鈴蘭の魔女の代替り

拝詩ルルー

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新人演習5

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「……むぅ。ここら辺にはめぼしい獲物はいないみたいですね」

 レイは森に入るなり探索魔術を展開すると、少し唇を尖らせて言った。

 戦闘訓練は狩り競争にもなっていて、一番良い獲物を討伐した班は、褒賞として夕食のメニューが少し豪華になるのだ。

「そうだねぇ。先に森に入った班が狩ってしまったようだし、無事な魔物も森の奥の方に引っ込んでしまっているね」

 フェルも穏やかに相槌を打った。

「「「えっ……」」」

 一方で、リックとノーランとワイアットはいきなり絶句していた。

「……もう分かるんですか?」

 リックがおそるおそる尋ねると、

「探索魔術をかけましたから」
「一番近いので、西側の山の斜面にいるね。ボアかな。だけどまだ小さいね」

 レイとフェルがなんてことないという風に、あっさりと答えた。

「そ、そこまで分かるんですね……」
「…………」

 リックは驚いて相槌を打ち、ワイアットは開いた口が塞がらない様子だった。

「そ、それじゃあ、優勝できそうなほどの獲物はどこにいるんですか!?」

 ノーランはちゃっかり尋ねていた。

 レイとアルバンはフェルを見かけたが、すぐに視線を逸らした。

(……絶対、義父さんが一番……)

 先代魔王フェリクスは、ぶっちぎりで一番の獲物だろう——絶対に狩れはしないが。

 レイは、先ほどよりも広範囲に探索魔術を展開した。より遠くの方を探っていると——

「珍しいね。北部の魔物だ。南下してたんだね」

 隣にいたフェルが、興味深そうに黄金眼を細めていた。

「北部の魔物!?」

 リックたちが一気に気色ばんだ。

 北部は厳しい環境に適応した魔物が多く、王都周辺よりも討伐難易度の高い魔物が多いのが特徴だ。

「アイスホーンだよ。レイ、食べたことある?」
「まだないです」

 フェルに訊かれ、レイはふるふると首を横に振った。

「少し痩せてるみたいだけど、肉が柔らかくておいしい魔物だから、これにしようか?」

 フェルがのほほんと尋ねると、リックとノーランとワイアットは顔面蒼白で激しく首を横に振った。
 アイスホーンはBランクの魔物だ。新兵が気軽に手を出して良い魔物ではない。

「……肉が柔らかくておいしい……いいですね」

 レイのお腹具合は、想像しただけでもすでにアイスホーンの虜になっていた。
 じゅるりと生唾を飲み込む。

「アイスホーンは、魔術は何が効きますか!?」

 レイは、勢いよく手を上げて質問した。

「う~ん、やっぱり火魔術かな。氷の角を溶かすと一気に動きが鈍くなるし、力も弱まるんだ」

 フェルは思い出すように顎先に指を置いて答えた。

「分かりました! ありがとうございます!」

 レイは元気よくお礼を言った。なんとなくアイスホーンの討伐イメージを頭に思い浮かべる。

「転移するから、戦闘準備して」
「はっ」
「かしこまりました」

 フェルの一言で、アルバンとレヴィはカチャッと剣に手を置いた。
 レイもまだ見ぬお肉に胸をときめかせ、力強く頷いた。準備は万端である。

 一方で、リックとワイアットとノーランは「へぁっ!!?」「マジかっ!!?」「転移って、そんな気軽に使えるものじゃ……」と混乱をきたしていた。

「それじゃあ、行くよ」
「「「「……!!」」」」

 フェルがそう言い終わった次の瞬間には、レイたちの班の全員が、アイスホーンの背後に転移していた。

 アイスホーンは、レイの元の世界でいうバッファローのような大きな牛型の魔物で、先がくるりと巻いた大きな氷の角が頭から生えていた。北部の魔物らしく、白銀の長い毛が全身に生えている。

 巨大なアイスホーンは、いきなり現れたレイたちにかなり驚いていた。

「ファイア・アロー」

 レイは、早速、アイスホーンの立派な角に目掛けて火の矢を撃った。レイの火の矢は見事に角に命中し、メラメラと炎を上げて、氷の角を溶かしていった。
 アイスホーンがくらりと揺れて両方の前脚を地面につくと、レヴィが距離を詰めてスパッとアイスホーンの首を落とした。

「やったぁ!! レヴィ、すごい!!」
「いいえ。レイの命中力もさすがですね」

 レイは歓声をあげてぴょこんと跳ね、レヴィは剣についた血を振り払って鞘に納めた。

 リックとワイアットとノーランは、揃って顎が外れるかと思われる程あんぐりと口を開けて、固まっていた。

「うん、いいチームワークだね。……おや?」

 フェルは何かに気づいたようで、空間収納から青銀色に輝く魔石が付いた純白の杖を取り出した。
 杖を軽く一振りすると、真っ赤な炎が飛び出して、天高く火柱が立った。轟々と燃え盛る巨大な炎の柱は、木々の向こう側にいる魔物か何かを燃やしているようで、「ヴォオオォオ……!!!」とおぞましい断末魔のような声も聞こえてくる。

 フェルが杖をもう一振りすると、さきほどまで燃え盛っていた炎は、煙のように一瞬でかき消えた。

 森を見てみると、生えている木や草は一切焼かれていないどころか、焦げや煤さえついていないようだった。

「フェルさん、これは……?」

 レイはびっくりして目を大きく見開いたまま尋ねた。

「うん? バレット商会から見本品でもらったんだ。ニールから、レイが魔術付与したって聞いたよ?」

 フェルは嬉しそうに微笑んで答えた。
 義娘の魔力がこもっているためか、杖をさらりと優しく撫でて、丁寧に扱っている。

(もしかして、ラングフォード領で狩ったサラマンダーの魔石を使った杖? ……確かに、神官用の杖にするって聞いてはいたけど……)

