鈴蘭の魔女の代替り

拝詩ルルー

文字の大きさ
上 下
307 / 347

王都見回り

しおりを挟む
「「寒っ!」」

 王宮の城門前にある王国騎士の詰め所から出ると、ノーランとワイアットは、コートの襟元をきゅっと引き寄せた。
 年末に近づき、冷たく乾いた木枯らしが、ドラゴニア王国の王都ガシュラにも吹いていた。


 王国騎士の制服は、鮮やかで少し深みのある美しい赤色が使われている。

 ドラゴニア王国は、火竜の血を引く王族が治める国だ——火竜とその炎をイメージさせる赤色は、特に貴色として尊ばれ、好まれてきた。

 見習いの従騎士のうちは、王国騎士がまとう赤色の騎士服よりも、一段階暗い赤色の制服となっている。

 今年の秋に入団した新兵は、もちろんまだ見習いだ。やっと着慣れてきた暗めの赤色の制服は、まだまだ固いハリがあって新品に見える。


「ほらっ、早くしろっ! 見回りに行くぞ!」

 第三騎士団の先輩騎士が声をかけた。彼の騎士服は鮮やかな赤色だ。

「「「はい!」」」

 ノーラン、レヴィ、ワイアットは、すぐさまハキハキと返事をした。

 本日は、初めての王都の見回りの仕事だ。

 レヴィたちは、王国騎士団に入団してからは、訓練に次ぐ訓練で、ひたすら毎日鍛えられてきた。
 毎年フェニックスの祝祭から年末年始は、スリや窃盗のような軽犯罪が増えるため、第三騎士団の新人の腕ならしも兼ねて、王都の見回り業務に就くことになっている。

「初めの数回は俺たち先輩が各チームにつくが、そのうち慣れてきたら二、三人でローテーションを組まれて、交代で行くようになるからな。分からないことがあれば、都度訊いておけよ」
「「「はい!」」」

 先輩の言葉に、見習いたちは素直に返事をした。
 上長の命令は絶対だ。入団してからの訓練で、特にみっちりと教え込まれてきたことだ。


 王都ガシュラは、背の高い立派な煉瓦造りの建物が整然と建てられ、とても美しい街並みをしている。王都に初めて訪れる旅人や冒険者たちは、この美しく端正な街並みに、思わず言葉を忘れて見入ってしまうという。

 王宮の正門から伸びるメイン通りは、道幅がゆったりと広く、綺麗に石畳が敷かれ、貴族の馬車から乗合馬車まで大小さまざまな馬車が行き交っている。

 王都の中心街には、ショーウィンドウが美しく飾られた店々や、おいしそうな香りが漂ってくる飲食店、紳士淑女で賑わう流行りのカフェなどさまざまな店が立ち並んでいる。

 王都を北西から東南に向けて大きく横切るように、ギアンサル川が流れており、立派なアーチ型の橋が架けられ、ガシュラでも人気の観光地となっている。

 そろそろ祝祭が近づいてきているためか、王都は街行く人々で賑わっていた。


「祝祭期間中は特に犯罪が増えるから、見回り回数も多くなる。騎士団に入って一年目は、まず休みはほとんど取れないと考えた方がいい」

 見回り中に、先輩がぽつりと言った。

「……祝祭期間中は休めない……」

 レヴィは少し残念そうに呟いた。

「おっ。恋人との約束でもあったか?」

 ワイアットが、揶揄うような口調で尋ねた。

「いえ、そういったものではないのですが、手伝いがありまして……」

 レヴィは躊躇いがちに口にした。

「悪いが、王国騎士団に入団したからには、国の安全を守るのが務めだ。こっちの仕事を優先してもらうぞ。手伝いはレヴィでないとダメなのか?」

 先輩が、レヴィの方を振り向いて、確認した。

「私でなくても大丈夫ですが……」
「じゃあ、手伝いは別の奴に任せて、こっちに出てくれ」
「……はい……」

 先輩の言葉に、レヴィはカックリと肩を落とした。


 レヴィたちは、特に何か犯罪や面倒事に遭遇することもなく、初めての王都見回りは無事に終えた。


***


 見回りから戻って来ると、もうすでに夜も更けていた。
 騎士寮に併設されている食堂も終業時間に近づいていたため、レヴィたちは足早に食堂に向かった。

 食堂のメニューは、一言で言えば「肉とボリューム」だ。騎士たちは、これさえ満たされていれば、基本的に文句は出さない。あとは、うまければ上等なぐらいだ。
 食堂は水や茶、コーヒーぐらいは出るが、アルコール類は、よほどの祝い事の日でなければ一切出ない。酒はいつの時代でも、防衛に隙を生み出すからだ。


