鈴蘭の魔女の代替り

拝詩ルルー

文字の大きさ
上 下
318 / 347

グリムフォレスト1

しおりを挟む
「えっ、私に指名ですか!?」

 レイはびっくりして、自分自身を指差した。


 年明け早々、レイはドラゴニア王立特殊魔術研究所——通称「黒の塔」——の所長室に呼び出されていた。

 所長室にいるのは、所長で第三王子のテオドール、その護衛のライデッカー、水竜王ハムレットだ。

 ハムレットは、壁際に置かれているソファで優雅に長い脚を組み、テオドールとレイの会話に耳を傾けていた。

 ハムレットの向かいのソファには、ライデッカーがいつになく背筋をピシッと伸ばし、かなり畏まった表情で座っていた。


「そうだ。グリムフォレストのティターニア——妖精騎士団の団長だな——が、レイ嬢を直々に指名しているのだ」

 テオドールは執務机の上で手を組み、重々しい口調で告げた。側妃に似た繊細なかんばせには、どこか困惑の色が滲み出ていた。

「えっと……私、そのティターニアさんとは面識がないのですが……」

(いつどこで知られたんだろう?? グリムフォレストにも行ったことは無いし……)

 レイも思い当たる節が無く、困ったように眉を下げて答えた。

「それについては、私の方から説明するよ」

 ハムレットが、横から口を挟んだ。
 ハムレットは、水竜湖のような瑠璃色の髪を緩やかに三つ編みにして左前に流し、水織りのリボンで留めている。優雅にソファの背もたれにしなだれかかって、レイたちの方へ振り返っていた。

「レイはラングフォード領で、癒しの魔術入りの水を撒いてくれたよね? それを見ていた水系や植物系の精霊や妖精たちが、かなり気に入ってくれたみたいで、あちこちに自慢して回ったみたいなんだ」
「……それが、ティターニアさんの耳にも入ったんですか?」

 ハムレットの説明に、レイは目をしぱしぱと瞬かせた。

「そう。それで、ゾーイ——当代のティターニアから私に直接確認があったんだ。『ラングフォードのことならお主が一番詳しいだろう』って。レイが、サラマンダーに荒らされたラングフォードを癒してくれたのは事実だからね。そのことを伝えたら、レイを連れて来て欲しいって言われたんだ」

 ハムレットがやれやれと、肩をすくめた。

「はぁ……」

 レイはとりあえず曖昧に相槌を打った。
 精霊や妖精たちの間でそのようなことがあったとは、初耳だった。なんとも実感がわかなかった。

「現在、グリムフォレストがあるレスタリア領では、何ヶ月も雨が降っていないのだ。水不足と乾燥から山火事が何度も起きたと、領からは報告を受けている」

 テオドールが、補足説明をしてくれた。

(その水不足の原因って……)

 レイはチラリと、ハムレットの方に視線をやった。
 魔物の群れを押し付けられた仕返しに、レスタリア領の雨をウォーグラフト領で降らすと決めて、実際にそうさせているのは、水魔術を司る水竜王のせいだ。

 ハムレットはレイの視線を受けて、どこか愉しげに微笑んだ。そして、テオドールにバレないようにこっそりと、一本、人差し指を立てて唇の上に載せた。

「それで、山火事の跡に、私が癒し魔術入りの水を撒けばいいんですね?」

 レイは、テオドールの方に向き直って質問した。

「そうだ。レイ嬢がグリムフォレストに行くに当たり、レスタリア領には話をつけてある。領としても、グリムフォレストの森の状態が回復することは、望ましいことだからな。協力を申し出てくれた」

 テオドールが、真摯に相槌を打った。

「大丈夫、私も一緒に行くよ。グリムフォレストの妖精たちは人間が嫌いだからね。何かあれば私が守ってあげるよ」

 ハムレットが、貴公子のようにキラキラしく微笑んだ。貴族らしく繊細に整った顔立ちのためか、非常にさまになっていた。

(ゔっ、守ってもらえるのはありがたいけど、何だかちょっと胡散臭いかも……)

