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塔の少女(看守長マリー視点)
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「はぁ……結局、ほとんど碌なことを話さなかったわね。狂人なんて、拷問のしがいがないわ~」
あたしは調書の束をバサッとデスクの上に放り投げた。ちょっと、しばらくは見たくないかも……
調書には、先日騎士団から預かった囚人の支離滅裂な証言が記載されている。
囚人の罪状は、第三王子の襲撃。暗殺未遂ね。
囚人は、あたしが預かりに行った時にはすでにボロボロだった。顔はボコボコだし、片腕は無いし。でもそれ以上に、何かとんでもなく恐ろしいことが起こったみたいで、精神的にきてたみたいだった。
もちろん、そんな囚人からは碌な証言なんて取れやしなかった。
……少し、気晴らしが必要ね……
「ちょっと行ってくるわ」
あたしは自分の席を立った。
看守部屋の端に置かれたコート掛けから、自分のコートを取る。
「マリー看守長はどこへ?」
部下の一人が尋ねてきた。
「黒の塔よ。テオドール殿下にご報告よ。あと、殿下に少しだけ伺いたいことがあるの。じゃ、行ってくるわね」
「「「はっ! 行ってらっしゃいませ!」」」
部下の看守たちに見送られて、あたしは牢獄の看守部屋を出た。
***
ドラゴニア王立特殊魔術研究所——通称「黒の塔」
呪い魔術で黒く染まった塔は、普通の人からしたら畏怖の対象だ。
だけど、あたしはここがそんなに嫌いじゃない。普通とは違う「異端」って雰囲気が、そそられる感じがして、むしろちょっぴり好きかも。
ジメジメしてそうで暗~い雰囲気は嫌いだけどね。
この塔には衛兵が立っていないから、勝手に大扉を開けて入る。騎士たちが、黒の塔と呪いを恐れて、ここの衛兵に就きたがらないっていうのもあるけど……
「…………何しに来た?」
「ひゃあっ! ……びっくりしたぁ~! 心臓が止まるかと思ったじゃない!!」
あたしが塔の中に一歩足を踏み入れると、すぐ横、大扉の影に虚な青白い顔があった。
この塔の第二席の魔術師サイモン——呪いの精霊王とかいう、この国でもトップクラスにふざけた存在だ。
ギャレット家は代々、表では「牢獄の番人」を、裏では「国王の影」を担ってきた。
そして、この国にはアンタッチャブルな存在——人外の高位者が、国民に紛れ込んでいる。
高位者一人で、ドラゴニア王国は簡単に滅亡するからね。高位者への対応は慎重にもなるし、対応させる人間も、厳しく選抜される。
そして、その人外の高位者が関係している事件を、表に裏に丸く収めたり、隠したりするのがあたしたちの仕事。この国がまだ滅亡していないのは、ギャレット家が深く関わってるのよ。
そのためには、まずは誰がどんな高位者なのか知らないといけない。
高位者の名前と種族が記載された名簿——通称「リスト」と呼ばれるものは、国王陛下とギャレット家と影、それから一部の執政官にだけ共有されている。
「それで、何しにここへ来た?」
サイモンが、精霊の王特有だという星々が煌めく黄金色の瞳を、じっとあたしに向けてきた。
再度、同じ質問をしてくる。
この塔は呪いの精霊王の領域でもある。……本当は塔の魔術師が呪い魔術を使いすぎたんじゃなくて、コイツがいるから塔が黒く染まったんじゃないかって疑ってる。
「テオドール殿下にご報告よ。この前の新人演習の襲撃について。それから少し伺いたいことがあるの」
サイモンの雰囲気が一気に険しくなった。痩せぎすで顔色が悪い分、変な凄みがある。
あたしが「テオドール殿下に少し確認したい」って言ったのが、気に障ったのかしら?
でも、コイツに下手な嘘は悪手だ。あたしだって、下手に嘘をついて呪い殺されるのだけは勘弁よ!
