鈴蘭の魔女の代替り

拝詩ルルー

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フェニックスの祝祭5

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 今日はフェリクスの誕生日——つまり、祝祭日だ。

 年に一度の祝祭日ということもあり、いつも以上に信徒が多く、教会内は賑わっていた。
 一方で、昨年は襲撃を受けたこともあり、今年は聖騎士やその見習いの見回りを増やしており、どこか物々しい雰囲気もある。


 今日のレイの護衛は、デレクとアレクシスだ。
 昨年は祝祭日にレイが暗殺者に狙われたため、今日はデレクとアレクシスは、レイの後を付かず離れず護衛をしていた。

 今年は見回りの人員が多く、ガチガチに警備の目が厳しいためか、浄化の儀は特に問題が起こることなく終了した。


 本日の浄化の儀を全て終えると、衣装を着替えるために、フェリクスは宿舎に戻ることになった。

「レイお嬢様。今年はひと気の多い聖堂の方で、フェリクス様をお待ちましょうか」
「そうですね。でも、パーティーの準備の邪魔にならないですか?」

 デレクの提案に、レイはくりっと小首を傾げた。

「端の方にいれば大丈夫ですよ」
「じゃあ、そうしましょうか」

 デレクに促され、レイたちは聖堂の壁際へと向かった。

 レイたちは壁際に立って、ぼーっと祝祭パーティーの準備が進んでいく様子を眺めていた。

 神官たちの手によって、食事を載せるための長テーブルが聖堂内に運び込まれ、壁や椅子などは、オーナメントや花で飾り立てられていく。

「アレクシスさんは、去年の祝祭の時はどうしてたんですか?」

 レイは手持ち無沙汰になって、アレクシスに話しかけた。

「去年は聖騎士見習いをしてましたよ。先輩の聖騎士から訓練を受けて、教会内の見回りもしてました。見回りついでに、浄化の儀も受けられたんですよ」

 アレクシスがエメラルド色の瞳を柔らかく緩めて、レイを見下ろした。

 パチッと視線がかち合って、レイはなんとなく恥ずかしくて視線をズラした。

「そうなんですね」
「まさか、あの時フェリクス様の隣で詠唱をしていた小さな神官が、レイお嬢様だったとは」

 護衛中には、人形のように表情を変えないか、どこか不機嫌そうなアレクシスが、柔らかく微笑んだ。

(わぁ! 綺麗……!)

 普段は決して見れないアレクシスの柔らかな笑みに、一瞬、レイの心臓がドキッと鳴った。

「き、去年の浄化の儀にも出られてたんですね」
「ええ。かなりスッキリしましたよ、初めて浄化の花も見せていただきましたし、ありがとうございます」
「お役に立てたようで、良かったです……」

 レイはどぎまぎしながら、アレクシスとおしゃべりをした。

(……何だろう。ちょっと変かも。なんだかドキドキする……)

「レイ! こんな所にいた!」
「ルーファス大司教……え゛!?」

 レイは聞き慣れた声に名前を呼ばれて、振り返った。
 声をかけてきた人物の、綺羅星が煌めく黄金眼を見て、レイは一瞬にして固まった。

「ハハッ。騙されたな」

 クツクツと意地悪そうに笑う光竜王レックスが、そこにはいた。
 今日は光竜の里にいる時のような民族衣装ではなく、ドラゴニア王国でよく見かけるコート姿だ。白皙の美貌はルーファスと瓜二つだが、表情や雰囲気は全く異なっていた。

 アレクシスが警戒した魔力を放ち、剣に手を伸ばそうとすると、すぐさまデレクに肩を掴まれて止められた。

「何でこんな所にいるんですか?」

 レイはむすっと頬を膨らませて、レックスを見上げた。

「浄化の儀を受けに来た。随分と評判みたいだからな。ついでに、ルーファスにお願いをされた。去年襲撃された奴がいるみたいだからな。子守だ。ルーファスは忙しくて、手が離せないそうだ」

 レックスは、じろりとレイを見下ろした。

「えっ!?」

 レイは思いがけないことを言われて、驚きの声をあげた。

(ルーファスが、わざわざ光竜王様にお願いしてくれたの……!?)