 レイはハムレットのやけに良い笑顔に、却って不安を覚えた。思わず表情も引き攣る。


——その時、コンコンッと、力強く所長室の扉がノックされた。

 テオドールが「どうぞ」と声をかけると、真っ黒な軍服風の魔術師の制服を着た青年が入って来た。

 青年の背は、男性にしてはそこまで高くはないが、魔術師にしてはがっしりとした体格で、黒の塔の制服を本物の軍服のように着こなしていた。
 短く刈り込まれたオリーブ色の髪は、さっぱりと整えられて清潔感があり、軍人のように凛々しくハンサムな顔立ちだ。

「失礼します。お呼びでしょうか?」

 青年が、低く張りのある声で尋ねた。

「オリヴァー、よく来てくれた。ティターニアからの要請で、彼女をグリムフォレストへ案内して欲しい。黒の塔の新人レイ・メーヴィスだ」

 テオドールがオリヴァーに説明をした。
 視線でレイの方を指すと、レイはピシッと背筋を伸ばして挨拶をした。オリヴァーとは初めて顔を合わせたのだ。

「レイ・メーヴィスです。よろしくお願いします」
「オリヴァー・フィーだ。よろしく」

 オリヴァーはレイの方を向くと、堅い表情のまま簡潔に挨拶をした。

(少しとっつきづらそうだけど、水竜王様と二人きりじゃなくて良かった……)

 レイは無難にオリヴァーに微笑み返した。内心、ホッと安堵の息を吐く。

「私がいるというのに、レイにはまだ護衛が必要かな?」

 ハムレットがじっとりとした視線を、テオドールの方に向けた。色鮮やかな黄金眼が一瞬、不穏に煌めいた。

「『、レイ嬢を連れて来るように』とのティターニアからの要請だ。グリムフォレストは、そのほとんどが妖精自治区の管理下にある。妖精たちの人間に対する風当たりも強い。オリヴァーのような案内人が必要だろう。ティターニアもレイ嬢の安全を考えて、オリヴァーも指名したのだろう」

 テオドールも一歩も引かない姿勢で、諭すようにハムレットに答えた。

「…………それもそうだね」

 ハムレットは渋々頷いた。「レイの安全のため」と言われてしまえば、大人しく引き下がるしかなかった。

「早速で悪いが、明日にはレスタリア領に向かってもらおう。グリムフォレストの被害が深刻らしく、ティターニアからも『可能な限り早く』と要請が出ている」

 テオドールが重々しく伝えると、オリヴァーの顔色が変わった。

 オリヴァーは、強張った表情のまま「かしこまりました」と答えた。

 レイもグリムフォレストの事情を聞いて、力強く頷いた。

「じゃあ、明日の午前に向かおうか。急ぎなら、転移で行こうか」
「はい!」
「よろしくお願いします」

 ハムレットがレイとオリヴァーに確認すると、二人は相槌を打った。


しおりを挟む
◆関連作品

『砂漠の詩』
『雨の回廊』編の過去編スピンオフです。

『冒険者を辞めたら天職でした 〜パーティーを追放された凄腕治癒師は、大聖者と崇められる〜』
『冒険者パーティーを追放された凄腕治癒師を拾いました』編のスピンオフです。

『ジャスティンと魔法少女のステッキ』
『魔法少女』編のスピンオフです。

あなたにおすすめの小説

【完結】番である私の旦那様

桜もふ
恋愛
異世界であるミーストの世界最強なのが黒竜族! 黒竜族の第一皇子、オパール・ブラック・オニキス(愛称:オール)の番をミースト神が異世界転移させた、それが『私』だ。 バールナ公爵の元へ養女として出向く事になるのだが、1人娘であった義妹が最後まで『自分』が黒竜族の番だと思い込み、魅了の力を使って男性を味方に付け、なにかと嫌味や嫌がらせをして来る。 オールは政務が忙しい身ではあるが、溺愛している私の送り迎えだけは必須事項みたい。 気が抜けるほど甘々なのに、義妹に邪魔されっぱなし。 でも神様からは特別なチートを貰い、世界最強の黒竜族の番に相応しい子になろうと頑張るのだが、なぜかディロ-ルの侯爵子息に学園主催の舞踏会で「お前との婚約を破棄する!」なんて訳の分からない事を言われるし、義妹は最後の最後まで頭お花畑状態で、オールを手に入れようと男の元を転々としながら、絡んで来ます!(鬱陶しいくらい来ます!) 大好きな乙女ゲームや異世界の漫画に出てくる「私がヒロインよ!」な頭の変な……じゃなかった、変わった義妹もいるし、何と言っても、この世界の料理はマズイ、不味すぎるのです! 神様から貰った、特別なスキルを使って異世界の皆と地球へ行き来したり、地球での家族と異世界へ行き来しながら、日本で得た知識や得意な家事(食事)などを、この世界でオールと一緒に自由にのんびりと生きて行こうと思います。 前半は転移する前の私生活から始まります。

