鈴蘭の魔女の代替り

拝詩ルルー

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新人演習11

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「落下逓減魔術」

 レイは自分が張った結界自体に、魔術付与をした。

 レイとテオドールを覆っている結界の落下速度が、グンッとゆっくりになる。

「……レイ嬢、これは……?」

 テオドールが驚いて尋ねた。急に落下速度が変わったため、少し前のめりになる。

「落下逓減魔術です。一か八か結界に魔術付与してみました……成功ですね」

 レイはほっと息を吐いた。

(物に効果を付与する魔術だけど、結界にも付与できるんだ……)

 いくら結界で覆われているとはいえ、何メートルも下に叩きつけられるとしたら、痛いでは済まなかっただろう。

「はは……まさか、こんな風に魔術を使うとは」

 テオドールは、乾いた笑いを漏らした。だが、すぐに身構えて臨戦態勢に入る。

 レイたちが入った結界が、地上から十メートルほどの所に、シャボン玉のようにふわりと着地した。
 見上げれば、ぽっかりと天井に穴が空いており、微かに剣戟の音が聞こえてくる。

 先に地下空洞内に降り立っていた襲撃者たちは、すでに周りにいた魔物を蹴散らして、追い払っていた。

 地下にいる暗殺者は六人。全員が黒ずくめで、フードを深く被ったり、仮面をつけているため、顔は分からない状態だ。

 暗殺者の一人が、試しに剣にかまいたちをまとわせて、レイたちが入った結界に攻撃を仕掛けてきた。——もちろん、結界に弾かれて、暗殺者は後退った。

「結界はどのくらい持ちそうか……?」

 テオドールが、真剣な声音で確認した。

 いつ敵に襲われても対応できるように、レイとは背中合わせになって警戒している。

「破られない限りはずっと張っていられますよ」

 レイはあっさりと答えた。

「結界の強度は? どこまで耐えられそうだ?」

 テオドールは、目の前の暗殺者たちを睨みつけながら尋ねた。

「う~ん、結界を破られたこと……SSランクのサーペントのウォーターバレットを受けた時ぐらいですね」

 レイは少し考え込んで答えた。

(あの時のアイザック、ものすごく怖かったなぁ……)

 レイは当時のことを思い返してぷるりと震えたが、それに比べたら今の状況は身動きが取りづらいだけで、あの時ほどの恐怖感はなかった。

「……むしろ、よく生きて帰れたな……」

 テオドールは、驚愕と呆れの入り混じった声を漏らした。

 暗殺者たちにも、レイたちの会話は聞こえていたようで、動揺が広がっていた。
 SSランクの魔物相当の攻撃を加えない限り破れない結界——鉄壁すぎて、暗殺者たちは結界を打ち破る手段を何も持ち合わせていなかった。

 もはや、レイの魔力切れを待つ以外に方法は無かったが、強固な結界を張って大量の魔力を消費しているにもかかわらず、目の前の少女はかなり余裕そうな表情を浮かべていた。

 そして、彼女の魔力切れを悠長に待っていれば、テオドールを救うために応援が来てしまう可能性が高かった。

「……すまない。こんなことに巻き込んでしまい……」
「謝るのはここから無事に脱出できてからにしてください」

 テオドールの気弱な言葉に、レイはキッパリと返した。

(どうしよう……結界を張ってるから向こうの攻撃は通らないけど、全然逃がしてくれそうな雰囲気じゃないし……)

 こう着状態が続いて、レイがどうしようかと考え込んでいると、その場の空気が一気にズシンッと重くなった。

 押し潰そうとするかのような圧倒的な圧に、暗殺者たちはとてつもない恐怖を感じてパニックに陥り、衝動的に逃げようとした。しかし次の瞬間には、彼らは真っ白な砂のようになって、サラサラと崩れ落ちていった。

