに会うなら、私は無事だって伝言を頼めば良かった……)
レイはしょんぼりと、妖精が去って行った方向を眺めていた。
「ノームは羽が退化しちまって飛べないからな。悪いが、担いで行くぞ」
ソフトモヒカンな妖精が、ゴツい腕でレイを姫抱きにした。
「わっ!?」
レイは慌てて、ノームの変身帽子を手で押さえた。
「もう大丈夫だぞ~。ティターニアはおっかないが、子供と妖精族にはお優しいからな」
ピンク髪の妖精は、レイを安心させるように、にっこりと笑いかけてきた。
(オリヴァーさんがいないのは不安だけど、仕方がない……妖精自治区は、目的地でもあるし!)
「よろしくお願いします」
レイは腹を括って、ぺこりとお辞儀をした。
***
ハムレットとアルマは、シルルベルク全体が見渡せる高台の上のカフェに来ていた。
カフェから眺めるシルルベルクの街は壮観で、かわいらしいオレンジ色の屋根にはところどころ白い雪がかぶり、フェルタバ川に沿うように、ゆるりと軒を連ねていた。
街の中心地には、古城を再利用した領主館が聳え立っていた。
ハムレットとアルマは、カフェの奥側にある窓際の席に座り、領主館を眺めていた。
ハムレットは紅茶を、アルマは蜂蜜がけのカフェラテを注文していた。
「この席周辺に防音結界を張ったよ。それに、ここの席なら、私の背に隠れて君の姿はあまりよく見えないはずだ……話してもらえるかな、アルマ嬢?」
ハムレットは、優しく微笑んだ。
「あの時、よく嘘だとお分かりになりましたね」
「うん、君が嘘泣きをしていたからね」
「……バレてたんですね……」
アルマは両手でカップを包み込み、少し気まずそうにラテに載った蜂蜜を見つめた。
「それで、君はどうしたいのかな?」
ハムレットが恋人にするように、自らの手でアルマの手を包み込んだ。穏やかに尋ねる。
「…………まずは、今のレスタリア領の状況を話させてください。一年程前に父が亡くなり、上の兄——バルトルト兄様が跡目を継いだんです。それからレスタリア領がおかしくなりました」
アルマは、ハムレットの手を払いのけることなく、ぽつりぽつりと語り始めた。
「母はずっと前に亡くなっていましたし、バルトルト兄様一人で慣れない領主の仕事をするのは大変だろうと、次兄のヨハン兄様が教会の神官職を辞めて領地に戻ったのです。……ですが、二人の兄はことごとく意見が合わず……最終的にヨハン兄様は、あの塔へと幽閉されてしまいました」
アルマは寂しげに、窓の外の領主館に視線を向けた。
領主館本館の裏手には高い塔が立っており、遠目からにも、その窓には鉄格子がはめられているのが分かった。
「新しいレスタリア領主のことは、私の耳にも入っているよ。——今までの領政治を覆す改革者だと」
「ええ。我が家は、代々敬虔な聖鳳教会の信徒なのですが、バルトルト兄様には教会で扱っている魔術の適性がなく、あまり信仰心はなかったのです。ですが、勉強熱心で、子供の頃から領地経営に強い関心を持ってました」
「それで、自分が領主として立てるようになったから、領の運営を抜本的に変えようと?」
「おそらく……レスタリア領は領土は広いですが、そのほとんどは森林に覆われてますし、グリムフォレストの大部分は妖精の土地で、昔からの決まりで人間は踏み込めません……実際にはそこまで豊かな土地ではないのです。バルトルト兄様は、そんな状況を変えたいのだと思います」
「そうなんだね。私が耳にした噂では、新しい領主は、グリムフォレストに野心的に土地を求めているだとか、先代とは違って教会と距離を取ろうとしているとかかな。あとは、木工業や商業にも力を入れようとしているとも聞いたね」
「そうですね、その通りです。ですが、その分、妖精に対してかなり排他的になっているんです。以前に比べて、妖精とのいざこざや衝突が格段に増えているんです。今までは、教会が妖精と人間との間に立って緩衝役になっていたのですが、それも最近はあまり望めなくなりました……結界張りの件で、教会ともトラブルになってしまって……」
アルマは憂いに沈んだ表情で俯いた。声のトーンも落ち込んでいく。
「ふぅん……それはあまり良くないね」
ハムレットも相槌を打つ。
「……そうですよね。さらにそこに水不足も重なってしまって……バルトルト兄様が領経営に苦慮されているのは分かるのですが、ヨハン兄様をあんな所に閉じ込めてしまうのは、さすがにやりすぎですし……」
「それで、アルマ嬢はどうしたいの?」
ハムレットは恋人に甘く問いかけるかのように、アルマを見つめた。
「私は……」
アルマは下を向き、一瞬言葉に詰まったが、決心したように顔を上げた。グレー色の瞳は、強い意志を灯していた。
「私は、ヨハン兄様を救いたい。そして、ヨハン兄様にも領経営に参加してもらいます。バルトルト兄様のやり方は、急進的すぎます。レスタリア領は、人間だけの土地ではないのです。ここにはたくさんの妖精がいて、教会が間を取り持って成り立ってきた土地です。彼らと協力し合いながらでなければ、本当の意味でレスタリア領を発展させていくことはできないです」
アルマも真っ直ぐにハムレットを見つめ、ありのままの彼女の気持ちを語った。
「そう。それなら、私もアルマ嬢に協力しよう」
ハムレットはにっこりと微笑んだ。
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◆関連作品
『砂漠の詩』
『雨の回廊』編の過去編スピンオフです。
『冒険者を辞めたら天職でした 〜パーティーを追放された凄腕治癒師は、大聖者と崇められる〜』
『冒険者パーティーを追放された凄腕治癒師を拾いました』編のスピンオフです。
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『砂漠の詩』
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『冒険者を辞めたら天職でした 〜パーティーを追放された凄腕治癒師は、大聖者と崇められる〜』
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