鈴蘭の魔女の代替り

拝詩ルルー

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 その日、バレット邸に水竜王ハムレットが訪れた。

 ハムレットの美しい瑠璃色の髪は緩やかに三つ編みにされ、水織りのリボンで留められていた。艶やかなシルクのシャツに、淡いベージュの薄手のオータムコートを羽織っていて、スラリと細身の長身のためか非常に様になっていた。

「レイ、遊びに来たよ。今日もかわいいね。それに、見ないうちに少し大きくなったかな?」

 ハムレットはピンクのバラの花束を抱えて、レイに甘い微笑みを向けていた。

「こんにちは」
「よく来たな」

 レイとニールは、車寄せまで出迎えに来ていた。

「? なぜ、ニールがここに?」

 ハムレットがさも不思議そうに尋ねると、ニールは深い溜め息を吐いた。

「ここは俺の家でもあるんだ。まぁいい。上がれ」

 ニールが先導し、三人はバレット邸の客室へと向かった。


***


「レイの推薦状を、テオドール殿下に提出して来たよ」

 ハムレットは紅茶を一口飲んで落ち着くと、開口一番にそう報告した。

「えっ!? ありがとうございます!」

 レイは笑顔でお礼を言った。

 ハムレットも、「どういたしまして」とにこやかに返事を返す。

「そうそう。黒の塔に入ると、レイは魔術伯爵になるんだ。それで、私にレイの後見をさせて欲しいんだ」

 ハムレットは、窺うようにじっとレイを見つめて言った。

「えっ?」

 レイは、思わずニールの方を振り向いた。
 一人で決めて良いようなことではなさそうだと感じたのだ。

「だって、フェリクス様もニールも、私がレイに求婚したら認めてくれるかい?」
「認めん」

 今度はハムレットは、ニールの方を振り向いた。
 ハムレットが諦め半分に尋ねると、ニールは取り付く島もなくキッパリと断った。

「即答は酷いな。でも、それなら貴族として後見するのはどうだい? レイがいきなり魔術伯爵として社交界に入るより、誰か世話役がいた方がいいだろう?」
「……まぁ、そうとは言えるな」

 ハムレットの意見に、ニールは言葉を濁した。

「それなら、私が世話役になるよ。私なら、社交界の裏も表もよく知ってるからね」

 ハムレットが少しだけ勝ち誇ったような視線をニールに向けた。

「……確かに、下手な者に任せるよりはまだマシか……」

 ニールは顔を顰めると、珍しく小さく舌打ちをした。

「そうと決まれば、デビュタントのドレスを私に贈らせてもらおうかな。レイはかわいいから何でも似合いそうで迷ってしまうね。……それから、魔術伯爵は一応、貴族の端くれだからね。しっかり結果を出せていれば、あまり周りからうるさく言われることはないけど、それでもマナーやダンスの一つはできないと拙いね」

 ハムレットは満面の笑みで、どんどんと話を進めようとした。

「もちろん、ダンスのパートナーは私と……痛っ! なんだい、ニール?」

 ハムレットは急にニールに耳を引っ張られて、薄く眉根を寄せた。

「……ただ単に、気に食わないだけだ」

 ニールは、じと目でハムレットを見据えた。

「正直すぎるよ、ニール……でもね、実際にマナーがまともにできないと貴族の間では舐められてしまうからね。マナーの先生を紹介しよう。一緒にお勉強しようか?」

 ハムレットは、赤くなってしまった耳をさすりながら言った。

「……確かにマナーは必要ですから、できないと拙いですよね……」

(マナーもそうだけど、ダンスかぁ……大変そうだなぁ……)

