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フェニックスの祝祭6
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フェニックスの祝祭最終日——今日は、テオドール第三王子がお忍びで、聖鳳教会本部の聖堂で浄化の儀を受ける予定だ。
レイは、本日の護衛のアルバンとアレクシスを連れて、こっそり控え室を抜け出していた。
「所長、ライデッカー!」
お目当ての人物を教会の敷地内で見つけて、レイは笑顔で声をかけた。
「レイ嬢か。随分と見違えたな。神官姿がよく似合っているよ」
テオドールは、深紅色の髪を珍しく横に流し、いつもの優しく繊細な雰囲気ではなく、少しやんちゃそうなイメージだ。
気配を薄くするような魔術付与が施された、丸メガネをかけている。
「おっ。レイちゃんも、浄化の儀に参加するのか?」
ライデッカーは、今日は落ち着いた栗色のコートだ。色鮮やかな山吹色の髪も、鋭い三白眼もいつも通りだが、黒の塔の真っ黒な軍服風の制服姿ではないためか、威圧感はあまりなかった。
「はい! 今年は、全部の浄化の儀に参加してますよ!」
レイは胸を張って、キリッと答えた。
「それでは、今日の浄化の儀も期待しているよ」
テオドールに微笑まれ、レイは「はい!」と元気よく答えた。
去り際にライデッカーが、レイの肩をちょんちょんと指先で突いた。
「レイちゃん。なんか教会内が物々しくない? 随分、見回りが多い気がするんだけど……」
ライデッカーが、ひそひそ声で尋ねた。
「あ。去年の祝祭日に、教会で襲撃があったんです。なので、今年は警備を増やしてるんです」
レイも、こそこそと声を潜めて囁いた。
ライデッカーは、「うわぁ、命知らず過ぎる」とドン引きしていた。そしてすぐに、「でも、まぁ、その分、教会の守りは堅いか……」と、自分に言い聞かせるように頷いた。
「じゃ、浄化の儀、頑張れよ~」
ライデッカーは気軽に片手を上げて、テオドールの後を悠々と追った。
レイが振り返ると、アレクシスがやけに渋い表情で、突っ立っていた。
彼の隣のアルバンは、頭痛を堪えるかのように、こめかみを揉んでいた。
「アレクシスさん、どうしたんですか?」
レイが、きょとんと不思議そうにアレクシスを見上げた。
「……レイお嬢様は、あの派手な髪色の人とは仲が良いのですか……?」
アレクシスは端正な顔の眉間に皺を寄せ、暗い声のトーンで尋ねた。
「? 塔の同僚というか、先輩ですね。仲は普通だと思います」
レイはあっけらかんに答えた。ライデッカーとの関係は、それ以上でもそれ以下でもなかった。
「そうですか……」
「??」
アレクシスが物憂げに相槌を打つと、レイはますますきょとんとした。
「レイお嬢様、そろそろお時間かと……」
「あ、はい! 行きましょうか!」
アルバンに促され、レイは弾かれるように返事をした。
レイたちは、足早に控え室へと戻って行った。
***
浄化の儀の時間になり、フェリクスが聖堂に一歩足を踏み入れると、小さく「少し厄介だね」と呟いた。
彼の後ろを歩いていたレイはその呟きを拾って、一瞬「?」と思ったが、詠唱役の務めがあるため、すぐに頭を切り替えた。
フェリクスのいつもの合図と共に、詠唱役たちは、呪文を口ずさみ始めた。
(む……なんか、いつもよりもやけに重たい……?)
レイはむぎゅっと目を瞑って、聖堂内の重苦しい魔力を敏感に察知していた。じわりと額に嫌な汗が滲む。
いつもよりも重くもたついた詠唱が、聖堂内に響いていた。
あと少しで詠唱が一巡するという時に、聖堂内の空気が不穏に蠢いた。
「アレクシス、レイの護衛を」
フェリクスが呟くと、すぐにアレクシスが動いた。
レイが目を見開くと、黒々と凝り固まった呪いと厄災の巨大な塊が、もぞもぞとアメーバのように悍ましい動きで彼女に向かって飛びかかって来ていた。
「……!!?」
レイが驚いて声をあげようとした瞬間、ガツンッと衝撃が襲った。
「……いたぁ……」
「申し訳ございません……大丈夫ですか?」
レイが顔を上げると、すぐ間近に、人形のように整ったアレクシスの顔があった。彼のエメラルド色の瞳は、いつも以上に煌々と輝き、心配そうにレイを見下ろしていた。
「きゃっ!?」
レイは顔を赤らめて、すぐさま飛び退いた。バランスを崩して、尻餅をつく。
(ゔぅっ……心臓に悪すぎるよ……!)
