鈴蘭の魔女の代替り

拝詩ルルー

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定期連絡

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「義父さん、聞こえてますか?」
『うん、もちろん聞こえてるよ』
「ふふっ。この前会ったばかりだから、何だか不思議な感じですね」
『そうだね』

 通信の魔道具から、フェリクスのあたたかく穏やかな声が流れてきた。

 今夜は、フェリクスとレイの定期連絡の日だ。

 レイとフェリクスは先日まで新人演習で一緒していたため、今夜の定期連絡はスキップしても構わなかった。
 だが、フェリクスに「僕はレイといっぱいおしゃべりできた方が嬉しいな」と言われ、キュンときたレイが連絡会を快諾したのだった。

 バレット邸の自室で、レイはいつものように使い魔の琥珀と一緒にベッドの上に寝転がり、通信の魔道具を起動していた。

「義父さんはあの後、どこへ散歩に行ったんですか?」

 レイはふと尋ねてみた。


 黒の塔の所長のテオドールが暗殺者に狙われた日、彼と一緒にいたレイも騒動に巻き込まれてしまった。そのため、フェリクスは激怒したのだ。

 先代魔王の怒りは、強烈な魔力が漏れ出てしまうため、周囲に多大な影響を与えてしまう——それこそ、人体が聖灰に変わってしまう程に。

 聖騎士アルバンの進言で、フェリクスは気晴らしをするために、しばらく散歩に出ることにしたのだ。

 結界を張って暗殺者からテオドールを守り抜いたことで、レイは野営地に戻ると褒められもしたが、事情聴取も受けた。

 そして、テオドールだけでなく、第一王子エイダンの方も暗殺者に狙われたらしく、演習は急遽中止となり、野営地の撤収作業で慌ただしくなった。

 諸々の事情聴取や撤収作業が落ち着き、レイが気づいた時には、いつの間にかフェリクスは教会の後方支援キャンプに戻って来ていたのだ。


『今回は海を見に行って来たよ。ドラゴニア西部には大きな港町があって、その先には海が広がっているんだ。何も無い広大な海を飛んでいると、気持ちが落ち着いてくるね。潮風の香りも、波音も、とても気持ち良かったよ』
「わぁ~! 私も行ってみたかったです!」

 レイは、こちらの世界に来てからまだ目にしていない海を、心の中でイメージしてみた。青々とした穏やかな海が、瞼の裏に広がる。

(……こっちの世界にも海があるんだ……そのうち行ってみたいなぁ~)

『しばらく海の上を飛んでみて、最近はあまり空を飛んでいなかったことを思い出したんだ。ずっと地上にいたから、感覚が麻痺していたのかもしれないね。やっぱり、空は僕にとって帰るべき故郷のような、包まれるような懐かしさを感じたよ』

 フェリクスはしみじみと口にした。

 先代魔王フェリクスの正体は、フェニックスだ。
 本来なら大空を飛び回る生き物だ。それが、聖鳳教会を立ち上げ、今では「聖属性の大司教」という肩書きで人間の振りをして生きている——そんな生活に、息が詰まってしまっても仕方がないのかもしれない。

『また一緒に空を飛ぶかい?』
「うっ……アクロバット飛行をしないなら……」
『今度はちゃんとゆっくり飛ぶよ』
「むぅ、約束ですよ?」

 レイはちょこんと唇を尖らせた。

 フェリクスのアクロバット飛行で、レイは何度か恐ろしい目に遭っていた。

 はじめはフェリクスは普通に空を飛んでくれるのだが、空を飛んでいるうちにだんだんと気分が良くなってくるのか、宙返りや急上昇や急降下など、アクロバット飛行を始めてしまうのだ。

 フェリクスの遊覧飛行は好きなのだが、元の世界でも絶叫系マシーンがやや苦手だったレイにとっては、悩みのタネだった。

『そういえば、来月はまた祝祭があるけど、今年はどうする? またお手伝いに来るかい?』

 フェリクスが穏やかに尋ねてきた。

「もうそんな時期なんですね! 一年って早いですよね~黒の塔のお仕事がなければ、行ってもいいですか?」
『もちろん、レイなら大歓迎だよ。レイは少し大きくなったから、神官服は新調しないとだね。ニールに注文しておかないと』
「ふふっ。後で黒の塔とニールに確認してみますね」