「テオドール殿下は『リスト』に記載があるから、手ぇ出さないわよ」
誤解を解くために、あたしはちゃんと弁明した。ここで何も言わないと、コイツに何されるか分かったもんじゃないわ。コイツらは、あたしら人間とは違った思考とルールで生きてるからね。
王族でも「リスト」に記載されてる方と記載されていない方がいらっしゃる。
テオドール殿下は呪いの精霊王と雷竜の加護を受けているから、下手に危害を加えれば、そいつらが暴れる可能性がある。だから「リスト」に記載されている。
一方で、正妃殿下や側妃殿下、エイダン殿下とナタリー殿下は記載されていない。
もし仮にだけど、彼らを害しても、人外の高位者は誰一人動かないし、それで王国が揺るがされるようなこともない——つまり「リスト」には、人外の高位者関係で王国に影響を与える「人間」の名前も記載されるのだ。
「……その『リスト』に一名追加だ。レイ・メーヴィス、黒の塔の新人だ」
サイモンがボソッと呟いた。
今まで微動だにしなかった青紫色の長い髪が、少しだけ揺れる。
「レイ・メーヴィス? 『リスト』に追加だなんて、報告されてないわよ?」
「とにかく加えておけ。僕でも彼女に手を出すことはない」
「…………分かったわ」
理由は分かんないけど、呪いの精霊王でも敵対したくないほどの高位者なのか、そういった人外の高位者がバックにいるのかもね。あとで調べておかないとかしら……
「それにしても、あたしが毎回塔を訪れる度に、随分な挨拶よね!」
あたしは少しだけ嫌味を言ってやった。これまでの経験上、コイツにはこのぐらいなら言っても大丈夫だから。
「お前は、血と恨みの匂いが濃すぎる。碌なことをしていない」
「…………まぁね。そこは否定しないわ」
サイモンは案外生真面目に答えてくれた。
サイモンのじっとりと嫌~な視線に見送られながら、あたしは塔の螺旋階段を上がった。
黒の塔の所長室に着くと、先客がいた。
テオドール殿下と、その護衛のジーン・ライデッカーがいるのは当然として、他にもジャスティン・アスター、エヴァ・ハートネット、それから初めて見る黒髪の少女がいた——この子が、レイ・メーヴィスかしら?
少女は、綺麗でまっすぐな黒髪をポニーテールにしている、小柄でかわいらしい子だ。
エヴァ・ハートネットと並んで、ちょこんとソファに腰掛けている。
「……何か?」
「先日の新人演習の件で、ご報告がございます。あと、少々殿下にお伺いしたいことが……」
テオドール殿下に訊かれ、あたしは今回の訪問の理由を話した。
「なら、俺は席を外そう。……そうだ、俺は殿下の案には賛成だ。他に研究している魔術師も少ないし、王国の魔術の発展にも寄与できると思う」
ジャスティン・アスターは、自分の言いたいことだけを言って、さっさと所長室を出て行った。
……魔術の研究について、何か話し合いでもしてたのかしら?
「……私はどうしましょうか?」
エヴァ・ハートネットが、彼女自身を指差して確認した。
「……そうだな……」
テオドール殿下の深紅色の瞳が、じっと見透かすようにあたしを見た。
あたしは少しだけ困ったような曖昧な笑みを浮かべた。たぶん、ちょっと踏み込んだ内容を話すって、これで通じるはず。
「エヴァ嬢は自分の研究室に戻ってもらって構わない。レイ嬢はこのままここにいてくれ」
「「分かりました」」
テオドール殿下の指示に、エヴァ・ハートネットと少女が頷いた。
少女の方を残すのは、少し意外だったわ。
「それで、報告とは?」
テオドール殿下に、ソファの空いた席に座るよう促され、あたしは殿下の目の前に座った。
少女は、一人掛けのソファ席に移動していた。
「先日収監された襲撃犯についてですが、あいにく囚人の気がふれてしまっているため、支離滅裂なことしか話さず、今後も何かを聞き出すことは難しいかと思われます」
「……だろうな……」
テオドール殿下は、特に何の感情を示すこともなく頷いた。
少女も無言で、ただ話に耳を傾けていた。
「一つ、殿下にお伺いしたいことが。よろしいでしょうか?」
「何だ?」
「囚人の腕についてです。囚人の左腕が聖灰化していたのですが、魔術師の見解では、かなり強力な聖属性の魔力に触れたことが原因だそうです。そして、それほどの魔力量を放出することは、人間には不可能だとのことです。……襲撃時に他に誰かいませんでしたか?」
