鈴蘭の魔女の代替り

拝詩ルルー

文字の大きさ
上 下
299 / 347

執務室(第一王子エイダン視点)

しおりを挟む
「おう、珍しいな。どんな風の吹き回しだ?」

 俺が従兄弟のハリソンを引き連れて久々に自分の執務室に入ると、客が来ていた——妹のナタリーだ。

 ナタリーは、優雅に応接スペースのソファに座っていた。

 パトリックは厄介事を嫌って、気配を完璧に消して執務室の端の方で粛々と事務をこなしていた。「決して話しかけるな」と、その真剣な横顔が物語っていた。

 部屋付きの侍従の少年は、完全にカチンコチンに緊張して、壁際で固まっていた。粗相の一つでもあれば、すぐにどこかに飛ばされるからな。

 妹の侍女も二人、壁際に控えている——二人とも初めて見た顔だ。前の侍女たちはもう辞めたか……

「せっかくかわいい妹が訪れたのよ。歓迎してくださってもいいんじゃなくて?」

 ナタリーは貴族らしく微笑んでそう言うと、紅茶を一口飲んだ。

 ナタリーの母上似の色鮮やかな金髪はシンプルにまとめられ、ドレスも上等だが華美すぎない——残念だが、今日は特に公務は無さそうだな……長居でもするつもりか。

「『図太い』の間違いだろう……で、何だ?」

 俺は仕方なしに、ナタリーの前のソファに座った。
 さっさと用事を済ませて追い出したかったため、単刀直入に尋ねる。

「あら、酷い……兄様は演習に出られたのでしょう? お話を伺いたくて。兄様は演習中に襲われたとの噂を聞きましたわ。それに、襲撃者を倒した騎士がいるとか……」

 ナタリーが何やら期待を込めた視線を、こちらに向けてきた。

 こいつ、どこかに密偵でも紛れ込ませてたか。
 俺は昨夜に王宮に戻って来たばかりだし、襲撃されたことも演習の参加者たちには口止めしている——さすがに王子が二人も同時に狙われたのは、おおごとだからな。

「暗殺者は八人だ。今回も俺の火竜の拳で……」

「兄様の活躍は想像に難しくありませんわ。初代国王陛下の血を強く受け継いでいますもの。暗殺者などに負けるわけございませんわ。……それよりも、見習い騎士ながら活躍した者の話を聞かせてくださいな」

 ナタリーは堂々と、俺の話を途中で遮ってきた。

 チッ。やっぱりか。

——だが、お前の男を見る目はなかなか悪くなかったぞ。

「そうだな……同じ班になった見習い騎士の中に、随分ぼーっとした奴がいたんだ。はじめは『こいつはこんなんで大丈夫なのか?』と思ってたんだが、よりによって、そいつが一番最初に暗殺者の襲撃に気付きやがった。襲撃と同時に、一瞬で暗殺者を一人倒しやがったんだ。そこからは混戦だったな……」

 俺が話をしてやると、ナタリーのローズ色に塗られた唇が、三日月型になった。

 しばらくレヴィの話をいくつかしてやると、ナタリーは満足したのか、存外あっさりと引き下がっていった。


***


「テオドール殿下の方も襲撃を受けたとか……」

 ナタリーが執務室を出て行った後、パトリックが控えめに尋ねてきた。パトリックがかけてるモノクルが窓から差し込む光に反射して、表情は少し分かりづらい。

「あっちも無事だったぞ。どうやら一緒にいた塔の魔術師が優秀だったらしく、ずっと結界を張って防いでいたらしい」
「そうですか……」

 パトリックが少し残念そうに呟いた。

 おいおい。政敵とはいえ、王族に対してその微妙な態度はどうなんだ?
……まぁ、俺も特にパトリックを嗜める気はないが、義弟が生きていて良かったとは思ってるぞ。

「それで、暗殺者の方は?」

 パトリックは気を取り直して確認してきた。

「うちも何人か暗殺者を捕えはしたんだが、全員が服毒自殺で亡くなった。ただ、テオドールを襲った側の暗殺者はまだ一人生きてる」
「あれはあれで悲惨だぞ。捕えたのは聖騎士だ」

 俺が説明すると、ハリソンが口を挟んだ。
 ハリソンは珍しく口元を手で押さえ、顔を顰めていた。

 聖騎士が捕らえた暗殺者の容態は、酷かった。

 顔は原型を留めておらず、恐怖のあまり髪の毛はほとんど全て抜けていた。
 自殺防止で歯を何本か抜いたと聞いたな。それでいて「拷問はしていない」か……「聖属性」って何だろうな……???

