鈴蘭の魔女の代替り

拝詩ルルー

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質問(アレクシス視点)

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 浄化の儀が終わった次の日、俺はフェリクス大司教の執務室に呼ばれた。

 レイは、今日はフェリクス大司教の宿舎でゆっくり過ごすらしく、特に護衛任務は無かった。

「お呼びでしょうか?」

 俺がフェリクス大司教の執務室に入ると、フェリクス大司教とアルバン騎士のほか、少数の側近がいるくらいだった。
 今日はフェニックスの祝祭が終わって、祝祭期間中はほぼ出ずっぱりだった聖属性の神官や聖騎士はほとんどが休んでいた。

「うん。昨日、レイと君が妖精の小道に入っている間のことを報告してもらおうと思ってね」

 フェリクス大司教が、穏やかに微笑まれた。


 フェリクス大司教の教会内での評判は、概ね良い。
 特等の人外者だということもあるだろうけど、フェリクス大司教は穏やかで優しい反面、決断力がある。そのためか、特に教会上層部で慕われている。

 一方で、教会の中・下層部では、聖属性の神官は敬遠される傾向があり、聖属性の大司教であるフェリクス様も、他の大司教に比べて軽く見られる傾向がある。

 中・下層部は、実行部隊がほとんどだ。
 実際に治療したり、解呪したり、魔道電灯を導入したり、結界を張ったりして信徒たちと向き合っているのは、中・下層部の神官や聖女たちだ。

 そうなると、直接的で実際的な利益に目がいきやすくなる。

 辺境の地で人知れず行われる結界張りよりも、治療や解呪、魔道電灯の導入の方が見栄えが良く、信徒たちにメリットも伝わりやすくて、直接感謝されやすい。

 それに、聖属性は結界張りで地方に行くことが多い。
 地方では強い魔物が出没することが多く、結界張り自体が危険な仕事だ。

 たとえ聖属性に適性があったとしても、他に癒し属性や光属性の魔術も扱えるなら、そちらの神官になることを志望する神官や聖女がほとんどだ。——聖属性の神官は、体力的にキツく、命の危険もあって、信徒たちから感謝されづらくてやりがいがない……そういう風に見られているのだ。

 信徒たちからの感謝や称賛といった声を直接聞いている癒し属性や光属性の神官や聖女たちは、そういったものがほとんど聞こえてこない聖属性の神官を、下に見ていることが多い。

 全体的な人数も、癒し属性が一番人数が多く、その次に光属性、聖属性の神官の順となっていて、人数差がそのまま教会内での発言力や雰囲気にも影響している。

 聖属性の神官は、「聖属性の魔術しか扱えない者が所属する、汚れ仕事の部署」というレッテルを貼られているのだ。

——そうなると中・下層部の者たちは、そこのおさであるフェリクス大司教を、相対的に他の二人の大司教よりも下に見ていたりする——実際には違うのに。


「妖精の小道に入ってすぐに、レイお嬢様はとても怯えられていました。どうやら、厄災を実際に魔力の目で見られてしまったようです」

 俺が報告を始めると、フェリクス大司教は痛ましげに表情を翳らせた——こんな表情をされるのを見たのは、俺は初めてだった。

 さりげなく周囲の様子を窺うと、アルバン騎士も、その他の側近たちも、顔色を翳らせていた。

「そのため、レイお嬢様が落ち着くまで、応急処置として介抱させていただきました。お嬢様が落ち着かれてすぐに、アルバン騎士より連絡があり、こちらに戻って参りました」

 俺が報告し終わると、フェリクス大司教は「ふぅん」と頷かれた。特に何か細かく聞かれるようなことはなさそうだ。

「あの、一つ質問をよろしいでしょうか?」

 ちょっとした沈黙の後、俺は思い切って尋ねてみた。

「構わないよ」

 フェリクス大司教が、軽く頷かれた。

「あの厄災は、一体何だったのでしょうか?」

 もしかしたら、何かレイに関係があることかもしれないからな。確認しておかないと。

「ああ、あれは第三王子に付いていたものだよ。彼自身に呪いは効かないからね。彼を呪い殺すよりも、解呪しようとした者を呪い殺す魔術に切り替えたんだろうね。第三王子の味方を少しでも削ぎ落とそうとしたのかもしれないね」

 フェリクス大司教が、淡々とお答えになった。

「……そんなものが、なぜレイお嬢様に……」

 俺は釈然としない思いで、さらに尋ねた。
 あの時、フェリクス大司教だけでなく、他の詠唱役の神官もいたはずだ。そんな中で、何でレイだけが狙われたんだ……??