あたしは殿下の許可を得て、本日の本題に入った。
「…………あの時たまたま居合わせた高位者によるものだ。少々気分を害されたらしい」
テオドール殿下が、少し少女の様子を窺ってから話し始めた。
それに、この子の前で人外の高位者について話しても大丈夫みたい。
「殿下の方は何か被害はございませんか?」
「私の方は特に問題ない」
テオドール殿下がキッパリと答える。
「あなたが、結界を張って殿下をお守りした塔の魔術師かしら?」
あたしは今度は少女の方に尋ねた。
「そうです」
少女が頷いた。
涼やかな目元に、綺麗に整った顔立ちをしていて、利発そうな子だわ。
テオドール殿下とライデッカーが、微かに緊張したのが分かった。お二人はこの子にだいぶ気を遣ってるみたいね……
「あなたは大丈夫だったの?」
「私も何も問題ないです」
少女は小さく首を横に振った。
「あなたは誰か人外の高位者を見てないかしら?」
あたしの質問に、少女は少し困ったような顔をした。
彼女が口を開きかけたその時——
「この話はここまでにしようか」
まさかのジーン・ライデッカーが口を挟んできた。
「レイちゃんは、何も言わなくていい」
「……」
ジーン・ライデッカーが少女の方を見下ろして言うと、彼女は黙ってこくりと頷いた。
年齢の割にしっかりしてるわね、この子。
「正直、俺たちもそのお方の許可が取れていないから、ここでペラペラと喋るわけにはいかない」
ジーン・ライデッカーが太い腕を組み、断固として言った。
「分かったわ。それなら仕方ないわね」
……ジーン・ライデッカー以上の高ランクの人外なのは確定ね。
***
珍しく、塔の下にはジーン・ライデッカーに送られた。
というか、監視するように、あたしの後ろをプラプラとついて来られた。
「あの子、レイ・メーヴィスっていう子かしら?」
塔の一階ホール、大扉の前であたしは確認した。
「……手出しするなよ、とんでもねぇことになるからな」
ジーン・ライデッカーは、面倒くさそうにあたしを見下ろして言った。
オレンジ色の三白眼は、警告の色を含んで冷たかった。
「サイモンにも釘を刺されたわ」
「相変わらず仕事が早い……」
「彼女のバックには誰がいるのかしら?」
「……それを知ってどうするんだ?」
「国王陛下にご報告よ。それから影と上級執政官にもね。あの子に変なことで被害がいかないよう防げるわよ」
あたしがメリットも伝えると、ジーン・ライデッカーは少し考え込んだ。
やっぱり、何か知ってるみたい。
「……俺も全部は知らないが、俺より高位の竜が二頭、それから先代魔王様だ。人外に好かれやすい質だから、他にも加護や祝福を与えられている可能性が高い」
ジーン・ライデッカーはそれだけ言うと、さっさと塔の中へと戻って行った。
「そりゃあ、あれだけ気を遣うわけだわ……」
あたしはびっくりしすぎて、それしか言えなかった。
たぶん、ある意味国王陛下より重要人物じゃない?
黒の塔の敷地を出ると、どっと疲れが出た。
久々にやっばいの聞いちゃったわ~……
……はぁ……最近新しい水竜の水クリームが入荷されたって聞いたし、後で気晴らしに買いに行きましょ……
あたしは調書の束をバサッとデスクの上に放り投げた。ちょっと、しばらくは見たくないかも……
調書には、先日騎士団から預かった囚人の支離滅裂な証言が記載されている。
囚人の罪状は、第三王子の襲撃。暗殺未遂ね。
囚人は、あたしが預かりに行った時にはすでにボロボロだった。顔はボコボコだし、片腕は無いし。でもそれ以上に、何かとんでもなく恐ろしいことが起こったみたいで、精神的にきてたみたいだった。
もちろん、そんな囚人からは碌な証言なんて取れやしなかった。
……少し、気晴らしが必要ね……
「ちょっと行ってくるわ」
あたしは自分の席を立った。
看守部屋の端に置かれたコート掛けから、自分のコートを取る。
「マリー看守長はどこへ?」
部下の一人が尋ねてきた。
「黒の塔よ。テオドール殿下にご報告よ。あと、殿下に少しだけ伺いたいことがあるの。じゃ、行ってくるわね」
「「「はっ! 行ってらっしゃいませ!」」」
部下の看守たちに見送られて、あたしは牢獄の看守部屋を出た。
***
ドラゴニア王立特殊魔術研究所——通称「黒の塔」
呪い魔術で黒く染まった塔は、普通の人からしたら畏怖の対象だ。
