鈴蘭の魔女の代替り

拝詩ルルー

文字の大きさ
上 下
300 / 347

所長室(イシュガル視点)

しおりを挟む
 新人の軍事演習中に、第一王子のエイダン殿下と、俺の従兄弟で第三王子のテオが、暗殺者の襲撃を受けた。

 演習はすぐさま中止となり、王都へ帰還することとなった。

 捕えられた暗殺者のうち、生き残ったのは一人だけだった。他にもエイダン殿下の方で三人ほど捕縛をしていたが、全員が服毒自殺で亡くなっている。

 最後に生き残った暗殺者から演習中にもいろいろと聞き出そうとはしたが、あまりにも怯え、半分気が触れたような状態だったため、まともな会話はほとんど成立しなかった。

 ともかく、王族を狙った罪人であることに変わりはないため、一旦、王宮の牢獄につなぐことになった。


 王宮に着くと、看守長のマリオ・ギャレットが、牢獄担当の騎士たちを引き連れて、出迎えに来ていた。
 あらかじめ使い魔で王宮に連絡を入れていたため、看守長が直々に罪人を引き取りに来てくれたらしい。


 俺はどうも、この看守長が少し苦手だ。

 代々牢獄の番人を務めるギャレット侯爵家の嫡男なのだが——見た目は女性なのだ。

 マリオの金色の髪は、令嬢のように毛先まで手入れがなされ、女性のように美しく伸ばされている。背は高いが、線が細く、彫刻のように整った顔立ちのためか化粧も似合い、女性の服装をしていてもあまり違和感がない。
 普段の仕事では女性用の看守服を着ていて、部下や友人には「マリー」と呼ばせているらしい。

 事情を知らない新人騎士や看守なんかは、あの「マリー」を見て、惚れ込む者が少なくない。そして、「マリー」が実は「マリオ」という男だと知った瞬間に、失恋の涙を流すそうだ。

 それでいて、社交界には堂々と男の格好をして来る。立ち居振る舞いも完璧に「男」として存在しているのだ——俺の理解の範疇を超えている……

 なお、マリオの弟のルイスは、普通だ。


「あら? 拷問はしてないようね?」

 マリオは罪人を一瞥すると、軽く感想を漏らした。

 お前、これを見てそう言えるのかっ!!?

 顔が原型をとどめていないボロボロの罪人を見て、俺は呆れた溜め息を吐いた。

 マリオのもう一つの呼び名は「拷問長」だ。
 マリオの拷問と尋問の腕前は凄まじいらしく、看守の中にはその内容についていけない者や、逆に目覚めてしまい、「拷問長マリー」を神の如く崇拝する者もいるという噂だ……

「拷問は、体の先端や影響の少ないところから始めるものよ。指先はまだ綺麗だわ。この顔は、憂さ晴らしか何かかしら?」
「…………さっさと連れて行け」
「はぁ~い」

 俺は拷問長マリーの講義に胸のあたりがムカムカしてきたため、さっさと部屋から追い出した。

 マリーは、ブーツの爪先で罪人を小突いて歩かせると、「じゃあね」とウィンクを残して部屋から出て行った。

 気づけば、俺の腕には鳥肌が立っていた。


***


 罪人の引き渡しと演習の事後処理が終わると、俺はドラゴニア王立特殊魔術研究所——通称「黒の塔」——に向かった。

 黒の塔の最上階には所長室がある。テオの執務室だ。

 宮殿内の執務エリアにも第三王子の執務室はあるのだが、黒の塔の所長室の方が魔術的な防衛に優れているため、テオは所長室にいることの方が多い。


 所長室の古びた扉をノックすると、すぐに中から「どうぞ」と声がけがあった。

「失礼します」

 俺が室内に入ると、テオは演習から戻ってきたばかりだというのに、もう仕事を再開していた——火竜の血を濃く継いで体力があるのはいいが、あまり無理をしすぎるのは感心しないな。

 壁際のソファの上には、でかい芋虫のようになったライデッカーが転がっていた——こいつには護衛だという自覚は無いのか?

