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実食〜熟したりんご風味〜
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ユグドラの樹に戻ると、ウィルフレッドは嬉々と浄化済みのりんごを抱えて、食堂に駆け込んだ。
ユグドラの樹、低層界にある食堂のテーブル席では、お手伝いエルフのシェリーと、彼女の母のアニータが休憩をとっていた。
「おや? もうりんご狩りは終わったのかい?」
アニータが、ふくふくと朗らかな笑顔を浮かべて尋ねてきた。
アニータは、小麦色の髪をきちりとシニヨンにまとめている、恰幅のよいエルフのおばさまだ。緑色の瞳は、娘のシェリーにそっくりだ。
「そうなんだ! りんごをいくつかもらって来たから、アニータさん、何か作ってくれ!」
ウィルフレッドは、テーブルの上に、捕獲したてで浄化したてのりんごをゴロゴロと置いていった。
真っ赤で大きなりんごには、薄茶色の水玉がいくつもついている——元アンデッドの証だ。
「あら。いい匂いね。何がいいかしら?」
アニータは食材を見るような目で、りんごに手を伸ばした。「これはジャムがいいかしら? こっちはパイね」と早速、何の料理にするか口ずさんでいる。
「うん、ちょうどいい感じに腐ってんな」
ウィルフレッドも、浄化済みのバッド・アップルを手に取ると、にんまりと笑った。
「……これから食べるんです……せめて『腐った』じゃなくて『熟した』って言ってください……」
レイは、アニータとウィルフレッドの様子を交互に見て、不安げに言った。
「レイは、バッド・アップルは食べたことある?」
シェリーが、レイの心配そうな様子を見て、優しく尋ねてきた。
レイは、ふりふりと首を横に振る。
「そうだねぇ。人間はバッド・アップルに馴染みがないだろうからねぇ……グレーなところはちゃんと加熱しとくね」
アニータがにっこりと笑って、気遣ってくれた。
(いえ、そのりんごの存在自体がグレーです!)
レイは口には出さないまでも、心の中でツッコミを入れた。
***
料理ができあがるまでは、みんなで団欒室で待つことになった。
今日はりんご狩りでたくさん働いたため、レイはヘトヘトだった。団欒室のふかふかのソファに沈み込む。
レイの隣にはフェリクスが座り、向かいのソファにはウィルフレッドが沈んでいた。
琥珀はキャット・ウォークの上に伸びて、ぐっすりとお昼寝をしている。
「師匠は、バッド・アップルが好きなんですか?」
レイは、ぐったりとソファの背もたれに寄りかかる、中身おっさんのエルフに質問した。
「おお。バッド・アップルは本当にうまいぞ! 特にあの茶色い部分がいいんだ! まぁ、大人の味だな」
ウィルフレッドは背もたれから頭だけを持ち上げると、にんまりと笑って答えた。
「えぇ……その、お腹の方は大丈夫なんですか?」
「浄化するから大丈夫だろ。今までバッド・アップルで腹を痛めたことはないぞ」
「むぅ……それなら大丈夫なのかな……」
ウィルフレッドはあっさりと答えたが、レイはまだ半信半疑だった。
(師匠ってなんだかお腹が強そうだし、エルフと人間じゃ違う可能性も……)
レイの不安そうな様子を見て、横からフェリクスが口を出した。
「僕は属性的に、バッド・アップルは少し苦手かな。浄化すれば問題ないんだけど、気持ちの問題かな?」
フェリクスの慈愛のこもった黄金眼に見つめられ、レイはほんの少し落ち着いた。
フェリクスにふわりと頭を撫でられ、レイは気持ち良くて目を瞑った。
「まぁ、アニータさんなら、なんでもうまく料理してくれるぞ! 夕飯は期待しとけ!」
ウィルフレッドは、にししっと笑うと、そのままぐったりとソファの背もたれに埋もれた。
しばらくして、コンコンッと団欒室の扉が叩かれた。シェリーが扉を開けて中に入ってくる。
彼女と一緒にりんごの甘やかな香りと料理のおいしそうな香りが、団欒室の中にふわりと入り込んできた。
「みんな、夕飯の準備ができたわよ」
シェリーがにこにこと言った。どうやらわざわざ呼びに来てくれたようだ。
「は~い」
「おっ。飯か」
レイはソファから起き上がり、ウィルフレッドは元気に跳ね起きた。
***
食堂に入ると、りんごの甘い香りが料理の香りに混じって漂っていた。
旬のバッド・アップルが入荷されたとの噂が回っているのか、いつもよりも人が多くて賑わっていた。
「今日のメニューは何かな?」
