鈴蘭の魔女の代替り

拝詩ルルー

文字の大きさ
上 下
295 / 347

新人演習8

しおりを挟む
 星々を抱く深い黄金色の瞳は、魔物特有のもので、しかもあらゆる魔物の頂点に位置する者にしか現れない……つまり、魔物の王の中の王、魔王の証だ。
 そして、現在確認されているその瞳の持ち主は二体。先代魔王フェリクスと当代魔王ミーレイだけだ。

 また世界のどこかで魔王種が生まれることがあれば、その個体も魔王と同じ瞳を持つことになる……その魔物は、魔王になる可能性があるからだ。

——そう、「深い色味の黄金眼」は、魔物たちにとって非常に特別で、畏れ多い瞳の色なのだ。


 夕食の後、レイはテオドールとライデッカーのテントに呼ばれていた。
 エヴァは「ちょっと今日の疲れが出たかも……」と、一人早めに自分のテントに戻っていた。

 テオドールが彼のテントに入ると、天井からつる下がっていた魔術ランタンにフッと明かりが灯った。

 テオドールたちが使用しているテントは、内側に立派な魔術刺繍が施され、風雨から守られるだけでなく、強固な結界としても機能していた。
 床に敷かれた絨毯にも、温かさを保つ魔術式が組み込まれた結界の魔術陣が、柄のように織り込まれている——おそらく、どちらもかなり高級な魔道具だ。

 レイは「失礼します」と、おそるおそるテントの中に入った。
 中はほんのりと暖かく、各人の荷物が入ったリュックがテントの壁際に置かれ、きちんと整理されていた。


 全員がテントに入ると、テオドール、ライデッカー、レイの三人で円を描くように座った。

 ライデッカーは相変わらず顔色が悪く、「完全に詰んだ……」と絶望的な表情で呟いていた。だが、秘密の話をするためか、彼の手はいつもの癖で防音結界の魔道具に魔力を流していた。

 レイはちんまりと正座をして、何を訊かれるのかと、戦々恐々と黙って待っていた。


 ライデッカーは、目つきの悪い三白眼をカッと見開いて急に覚醒すると、レイを問い詰め始めた。

「レイちゃん、何でエヴァの説教を止めなかったの!? ドラゴニアが滅亡するところだったんだよ!?」

「私もお説教を受けてましたし、そもそも義父さんはそんなことをする人じゃありませんよ!」

 レイは、ライデッカーに義父のことを酷い人のように言われ、むすっと頬を膨らませて反論した。

「うげぇ!? やっぱりレイちゃんは先代魔王様の庇護下にもいるの!!? ……そりゃあ、サハリアでも引き止められないよな……」

 ライデッカーは頭を抱えて、ますます絶望の色を深めた。

「先代魔王……? それに滅亡とは……?」

 一人、会話についていけていないテオドールが、きょとんとして尋ねた。

「えぇと、神官のフェル・メーヴィス様は、先代魔王様が擬態してる姿で、それを今日エヴァが説教をかましたんですよ、知らず知らずにね!」

 ライデッカーの説明を聞き、テオドールは失神するかのように、くらりと大きく揺れた。

「……ドラゴニアは、まだあるな……先代魔王様にはなんとお詫びを入れれば……?」

 テオドールは片手を地面に突き、もう片手で額を押さえて、半分混乱しながらブツブツと呟いた。

「もう! 二人とも落ち着いてください! 義父さんはそんな乱暴者じゃないですよ!!」

 レイはぎゅっと両手の拳を握ると、思いっきり声を張った。優しい義父の弁明のためにも、力が入る。

「そもそも先代魔王様は、何でこんな演習に出られたの?」

 ライデッカーが尋ねた。

「う~ん、確か、私が演習に出るからって……」

(…………そういえば、家族同伴の演習って、言葉にするとなんだかすっごく恥ずかしいかも!?)