 本日のメニューは、ボア肉とじゃがいもの豪快な煮込み、大きなソーセージをただ焼いただけのもの、赤キャベツの酢漬け、バケットだ。
 レヴィたち三人は、トレイに山盛りの夕食を乗せると、食堂の無骨な木製テーブルに運んだ。

「そういや、ノーランは年末年始はどうするんだ? 家族は王都にいるんだろ?」

 ワイアットが行儀悪くも、食べかけのソーセージが付いたフォークの先を、ノーランに向けて尋ねた。

「そうだなぁ、見回りの日以外は、実家に顔を出そうかと思ってる。最近、あんまり帰れてないからな~妹が王国騎士を本格的に目指してるらしくてさ、相手しろって煩いんだ」

 ノーランが、ただでさえ細い目を、まんざらでもなさそうに細めて言った。
 切る暇が無くて伸びてしまった金茶色の髪は、食事の邪魔にならないよう、ひとまとめにしている。

「妹がいるのか? 騎士を目指すなんて珍しいな」

 ワイアットが目を丸くした。

「お転婆なのが一人いるよ。母さんも騎士だったから、自然と憧れてるのかもな~」

 ノーランがやれやれと言いたげに小さく肩をすくめた。ボア肉とじゃがいもの煮物の皿を持ち上げると、一気にかき込む。

「レヴィは年末年始はどうするんだ?」

 ワイアットは、今度はレヴィに話を振った。

「年末年始……どうしましょう?」

 レヴィは赤キャベツの酢漬けをフォークの先で突きつつ、悩ましげに答えた。

「何だ、帰る家がないなら、寮に残った奴らと年越しにバカ騒ぎをするから、それに混ざるか?」

 ワイアットが、ニヤリと悪ガキのような笑みを浮かべた。

 レヴィは、ふとユグドラの自分の部屋を思い返した。

 どこにでもありそうな簡素なベッドと木製チェスト。一時期はベッド代わりに使っていたソファ。そして、レイから初めてもらったお古の剣立て。——シンプルで、ほとんど何も無いようなものだが、初めての自分のためだけの部屋だ。

 そして、ユグドラにいた時の主人レイや、そこに住まう管理者や住民たち、仲良くなった防御壁部隊員たちなどの顔や笑顔が思い浮かんだ。


「帰る部屋はあります。帰っていいか聞いてみます」

 レヴィは皿から視線を上げて、薄桃色の髪が目立つワイアットの方を向くと、生真面目に答えた。

「……なんだ、帰る家があるのか。それにしても、許可取るっておかしくね?」
「そうですか? 共同生活なので、確認した方がいいかと」
「……ああ、そっか。孤児院だっけか……」

 ワイアットは、レヴィの「共同生活」という言葉を早とちりしたようで、申し訳なさそうに言い淀んだ。

「いえ、そういう……」
「まぁ、そっちの都合次第で帰るかもしれないんだな! 無理だって言われたら、寮には俺たちがいるからな! 混ぜてやるよ!」

 レヴィが訂正しようと口を開きかけると、ワイアットがわざと明るい声で茶化した。
 彼は大きな手で、レヴィの肩をバシバシッと叩いた。

(……そういうわけではないのですが……でも、ユグドラのことを外部の人に知られるのはあまりよくないですよね……)

 レヴィはどこか釈然としないままだったが、大人しくこくりと頷いた。


しおりを挟む
◆関連作品

『砂漠の詩』
『雨の回廊』編の過去編スピンオフです。

『冒険者を辞めたら天職でした 〜パーティーを追放された凄腕治癒師は、大聖者と崇められる〜』
『冒険者パーティーを追放された凄腕治癒師を拾いました』編のスピンオフです。

