鈴蘭の魔女の代替り

拝詩ルルー

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フェニックスの祝祭2

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「レヴィは仕事か……久しぶりに会えるかなと思ってたんだけど、残念だね」

 ルーファスの白皙の美貌が、少し残念そうに翳った。

「そうなんです。入団したてだから、いきなり休みを取るのは難しかったみたいで……あ! でも、年越しはお休みが取れたみたいです! 一緒に過ごせそうですよ。ルーファスも一緒にどうですか?」

 レイは隣を歩くルーファスを、人懐こい笑顔で見上げた。

 現在、ルーファスとレイは、聖鳳教会本部の執務区画の廊下を歩いていた。
 彼らの後ろには、レイの教育係のザックや護衛の聖騎士アルバン、聖騎士見習いのアレクシス、その他ルーファスの補佐官や護衛がゾロゾロと続いていた。

「う~ん、僕もそうしたいんだけど、里に戻らないとかな。新年の挨拶があるし」
「むぅ、残念ですが、用事があるなら仕方ないですよね……」

 レイは、しゅんと肩を落とした。
 そんなレイの様子を見て、ルーファスが柔らかく苦笑した。

「じゃあ、今度みんなの休みがかぶった時に、どこか行こうか?」

 ルーファスが、レイの瞳を覗き込んだ。淡い黄色の瞳が、優しく細められる。

「いいんですか?」

 レイも乗り気だ。さっきまでの落ち込みが嘘のように、パアッと顔色が明るくなる。

「うん。また冒険に行くのもいいね」
「いいですね! 今度はどこに行きましょうか?」
「どこか良さそうな所を探しておくよ」

 ルーファスとレイが和やかにおしゃべりをしていると、聖堂へ続く大廊下にたどり着いた。

「僕はこれから聖堂の方でお勤めだから。レイは鍛錬場で、詠唱の練習だったよね? 頑張ってね」
「はい! ルーファスも頑張ってくださいね!」 

 ルーファスとレイは、軽く別れの挨拶をした。
 聖堂へ向かうルーファスとその補佐官や護衛たちの背中が遠ざかって行く。

「俺たちは鍛錬場に行くか。こっちだ」
「はい!」

 ザックに言われ、レイは元気よく返事をした。
 聖堂とは逆方向に進んで行く。

 アルバンは粛々と、アレクシスはしかめ面で、二人の後をついて行った。


***


 レイたちは、宿舎の北側にある神官の鍛錬場に着いた。
 祝祭前の準備で忙しくしているためか、鍛錬場には誰もいなかった。

「わぁ、貸し切りですね!」

 レイがはしゃいだ声をあげた。

「ちょうどいいな。レイ、浄化の儀の呪文は覚えてるか?」
「う~ん、さすがに一年ぶりなので、うろ覚えです……」
「まずはそっちのおさらいからだな」

 ザックとレイは、早速、浄化の儀の詠唱の練習を始めた。


 アルバンとアレクシスは、二人から少し離れた所で、練習の様子を眺めていた。

「アレクシス。護衛中に無闇に魔力を漏らすなよ。ルーファス大司教に警戒されていたぞ」

 アルバンが、目線はレイとザックから外さずに、伝えた。

「……はい……」

 アレクシスは、暗いトーンで返事をした。彼も、ザックとレイの様子に目を向けていた。

「教会上層部には、魔力に敏感なお方が多い。ルーファス大司教は穏やかな方だから見逃してくださったが、あまり敵対的な魔力を振り撒いていると、敵を作るぞ」
「……分かりました……」

 アルバンの警告に、アレクシスは静かに答えた。


***


「そろそろ休憩にしましょうかー!」

 しばらく練習をした後、レイが大きく手を振って、アルバンたちを呼んだ。
 鍛錬場の端にある、長いベンチに移動する。

「飲み物はお水で大丈夫ですか? 冷たいのと温かいのがありますけど、どうしましょうか?」

 レイはベンチに座ると、人数分のコップとサンドイッチを空間収納から取り出した。
 自分の分のコップには、水魔術で白湯を注ぐ——ニールに魔術の練習だと言われ、最近練習して出せるようになったのだ。