だけど、あたしはここがそんなに嫌いじゃない。普通とは違う「異端」って雰囲気が、そそられる感じがして、むしろちょっぴり好きかも。
ジメジメしてそうで暗~い雰囲気は嫌いだけどね。
この塔には衛兵が立っていないから、勝手に大扉を開けて入る。騎士たちが、黒の塔と呪いを恐れて、ここの衛兵に就きたがらないっていうのもあるけど……
「…………何しに来た?」
「ひゃあっ! ……びっくりしたぁ~! 心臓が止まるかと思ったじゃない!!」
あたしが塔の中に一歩足を踏み入れると、すぐ横、大扉の影に虚な青白い顔があった。
この塔の第二席の魔術師サイモン——呪いの精霊王とかいう、この国でもトップクラスにふざけた存在だ。
ギャレット家は代々、表では「牢獄の番人」を、裏では「国王の影」を担ってきた。
そして、この国にはアンタッチャブルな存在——人外の高位者が、国民に紛れ込んでいる。
高位者一人で、ドラゴニア王国は簡単に滅亡するからね。高位者への対応は慎重にもなるし、対応させる人間も、厳しく選抜される。
そして、その人外の高位者が関係している事件を、表に裏に丸く収めたり、隠したりするのがあたしたちの仕事。この国がまだ滅亡していないのは、ギャレット家が深く関わってるのよ。
そのためには、まずは誰がどんな高位者なのか知らないといけない。
高位者の名前と種族が記載された名簿——通称「リスト」と呼ばれるものは、国王陛下とギャレット家と影、それから一部の執政官にだけ共有されている。
「それで、何しにここへ来た?」
サイモンが、精霊の王特有だという星々が煌めく黄金色の瞳を、じっとあたしに向けてきた。
再度、同じ質問をしてくる。
この塔は呪いの精霊王の領域でもある。……本当は塔の魔術師が呪い魔術を使いすぎたんじゃなくて、コイツがいるから塔が黒く染まったんじゃないかって疑ってる。
「テオドール殿下にご報告よ。この前の新人演習の襲撃について。それから少し伺いたいことがあるの」
サイモンの雰囲気が一気に険しくなった。痩せぎすで顔色が悪い分、変な凄みがある。
あたしが「テオドール殿下に少し確認したい」って言ったのが、気に障ったのかしら?
でも、コイツに下手な嘘は悪手だ。あたしだって、下手に嘘をついて呪い殺されるのだけは勘弁よ!
「テオドール殿下は『リスト』に記載があるから、手ぇ出さないわよ」
誤解を解くために、あたしはちゃんと弁明した。ここで何も言わないと、コイツに何されるか分かったもんじゃないわ。コイツらは、あたしら人間とは違った思考とルールで生きてるからね。
王族でも「リスト」に記載されてる方と記載されていない方がいらっしゃる。
テオドール殿下は呪いの精霊王と雷竜の加護を受けているから、下手に危害を加えれば、そいつらが暴れる可能性がある。だから「リスト」に記載されている。
一方で、正妃殿下や側妃殿下、エイダン殿下とナタリー殿下は記載されていない。
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「……その『リスト』に一名追加だ。レイ・メーヴィス、黒の塔の新人だ」
サイモンがボソッと呟いた。
今まで微動だにしなかった青紫色の長い髪が、少しだけ揺れる。
「レイ・メーヴィス? 『リスト』に追加だなんて、報告されてないわよ?」
「とにかく加えておけ。僕でも彼女に手を出すことはない」
「…………分かったわ」
理由は分かんないけど、呪いの精霊王でも敵対したくないほどの高位者なのか、そういった人外の高位者がバックにいるのかもね。あとで調べておかないとかしら……
「それにしても、あたしが毎回塔を訪れる度に、随分な挨拶よね!」
あたしは少しだけ嫌味を言ってやった。これまでの経験上、コイツにはこのぐらいなら言っても大丈夫だから。
「お前は、血と恨みの匂いが濃すぎる。碌なことをしていない」
「…………まぁね。そこは否定しないわ」
サイモンは案外生真面目に答えてくれた。
サイモンのじっとりと嫌~な視線に見送られながら、あたしは塔の螺旋階段を上がった。
黒の塔の所長室に着くと、先客がいた。
テオドール殿下と、その護衛のジーン・ライデッカーがいるのは当然として、他にもジャスティン・アスター、エヴァ・ハートネット、それから初めて見る黒髪の少女がいた——この子が、レイ・メーヴィスかしら?