『ジャスティンと魔法少女のステッキ』
『魔法少女』編のスピンオフです。

あなたにおすすめの小説

【完結】番である私の旦那様

桜もふ
恋愛
異世界であるミーストの世界最強なのが黒竜族! 黒竜族の第一皇子、オパール・ブラック・オニキス(愛称:オール)の番をミースト神が異世界転移させた、それが『私』だ。 バールナ公爵の元へ養女として出向く事になるのだが、1人娘であった義妹が最後まで『自分』が黒竜族の番だと思い込み、魅了の力を使って男性を味方に付け、なにかと嫌味や嫌がらせをして来る。 オールは政務が忙しい身ではあるが、溺愛している私の送り迎えだけは必須事項みたい。 気が抜けるほど甘々なのに、義妹に邪魔されっぱなし。 でも神様からは特別なチートを貰い、世界最強の黒竜族の番に相応しい子になろうと頑張るのだが、なぜかディロ-ルの侯爵子息に学園主催の舞踏会で「お前との婚約を破棄する!」なんて訳の分からない事を言われるし、義妹は最後の最後まで頭お花畑状態で、オールを手に入れようと男の元を転々としながら、絡んで来ます!(鬱陶しいくらい来ます!) 大好きな乙女ゲームや異世界の漫画に出てくる「私がヒロインよ!」な頭の変な……じゃなかった、変わった義妹もいるし、何と言っても、この世界の料理はマズイ、不味すぎるのです! 神様から貰った、特別なスキルを使って異世界の皆と地球へ行き来したり、地球での家族と異世界へ行き来しながら、日本で得た知識や得意な家事(食事)などを、この世界でオールと一緒に自由にのんびりと生きて行こうと思います。 前半は転移する前の私生活から始まります。

私の入る余地なんてないことはわかってる。だけど……。

さくしゃ
恋愛
キャロルは知っていた。 許嫁であるリオンと、親友のサンが互いを想い合っていることを。 幼い頃からずっと想ってきたリオン、失いたくない大切な親友であるサン。キャロルは苦悩の末に、リオンへの想いを封じ、身を引くと決めていた——はずだった。 (ああ、もう、) やり過ごせると思ってた。でも、そんなことを言われたら。 (ずるいよ……) リオンはサンのことだけを見ていると思っていた。けれど——違った。 こんな私なんかのことを。 友情と恋情の狭間で揺れ動くキャロル、リオン、サンの想い。 彼らが最後に選ぶ答えとは——? ⚠️好みが非常に分かれる作品となっております。

夫の隠し子を見付けたので、溺愛してみた。

辺野夏子
恋愛
セファイア王国王女アリエノールは八歳の時、王命を受けエメレット伯爵家に嫁いだ。それから十年、ずっと仮面夫婦のままだ。アリエノールは先天性の病のため、残りの寿命はあとわずか。日々を穏やかに過ごしているけれど、このままでは生きた証がないまま短い命を散らしてしまう。そんなある日、アリエノールの元に一人の子供が現れた。夫であるカシウスに生き写しな見た目の子供は「この家の子供になりにきた」と宣言する。これは夫の隠し子に間違いないと、アリエノールは継母としてその子を育てることにするのだが……堅物で不器用な夫と、余命わずかで卑屈になっていた妻がお互いの真実に気が付くまでの話。

婚約破棄されて辺境へ追放されました。でもステータスがほぼMAXだったので平気です!スローライフを楽しむぞっ♪

naturalsoft
恋愛
シオン・スカーレット公爵令嬢は転生者であった。夢だった剣と魔法の世界に転生し、剣の鍛錬と魔法の鍛錬と勉強をずっとしており、攻略者の好感度を上げなかったため、婚約破棄されました。 「あれ?ここって乙女ゲーの世界だったの?」 まっ、いいかっ! 持ち前の能天気さとポジティブ思考で、辺境へ追放されても元気に頑張って生きてます!

異世界から来た娘が、たまらなく可愛いのだが(同感)〜こっちにきてから何故かイケメンに囲まれています〜

恋愛
普通の女子高生、朱璃はいつのまにか異世界に迷い込んでいた。 右も左もわからない状態で偶然出会った青年にしがみついた結果、なんとかお世話になることになる。一宿一飯の恩義を返そうと懸命に生きているうちに、国の一大事に巻き込まれたり巻き込んだり。気付くと個性豊かなイケメンたちに大切に大切にされていた。 そんな乙女ゲームのようなお話。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

異世界で婚活したら、とんでもないのが釣れちゃった?!

家具付
恋愛
五年前に、異世界に落っこちてしまった少女スナゴ。受け入れてくれた村にすっかりなじんだ頃、近隣の村の若い人々が集まる婚活に誘われる。一度は行ってみるべきという勧めを受けて行ってみたそこで出会ったのは……? 多種多様な獣人が暮らす異世界でおくる、のんびりほのぼのな求婚ライフ!の、はずだったのに。

魔法が使えない令嬢は住んでいた小屋が燃えたので家出します

怠惰るウェイブ
ファンタジー
グレイの世界は狭く暗く何よりも灰色だった。 本来なら領主令嬢となるはずの彼女は領主邸で住むことを許されず、ボロ小屋で暮らしていた。 彼女はある日、棚から落ちてきた一冊の本によって人生が変わることになる。 世界が色づき始めた頃、ある事件をきっかけに少女は旅をすることにした。 喋ることのできないグレイは旅を通して自身の世界を色付けていく。

処理中です...