 他のメンバーが、レイの鮮やかな魔術に、息を飲んだ。

「随分魔力コントロールが上手くなったな? 俺も白湯で頼む」
「魔術の先生が厳しいんです。いっぱい練習したんですよ? はい、ザックさんの分です」

 レイは苦笑いしつつ、ザックの分の白湯を手渡した。

 ザックはふわりと白い湯気が上がるコップを受け取ると、一口、口を付けた。「うま」と目を丸くして、小さく呟く。

「アルバンさんとアレクシスさんはどうしましょうか?」

 レイは二人の方を見上げた。

「白湯でお願いします」
「俺も同じもので」

 アルバンとアレクシスが答える。

「はい、お二人の分です」
「「ありがとうございます」」

 レイがコップに白湯を入れて渡すと、二人はお礼を言って受け取った。

「……これは……水の温度変化だけでなく、癒しの魔力も込められてますか?」

 アルバンがごくりと一口飲むと、濃い紫色の瞳を大きく見開いた。

「そうですね。その方が、疲れも癒せていいかなと思ったので」

 レイがコロコロと笑う。手元にはおやつのフルーツサンドを持っている。

「……その、レイお嬢様は、聖女になりたいとは思われないんですか? 癒し魔力を込められるということは、治癒魔術も使えるんですよね?」

 アレクシスが躊躇いがちに尋ねた。エメラルド色の瞳は、じっとレイを見つめている。

「う~ん、聖女になりたいとかはないですね。私、普段は別のお仕事をしてるんです。祝祭期間中は、義父さんのお手伝いをしたくて、ここに来てるんです」

 レイが、フルーツサンドをごっくんと飲み込んでから答えた。

「どんなお仕事をされてるんですか?」

 アレクシスがさらに尋ねた。

「普段は、黒の塔——特殊魔術研究所の魔術師をしてます」
「……魔術伯爵様……通りで魔術がとてもお上手なわけだ……」

 レイの回答に、アレクシスが目を丸くした。

「あっ! ……アルバンさん、浄化の儀の予約者リストって見ることはできますか?」

 レイは不意に思い出して、アルバンの方を振り向いた。

「見ることは可能ですが、どうかされましたか?」
「もしかしたら、所長——テオドール殿下がお忍びでいらっしゃるかもしれないです」

(義父さんの浄化の儀に興味を持たれてたしなぁ……)

「なっ……確認いたしますね。別途警備が必要になるかもしれませんね……」

 アルバンが口元に大きな手を当て、難しい顔で頷いた。

「たぶん、ライデッカー……魔術伯爵も護衛で一緒だと思います」

 レイは、普段は呼び捨てだが、ライデッカーに一応敬称を付けた。

「分かりました。テオドール殿下が偽名を使われていた場合には、護衛の方がいらっしゃらないか確認いたします」

 アルバンがしかりと頷いた。

「レイは、王子殿下に会ったことあるのか?」
「ありますよ、直接の上司ですし」

 ザックに訊かれ、レイはあっさりと答えた。

「王都でも浄化の儀をやってるだろ、そっちの方が近くていいんじゃないのか?」
浄化の儀を受けたいみたいです。所長も魔術研究者ですし」
「……ああ、そういうことか……」

 ザックは何かを察して、遠い目をした。

 ザックも、フェリクスが人外の高位者であることは察していた。それも、周囲のフェリクスの扱いを見るからに、教会内の他の誰よりも「特等」だと正確に推察していた。
 ただ、自分の命が惜しいため、「何の人外か」は知ろうとせず、一切口外することもなかった——彼なりの、教会内での処世術なのである。


「おい、魔力を漏らすな」

 アルバンが低い声で、隣に立つアレクシスに注意をした。ギロリと鋭い視線も送る。

「……はい……」

 アレクシスは、暗い表情で返事を返した。


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◆関連作品

『砂漠の詩』
『雨の回廊』編の過去編スピンオフです。

『冒険者を辞めたら天職でした 〜パーティーを追放された凄腕治癒師は、大聖者と崇められる〜』
『冒険者パーティーを追放された凄腕治癒師を拾いました』編のスピンオフです。

『ジャスティンと魔法少女のステッキ』
『魔法少女』編のスピンオフです。

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