少女は、綺麗でまっすぐな黒髪をポニーテールにしている、小柄でかわいらしい子だ。
エヴァ・ハートネットと並んで、ちょこんとソファに腰掛けている。
「……何か?」
「先日の新人演習の件で、ご報告がございます。あと、少々殿下にお伺いしたいことが……」
テオドール殿下に訊かれ、あたしは今回の訪問の理由を話した。
「なら、俺は席を外そう。……そうだ、俺は殿下の案には賛成だ。他に研究している魔術師も少ないし、王国の魔術の発展にも寄与できると思う」
ジャスティン・アスターは、自分の言いたいことだけを言って、さっさと所長室を出て行った。
……魔術の研究について、何か話し合いでもしてたのかしら?
「……私はどうしましょうか?」
エヴァ・ハートネットが、彼女自身を指差して確認した。
「……そうだな……」
テオドール殿下の深紅色の瞳が、じっと見透かすようにあたしを見た。
あたしは少しだけ困ったような曖昧な笑みを浮かべた。たぶん、ちょっと踏み込んだ内容を話すって、これで通じるはず。
「エヴァ嬢は自分の研究室に戻ってもらって構わない。レイ嬢はこのままここにいてくれ」
「「分かりました」」
テオドール殿下の指示に、エヴァ・ハートネットと少女が頷いた。
少女の方を残すのは、少し意外だったわ。
「それで、報告とは?」
テオドール殿下に、ソファの空いた席に座るよう促され、あたしは殿下の目の前に座った。
少女は、一人掛けのソファ席に移動していた。
「先日収監された襲撃犯についてですが、あいにく囚人の気がふれてしまっているため、支離滅裂なことしか話さず、今後も何かを聞き出すことは難しいかと思われます」
「……だろうな……」
テオドール殿下は、特に何の感情を示すこともなく頷いた。
少女も無言で、ただ話に耳を傾けていた。
「一つ、殿下にお伺いしたいことが。よろしいでしょうか?」
「何だ?」
「囚人の腕についてです。囚人の左腕が聖灰化していたのですが、魔術師の見解では、かなり強力な聖属性の魔力に触れたことが原因だそうです。そして、それほどの魔力量を放出することは、人間には不可能だとのことです。……襲撃時に他に誰かいませんでしたか?」
あたしは殿下の許可を得て、本日の本題に入った。
「…………あの時たまたま居合わせた高位者によるものだ。少々気分を害されたらしい」
テオドール殿下が、少し少女の様子を窺ってから話し始めた。
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「殿下の方は何か被害はございませんか?」
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あたしは今度は少女の方に尋ねた。
「そうです」
少女が頷いた。
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「私も何も問題ないです」
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というか、監視するように、あたしの後ろをプラプラとついて来られた。
「あの子、レイ・メーヴィスっていう子かしら?」
塔の一階ホール、大扉の前であたしは確認した。
「……手出しするなよ、とんでもねぇことになるからな」
ジーン・ライデッカーは、面倒くさそうにあたしを見下ろして言った。
オレンジ色の三白眼は、警告の色を含んで冷たかった。
「サイモンにも釘を刺されたわ」
「相変わらず仕事が早い……」
「彼女のバックには誰がいるのかしら?」
「……それを知ってどうするんだ?」
「国王陛下にご報告よ。それから影と上級執政官にもね。あの子に変なことで被害がいかないよう防げるわよ」
あたしがメリットも伝えると、ジーン・ライデッカーは少し考え込んだ。
やっぱり、何か知ってるみたい。
「……俺も全部は知らないが、俺より高位の竜が二頭、それから先代魔王様だ。人外に好かれやすい質だから、他にも加護や祝福を与えられている可能性が高い」
ジーン・ライデッカーはそれだけ言うと、さっさと塔の中へと戻って行った。
「そりゃあ、あれだけ気を遣うわけだわ……」
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13
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