バクバクと激しく鳴る胸を、レイはこっそり押さえた。
「……ここは……?」
レイは少し息を整えると、辺りを見回した。
木の幹や枝葉がトンネル状に張り巡らされた、不思議な緑のトンネルがどこまでも続いている。
(どこかで見たことがあるような??)
「ここは妖精の小道です。基本的に妖精しか入れないので、緊急避難しました」
「緊急避難って、一体……?」
アレクシスの回答に、レイは訊き返そうとしたが、脳裏を先ほどの真っ黒な厄災の塊がよぎった。
(……そうか、さっきの厄災はこっち側に入れないから、アレクシスさんが私をここに避難させてくれたんだ……)
レイは、うぞうぞとアメーバのように蠢いていた厄災の塊を思い出し、両腕で自分自身を抱きしめて、ぶるりと震えた。
「……レイお嬢様、大丈夫ですか?」
「うん……ちょっとさっきのを思い出しちゃって……」
「失礼します」
「!!?」
レイの震えが止まらないのを見ると、アレクシスはしゃがみ込んで、彼女を抱きしめた。ちょうどアレクシスの胸に、レイの頭がくっついている状態だ。
(え、え、えっ!? 急に何ーーーー!??)
レイはさらにパニックを起こした。ドキドキドッキンとけたたましく心臓が鳴って、頬も茹で上がるように熱くなっている。
「俺の心臓の音に集中してください。気持ちが落ち着いてくるはずです」
アレクシスは、幼子をあやすように、ポン、ポンと優しくレイの背中を叩いた。
(えぇ~!? むしろ落ち着かないよ!!)
レイはアレクシスの腕の中でどぎまぎしていたが、しばらくすると、彼の温かい体温と、背中のポンポンと優しい刺激に、段々と心が落ち着いてきた。
(……あれ? アレクシスさん、ちょっと鼓動が早い? でも、確かに心音って心地いい……ちょっと落ち着いてきたかも……)
少し気持ちが凪いでくると、レイは自分でも深呼吸をするように呼吸を整えた。
「……あ、ありがとうございます」
レイはすっかり落ち着くと、両手で優しくアレクシスの胸を押した。
アレクシスは少し残念そうにレイを見つめると、彼女を抱きしめる腕を緩めた。
「えっと、さっきのは……」
「ああ、おそらく強力な呪い返しだと思います。時々あるんです。呪いを解こうとした者を呪い殺す類の魔術が……それが、さっきの浄化の儀の会場にいた誰かにかかっていたのでしょう」
「そんなものが……」
レイがショックで言葉を失っていると、アレクシスも「ええ、卑劣ですよね」と痛ましげに相槌を打った。
「フェリクス大司教が対処されているはずですので、我々は連絡があったら、元の場所に戻りましょう。アルバン騎士から、通信の魔道具を渡されているので、そちらに連絡があるはずです」
アレクシスは制服のポケットから、薄く平べったい通信の魔道具を取り出した。
すると、その瞬間に、通信の魔道具が着信を知らせるために青く光った。
「……連絡が来てしまいましたね。……はい、アレクシスです」
アレクシスが、少し落ち込んだトーンで返答した。
『アルバンだ。こちらはもう対処済みだ。浄化の儀も終了している。レイお嬢様を連れて来ても大丈夫だ』
「了解です。すぐに戻ります」
アレクシスは簡潔に応答すると、プツッと通信を切った。
「元の場所に戻りましょうか?」
「はい……」
アレクシスに手を差し伸べられ、レイはおずおずと、そこに自分の手を載せた。
レイはなぜか緊張してしまい、アレクシスの顔は見れなかった。
***
「レイ、良かった! 怪我は無いかい!?」
レイたちが元の場所に戻ると、すぐさまフェリクスが駆け寄って来た。むぎゅっとレイを抱きしめる。
「大丈夫ですよ! アレクシスさんが守ってくれましたから!」
レイもフェリクスを安心させるように、むぎゅぎゅっと抱きつき返した。
「義父さんの方は大丈夫でしたか? 強力な呪い返しだって聞いたんですが……」
レイは心配そうにフェリクスを見上げた。
「うん、特に問題無かったよ。すぐに消したから」
フェリクスがにっこりと微笑んだ。