 レイはそう考えつくと、一気に恥ずかしさが湧いてきた。今までは同じ演習に義父がいるというだけで、安心感があって嬉しかったにもかかわらずだ。

「……レイちゃん、『一緒に演習に出よう』とか誘った?」
「誘ってませんよ! 私も初日に声をかけられて、初めて義父さんが参加してるのを知りましたから!」

 ライデッカーにじと目で訊かれ、レイは頭をぶんぶんと激しく左右に振った。

「……つまり、先代魔王様は、義娘のことが心配でこの演習に参加されたのだな。レイ嬢にとっては初めての演習であるし、騎士団は男の割合が多いからな……」

 テオドールが、ゆらりと上半身を起こした。少しだけ持ち直したようだ。

「ジーン。明日の演習は、レイ嬢は女性騎士の班に配属させよう。エヴァ嬢がいれば変な虫を追い払ってくれるだろうが、元々近づく虫は少ない方がいい。それから、レイ嬢の護衛に、近衛騎士も少し回そうか」

 テオドールは真っ青な顔色で、ライデッカーに次々と指示を出した。

「そこまで気を遣っていただかなくて大丈夫ですよ! それに『お客さん』が来てるんですよね!? まずは所長の身の安全を確保してください!!」
「女性騎士の班に、レイちゃんを配属させるのは賛成だな。ただ、近衛騎士を回すのは許可できない。『客人』が紛れ込んでいる以上、テオの安全を優先させてもらう」

 レイは慌てて断り、ライデッカーも渋い顔で苦言を呈した。

「……そうか、分かった。それなら女性騎士の方だけにしよう」

 テオドールが渋々頷くと、レイとライデッカーは、ほっと息を吐いた。


 話し合いが終わると、レイは早々にテオドールたちのテントを出た。

 テントを出たすぐの所で、レイは第一騎士団団長のイシュガルとすれ違った。

 急いでいたレイは「失礼します」と軽く会釈をして、素早く自分のテントへと戻って行った。
 レイはテオドールとライデッカーとの話し合いで疲れていた上に、顔色が優れなかったエヴァも心配だったのだ。

 イシュガルは目を丸くして、去って行くレイの背中を眺めていた。


「テオ、ライデッカー、今の子は…………二人とも、どうした?」

 イシュガルはテントの中を覗き込むと、首を捻った。

 そこにはテオドールとライデッカーが向かい合って座り、難しい顔をして、うんうんと唸っていたのだ。

「イシュガルか、おかえり。明日の戦闘訓練についてだが、エヴァ・ハートネットとレイ・メーヴィスを、女性騎士と同じ班に配属してもらえるか?」

 テオドールは顔を上げてイシュガルの方を見ると、指示を出した。

「……それは構わないが、何かあったのか……?」

 イシュガルが尋ねると、ライデッカーが「うわぁあっ!」と奇声をあげて背中からゴロンと倒れ込んだ。
 そのままゴロリと転がって、テント内でぐったりと五体投地している。

 イシュガルは、ライデッカーを変わった奴だと常々思っていたが、こんなに弱っておかしくなった姿を見たのは初めてだった。思わずまじまじと見つめる。

「……ジーンは気を張りすぎて、疲れているようだ。そっとしておいてやってくれ……」

 テオドールは、ただのしかばねのように横たわるライデッカーを、労わるような目で見つめた。

「あ、ああ……」

 イシュガルは呆気にとられて、ただただ頷くことしかできなかった。


しおりを挟む
◆関連作品

『砂漠の詩』
『雨の回廊』編の過去編スピンオフです。

『冒険者を辞めたら天職でした 〜パーティーを追放された凄腕治癒師は、大聖者と崇められる〜』
『冒険者パーティーを追放された凄腕治癒師を拾いました』編のスピンオフです。

『ジャスティンと魔法少女のステッキ』
『魔法少女』編のスピンオフです。

あなたにおすすめの小説

【完結】番である私の旦那様

桜もふ
恋愛
異世界であるミーストの世界最強なのが黒竜族! 黒竜族の第一皇子、オパール・ブラック・オニキス(愛称:オール)の番をミースト神が異世界転移させた、それが『私』だ。 バールナ公爵の元へ養女として出向く事になるのだが、1人娘であった義妹が最後まで『自分』が黒竜族の番だと思い込み、魅了の力を使って男性を味方に付け、なにかと嫌味や嫌がらせをして来る。 オールは政務が忙しい身ではあるが、溺愛している私の送り迎えだけは必須事項みたい。 気が抜けるほど甘々なのに、義妹に邪魔されっぱなし。 でも神様からは特別なチートを貰い、世界最強の黒竜族の番に相応しい子になろうと頑張るのだが、なぜかディロ-ルの侯爵子息に学園主催の舞踏会で「お前との婚約を破棄する!」なんて訳の分からない事を言われるし、義妹は最後の最後まで頭お花畑状態で、オールを手に入れようと男の元を転々としながら、絡んで来ます!(鬱陶しいくらい来ます!) 大好きな乙女ゲームや異世界の漫画に出てくる「私がヒロインよ!」な頭の変な……じゃなかった、変わった義妹もいるし、何と言っても、この世界の料理はマズイ、不味すぎるのです! 神様から貰った、特別なスキルを使って異世界の皆と地球へ行き来したり、地球での家族と異世界へ行き来しながら、日本で得た知識や得意な家事(食事)などを、この世界でオールと一緒に自由にのんびりと生きて行こうと思います。 前半は転移する前の私生活から始まります。

