鈴蘭の魔女の代替り

拝詩ルルー

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研究課題

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「あれ? 随分人数が多くないですか?」

 レイは所長室に入って中を見回すと、小首を傾げた。

 壁際のソファ席には、奥側に大柄なライデッカーがどかりと座り、手前側の席にはエヴァがちょこんと座っていた。
 ジャスティンは一人がけのソファで魔術本を読んでいる。

「推薦人と教育係——君の関係者だからな」

 テオドールはあっさりとそう答えると、ライデッカーの隣の席に座った。

「レイちゃんはここね!」

 エヴァが、彼女の隣のソファの座面をパシパシと手で叩いた。

「失礼します」

 レイは素直に、エヴァの隣に腰かけた。


 メンバーが揃うと、早速、テオドールが口火を切った。

「レイ嬢の塔での研究についてだな。君は何か研究したいものはあるかな?」

 テオドールに見つめられ、レイはむむむ、と考え込んで難しい顔をした。

(……どうしよう。最近はマナーの授業ばかり受けてたから、研究課題のことは何も考えてなかった……)


 ドラゴニア王立特殊魔術研究所——別名「黒の塔」——に所属する魔術師は、全員が魔術伯爵だ。

 魔術伯爵の地位を維持するためには、三年ごとに研究成果をドラゴニア王国に提出し、認められなければならない。もしくは、王国の求めに応じて、軍務に就かなければならない。
 このどちらかの条件が満たされなければ、魔術伯爵の地位は剥奪されてしまうのだ。


「う~ん……」

 レイが両腕を組んで唸っていると、

「まだこれといって決まっていないようだな?」
「……すみません、そうです……」

 テオドールが苦笑して尋ねると、レイは早々に白旗を上げた。

「他の方はどんな研究をされてるのでしょうか?」

 レイは素直に尋ねてみた。ローテーブルをぐるりと囲むメンバーを見回す。

「私は魔術教育について研究してるわ。特に幼少期の魔術教育の影響についてね。あと、第四王子殿下の魔術教師も引き受けてるのよ」

 エヴァがにこやかに語った。

「俺は今は、滅んだ国の失われた魔術の研究がメインだな。他にも、各地の魔術道具の研究だ」

 ジャスティンはパタンと魔術書を閉じると、淡々と答えた。

「魔術道具の蒐集しゅうしゅうは研究じゃなくて趣味だろ。俺は研究はせずに、軍務をこなすことにしている」

 ライデッカーはジャスティンにツッコミを入れた後、あっけらかんと「研究はしない」と言い放った。目つきの悪い三白眼がにやりと三日月型になる。

「武闘派であれば、ジーンのように軍務のみでも魔術伯爵の地位は維持できる……だが、魔術研究所に所属しているからには、何かしら研究をしてもらいたいな」

 テオドールは苦笑して、隣に座るライデッカーに目線をやった。

 ライデッカーは悪びれもせず、「俺は自分にとって一番最善の方法を選んでるだけです」と手のひらを上にして肩をすくめた。

「そうだ! レイちゃん、君ならいろいろ変わった魔道具を持ってるんじゃないか? ほら、この前のリボンだって!」

 ライデッカーは声も明るく、レイに話題を振った。誤魔化したともいう。

「えっ? あれも魔道具に入るんですか? それなら確かに、魔道具はいくつか持ってますけど……でも、全部いただきものなので、私は魔道具は作れませんよ? できても魔術付与ぐらいですし」