ただ、その笑みにはやけに凄みがあり、周囲にいた神官や聖騎士たちの顔色はすっかり青ざめていた。
「さ、もう怖いものは消えたから、僕の宿舎に戻ろうか? シェフに何かおいしいものでも作ってもらおうか?」
「おいしいご飯!」
フェリクスの魅力的な提案に、レイは瞳を煌めかせた。
パタパタと弾む足取りで、レイはフェリクスと宿舎へと戻って行った。
レイは、本日の護衛のアルバンとアレクシスを連れて、こっそり控え室を抜け出していた。
「所長、ライデッカー!」
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テオドールは、深紅色の髪を珍しく横に流し、いつもの優しく繊細な雰囲気ではなく、少しやんちゃそうなイメージだ。
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去り際にライデッカーが、レイの肩をちょんちょんと指先で突いた。
「レイちゃん。なんか教会内が物々しくない? 随分、見回りが多い気がするんだけど……」
ライデッカーが、ひそひそ声で尋ねた。
「あ。去年の祝祭日に、教会で襲撃があったんです。なので、今年は警備を増やしてるんです」
レイも、こそこそと声を潜めて囁いた。
ライデッカーは、「うわぁ、命知らず過ぎる」とドン引きしていた。そしてすぐに、「でも、まぁ、その分、教会の守りは堅いか……」と、自分に言い聞かせるように頷いた。
「じゃ、浄化の儀、頑張れよ~」
ライデッカーは気軽に片手を上げて、テオドールの後を悠々と追った。
レイが振り返ると、アレクシスがやけに渋い表情で、突っ立っていた。
彼の隣のアルバンは、頭痛を堪えるかのように、こめかみを揉んでいた。
「アレクシスさん、どうしたんですか?」
レイが、きょとんと不思議そうにアレクシスを見上げた。
「……レイお嬢様は、あの派手な髪色の人とは仲が良いのですか……?」
アレクシスは端正な顔の眉間に皺を寄せ、暗い声のトーンで尋ねた。
「? 塔の同僚というか、先輩ですね。仲は普通だと思います」
レイはあっけらかんに答えた。ライデッカーとの関係は、それ以上でもそれ以下でもなかった。
「そうですか……」
「??」
アレクシスが物憂げに相槌を打つと、レイはますますきょとんとした。
「レイお嬢様、そろそろお時間かと……」
「あ、はい! 行きましょうか!」
アルバンに促され、レイは弾かれるように返事をした。
レイたちは、足早に控え室へと戻って行った。
***
浄化の儀の時間になり、フェリクスが聖堂に一歩足を踏み入れると、小さく「少し厄介だね」と呟いた。
彼の後ろを歩いていたレイはその呟きを拾って、一瞬「?」と思ったが、詠唱役の務めがあるため、すぐに頭を切り替えた。
フェリクスのいつもの合図と共に、詠唱役たちは、呪文を口ずさみ始めた。
(む……なんか、いつもよりもやけに重たい……?)
レイはむぎゅっと目を瞑って、聖堂内の重苦しい魔力を敏感に察知していた。じわりと額に嫌な汗が滲む。
いつもよりも重くもたついた詠唱が、聖堂内に響いていた。
あと少しで詠唱が一巡するという時に、聖堂内の空気が不穏に蠢いた。
「アレクシス、レイの護衛を」
フェリクスが呟くと、すぐにアレクシスが動いた。
レイが目を見開くと、黒々と凝り固まった呪いと厄災の巨大な塊が、もぞもぞとアメーバのように悍ましい動きで彼女に向かって飛びかかって来ていた。
「……!!?」
レイが驚いて声をあげようとした瞬間、ガツンッと衝撃が襲った。
「……いたぁ……」
「申し訳ございません……大丈夫ですか?」
レイが顔を上げると、すぐ間近に、人形のように整ったアレクシスの顔があった。彼のエメラルド色の瞳は、いつも以上に煌々と輝き、心配そうにレイを見下ろしていた。
「きゃっ!?」
レイは顔を赤らめて、すぐさま飛び退いた。バランスを崩して、尻餅をつく。
(ゔぅっ……心臓に悪すぎるよ……!)