「光の神ルクシオ様の守りだ。ありがたく思え」

 レックスが、ニヤリと口角を上げた。

「……そういえば、そうですね……ありがとうございます」

 レイは「そういえば、そうだった」と思い至り、素直にお礼を言った。

 聖鳳教会が崇めている光の神ルクシオは、代々の光竜王を指している。つまり、当代光竜王のレックスも、一応「光の神ルクシオ」である。

「フェリクス様の離宮に、米と調味料を納品したのも光竜の里だぞ」
「はっ! 新米をありがとうございます! すっごくおいしかったです!」
「クソッ。この大喰らい娘め……」

 レイがパァッと顔色を明るくしてテンションも高くお礼を言うと、レックスは眉根を寄せて悪態をついた。


「おや? レックスも来てたのかい?」

 その時、着替えが終わったフェリクスが聖堂にやって来た。浄化の儀用の豪奢な衣装は、いつもの大司教の衣装に変わっていた。

「フェリクス様。お誕生日、誠におめでとうございます。心ばかりではございますが、お祝いをさせていただきたく存じます。これからも益々のご健勝とご活躍を、心よりお祈り申し上げます」

 レックスは、スッと真面目な顔になると、非常に美しい教会式の礼の姿勢をとった。

(……誰、この竜……???)

 レイは、レックスの変わりように、信じられないものを見る目で彼をガン見した。


***


 教皇ライオネルの簡単な挨拶の後、祝祭日の立食パーティーが始まった。

 フェリクスの元には、ひっきりなしに教会関係者が挨拶にやって来た。

 レイは、フェリクスの挨拶がひと段落するまで、祝祭料理を味わっていた。

(このローストビーフ、おいしすぎる!)

 レイのお皿の上には、甘辛いタレがかかったローストビーフや、チーズやハムが載ったブルスケッタ、カボチャとスライスアーモンドのサラダなど、色とりどりの料理が載っている。
 レイは幸せそうに目を細め、リスのように頬をパンパンにしていた。