 レイは遠い目をした。ダンスなど、体育の授業でやったきりだった。それにダンスの種類も全く違うだろう。全くもって自信が無かった。

「ふふっ。心配しないで。私がついているよ」

 ハムレットは、レイを安心させようと微笑みを浮かべながら隣の席に移動し、彼女の手に自らの手を重ねようとした。

「ハムレットはもうすでにマナーもダンスも大丈夫だろう? 教師をバレット邸に寄越してくれるだけでいい」

 すかさずバシッと、ニールがハムレットの手を跳ね除けた。

「そういう訳にはいかないよ。私が後見人だしね。それに、たまにはマナーやダンスのおさらいもいいからね。特にダンスはパートナーが必要だろう?」

 ハムレットは、今度は赤くなってしまった手の甲をさすった。少し挑戦的にニールを見つめる。

「それなら俺が代わりに出るから問題ない」

 ニールは腕を組むと、冷たくハムレットを見据えた。

「ニールこそ、商人なんだから特に必要ないんじゃない?」
「商人だからこそ、貴族のお客様に失礼の無いようマナーは必要だろう? ダンスもよくよく見張っておかないと、誰かさんがレイに手を出しかねないからな」

「そんな不埒者は私が許さないよ」
「そうか、不埒者。それからさりげなくレイの方に近寄ろうとするんじゃない!」

 ハムレットが大仰に肩をすくめると、ニールはさらにギロリと彼を睨みつけた。


 レイは呆気にとられて、ニールとハムレットの応酬をぽかんと眺めていた。

 だが、だんだんとヒートアップしていく二人に、「そろそろマズいぞ」と思い始めた。

「それで、いつぐらいから授業を始めましょうか? 入塔前までとなると、急がないとですよね?」

(とにかく、話を逸らさないと!)

 レイはにっこりと笑顔を貼り付けて、今にも取っ組み合いを始めそうな二人に質問を投げかけた。
 竜王に暴れられたのでは、ドラゴニア王都は簡単に壊滅してしまうだろう。

「デビュタントはまだ先だから、ダンスは焦らなくても大丈夫だよ。それに、私もレイとの仲を深めていく時間が欲しいしね……痛ァ!」

 ハムレットがレイの手を握ろうとして手を差し出すと、ニールが間髪入れずに彼の手の甲を無言でつねり上げた。

「まずはマナーだな。バレット邸にマナーの教師を手配してもらおうか」

 ニールがハムレットをつねり上げつつ、笑顔で言い放った。

 その隣ではハムレットが「ニール!? 離して! 痛いから!! ごめんだから!!!」と慌てていた。


***


「そうだ、レイ。私はしばらく王都のタウンハウスにいるから、遊びにおいで。レイならいつでも歓迎するよ」

 ハムレットは帰りの馬車に乗る前に、レイの片手を取ると、その甲に小さくキスを落とした。

 ニールはすぐさまレイの手を取り返すと、彼女の手をハンカチで丁寧に拭った。

 その様子を見て、ハムレットはやれやれと肩をすくめた。


 ハムレットが馬車に乗ってバレット邸を離れて行くと、ニールがぽつりと呟いた。

「こんなに煩わされるなら、契約でレイの従者にさせてコントロールできるようにしておけば良かったな……」

「……そんなことで、水竜王様のアプローチはおさまるのでしょうか?」

 レイは隣のニールを見上げた。ニールは非常に苦い表情をしていた。

「…………ハムレットの性格上、アプローチは止まらないだろうな……だが、襲われそうになった時に、命令で止めることができる。これがあるだけでも違うだろう?」

 ニールが心配そうにレイを見下ろした。さらりと、レイの頭を撫でる。

「むぅ……あの時、断らなければ良かったですね……」

 レイはしょぼんと眉を下げた。

 レイは一度、ハムレットの方から「契約したい」と言われたことがあった。
 その時はハムレットに迫られた後だったため、レイは速攻でお断りをしていたのだ。

「次の機会を狙うしかないな……契約したら、とことん命令して使い倒してやれ」

 ニールはポンッとレイの頭に手を載せた。

 二人は連れ立ってバレット邸の中へと戻って行った。


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◆関連作品

『砂漠の詩』
『雨の回廊』編の過去編スピンオフです。

『冒険者を辞めたら天職でした 〜パーティーを追放された凄腕治癒師は、大聖者と崇められる〜』
『冒険者パーティーを追放された凄腕治癒師を拾いました』編のスピンオフです。

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『魔法少女』編のスピンオフです。

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