バクバクと激しく鳴る胸を、レイはこっそり押さえた。
「……ここは……?」
レイは少し息を整えると、辺りを見回した。
木の幹や枝葉がトンネル状に張り巡らされた、不思議な緑のトンネルがどこまでも続いている。
(どこかで見たことがあるような??)
「ここは妖精の小道です。基本的に妖精しか入れないので、緊急避難しました」
「緊急避難って、一体……?」
アレクシスの回答に、レイは訊き返そうとしたが、脳裏を先ほどの真っ黒な厄災の塊がよぎった。
(……そうか、さっきの厄災はこっち側に入れないから、アレクシスさんが私をここに避難させてくれたんだ……)
レイは、うぞうぞとアメーバのように蠢いていた厄災の塊を思い出し、両腕で自分自身を抱きしめて、ぶるりと震えた。
「……レイお嬢様、大丈夫ですか?」
「うん……ちょっとさっきのを思い出しちゃって……」
「失礼します」
「!!?」
レイの震えが止まらないのを見ると、アレクシスはしゃがみ込んで、彼女を抱きしめた。ちょうどアレクシスの胸に、レイの頭がくっついている状態だ。
(え、え、えっ!? 急に何ーーーー!??)
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「俺の心臓の音に集中してください。気持ちが落ち着いてくるはずです」
アレクシスは、幼子をあやすように、ポン、ポンと優しくレイの背中を叩いた。
(えぇ~!? むしろ落ち着かないよ!!)
レイはアレクシスの腕の中でどぎまぎしていたが、しばらくすると、彼の温かい体温と、背中のポンポンと優しい刺激に、段々と心が落ち着いてきた。
(……あれ? アレクシスさん、ちょっと鼓動が早い? でも、確かに心音って心地いい……ちょっと落ち着いてきたかも……)
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「……あ、ありがとうございます」
レイはすっかり落ち着くと、両手で優しくアレクシスの胸を押した。
アレクシスは少し残念そうにレイを見つめると、彼女を抱きしめる腕を緩めた。
「えっと、さっきのは……」
「ああ、おそらく強力な呪い返しだと思います。時々あるんです。呪いを解こうとした者を呪い殺す類の魔術が……それが、さっきの浄化の儀の会場にいた誰かにかかっていたのでしょう」
「そんなものが……」
レイがショックで言葉を失っていると、アレクシスも「ええ、卑劣ですよね」と痛ましげに相槌を打った。
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すると、その瞬間に、通信の魔道具が着信を知らせるために青く光った。
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アレクシスが、少し落ち込んだトーンで返答した。
『アルバンだ。こちらはもう対処済みだ。浄化の儀も終了している。レイお嬢様を連れて来ても大丈夫だ』
「了解です。すぐに戻ります」
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「元の場所に戻りましょうか?」
「はい……」
アレクシスに手を差し伸べられ、レイはおずおずと、そこに自分の手を載せた。
レイはなぜか緊張してしまい、アレクシスの顔は見れなかった。
***
「レイ、良かった! 怪我は無いかい!?」
レイたちが元の場所に戻ると、すぐさまフェリクスが駆け寄って来た。むぎゅっとレイを抱きしめる。
「大丈夫ですよ! アレクシスさんが守ってくれましたから!」
レイもフェリクスを安心させるように、むぎゅぎゅっと抱きつき返した。
「義父さんの方は大丈夫でしたか? 強力な呪い返しだって聞いたんですが……」
レイは心配そうにフェリクスを見上げた。
「うん、特に問題無かったよ。すぐに消したから」
フェリクスがにっこりと微笑んだ。
ただ、その笑みにはやけに凄みがあり、周囲にいた神官や聖騎士たちの顔色はすっかり青ざめていた。
「さ、もう怖いものは消えたから、僕の宿舎に戻ろうか? シェフに何かおいしいものでも作ってもらおうか?」
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◆関連作品
『砂漠の詩』
『雨の回廊』編の過去編スピンオフです。
『冒険者を辞めたら天職でした 〜パーティーを追放された凄腕治癒師は、大聖者と崇められる〜』
『冒険者パーティーを追放された凄腕治癒師を拾いました』編のスピンオフです。
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