私の入る余地なんてないことはわかってる。だけど……。

さくしゃ
恋愛
キャロルは知っていた。 許嫁であるリオンと、親友のサンが互いを想い合っていることを。 幼い頃からずっと想ってきたリオン、失いたくない大切な親友であるサン。キャロルは苦悩の末に、リオンへの想いを封じ、身を引くと決めていた——はずだった。 (ああ、もう、) やり過ごせると思ってた。でも、そんなことを言われたら。 (ずるいよ……) リオンはサンのことだけを見ていると思っていた。けれど——違った。 こんな私なんかのことを。 友情と恋情の狭間で揺れ動くキャロル、リオン、サンの想い。 彼らが最後に選ぶ答えとは——? ⚠️好みが非常に分かれる作品となっております。

夫の隠し子を見付けたので、溺愛してみた。

辺野夏子
恋愛
セファイア王国王女アリエノールは八歳の時、王命を受けエメレット伯爵家に嫁いだ。それから十年、ずっと仮面夫婦のままだ。アリエノールは先天性の病のため、残りの寿命はあとわずか。日々を穏やかに過ごしているけれど、このままでは生きた証がないまま短い命を散らしてしまう。そんなある日、アリエノールの元に一人の子供が現れた。夫であるカシウスに生き写しな見た目の子供は「この家の子供になりにきた」と宣言する。これは夫の隠し子に間違いないと、アリエノールは継母としてその子を育てることにするのだが……堅物で不器用な夫と、余命わずかで卑屈になっていた妻がお互いの真実に気が付くまでの話。

婚約破棄されて辺境へ追放されました。でもステータスがほぼMAXだったので平気です!スローライフを楽しむぞっ♪

naturalsoft
恋愛
シオン・スカーレット公爵令嬢は転生者であった。夢だった剣と魔法の世界に転生し、剣の鍛錬と魔法の鍛錬と勉強をずっとしており、攻略者の好感度を上げなかったため、婚約破棄されました。 「あれ?ここって乙女ゲーの世界だったの?」 まっ、いいかっ! 持ち前の能天気さとポジティブ思考で、辺境へ追放されても元気に頑張って生きてます!

異世界から来た娘が、たまらなく可愛いのだが(同感)〜こっちにきてから何故かイケメンに囲まれています〜

恋愛
普通の女子高生、朱璃はいつのまにか異世界に迷い込んでいた。 右も左もわからない状態で偶然出会った青年にしがみついた結果、なんとかお世話になることになる。一宿一飯の恩義を返そうと懸命に生きているうちに、国の一大事に巻き込まれたり巻き込んだり。気付くと個性豊かなイケメンたちに大切に大切にされていた。 そんな乙女ゲームのようなお話。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

異世界で婚活したら、とんでもないのが釣れちゃった?!

家具付
恋愛
五年前に、異世界に落っこちてしまった少女スナゴ。受け入れてくれた村にすっかりなじんだ頃、近隣の村の若い人々が集まる婚活に誘われる。一度は行ってみるべきという勧めを受けて行ってみたそこで出会ったのは……? 多種多様な獣人が暮らす異世界でおくる、のんびりほのぼのな求婚ライフ!の、はずだったのに。

魔法が使えない令嬢は住んでいた小屋が燃えたので家出します

怠惰るウェイブ
ファンタジー
グレイの世界は狭く暗く何よりも灰色だった。 本来なら領主令嬢となるはずの彼女は領主邸で住むことを許されず、ボロ小屋で暮らしていた。 彼女はある日、棚から落ちてきた一冊の本によって人生が変わることになる。 世界が色づき始めた頃、ある事件をきっかけに少女は旅をすることにした。 喋ることのできないグレイは旅を通して自身の世界を色付けていく。

処理中です...