私の入る余地なんてないことはわかってる。だけど……。

さくしゃ
恋愛
キャロルは知っていた。 許嫁であるリオンと、親友のサンが互いを想い合っていることを。 幼い頃からずっと想ってきたリオン、失いたくない大切な親友であるサン。キャロルは苦悩の末に、リオンへの想いを封じ、身を引くと決めていた——はずだった。 (ああ、もう、) やり過ごせると思ってた。でも、そんなことを言われたら。 (ずるいよ……) リオンはサンのことだけを見ていると思っていた。けれど——違った。 こんな私なんかのことを。 友情と恋情の狭間で揺れ動くキャロル、リオン、サンの想い。 彼らが最後に選ぶ答えとは——? ⚠️好みが非常に分かれる作品となっております。

夫の隠し子を見付けたので、溺愛してみた。

辺野夏子
恋愛
セファイア王国王女アリエノールは八歳の時、王命を受けエメレット伯爵家に嫁いだ。それから十年、ずっと仮面夫婦のままだ。アリエノールは先天性の病のため、残りの寿命はあとわずか。日々を穏やかに過ごしているけれど、このままでは生きた証がないまま短い命を散らしてしまう。そんなある日、アリエノールの元に一人の子供が現れた。夫であるカシウスに生き写しな見た目の子供は「この家の子供になりにきた」と宣言する。これは夫の隠し子に間違いないと、アリエノールは継母としてその子を育てることにするのだが……堅物で不器用な夫と、余命わずかで卑屈になっていた妻がお互いの真実に気が付くまでの話。

婚約破棄されて辺境へ追放されました。でもステータスがほぼMAXだったので平気です!スローライフを楽しむぞっ♪

naturalsoft
恋愛
シオン・スカーレット公爵令嬢は転生者であった。夢だった剣と魔法の世界に転生し、剣の鍛錬と魔法の鍛錬と勉強をずっとしており、攻略者の好感度を上げなかったため、婚約破棄されました。 「あれ?ここって乙女ゲーの世界だったの?」 まっ、いいかっ! 持ち前の能天気さとポジティブ思考で、辺境へ追放されても元気に頑張って生きてます!

異世界から来た娘が、たまらなく可愛いのだが(同感)〜こっちにきてから何故かイケメンに囲まれています〜

恋愛
普通の女子高生、朱璃はいつのまにか異世界に迷い込んでいた。 右も左もわからない状態で偶然出会った青年にしがみついた結果、なんとかお世話になることになる。一宿一飯の恩義を返そうと懸命に生きているうちに、国の一大事に巻き込まれたり巻き込んだり。気付くと個性豊かなイケメンたちに大切に大切にされていた。 そんな乙女ゲームのようなお話。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

異世界で婚活したら、とんでもないのが釣れちゃった?!

家具付
恋愛
五年前に、異世界に落っこちてしまった少女スナゴ。受け入れてくれた村にすっかりなじんだ頃、近隣の村の若い人々が集まる婚活に誘われる。一度は行ってみるべきという勧めを受けて行ってみたそこで出会ったのは……? 多種多様な獣人が暮らす異世界でおくる、のんびりほのぼのな求婚ライフ!の、はずだったのに。

魔法が使えない令嬢は住んでいた小屋が燃えたので家出します

怠惰るウェイブ
ファンタジー
グレイの世界は狭く暗く何よりも灰色だった。 本来なら領主令嬢となるはずの彼女は領主邸で住むことを許されず、ボロ小屋で暮らしていた。 彼女はある日、棚から落ちてきた一冊の本によって人生が変わることになる。 世界が色づき始めた頃、ある事件をきっかけに少女は旅をすることにした。 喋ることのできないグレイは旅を通して自身の世界を色付けていく。

処理中です...