鈴蘭の魔女の代替り

拝詩ルルー

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新人演習3

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「レイちゃん、ちょっとおいで」

 新人演習二日目の朝、レイはライデッカーに手招きをされた。
 ちょうど朝の食事時だった。

「レイちゃん、君が昨日の夜に会ってたお方はどなた?」

 レイがてくてくと近寄って行くと、ライデッカーは高い背を屈めて、小声で尋ねた。

 レイは思いもよらぬことを訊かれて、きょとんとした。
 そして少し考え込んだ。

(義父さんは若い姿に変身してたし、偽名も使ってたから、あまり他の人に知られちゃまずいかも……教会の大司教様が演習に出てたら、びっくりされちゃうだろうし……)

「家族ですよ」

 レイはにっこりと笑顔を浮かべて、ぼかした。

「…………もしかして、擬態してる? 本当はとんでもなく強くない?」
「黙秘します」
「…………うん、分かった」

 ライデッカーはそれだけ確認すると、顔色を青ざめさせて、フラフラとした足取りでテオドールのテントの方へと戻って行った。


「ジーン?」

 幽霊のようにフラフラとテントに入って来たライデッカーに、テオドールは訝しげに片眉を上げた。

「テオ、レイちゃんが昨夜話してたお方には、絶対に危害を加えないように注意して。粗相があれば、国が滅ぶと考えた方がいい」

 ライデッカーはテントに入るなり、がっくりとくずおれた。

 テオドールは昨夜の様子を思い浮かべた。
 ふと見た食事の配給の列には、エヴァとレイ、それから聖鳳教会の青年神官と、大柄の聖騎士が和気藹々とおしゃべりをしていた。

 呪いを扱う黒の塔の魔術師が、ほぼ正反対の属性であろう教会の神官や聖騎士と仲良くしている姿は、どこか普通ではなくて印象に残っていた。

 そして、ライデッカーの異様に青ざめた様子を考えれば、下手をすれば「黒の暴虐」と呼ばれた影竜王以上の存在の可能性があった。

「……挨拶に向かった方がよいか?」
「普通の神官に擬態してるし、嫌がられると思う」

 テオドールが念のため確認すると、ライデッカーはキッパリと否定した。

「義兄上の陣営にも話を通しておこう。母上は刺客を送り込んでいたりは……?」
「分かりません」
「……困ったな。正妃派も何も仕込んでいなければよいのだが……」

 テオドールは小さく溜め息を吐いた。


 テオドールは生まれてこのかた、正妃から命を狙われ続けてきた。

 それもこれも、ドラゴニア王国では生まれた順番や性別は関係なく、火竜の加護の厚い者が国王となるためだ。

 火竜の加護は、髪や瞳の色に現れた。
 テオドールは深紅の髪と瞳を持ち、兄弟の中で最も火竜の加護が厚い。
 テオドールには少し劣るが、エイダンの髪と瞳も混じり気のない色鮮やかな赤色をしており、こちらも火竜の加護が厚いとされてきた。

 また、エイダンは初代国王に顔立ちや雰囲気が似ており、彼の母親である正妃も元は公爵令嬢——侯爵家出身の側妃よりも家格が上だった。

 火竜の加護だけでなく、後ろ盾なども含めて総合的にみると、エイダンとテオドールどちらが王位を継いでも遜色はなかった——故に、正妃と側妃の争いは激しくなっていった。

 もちろん、テオドールの腹違いの兄で第一王子のエイダンも、テオドールの母である側妃から命を狙われている。

 王子たちの暗殺未遂は日常茶飯事で、テオドールは「今回の新人演習にも、おおかた刺客が送り込まれているだろう」と推測していた。「いつものこと」ぐらいの認識だったが、人外の高位者も参加しているとなれば、そうも言ってはいられなくなった——


「うわっ!? お前はなんて所で、なんてことをしてるんだ!?」

 イシュガルがテントに入って来た。
 出入り口付近でうずくまっているライデッカーに驚いて、大声をあげる。

「イシュガル、訊いてもよいか? 聖鳳教会の神官についてなのだが……」

 イシュガルはテオドールの珍しい質問に、目を丸くした。こくりと小さく頷く。

「昨夜レイ嬢が話していた神官についてだ」
「……ああ、アルバン聖騎士が護衛していた神官か。確か、フェル・メーヴィスだったか……現大司教の遠縁らしい」

 イシュガルは、思い出すように首を捻りつつ答えた。

「分かった。ありがとう」

 テオドールは早々にポケットからメモ帳を取り出して一枚破り、さらさらと伝言をしたためた。

 テオドールが自らの影を指先で叩くと、真っ黒なヤモリがチョロチョロと出て来た。

 イシュガルはそれを見て、顔を顰めた。

「エイダン殿下に伝言か……? あまり感心はしないな」
「緊急だ。この演習に高位者が紛れ込んでいる可能性が高い」
「なっ……ライデッカーでも敵わない相手か?」

 イシュガルは顔を強張らせて尋ねた。

 国の上層部でしか知られてはいないが、国民の中には人外の高位者が紛れ込んでいる。もし万が一、彼らの機嫌を損ねれば、国をも滅ぼしかねないことになる——なお、これらのことは国民の不安を招く恐れがあるため、世間一般には伏せられている。