 レイはあまりの炎の威力と、目標物以外は一切燃やさない効果に目を瞠っていた。

「フェル様、獲物は残念ながら全て聖灰になっていました」

 燃やした獲物の様子を確認しに行っていたアルバンが、残念そうな面持ちで、木々の間から顔を出した。小さく首を横に振っている。
 ただ、聖灰はかき集めてきたようで、大きな革袋を持っていた。

「う~ん、やっぱり杖を使ってしまうと威力の調整が難しいねぇ。控え目にしたつもりなんだけどね」

 フェルも少し残念そうな声音で言った。

「アイスホーンはどうしましょうか? ここで解体しますか? それとも……」
「あ、空間収納に入れちゃうね」
「お願いします」

 レヴィに訊かれ、レイはアイスホーンに近づいてパッと空間収納にしまった。
 三メートルはゆうに超えているであろうアイスホーンの巨体が、一瞬で消える。

 リックとワイアットとノーランは、ただただ石のように固まって、一連のことをぽかんと眺めていた。


***


「ふぉおっ! おいふぃ!!」

 レイは黒曜石のような黒色の瞳を輝かせ、アイスホーンの霜降り肉にかぶりついた。


 戦闘訓練の魔物狩りは、アイスホーンを提出したレイたちの班が、ぶっちぎりで優勝となった。

 優勝した班のリーダーとして一言を求められたリックは、始終口角をひくつかせていた。
 ノーランとワイアットはせっかく優勝したというのに、なぜかずっと遠い目をしていた。


「せっかく良い肉を準備していたようだが、さすがにアイスホーンの肉には勝てないな」

 テオドールは、おいしそうに肉を頬張るレイを、微笑ましげに見つめていた。

 今夜は黒の塔の魔術師で集まって夕食をとっていた。
 それぞれの皿には、その日の戦闘訓練で獲れた魔物の焼肉が載っている。
 レイの皿には、アイスホーンの霜降り肉の他に、優勝賞品の鴨の燻製肉も載っていた。

「アイスホーン、すっごくおいしいです! でも、こっちのお肉もおいしいですよ!!」

 レイは、燻製肉も頬張りながら満面の笑みで答えた。

「レイちゃん、これは一応高級肉だよ? アイスホーンには負けるけどね。知ってた?」

 ライデッカーに燻製肉を指差されて訊かれ、レイは首を横に振った。

「でも、おいしければ正義です!」

 レイがにっこりと宣言すると、ライデッカーは面食らっていた。

「レイ嬢が喜んでくれたようで良かった」

 テオドールは、ライデッカーがレイに押されている様子を見て、くすりと笑った。

「それにしても、よく魔物を見つけられたわね。私たちの班は、結局見つけられなかったわよ。先に森に入った班に獲物をとられちゃってたのよ」

 エヴァは残念そうに肩をすくめて言った。
 エヴァの班は今日は何も獲れなかったが、彼女の皿にはレイにお裾分けしてもらったアイスホーンの肉が載っていた。

「森に入ってすぐに探索魔術を使ったんです」

 レイはあっさりと答えた。

「俺も探索魔術は使ったが、獲物は遠くにしかいなかっただろう?」

 ライデッカーが片眉を上げて言った。

「……そうですね……」

 レイは黙々とお肉を咀嚼した。じゅわっと甘い肉汁が口の中に広がり、思わず頬が緩む。

「転移魔術か」
「転移魔術ね」

 ライデッカーとエヴァの声が揃った。訝しげにレイを見つめる。

「私は転移魔術は使ってませんよ?」

 レイはごっくんとお肉を飲み込むと、事実だけを伝えた。そう、あくまでも転移魔術を使ったのは義父である。レイではない。

 ライデッカーとエヴァは、ますます怪訝そうな表情でレイを見つめた。

「あと、戦闘訓練中にすっごい火柱が立ったって噂なんだけど……?」

 ライデッカーはさらにレイに尋ねた。

「それも私じゃないですよ」
「……うん、分かった」

 ライデッカーは自分で尋ねておきながら、レイの答えを聞いて、遠い目をした——本当にヤバい人外の高位者が演習に紛れていると、確信した瞬間だった。

「ふっ……ふははっ」

 その時、テオドールが堪えきれずに吹き出した。

「ジーンをこんな風にやり込められるのは、レイ嬢ぐらいだな」

 テオドールは小刻みに肩を震わせていた。


「テオ、アイスホーンの肉をもらってきたぞ……って、どうしたんだ?」

 アイスホーンの焼き肉を持って来たイシュガルが、赤色のな瞳を丸くして、珍しく笑いが止まらない様子のテオドールを眺めていた。

 ライデッカーはまだ遠い目をしてしょぼくれていて、エヴァも珍しいものを見るように、テオドールが笑っているのを見つめていた。

「所長は何やらツボに入ったようです」

 身動きの取れなそうな先輩方に代わり、レイが答えた。

 カオスなメンバーをよそに、レイはアイスホーンのお肉に幸せそうにかぶりつくと、「うまぁ~」とほっこり呟いた。


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◆関連作品

『砂漠の詩』
『雨の回廊』編の過去編スピンオフです。

『冒険者を辞めたら天職でした 〜パーティーを追放された凄腕治癒師は、大聖者と崇められる〜』
『冒険者パーティーを追放された凄腕治癒師を拾いました』編のスピンオフです。

『ジャスティンと魔法少女のステッキ』
『魔法少女』編のスピンオフです。

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