 聖鳳教会では、十二月の最も夜の長い日に、フェニックスの祝祭が執り行われる。
 フェニックスの祝祭日前後には、教会の聖堂で浄化の儀が執り行われ、この一年に溜まった穢れを祓い、来年の息災を祈るのだ。

 レイは昨年のフェニックスの祝祭では、浄化の儀で神官の手伝いをしたのだ。

『今年は一緒に祝祭料理を食べようか?』
「はい!」

 フェリクスの魅力的な提案に、レイは元気よく答えた。

『そうだ、少し気になったんだけど……』
「何でしょうか?」

 フェリクスの少し躊躇いがちな口調に、レイは小首を傾げた。

(義父さんが「気になる」だなんて、珍しい……)

『レイはイシュガル騎士団長のことはどう思った?』
「第一騎士団の団長さんですか? ……確か、所長の護衛に就かれてて、何回かお見かけしましたね」

 レイは、フェリクスに訊かれ、イシュガルを思い返してみた。

 近衛騎士を束ねる第一騎士団の団長イシュガルは、第三王子テオドールの従兄弟で侯爵家の三男だ。
 騎士らしく鍛えられた大柄な体格で、癖のある黒髪に炎の塊のような赤色の瞳の、どこかエキゾチックな雰囲気の美丈夫だ。

 彼は非常に珍しい「女神の瞳」スキルを有していて、真実を見抜くことができるという。
 また、当代剣聖の捜索関係の業務も取りまとめており、剣聖であることを隠しているレイとしては、あまり近付かない方が良い相手だ。

「う~ん……ご挨拶ぐらいしかしたことがないので、何とも……? イシュガル騎士団長に何かあるんですか?」

 レイは素直に考えて、首を捻った。

『ううん。特に気にならないなら、それでいいんだ』
「はぁ……?」

(一体、何だったんだろう……?)

 あっさりとしたフェリクスの回答に、レイは却って不思議に感じてしまい考え込んだ。

 その時、ベッドの上で腹這いに寝転がっていたレイの上に、トスンッと子猫サイズの琥珀が飛び乗った。
 重くはないのだが、飛び乗られた衝撃で、レイはぺしゃんと潰れた。

「みゃっ!?」
『どうしたんだい!?』

 急なレイの悲鳴に、通信の魔道具越しに、フェリクスが心配そうな声をあげた。

「琥珀が急に私の上に乗って来たんです……」
「な~ん」

 レイがしょんぼりと言うと、琥珀はかわいい声でひと鳴きした。

『ふふふっ。もう寝る時間みたいだね。琥珀は面倒見がいいね。これからもレイを頼むよ』
「にゃ」

 フェリクスに言われ、琥珀は自慢げにピンッとヒゲを張ると、短く鳴いた。

「それじゃあ、義父さん、おやすみなさい!」
『うん、おやすみ。寒くなってきたから、ちゃんと暖かくして寝るんだよ?』
「は~い!」

 フェリクスとレイはおやすみの挨拶を交わして、通信の魔道具のスイッチを切った。

「琥珀、びっくりさせないでよね?」

 レイは上半身を起こして、むすっと頬を膨らませると、琥珀を抱き上げた。
 ただ、琥珀は抱っこされて嬉しかったのか、ゴロゴロと上機嫌に鳴き始めた。

 琥珀の幸せそうに目を細めて喉を鳴らす姿に、レイはすっかり毒気を抜かれてしまった。

「もう!」
「ごろにゃ?」

 レイは仕返しとばかりに、琥珀を抱き込んで毛布に潜り込むと、スヤスヤと眠りについた。


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◆関連作品

『砂漠の詩』
『雨の回廊』編の過去編スピンオフです。

『冒険者を辞めたら天職でした 〜パーティーを追放された凄腕治癒師は、大聖者と崇められる〜』
『冒険者パーティーを追放された凄腕治癒師を拾いました』編のスピンオフです。

『ジャスティンと魔法少女のステッキ』
『魔法少女』編のスピンオフです。

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