「聖騎士が……? なぜ?」

 パトリックが「心底分からない」といった感じの声音で尋ねてきた。

「さぁな。気が向いたんだろ」

 俺だって分からん。


 今回の新人演習には、聖鳳教会の後方支援部隊も呼んでいた。
 災害が起きた際には、王宮と教会が連携して救助なんかの対応をするから、交流を深めるためにも、時折、一緒に軍事演習をしている。

 聖鳳教会の後方支援部隊には、神官や聖女の護衛のために聖騎士が何人かついて来ていた。
 そして、聖騎士のうちの一人が、恐ろしく強かった。

 演習の開会式で一緒に壇上に上がった聖騎士だったが、一目見ただけで「俺でも勝てない」とあっさり負けを認められる程の男だった。

 だが、それ以上に、そんな聖騎士が護衛する神官の方がもっとずっと強かった。

 俺も伊達に火竜の加護が強いわけじゃない。一目見れば、そいつの強さがなんとなく感じられる……

 その神官を見た瞬間、全身が総毛立った——あれは、正真正銘のバケモンだ。

 後で義弟のテオドールから『神官のフェル・メーヴィスには決して手を出すな』と使い魔で連絡が来た——俺のカンは正しかったらしい。

 暗殺者なんて可愛いと思える程のバケモンが、あの演習にはいたんだ。 


「暗殺者は何か言っていたのか……?」

 パトリックが難しい表情で訊いてきた。

 そりゃあ、テオドールに差し向けられた暗殺者なら、依頼主は十中八九、正妃——母上だろうな。下手すりゃ、俺の進退にも関わってくる。

「暗殺者は半分気が触れてるから、事情聴取は難しいだろうな」

 俺がそう言うと、パトリックは難しい顔のまま、小さく安堵の溜め息を吐いた。器用な奴だ。


 生き残った暗殺者は、片腕が聖灰になったと聞いた。
 魔術師に調査させれば、強すぎる聖属性の魔力を浴びたことが原因だと言われた。そして、そんなことができるような魔力量は途方もなさすぎて、まず人間には不可能だ、とも言われた。

——つまり、人外の高位者が関係している。

 人体が聖灰になる——魔術師団所属の中級魔術師が行方不明になった事件でも、失踪者の自宅で大量の聖灰が見つかった……この調査は十中八九打ち切りだな。相手が悪すぎる。


「とにかく、エイダンが無事で良かった」
「おい、それは一番最初に言うべきことだろ」

 パトリックの今さらすぎる言葉に、俺はツッコミを入れた。

 全く、コイツは……!


しおりを挟む
◆関連作品

『砂漠の詩』
『雨の回廊』編の過去編スピンオフです。

『冒険者を辞めたら天職でした 〜パーティーを追放された凄腕治癒師は、大聖者と崇められる〜』
『冒険者パーティーを追放された凄腕治癒師を拾いました』編のスピンオフです。

『ジャスティンと魔法少女のステッキ』
『魔法少女』編のスピンオフです。

あなたにおすすめの小説

【完結】番である私の旦那様

桜もふ
恋愛
異世界であるミーストの世界最強なのが黒竜族! 黒竜族の第一皇子、オパール・ブラック・オニキス(愛称:オール)の番をミースト神が異世界転移させた、それが『私』だ。 バールナ公爵の元へ養女として出向く事になるのだが、1人娘であった義妹が最後まで『自分』が黒竜族の番だと思い込み、魅了の力を使って男性を味方に付け、なにかと嫌味や嫌がらせをして来る。 オールは政務が忙しい身ではあるが、溺愛している私の送り迎えだけは必須事項みたい。 気が抜けるほど甘々なのに、義妹に邪魔されっぱなし。 でも神様からは特別なチートを貰い、世界最強の黒竜族の番に相応しい子になろうと頑張るのだが、なぜかディロ-ルの侯爵子息に学園主催の舞踏会で「お前との婚約を破棄する!」なんて訳の分からない事を言われるし、義妹は最後の最後まで頭お花畑状態で、オールを手に入れようと男の元を転々としながら、絡んで来ます!(鬱陶しいくらい来ます!) 大好きな乙女ゲームや異世界の漫画に出てくる「私がヒロインよ!」な頭の変な……じゃなかった、変わった義妹もいるし、何と言っても、この世界の料理はマズイ、不味すぎるのです! 神様から貰った、特別なスキルを使って異世界の皆と地球へ行き来したり、地球での家族と異世界へ行き来しながら、日本で得た知識や得意な家事(食事)などを、この世界でオールと一緒に自由にのんびりと生きて行こうと思います。 前半は転移する前の私生活から始まります。