「そこのジーンの様子を見てみろ。一目瞭然だ」

 テオドールは、イシュガルたちの方には目もくれず、使い魔のヤモリに手紙を括り付けていた。

「…………ああ」

 今まで見たこともないほどにへこんでいるライデッカーを見て、イシュガルはごくりと喉を鳴らした。

 ライデッカーはAAAランクの雷竜だ。テオドールを気に入り、加護を与えているため、基本的にドラゴニア王国を害することはない。そしていざという時には、テオドールを守るため、王国側について戦ってくれるはずだ——それが顔色も悪く項垂れているのだ。ライデッカーに勝ち目はなさそうだった。

「変に刺激してくれなければよいのだが……」

 テオドールは不安げに使い魔を送り出すと、重い溜め息を吐いた。


***


「あれが妹が惚れ込んだという…………随分、地味ではないか?」

 エイダンは、従兄弟で護衛のハリソンに小声で尋ねた。

 エイダンとハリソンは、新兵の見習い騎士たちの様子を眺めていた。

 新兵たちはテントを解体したり、食事の後片付けをしたりして、移動の準備を進めていた。
 新兵の中にはもちろんレヴィもいて、テントの布をたたんでいるところだった。

 華やかで美しい貴族に見慣れているエイダンからすれば、レヴィは見た目に特段華や特徴があるわけでもなく、注目に値するような人物には思えなかった——よく言えば「普通」、悪く言えば「地味」としか言いようがなかった。

「まぁ、騎士としてはちゃんとしてるな。あの身のこなし、隙が無くて実にいい。身体の方もしっかり鍛えてそうだ」

 ハリソンは、少し離れた所にいるレヴィをじっと見つめると、訥々とつとつと語り始めた。

「ハリソンの男をみる基準は、すべて騎士の尺度に換算されるな……」
「恐れ入ります」
「褒めていない」

 エイダンは、ちくりとツッコミを入れた。

「遠目で見ただけではよく分からんな。……確か、明日からは戦闘訓練だったな?」

 エイダンは赤い瞳を眇めて、レヴィをよく見ようとした。レヴィは相変わらず、黙々とテントをしまう作業に従事していた。

「はっ。領境りょうざかいの森で班ごとに分かれて魔物狩りです」
「それなら、あいつの班を俺の班と組ませよう」
「……よろしいので? 彼は第三騎士団ですよ。貴族の多い第二騎士団から苦情が出ますよ」

 ハリソンは、冷静にエイダンに確認した。

 第一王子と同じ班になるということは、騎士としての実力をアピールして出世するチャンスだ。それが、貴族を差し置いて平民が優遇されたとなれば、文句の一つも言いたくなるだろう。

「それなら、明後日の午後の訓練だな。それ以外は第二騎士団の別の班と組むようにしてくれ。他の班とも交代で組むと分かれば、文句は出ないだろう?」
「はっ」

 エイダンの指示に、ハリソンは二つ返事で頷いた。

「おっ、何だ?」

 エイダンの太い腕を、真っ黒なヤモリがチョロチョロと這い上がってきた。ヤモリには小さな紙片が括り付けられていた。

「…………」
「…………何です?」

 熱心に手紙に目を走らせるエイダンに、ハリソンが控えめに声をかけた。

「『神官のフェル・メーヴィスには決して手を出すな』らしい……」

 エイダンは手紙をハリソンにも見せた。

「神官、ですか……?」

 ハリソンは手紙に目を通すと、眉根を寄せた。


 この真っ黒なヤモリは、エイダンとテオドールの秘密の使い魔だ。
 正妃派と側妃派の壁を越え、義兄弟が共同戦線を張り、重要な情報を共有し、互いの命を守るためにのみ使役するものだ——エイダンとテオドールは、王宮内で生き残るため密約を交わしているのだ。


「おそらく高位者だな。『決して』か……あいつの竜でも抑えられないレベルと捉えた方がいいな」

 エイダンの一言に、ハリソンは一気に表情を強張らせた。

「教会は元から油断ならねぇところだからな。まぁ、しらんぷりするしかねぇな。他の奴らにも伝達しておけ、『教会は丁重に扱え』と」
「はっ」

 エイダンの指示に、ハリソンは固く強張った声で返事をした。


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◆関連作品

『砂漠の詩』
『雨の回廊』編の過去編スピンオフです。

『冒険者を辞めたら天職でした 〜パーティーを追放された凄腕治癒師は、大聖者と崇められる〜』
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