「ぐっ……」

 テオドールは、その場の異様な圧に堪えきれず、地面に膝をついた。
 まるでとんでもない重圧が上からのしかかっているかのように、苦しげな表情でひたすら耐えていた。

「所長!? 大丈夫ですか!?」

 レイはテオドールを心配して、彼の傍らにしゃがみ込んだ。

「これはどういうことかな?」

 いつもより何トーンも低いフェリクスの声が、圧倒的な存在感を伴って地下空洞内に響いた。

 天井の穴から差し込んだ光が、フェリクスの若く整った表情をくっきりと顕にしていた。
 フェリクスは、一切の微笑みも浮かべてなかった。

「逃げた者がいるね。アルバン?」
「はっ」

 フェリクスの指示で、すぐさま聖騎士アルバンが暗殺者の後を追った。

「やっとゴタゴタが落ち着いてレイの元に来てみれば……レイはどこにも怪我はないかな?」

 声のトーンを慈しむような柔らかいものに変え、フェリクスはレイたちの元へゆっくりと近づいて行った。

 フェリクスが、レイが張った結界を優しく一撫ですると、それは呆気なくパリンッと弾け飛んだ。

「私は大丈夫ですよ! ずっと結界の中にいましたから! ……義父さん、圧が……」

 レイはフェリクスを見上げて、無事を伝えるためにもにっこりと微笑んだ。

「ああ、そうだったね」

 フェリクスは義娘に指摘され、さらりと存在圧を隠した。

「……ハッ……はぁ……」

 テオドールは胸元を握り締め、苦しげな短い息を吐いた。そして、息を整えるように浅く呼吸を繰り返している。

「君がレイの上司だね。竜の加護も強いし、カンも鋭いようだ。うちの子をよろしく頼むよ」
「…………承知、いたしました…………」

 フェリクスが声をかけると、テオドールは言葉を絞り出すようにしてどうにか答えた。


——その時、

「フェル様」

 アルバンが、逃げていた暗殺者を引き摺って連れて来た。
 暗殺者の顔はボコボコに大きく腫れあがっており、片腕はほとんど無く、その袖口からは白い砂粒がこぼれ落ちていた。

「……まだ生きてるから話は聞けそうだね。悪いけど、彼しか残らなかったね」

 フェリクスは暗殺者を一瞥だけすると、何の感慨もなく口にした。

「……いえ……助けていただき、ありがとうございます…………」

 テオドールは頭も上げられず、苦しげに答えた。

「フェル様。どこかで少しお怒りを鎮められた方が良いかと。このままでは野営地の方にも影響が出ます」

 アルバンは片手を胸に当てて教会式の礼の姿勢をとると、恭しく進言した。

「う~ん、そうだねぇ。久々に少し怒ったからね。ちょっと散歩にでも行ってくるかな。アルバン、後を頼めるかい?」
「はっ」

 フェリクスに訊かれ、アルバンはそのままの姿勢で簡潔に答えた。

「レイ、また後でね」
「はい! 義父さん、行ってらっしゃい!」

 フェリクスが優しくレイの頭を撫でると、彼女は気持ちよさそうに目を瞑った。

 次の瞬間には、フェリクスはどこかへ転移していた。
 どこからか遠くの方から「ピュイィッ!」と高く澄んだ鳥の鳴き声が微かに流れてきた。


***


 新人の軍事演習はすぐさま中止となった。
 王子が二人とも暗殺者の襲撃を受けたのだ。当然の対処だった。


 第一王子のエイダンは、第三騎士団のレヴィたちの班と戦闘訓練に出ていた際に襲われた。

 暗殺者は正々堂々と迎え撃つストロングスタイルのエイダンは、もちろん先陣を切って戦った。

 暗殺者たちと騎士や魔術師が入り乱れて混戦を極める中、レヴィは数人の暗殺者を仕留める大活躍を決めた。

 襲撃の後、エイダンはなぜか上機嫌だったそうだ。


 エイダンもテオドールにも怪我はなかったが、騎士や魔術師たちには重軽傷者が出た。

 暗殺者は数人、生きたまま捕えられたが、野営地に運ぶ途中に服毒自殺を図り、そのほとんどが亡くなった。

 一人だけ、聖騎士アルバンが捕えた暗殺者は、自殺防止のために毒を仕込んでいた歯ごと引き抜かれ、一命は取り留めた。

 だが、その暗殺者のあまりにも悲惨な姿に、王国騎士団と魔術師団内ではこの演習以降、「聖騎士団とは事を構えるな」と語り継がれ、恐れられることとなった。


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◆関連作品

『砂漠の詩』
『雨の回廊』編の過去編スピンオフです。

『冒険者を辞めたら天職でした 〜パーティーを追放された凄腕治癒師は、大聖者と崇められる〜』
『冒険者パーティーを追放された凄腕治癒師を拾いました』編のスピンオフです。

『ジャスティンと魔法少女のステッキ』
『魔法少女』編のスピンオフです。

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