「休ませてやってくれ。演習中はずっと気を張っていたようだ」

 俺がライデッカーに呆れた視線を送っていることに気づいたのか、テオが苦笑いで答えた。

 俺はライデッカーが占拠しているものとは反対側のソファに腰掛けた。

「罪人は看守長に引き渡してきた。そのうち尋問が始まるとは思うが、あの罪人の状態ではどこまで情報が引き出せるかは分からない……」
「そうか」

 俺が報告すると、テオは静かに頷いた。

「……テオ、本当にアルバン聖騎士一人で倒したのか? 彼が強いのは分かるが、さすがに人数が多かっただろう?」

 俺の記憶では、暗殺者が五、六人ほど、テオたちと一緒に地下空洞へ落ちていっていたはずだ。

「……そうだな。アルバン聖騎士が倒していたな」

 テオが珍しく歯切れ悪く答えた。

「アルバン聖騎士なら可能だろう。アレは規格外だ」

 でかい芋虫が、ソファの上でゴロリとこちらに向き直って言った。

「そこまでか?」
「ああ。俺でもな……」

 芋虫が、今度はゴロンと天井を向いて、感慨深そうに呟いた。

 アルバン聖騎士は、聖鳳教会でもかなり有名な聖騎士だ。
 教会にはあまり行ったことがない俺でも、何度かその名前を聞いたことはある。

 それに、実際に演習で会ってみて、その立ち居振る舞いや鍛えられ方から、かなりの実力者であることは察せられた。

 そして、ライデッカーが『初めて見た』と言うからには、アルバン聖騎士は人外者だというのか……? それも、かなり珍しい部類のようだ。

「それにしても、物理結界が張られていたとはいえ、テオが穴に落ちていくのを見た時は、かなり冷や冷やさせられたぞ」

 あまりアルバン聖騎士のことには触れない方が良いと判断して、俺は話題を変えた。

「イシュガルには心配をかけたな。レイ嬢の魔術のおかげで怪我一つせずに済んだ」

 テオがすまなそうに柔らかく苦笑する。

「まぁ、レイちゃんの結界なら、ちょっとやそっとじゃ破られないだろうね」

 ライデッカーが、ソファに置いてあったクッションを持ち出して抱えた。
 目付きが悪く、図体のでかいコイツには、異様に似合っていない。

「暗殺者たちも、SSランク相当の魔物の攻撃でないと破れないと聞いて、焦っていたぞ」

 テオが笑みを溢す。

 あんなに小さな少女が、そんなに強固な結界を張れるものなのか……?
 それに、SSランクの魔物なんて恐ろしいものに遭ったことがあるのか……!?

 胸の辺りが、ザワッと不穏に疼いた。

「うげっ。人間が張る結界では規格外でしょ。それにSSランクなんて……レイちゃんなら会っててもおかしくないか」
「……確かに、そうだな」

 おいおいおい……!
 俺はライデッカーとテオの会話が、にわかには信じられなかった。

 何をどうなったら、あの幼気な少女が、そんなに高ランクの魔物に遭うことがあるんだ!?
 テオも、何を悠長に頷いているんだ!? 危険すぎるだろう!?

「そういえば、レイ嬢は珍しい魔術を使っていた。『落下逓減魔術』というものらしいが、結界自体に付与していた。お陰で、地面に叩きつけられることはなかった……ジーンは知らないか?」

「『落下逓減魔術』……初めて聞きましたね。それに、相変わらず魔力コントロールが凄まじいな~魔術に魔術を付与するのって、かなり高度で繊細な技術よ? はじめから魔術に組み込んでおくならともかく、途中から付与するなんて、やろうと思っても普通は術が干渉し合ってできないですよ」

「ふむ……レイ嬢にはそちら方面の研究を勧めてみるか。今までにいない、珍しいタイプの魔術師だ」

 テオが真剣な表情で考え込んだ。

 テオは随分と彼女のことを買っているようだが、ここは念のため釘を刺しておいた方がいいな。

「魔術師としては優秀なようだが、俺はテオのパートナーとしては、彼女は反対だ。『女神の瞳』スキルで何も分からないなんて、怪しすぎるからな」
「「…………」」

 うん……? 俺は何か変なことを言ったか?

 テオとライデッカーが、おかしな表情で互いに顔を見合わせあった。
 そして、二人とも思いっきりしかめ面のまま、ぶんぶんと首を横に振った。

「いやいやいや。絶対に無いでしょ。俺もテオにはやめとけって言う。っていうか、やめて」
「私では役不足だろう。レイ嬢には見合わないと思う」

 ライデッカーはあからさまに、テオはやんわりと「それはない」と言ってきた。

 何もそこまで拒否をしなくても……

 だが、二人の反応に、俺はなぜだか胸の辺りがほっと安堵していた。


しおりを挟む
◆関連作品

『砂漠の詩』
『雨の回廊』編の過去編スピンオフです。

『冒険者を辞めたら天職でした 〜パーティーを追放された凄腕治癒師は、大聖者と崇められる〜』
『冒険者パーティーを追放された凄腕治癒師を拾いました』編のスピンオフです。