ウィルフレッドが、食堂と調理場を隔てるカウンター脇に置いてある掲示ボードを覗き込んだ。
そこには、いつも今日のメニューが貼り付けてあるのだ。
「おっ! 『すりおろしりんごのジンジャーボア、りんご入り鹿肉のパイ包み焼き、りんごとクリームチーズのラザニア』……どれもうまそうだな。迷うな」
ウィルフレッドが本日のメニューを読み上げた。
(うっ……メニュー名だけ聞くと、どれもおいしそう……)
レイは思わずごくりと生唾を飲み込んだ。
素材のバッド・アップル自体に不安はあるが、アニータさんの料理はどれもとっても美味しいのだ。
「レイはどうするんだ?」
「……うっ、パイ包み焼きを……」
ウィルフレッドに訊かれ、レイは一番好きなメニューのパイ包み焼きを選んだ。
「じゃあ、俺はラザニアにしようかな。フェリクスは?」
「僕はジンジャーボアだね」
「アニータさん! ジンジャーボア、パイ包み焼き、ラザニアを一つずつ!」
ウィルフレッドが勢いよく注文すると、カウンターの向こう側から「あいよ!」とアニータさんの返事が聞こえてきた。
空のトレイをカウンターに置いて待つことしばし。それぞれのメニューがトレイの上に置かれた。サラダとスープ、パン付きだ。
ほこほこと湯気を上げるメニューは、どれも見た目はとてもおいしそうだ。
レイたちは近くの席に陣取ると、食事を始めた。
「いただきます……」
レイは神妙な面持ちでパイ包み焼きに向き合った。
向かいの席では、ウィルフレッドが、はふはふと熱そうにラザニアを頬張っていた。「うまい、うまい」と、とても嬉しそうだ。
隣の席のフェリクスも、ジンジャーポークにナイフを滑らせて、優雅に食べている。
(……よしっ!)
レイは気合を入れて、蓋になってるパイ生地にサクリとスプーンを差し入れた。
鹿ひき肉の海の中に、玉ねぎときのこ、そしてごろりと大きめにカットされたりんごが入っていた。それらをパイ生地ごとスプーンですくう。
ふーっと軽く息をかけて少し冷ますと、レイは一気にパクついた。
「むむっ!?」
レイはカッと目を見開いた。
「おいしい~~~!!!」
不安だったバッド・アップルは、蜜りんごのように非常にジューシーで甘く、スパイスでほんのり辛めに味つけられた鹿ひき肉と互いに引き立て合っていたのだ。
レイは思いっきり頬を緩めて、二口目、三口目と、夢中でスプーンを進めた。
そんなレイの様子を、フェリクスとウィルフレッドは微笑ましげに眺めていた。
「レイ、僕のも一口食べてみるかい?」
「いいんですか!?」
フェリクスに優しく訊かれ、レイは頬を上気させて即答した。
フェリクスは、一口サイズに切り分けたジンジャーボアにおろしりんごソースをたっぷり載せ、フォークに刺して、レイの目の前に持ってきた。
レイは何の躊躇もせず、それにパクリとかぶりついた。
「こっちもおいしい~~~!! りんごソースが爽やかで甘塩っぱくて、ボアに合ってますね!!!」
レイがほっぺが落ちないように手で押さえて感激していると、
「ほれ、こっちも食ってみろ」
今度は、ウィルフレッドがラザニアのスプーンを、レイの目の前に出した。
もちろん、こちらにもレイはかぶりつく。
「むっ! こっちはクリーミーです! チーズの塩っぱさとりんごの甘みがすごく合ってます!! チキンもきのこも最高で、おいしいです!!!」
レイはこちらにもにんまりと目尻を思いっきり下げた。
「はははっ。バッド・アップルはうまいだろ?」
「はいっ!」
ウィルフレッドに訊かれ、レイは満面の笑みで答えた。ウィルフレッドがあれほどバッド・アップルを推していた意味が、やっと体感で分かったのだ。
「あれ? レイ?」
「レヴィ? みんなと一緒だったの?」
レイは不意に声をかけられた。声がした方を振り向くと、レヴィだった。
彼は仲の良い防御壁部隊の隊員たちと連れ立って、食事に来ていたようだ。
「レヴィもりんご料理は食べた?」
「もういただきましたよ。レイ、デザートにりんごのアイスクリームがあるみたいですよ」
「りんごのアイス!!」
レイは、レヴィに「教えてくれてありがとう!」とお礼を言って、カウンターの方に急いだ。
「アニータさん! りんごのアイスをください!!」
レイはカウンター越しに大声で注文をした。
「おや? もう食べたのかい? はいよ」
「ありがとうございます!」
アニータからりんごのアイスクリームが盛られた小皿を手渡され、レイはほくほくと嬉しそうにお礼を言った。