 レイは少し困ったように答えた。
 魔道具は便利だとは思うが、「作りたい!」や「研究したい!」と思えるほどの情熱は感じていなかったのだ。

「へぇ~、どんな魔道具を持ってるの?」

 エヴァは興味深そうに金色の瞳を輝かせて、レイの方を振り向いた。

「魔道具……」

 ジャスティンも、その単語に惹かれて顔をあげた。端正で偏屈そうな顔をレイに向ける。

「リボンはラングフォード魔術伯爵からいただいたものです。それから、他に珍しいといえば、ノームの変身帽子でしょうか……」

 レイは空間収納から水織りのリボンとノームの変身帽子を取り出した。
 優美な水色のリボンと、ポンポン付きの若干はっちゃけた三角帽子を、ローテーブルの上に並べる。

「「「「…………」」」」

 その場の全員の視線が、ローテーブルの上に集中した。

「……ジーン、思いつきで話すな。これは研究成果として上げていいような代物ではないだろう……?」

 テオドールは頭痛を堪えるかのように額に手をやった。深々と眉間に峡谷が生まれる。

「変身アイテム……初めて見たけど、これはこれでかぶるのに勇気がいるわね……」

 エヴァは、パーティー感溢れる三角帽子を手にとった。まじまじと観察する。

「……これは、本当にリボンか? 兵器の間違いではないのか……?」

 ジャスティンは水織りのリボンを前にして、訝しげに片眉を上げた。

「うん! レイちゃんは魔道具の研究はやめようね!」

 ライデッカーは勢いよくパンッと手を叩くと、にかっとわざとらしく笑って明るく言い放った。

「お前が言うな」

 すかさずジャスティンが、キッパリと言った。

 テオドールも、じと目で隣のライデッカーを見据えている。

「レイ、君は確か魔力操作が上手だろう。派手さは無いが、今はその分野を研究している魔術師はいなかったはずだ」

 ジャスティンが、レイの方を見て、落ち着いた口調で言った。

「確かに、魔力量や魔術の威力を増加させる研究は昔から多いが、魔力操作の研究はほとんど無かったな」

 テオドールは顎下に指をやると、考えを巡らせるように視線を外した。

「魔力操作……」

 レイはきょとんと口にした。

(確かに、魔力量は私が研究しない方がいいし、魔術の威力もそうだよね。魔力操作なら、自分の魔術の練習にもなるし、いいかも……?)

 三大魔女は、魔力量が無限だ。これ以上魔力量を増やしようがないため、研究のしようが無かった。
 また魔術の威力も、無限の魔力量の力技で押し通せてしまえるため、レイは必要としていなかった。むしろ、中級魔術師に擬態するため、魔術の威力をいかに抑えるかを考えることの方が多い。

「レイ嬢は一応戦闘もこなせるからな。しばらくは軍務をこなしながら、研究課題を探すのがいいだろう」

 レイが真剣に考え込んでいる様子を見て、テオドールはそっとアドバイスをした。

「……そうですね。確かに、その方が落ち着いて研究課題を探せますね」

 レイは顔をあげると、小さく頷いた。

「それで早速だが、レイ嬢には軍の演習に出てもらう。最近、騎士団の方にも新人が入ったからな。その新兵たちに混じって新人演習に参加してもらう。エヴァ嬢も教育係として一緒に参加してもらいたい」
「分かりました」
「承知しました!」

 テオドールの指示に、レイとエヴァは快諾した。

「それから、今回は私も参加させてもらう。ジーンもだ」
「「えっ!?」」

 テオドールの爆弾発言に、エヴァとレイは驚いて同時に声をあげた。

 ライデッカーはあらかじめ聞かされていたのか、特に無反応だ。

「ここ数年参加してなかったからな。そろそろ一度は参加しておいた方が良いと考えていたし、レイ嬢たちも参加するなら、ちょうど良い機会だ。ジャスティンはどうする? 参加は任意だ」
「それなら研究に専念させてもらおう」

 テオドールの誘いに、ジャスティンは考える間もなく即答した。
 ジャスティンはすでに魔術書を開いていて、続きを読み始めていた。

「では、詳しい演習の日程は後ほど連絡する」

 テオドールの一言で、レイの研究課題の相談会は解散となった。


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◆関連作品

『砂漠の詩』
『雨の回廊』編の過去編スピンオフです。

『冒険者を辞めたら天職でした 〜パーティーを追放された凄腕治癒師は、大聖者と崇められる〜』
『冒険者パーティーを追放された凄腕治癒師を拾いました』編のスピンオフです。

『ジャスティンと魔法少女のステッキ』
『魔法少女』編のスピンオフです。

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