私の入る余地なんてないことはわかってる。だけど……。

さくしゃ
恋愛
キャロルは知っていた。 許嫁であるリオンと、親友のサンが互いを想い合っていることを。 幼い頃からずっと想ってきたリオン、失いたくない大切な親友であるサン。キャロルは苦悩の末に、リオンへの想いを封じ、身を引くと決めていた——はずだった。 (ああ、もう、) やり過ごせると思ってた。でも、そんなことを言われたら。 (ずるいよ……) リオンはサンのことだけを見ていると思っていた。けれど——違った。 こんな私なんかのことを。 友情と恋情の狭間で揺れ動くキャロル、リオン、サンの想い。 彼らが最後に選ぶ答えとは——? ⚠️好みが非常に分かれる作品となっております。

夫の隠し子を見付けたので、溺愛してみた。

辺野夏子
恋愛
セファイア王国王女アリエノールは八歳の時、王命を受けエメレット伯爵家に嫁いだ。それから十年、ずっと仮面夫婦のままだ。アリエノールは先天性の病のため、残りの寿命はあとわずか。日々を穏やかに過ごしているけれど、このままでは生きた証がないまま短い命を散らしてしまう。そんなある日、アリエノールの元に一人の子供が現れた。夫であるカシウスに生き写しな見た目の子供は「この家の子供になりにきた」と宣言する。これは夫の隠し子に間違いないと、アリエノールは継母としてその子を育てることにするのだが……堅物で不器用な夫と、余命わずかで卑屈になっていた妻がお互いの真実に気が付くまでの話。

婚約破棄されて辺境へ追放されました。でもステータスがほぼMAXだったので平気です!スローライフを楽しむぞっ♪

naturalsoft
恋愛
シオン・スカーレット公爵令嬢は転生者であった。夢だった剣と魔法の世界に転生し、剣の鍛錬と魔法の鍛錬と勉強をずっとしており、攻略者の好感度を上げなかったため、婚約破棄されました。 「あれ?ここって乙女ゲーの世界だったの?」 まっ、いいかっ! 持ち前の能天気さとポジティブ思考で、辺境へ追放されても元気に頑張って生きてます!

異世界から来た娘が、たまらなく可愛いのだが(同感)〜こっちにきてから何故かイケメンに囲まれています〜

恋愛
普通の女子高生、朱璃はいつのまにか異世界に迷い込んでいた。 右も左もわからない状態で偶然出会った青年にしがみついた結果、なんとかお世話になることになる。一宿一飯の恩義を返そうと懸命に生きているうちに、国の一大事に巻き込まれたり巻き込んだり。気付くと個性豊かなイケメンたちに大切に大切にされていた。 そんな乙女ゲームのようなお話。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

異世界で婚活したら、とんでもないのが釣れちゃった?!

家具付
恋愛
五年前に、異世界に落っこちてしまった少女スナゴ。受け入れてくれた村にすっかりなじんだ頃、近隣の村の若い人々が集まる婚活に誘われる。一度は行ってみるべきという勧めを受けて行ってみたそこで出会ったのは……? 多種多様な獣人が暮らす異世界でおくる、のんびりほのぼのな求婚ライフ!の、はずだったのに。

魔法が使えない令嬢は住んでいた小屋が燃えたので家出します

怠惰るウェイブ
ファンタジー
グレイの世界は狭く暗く何よりも灰色だった。 本来なら領主令嬢となるはずの彼女は領主邸で住むことを許されず、ボロ小屋で暮らしていた。 彼女はある日、棚から落ちてきた一冊の本によって人生が変わることになる。 世界が色づき始めた頃、ある事件をきっかけに少女は旅をすることにした。 喋ることのできないグレイは旅を通して自身の世界を色付けていく。

処理中です...