「詠唱で厄や穢れを引き剥がす段階では、レイの魔力の影響が一番強かったからね。それでレイが呪い先として狙われたんだろう……さすがにこのレベルの呪いを、もう浄化の儀に持ち込まれたくはないからね。第三王子には、個別で教会に浄化依頼をするか、彼を庇護する者に頼むよう伝えてあるよ」

「えっ……」

 フェリクス大司教は「だからもう大丈夫だよ」とのほほんと言われた。

……いや、大司教の位は、教会内ではかなりの高位だけど、第三王子殿下に何かを意見できる立場ではないはずだ。
 それとも、レイ関係で、フェリクス大司教は殿下とは顔見知りだったのか……?

「僕からも、一つ質問があるよ」

 フェリクス大司教の深い黄金色の瞳が、怪しく光ったような気がした。

「はい、何なりと」
「君はレイを慕っているのかな?」
「はい」

 フェリクス大司教は、レイの義父親だ。
 今後、レイとの関係を深めていきたいと考えるなら、ここで嘘をつくわけにはいかないな。

「君の妖精の血が、『レイがその人だ』と言っているのかい?」
「そうです」
「君がレイを慕う気持ちは、妖精の血が『それが最善』と言っているからかい? それとも君の本心かい?」

 フェリクス大司教の、俺を試すような質問に、一瞬、俺はドキッとなった。

 そんなこと、今まで考えたこともなかった……

 だけど、静かに自分の胸に手を当てて、本当の気持ちを感じてみた。


 初めは、なかなか現れない妖精のおとない相手に、ヤキモキしていた。
 そして、訪い相手として初めてレイのことが見えた時は、「やっと……」って思いが強かったし、思いの外かわいい子で、また夢で会えるのを純粋に楽しみにしていた。

 魔力性の異常気象で妖精の小道に迷い込んだ時や、昨年のフェニックスの祝祭期間中に教会でレイを見かけたりして、何度もレイと会う度に、だんだんと「この子でなければ嫌だ」という想いが強くなっていった気がする。

 きっかけは確かに、妖精の血が告げていたのかもしれない。
 でも、今の俺は……


「俺の本心です」

 俺はキッパリと答えた。
 フェリクス大司教の目を見て、決して逸さなかった——何であれ、レイのことで誰にも負ける気はなかった。

 フェリクス大司教は、常に穏やかに微笑まれていた。
 ただ、その口元は、執務机の上で組まれた指先で隠れていた。

「選択権はレイにあるからね。僕はあの子の選択を尊重するよ」

 つまり、フェリクス大司教が俺とレイとの間を取り持つことも、邪魔をすることもない、と。

「——でもね、何であろうと、うちの義娘を泣かすようなことがあれば、灰も残らないと思ってもらった方がいいよ」

 一瞬だけ、フェリクス大司教から威圧的な魔力が漏れた。ビリビリと肌が嫌に痺れて、ゾクゾクと背筋を悪寒が這い上がった。

 さっきまでの聖職者らしい穏やかな笑みも、今はすっかりどこかに消え失せていた。

「心よりそのつもりです」

 俺は精一杯に答えた。口の中がカラカラに乾いて、喉がヒリついた。


「……ふぅん。下がっていいよ」

 しばらく睨み合った後、フェリクス大司教から退室の許可が下りた。

 この時のフェリクス大司教の微笑みは、今まで見た中でも一番暗く、空恐ろしいものだった。


***


 フェリクス大司教の執務室を出ると、どっと疲れが出た。

 ふらつく足元で、中庭に出た。
 空いているベンチに、身を任せるようにもたれかかって座った。

……しばらくは動くのはキツそうだ……


 フェリクス大司教が、レイのことを本当に大切に想って、守ろうとしていることはよく分かった——とりあえず、それだけでも一安心だ。

 よくある高位の人外者みたいに、人間を隷属させるために手元に置いてるんじゃなくて、本当に良かった……


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◆関連作品

『砂漠の詩』
『雨の回廊』編の過去編スピンオフです。

『冒険者を辞めたら天職でした 〜パーティーを追放された凄腕治癒師は、大聖者と崇められる〜』
『冒険者パーティーを追放された凄腕治癒師を拾いました』編のスピンオフです。

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