鈴蘭の魔女の代替り

拝詩ルルー

文字の大きさ
上 下
286 / 347

ドラゴニア王国騎士団

しおりを挟む
 ドラゴニア王国騎士団は、ドラゴニア王国建国当初よりあり、国防のメインを担ってきた。

 歴史上、たくさんの王国騎士たちが身体を張り、勇敢に戦い、外敵などから国や民を守ってきた。
 その活躍は吟遊詩人や歴史家、そして何より市井の人々によって英雄的に歌われ、語り継がれ、親しまれてきた——王国騎士は、国民の憧れの職業なのである。

 火竜の血を引く王族が治めるドラゴニア王国では、火竜と燃え上がる炎をイメージさせる赤は貴色とされており、王国騎士団の制服にも赤色が使用されている。
 王国騎士は深紅の騎士服が、従騎士はそれよりも一段階暗い赤色の騎士服となっている。


 レヴィは、レイが黒の塔に入塔するよりもひと足先に、ドラゴニア王国騎士団に入団していた。

 ちょうど秋の新兵の入団と時期がかぶったこともあり、レヴィは新兵たちと一緒に騎士団に入ることになった。

 秋に騎士団に入った新兵は四十名。いずれも厳しい入団試験を突破した、剣の腕に覚えのある者たちだ。
 レヴィは、第一騎士団団長イシュガルの紹介状を持っていたため、入団試験はパスだった。

 騎士寮は王宮の外れ、騎士の訓練場近くにある古い煉瓦積みの建物だ。
 貴族か上官の部屋以外は、基本的に相部屋になる——それはもちろん、レヴィも一緒だった。

 簡単な入団式の後に、騎士寮の部屋割りが伝えられ、レヴィは寮棟一階の一番奥にある部屋に向かった。

 ほぼベッドと収納用の棚しかないこぢんまりとした部屋に、大の男三人が集結した。
 それぞれ持ち込みを許された私物は、大きな革袋一袋分——食事や制服その他諸々が支給される騎士寮では、十分な荷物量だった。

 秋の過ごしやすい気候とはいえ、小さな部屋に大男が三人も集まれば、さすがに圧迫感を感じる。
 三人部屋の東向きの窓は開け放たれ、金木犀の甘やかな香りが秋風とともに古ぼけたカーテンを揺らしていた。

「俺はノーランだ。今年で十七だ。父も兄も騎士をやっていて、第三騎士団に所属してるんだ。今日からよろしく」

 金茶色の髪をした、やや細身の男が自己紹介をした。威圧感の全く無い、人の良さそうな優しげな糸目を限界まで細めて、ルームメイトたちに笑顔を向けている。

「ワイアットだ。十八だ。今まで冒険者をやってたんだ。よろしく」

 薄桃色の短髪の男が、ニッと力強い笑顔で挨拶をした。レヴィと同じぐらいの背丈で、がっしりとした体格だ。

「レヴィです。私も冒険者で剣士をやってました。よろしくお願いします」

 レヴィも卒なく自己紹介をした。ぺこりと軽く頭を下げる。

「レヴィはいくつなんだ?」
「……いくつなんでしょう?」

 ワイアットにいきなり訊かれ、レヴィは考え込むように首を捻った。

「ああ、悪い、悪い。元は孤児かなんかか。それじゃあ、正確な歳なんて分かんねぇよな。すまねぇ」
「いえ、大丈夫です」

 ワイアットがすぐに詫びると、レヴィは淡々と返事をした。

(……確かに、正確な年齢は分かりませんね。それにしても、「人としての年齢」ですか。今度レイとニールに相談しましょうか)

 レヴィの一番古い記憶では、剣としてすでに戦場で振り回され、敵を斬り伏せられていた。年齢など、「剣」としても「人型」としても考えたことはなかった。


 三人は私物の荷物を棚に置くと、他に椅子も無いので、それぞれベッドに腰かけた。

「まさか騎士家や平民ばかりの新兵の入団式に、王女殿下が現れるとは思わなかったよ! しかも殿下直々にお言葉を下さるとは!」

 ノーランが少し興奮気味に話し出した。

 新兵の入団式に、第一王女のナタリーが参加していたのだ。

 彼女は色鮮やかな金髪をキッチリと結い上げ、騎士団の入団式に相応しく、あまり華美すぎないキリッとした真紅のドレスをまとっていた。
 火竜の血を引いた証の淡い桃色の瞳を新兵たちに向け、さくらんぼのようにぷっくりとした唇からは、新兵への激励の言葉を贈っていた。