『ジャスティンと魔法少女のステッキ』
『魔法少女』編のスピンオフです。

あなたにおすすめの小説

【完結】番である私の旦那様

桜もふ
恋愛
異世界であるミーストの世界最強なのが黒竜族! 黒竜族の第一皇子、オパール・ブラック・オニキス(愛称:オール)の番をミースト神が異世界転移させた、それが『私』だ。 バールナ公爵の元へ養女として出向く事になるのだが、1人娘であった義妹が最後まで『自分』が黒竜族の番だと思い込み、魅了の力を使って男性を味方に付け、なにかと嫌味や嫌がらせをして来る。 オールは政務が忙しい身ではあるが、溺愛している私の送り迎えだけは必須事項みたい。 気が抜けるほど甘々なのに、義妹に邪魔されっぱなし。 でも神様からは特別なチートを貰い、世界最強の黒竜族の番に相応しい子になろうと頑張るのだが、なぜかディロ-ルの侯爵子息に学園主催の舞踏会で「お前との婚約を破棄する!」なんて訳の分からない事を言われるし、義妹は最後の最後まで頭お花畑状態で、オールを手に入れようと男の元を転々としながら、絡んで来ます!(鬱陶しいくらい来ます!) 大好きな乙女ゲームや異世界の漫画に出てくる「私がヒロインよ!」な頭の変な……じゃなかった、変わった義妹もいるし、何と言っても、この世界の料理はマズイ、不味すぎるのです! 神様から貰った、特別なスキルを使って異世界の皆と地球へ行き来したり、地球での家族と異世界へ行き来しながら、日本で得た知識や得意な家事(食事)などを、この世界でオールと一緒に自由にのんびりと生きて行こうと思います。 前半は転移する前の私生活から始まります。

私の入る余地なんてないことはわかってる。だけど……。

さくしゃ
恋愛
キャロルは知っていた。 許嫁であるリオンと、親友のサンが互いを想い合っていることを。 幼い頃からずっと想ってきたリオン、失いたくない大切な親友であるサン。キャロルは苦悩の末に、リオンへの想いを封じ、身を引くと決めていた——はずだった。 (ああ、もう、) やり過ごせると思ってた。でも、そんなことを言われたら。 (ずるいよ……) リオンはサンのことだけを見ていると思っていた。けれど——違った。 こんな私なんかのことを。 友情と恋情の狭間で揺れ動くキャロル、リオン、サンの想い。 彼らが最後に選ぶ答えとは——? ⚠️好みが非常に分かれる作品となっております。

夫の隠し子を見付けたので、溺愛してみた。

辺野夏子
恋愛
セファイア王国王女アリエノールは八歳の時、王命を受けエメレット伯爵家に嫁いだ。それから十年、ずっと仮面夫婦のままだ。アリエノールは先天性の病のため、残りの寿命はあとわずか。日々を穏やかに過ごしているけれど、このままでは生きた証がないまま短い命を散らしてしまう。そんなある日、アリエノールの元に一人の子供が現れた。夫であるカシウスに生き写しな見た目の子供は「この家の子供になりにきた」と宣言する。これは夫の隠し子に間違いないと、アリエノールは継母としてその子を育てることにするのだが……堅物で不器用な夫と、余命わずかで卑屈になっていた妻がお互いの真実に気が付くまでの話。

婚約破棄されて辺境へ追放されました。でもステータスがほぼMAXだったので平気です!スローライフを楽しむぞっ♪

naturalsoft
恋愛
シオン・スカーレット公爵令嬢は転生者であった。夢だった剣と魔法の世界に転生し、剣の鍛錬と魔法の鍛錬と勉強をずっとしており、攻略者の好感度を上げなかったため、婚約破棄されました。 「あれ?ここって乙女ゲーの世界だったの?」 まっ、いいかっ! 持ち前の能天気さとポジティブ思考で、辺境へ追放されても元気に頑張って生きてます!

異世界から来た娘が、たまらなく可愛いのだが(同感)〜こっちにきてから何故かイケメンに囲まれています〜

恋愛
普通の女子高生、朱璃はいつのまにか異世界に迷い込んでいた。 右も左もわからない状態で偶然出会った青年にしがみついた結果、なんとかお世話になることになる。一宿一飯の恩義を返そうと懸命に生きているうちに、国の一大事に巻き込まれたり巻き込んだり。気付くと個性豊かなイケメンたちに大切に大切にされていた。 そんな乙女ゲームのようなお話。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

異世界で婚活したら、とんでもないのが釣れちゃった?!

家具付
恋愛
五年前に、異世界に落っこちてしまった少女スナゴ。受け入れてくれた村にすっかりなじんだ頃、近隣の村の若い人々が集まる婚活に誘われる。一度は行ってみるべきという勧めを受けて行ってみたそこで出会ったのは……? 多種多様な獣人が暮らす異世界でおくる、のんびりほのぼのな求婚ライフ!の、はずだったのに。

魔法が使えない令嬢は住んでいた小屋が燃えたので家出します

怠惰るウェイブ
ファンタジー
グレイの世界は狭く暗く何よりも灰色だった。 本来なら領主令嬢となるはずの彼女は領主邸で住むことを許されず、ボロ小屋で暮らしていた。 彼女はある日、棚から落ちてきた一冊の本によって人生が変わることになる。 世界が色づき始めた頃、ある事件をきっかけに少女は旅をすることにした。 喋ることのできないグレイは旅を通して自身の世界を色付けていく。

処理中です...