「本当に、いつ見ても教会内は高位者が多いな」

 レックスが小さな防音結界を張って、呟いた。彼もちゃっかり祝祭料理を味わっていた。

「そうなんですか?」
「今フェリクス様の周りにいるのは、全員がAランク以上の魔物だぞ」
「わぁ……」

 レイは、フェリクスの方を見て目を瞬かせた。

 フェリクスは、十人以上の教会関係者に囲まれており、朗らかに会話をしていた。

「レイ、ちょっとおいで。紹介するから」
「は~い!」

 フェリクスに手招きされ、レイは食べかけの食器をテーブルに置くと、彼の元に向かった。

 フェリクスと一緒にいたのは、長く柔らかい銀髪を一つにまとめた若い男性だ。フェリクスとどこか面影が似ている瞳は、サファイアのように冴え渡った青色をしている。

「甥のフレディ・ホフマンだ。今は隣国の教会で司教をしているよ……そういえば、今日はこんな所に来ても良かったのかい?」

 フェリクスは紹介途中で疑問に思ったらしく、ホフマンの方を振り向いた。

「敬愛する叔父上の誕生日ですから! 無理を押してでも来ますよ!」

 ホフマンは、大袈裟に両腕を広げてアピールした。
 フェリクスはきょとんとして「そうかい?」と、さらりと受け流している。

「君が叔父上の義娘になったレイちゃんかな?」
「はじめまして」

 ホフマンに屈んで覗き込まれ、レイはにこっと微笑んで挨拶をした。

「聞いたよ。君は聖属性の魔力が極なんだってね。人間にしては魔力量も多いし、よく叔父上に仕えるんだよ」

 ホフマンはにこにこと笑顔で、レイの頭を撫でた。

「……フレディ……僕は、そんなつもりでレイを義娘にしたわけじゃないよ」

 フェリクスが困ったように口を挟んだ。

「おい、いつまで触ってる」

 レックスがホフマンの手を、ベリッとレイの頭から剥がした。

「……おや、随分と珍しいお方がいらっしゃいますね」

 ホフマンは、剥がされた手をさすり、一歩退がった。

「ああ。弟に子守りを任されてな」

 レックスが、余裕たっぷりにホフマンを睨めつけた。

「……今日は叔父上の誕生日ですから、無粋なことはやめましょうか……では、叔父上、私はこれにて失礼させていただきます」

 ホフマンは、そそくさとフェリクスに教会式の礼の姿勢をとった。
 そして、振り返りざまに、チラリと、レイとその後ろに控えているアレクシスに視線を向けた。

「教会の者を選ぶのは、良い心がけですね。私も、赤トカゲ崩れよりも、妖精推しですよ」

 ホフマンはレイにそう言うと、聖堂の出入口へと向かった。

 レイがなんとも言えない表情で、ホフマンの背中を見送っていると、

「……仕方のない子だね」

 隣でフェリクスが、深い溜め息をついた。

(……ホフマンさんは、何が言いたかったんだろう……)

 レイは難しい顔で、じっと聖堂の出入口を見つめた。


***


「義父さん。プレゼントがあるの」

 祝祭日のパーティーが和やかに終わり、レイはフェリクスの離宮前で、彼の袖を引いた。

「おや? 嬉しいねぇ」

 フェリクスは、柔らかく目尻に皺を寄せて、レイを見下ろした。

 デレクとアレクシスが気を遣って席を外そうとすると、「もし良かったら、デレクさんとアレクシスさんも見ていってください」と、レイは引き留めた。


 レイは、空間収納から、手のひらに載るほど小さな寄木細工のような小箱を取り出した。

 レイがそっと箱を撫でて魔力を流すと、優しく透き通ったオーケストラと共に、魔術の光が放たれた。

 水色や青色の光を灯す水魔力は、澄んだ音楽に合わせて、フェリクスの離宮とその前庭を青々と染め上げていった。
 白大理石でできた離宮に、水の流れのような青い光が、波のように打ち寄せ、水飛沫をあげる。時に滝のようにダイナミックに弾けて白い水飛沫をあげ、時に急流のように渦を巻き素早く流れ、そして時には大河のようにゆったり悠々と揺蕩う——

 フェリクスも、デレクも、アレクシスも、初めて見る音楽と青い魔力のイリュージョンに魅入っていた。

 ポロリとピアノの最後の一音が滴ると、青々とした水魔力の光は、レイの手元の小箱へと吸い込まれるように戻っていった。


「はい、義父さん。誕生日、おめでとう」

 レイは、まだ余韻に浸ってぼーっとしていたフェリクスの手を握り、小箱を手渡した。

「レイはいつでも僕の想像のその先を行ってしまうね。こんなに素晴らしいパフォーマンスも、プレゼントも、初めてだよ」

 フェリクスは、ギュッとレイを抱きしめた。「ありがとう」と小さく呟く。

 レイも、くしゃりと笑って「どういたしまして」と、フェリクスを抱き返した。


 今年の祝祭日のサプライズは、大成功に終わった。


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◆関連作品

『砂漠の詩』
『雨の回廊』編の過去編スピンオフです。

『冒険者を辞めたら天職でした 〜パーティーを追放された凄腕治癒師は、大聖者と崇められる〜』
『冒険者パーティーを追放された凄腕治癒師を拾いました』編のスピンオフです。

『ジャスティンと魔法少女のステッキ』
『魔法少女』編のスピンオフです。

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