「かなりべっぴんな王女様だったな。レヴィはああいうのはどうだ?」
「いえ、特には……」

 ワイアットに話を振られ、レヴィは少し口ごもって答えた。
 レヴィは、以前ナタリーが急に訪れた時の気まずい茶会を、薄らと思い出していた。

「なんだ~、若いのに枯れてんな」

 ワイアットが遠慮なくバシバシと、隣に座るレヴィの肩を叩いた。

「ワイアットも若いじゃないですか。そういうワイアットはどうなんですか?」
「いやぁ、俺に王女様は不釣り合いよ。そもそも身分が違いすぎる」

 レヴィに尋ねられ、ワイアットは冗談のように軽く笑い飛ばした。

 レヴィがふと視線を向けると、ノーランも「俺も畏れ多すぎてムリだよ!」と激しく首と手を横に振っていた。

「そういや入団式でも言ってたが、すぐに新人の軍事演習があるんだよな?」

 ワイアットは他の二人を交互に見て確認した。

「秋に入った第三騎士団と、夏に入った第二騎士団、それから魔術師団の合同だったな」

 ノーランは思い返すように指折り数えた。

「聖鳳教会からも後方支援部隊が来るんですよね?」

 レヴィも相槌を打つ。

 新人演習の主催は王宮側だが、自然災害や魔物による災害が起きた際には、王宮と教会が連携を取って住民の救助や保護を行う。——新人演習では、これらの災害に向けての演習メニューも含まれているのだ。

「ここだけの話なんだが、今回は黒の塔の魔術師も参加するって噂だ。塔の魔術師は、機嫌を損ねたらマジで呪われるって話だぞ……怖ぇな」

 ワイアットは、秘密の話を披露するかのように身を乗り出して、声を潜めて語った。
 あからさまに顔を顰めて、さりげなく二人の様子を窺っている。

「……黒の塔……」

 レヴィが、ぽつりと口ずさんだ。

(もしかしたら、演習先でレイと会える可能性も……?)

 レヴィは少し考え込むと、期待から胸のあたりがほこほことあたたかくなった。

「ただ同じ演習に出たってだけで、呪われるのは勘弁だな」

 ノーランは苦笑いを浮かべた。

「ああ、そうだな。まぁ、塔の魔術師は奇人変人が多いっていうし、関わらないに越したことはねぇな」

 ワイアットは簡単に結論づけた。


 その日は互いの自己紹介も兼ねて、三人はいろいろと語り合った。

 ノーランは騎士爵の家系で、幼い頃より兄弟ともども「騎士たる者、かくあるべし」と厳しく鍛えられたようだ。
 騎士のような誠実さと人柄の良さが、表情にも滲み出ていた。

 ワイアットは苦労人だった。幼い頃に母を亡くし、養父の元でも苦労をしたようだ。
 冒険者になってからは自由に暮らしていたが、どうしても不安定な職業なため、安定と高収入を求めて騎士を目指したそうだ。

(これはパジャマパーティーですね)

 レヴィは始終楽しげで、機嫌が良かった。


***


「レヴィ~!」

 数日後、訓練が終わってルームメイトと騎士寮に戻っている途中、レヴィは急に名前を呼ばれた。

 振り返ると、そこには軍服風の黒いワンピースを着た少女が、大きく手を振ってこちらに駆けて来ていた。

 山吹色の髪をした大柄な男が、保護者のようにやれやれと言いたげに、彼女の後ろで見守っている。

「今日から私も王宮内で働くことになったから!」

 少女は黒曜石のような黒色の瞳をキラキラとさせ、走って荒くなった息を弾ませて、レヴィを見上げて言った。

「おめでとうございます。レイは制服がよく似合ってますね」

 レヴィは、久々に見た主人に、ほっこりと和やかな笑みを返した。

「レヴィも騎士服がよく似合ってるね! かっこいいよ!」

 レイもにっこりと笑いかける。

 ノーランもワイアットも、びっくりして目を丸くしてレヴィたちの様子を眺めていた。

 突如現れた塔の魔術師らしき少女にも驚いたが、レヴィが彼女と知り合いだということにも、レヴィが普段全く見せない柔らかい笑顔を浮かべていることにも驚いていた。

「……あの子は?」

 ワイアットは、隣にいたノーランにこっそり尋ねた。

「さぁ? とにかく、黒の塔の魔術師だろ。レヴィに知り合いがいたんだな」

 ノーランも小声で返す。

「そんな感じは全然しなかったけどな」
「しかも結構仲が良さそうだな」
「恋人……というには、幼いか」

 ノーランとワイアットは不思議そうに、和気藹々とおしゃべりしているレイとレヴィを眺めていた。


しおりを挟む
◆関連作品

『砂漠の詩』
『雨の回廊』編の過去編スピンオフです。

『冒険者を辞めたら天職でした 〜パーティーを追放された凄腕治癒師は、大聖者と崇められる〜』
『冒険者パーティーを追放された凄腕治癒師を拾いました』編のスピンオフです。

『ジャスティンと魔法少女のステッキ』
『魔法少女』編のスピンオフです。

あなたにおすすめの小説

【完結】番である私の旦那様

桜もふ
恋愛
異世界であるミーストの世界最強なのが黒竜族! 黒竜族の第一皇子、オパール・ブラック・オニキス(愛称:オール)の番をミースト神が異世界転移させた、それが『私』だ。 バールナ公爵の元へ養女として出向く事になるのだが、1人娘であった義妹が最後まで『自分』が黒竜族の番だと思い込み、魅了の力を使って男性を味方に付け、なにかと嫌味や嫌がらせをして来る。 オールは政務が忙しい身ではあるが、溺愛している私の送り迎えだけは必須事項みたい。 気が抜けるほど甘々なのに、義妹に邪魔されっぱなし。 でも神様からは特別なチートを貰い、世界最強の黒竜族の番に相応しい子になろうと頑張るのだが、なぜかディロ-ルの侯爵子息に学園主催の舞踏会で「お前との婚約を破棄する!」なんて訳の分からない事を言われるし、義妹は最後の最後まで頭お花畑状態で、オールを手に入れようと男の元を転々としながら、絡んで来ます!(鬱陶しいくらい来ます!) 大好きな乙女ゲームや異世界の漫画に出てくる「私がヒロインよ!」な頭の変な……じゃなかった、変わった義妹もいるし、何と言っても、この世界の料理はマズイ、不味すぎるのです! 神様から貰った、特別なスキルを使って異世界の皆と地球へ行き来したり、地球での家族と異世界へ行き来しながら、日本で得た知識や得意な家事(食事)などを、この世界でオールと一緒に自由にのんびりと生きて行こうと思います。 前半は転移する前の私生活から始まります。

私の入る余地なんてないことはわかってる。だけど……。

さくしゃ
恋愛
キャロルは知っていた。 許嫁であるリオンと、親友のサンが互いを想い合っていることを。 幼い頃からずっと想ってきたリオン、失いたくない大切な親友であるサン。キャロルは苦悩の末に、リオンへの想いを封じ、身を引くと決めていた——はずだった。 (ああ、もう、) やり過ごせると思ってた。でも、そんなことを言われたら。 (ずるいよ……) リオンはサンのことだけを見ていると思っていた。けれど——違った。 こんな私なんかのことを。 友情と恋情の狭間で揺れ動くキャロル、リオン、サンの想い。 彼らが最後に選ぶ答えとは——? ⚠️好みが非常に分かれる作品となっております。

夫の隠し子を見付けたので、溺愛してみた。

辺野夏子
恋愛
セファイア王国王女アリエノールは八歳の時、王命を受けエメレット伯爵家に嫁いだ。それから十年、ずっと仮面夫婦のままだ。アリエノールは先天性の病のため、残りの寿命はあとわずか。日々を穏やかに過ごしているけれど、このままでは生きた証がないまま短い命を散らしてしまう。そんなある日、アリエノールの元に一人の子供が現れた。夫であるカシウスに生き写しな見た目の子供は「この家の子供になりにきた」と宣言する。これは夫の隠し子に間違いないと、アリエノールは継母としてその子を育てることにするのだが……堅物で不器用な夫と、余命わずかで卑屈になっていた妻がお互いの真実に気が付くまでの話。

婚約破棄されて辺境へ追放されました。でもステータスがほぼMAXだったので平気です!スローライフを楽しむぞっ♪

naturalsoft
恋愛
シオン・スカーレット公爵令嬢は転生者であった。夢だった剣と魔法の世界に転生し、剣の鍛錬と魔法の鍛錬と勉強をずっとしており、攻略者の好感度を上げなかったため、婚約破棄されました。 「あれ?ここって乙女ゲーの世界だったの?」 まっ、いいかっ! 持ち前の能天気さとポジティブ思考で、辺境へ追放されても元気に頑張って生きてます!

異世界から来た娘が、たまらなく可愛いのだが(同感)〜こっちにきてから何故かイケメンに囲まれています〜

恋愛
普通の女子高生、朱璃はいつのまにか異世界に迷い込んでいた。 右も左もわからない状態で偶然出会った青年にしがみついた結果、なんとかお世話になることになる。一宿一飯の恩義を返そうと懸命に生きているうちに、国の一大事に巻き込まれたり巻き込んだり。気付くと個性豊かなイケメンたちに大切に大切にされていた。 そんな乙女ゲームのようなお話。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

異世界で婚活したら、とんでもないのが釣れちゃった?!

家具付
恋愛
五年前に、異世界に落っこちてしまった少女スナゴ。受け入れてくれた村にすっかりなじんだ頃、近隣の村の若い人々が集まる婚活に誘われる。一度は行ってみるべきという勧めを受けて行ってみたそこで出会ったのは……? 多種多様な獣人が暮らす異世界でおくる、のんびりほのぼのな求婚ライフ!の、はずだったのに。

魔法が使えない令嬢は住んでいた小屋が燃えたので家出します

怠惰るウェイブ
ファンタジー
グレイの世界は狭く暗く何よりも灰色だった。 本来なら領主令嬢となるはずの彼女は領主邸で住むことを許されず、ボロ小屋で暮らしていた。 彼女はある日、棚から落ちてきた一冊の本によって人生が変わることになる。 世界が色づき始めた頃、ある事件をきっかけに少女は旅をすることにした。 喋ることのできないグレイは旅を通して自身の世界を色付けていく。

処理中です...