レイが席に戻ってアイスクリームを食べようとすると、ウィルフレッドが横からスプーンを持ってアイスクリームを狙ってきた。
「おっ。りんごのアイスか。これもうまいんだよな」
「カウンターに行けばまだあるんですから、自分でもらって来てください!」
レイは、ウィルフレッドに奪われないよう器を両手で包み込むと、彼から遠ざけた。
「おっと、残念」
ウィルフレッドはからからと笑って、カウンターの方に向かった。
「おいしぃ……」
レイはりんごアイスを頬張ると、しみじみと呟いた。
バッド・アップルは、まるでラムレーズンのように上等なお酒に漬けられたかのような甘さとほろ苦さがあった。そして、ほか料理とは違って、くらりとくる酩酊感があった。
「おや? このりんごは随分魔力が強いね。レイ、大丈夫かい?」
フェリクスがふと気づいて、レイが食べているりんごのアイスクリームを見つめた。
「ほえ? おいしいですし、大丈夫ですよ?」
レイはほんのり頬を桜色に染めて、フェリクスを見上げた。レイの黒曜石のような瞳は、うるうると熱を帯びて赤らんでいる。
——次の瞬間、レイの目の前の世界がぐるんっと回った。
(……うん? 急になんだか眠く……)
レイはそのまま眠気に勝てず、ぐーすかと眠り始めた。
「……これは、黄金りんごのバッド・アップルだねぇ……」
フェリクスは、レイが食べていたりんごのアイスクリームを一口摘むと、呟いた。
***
「ゔぅっ……頭がガンガンして、気持ち悪いです。世界が回ってます……」
レイは次の日、頭痛と気持ち悪さの中で目を覚ました。
レイのおかしな様子に、琥珀が慌ててフェリクスとウィルフレッドを呼びに部屋から飛び出して行った。
「完全に魔力酔いだな。他のバッド・アップルはともかく、黄金りんごのやつはアウトだったみたいだな」
ウィルフレッドは肩をすくめて、レイの診断を下した。
「僕がもっと早くに気づいていれば……」
「まぁ、去年の花祭りの影響もあるだろ。例年よりバッド・アップルたちの魔力量が多めだったからな。それに、今日一日寝てれば治るだろ」
フェリクスが、レイのベッド脇でしょんぼりと反省していると、ウィルフレッドは慰めるように彼の肩にポンッと手を置いた。
「うぅっ、やっぱりバッド・アップルは要注意です……」
レイはそこまで言うと、またパタリと眠りに入った。
ユグドラの樹、低層界にある食堂のテーブル席では、お手伝いエルフのシェリーと、彼女の母のアニータが休憩をとっていた。
「おや? もうりんご狩りは終わったのかい?」
アニータが、ふくふくと朗らかな笑顔を浮かべて尋ねてきた。
アニータは、小麦色の髪をきちりとシニヨンにまとめている、恰幅のよいエルフのおばさまだ。緑色の瞳は、娘のシェリーにそっくりだ。
「そうなんだ! りんごをいくつかもらって来たから、アニータさん、何か作ってくれ!」
ウィルフレッドは、テーブルの上に、捕獲したてで浄化したてのりんごをゴロゴロと置いていった。
真っ赤で大きなりんごには、薄茶色の水玉がいくつもついている——元アンデッドの証だ。
「あら。いい匂いね。何がいいかしら?」
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「うん、ちょうどいい感じに腐ってんな」
ウィルフレッドも、浄化済みのバッド・アップルを手に取ると、にんまりと笑った。
「……これから食べるんです……せめて『腐った』じゃなくて『熟した』って言ってください……」
レイは、アニータとウィルフレッドの様子を交互に見て、不安げに言った。
「レイは、バッド・アップルは食べたことある?」
シェリーが、レイの心配そうな様子を見て、優しく尋ねてきた。
レイは、ふりふりと首を横に振る。
「そうだねぇ。人間はバッド・アップルに馴染みがないだろうからねぇ……グレーなところはちゃんと加熱しとくね」
アニータがにっこりと笑って、気遣ってくれた。
(いえ、そのりんごの存在自体がグレーです!)
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***
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今日はりんご狩りでたくさん働いたため、レイはヘトヘトだった。団欒室のふかふかのソファに沈み込む。
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琥珀はキャット・ウォークの上に伸びて、ぐっすりとお昼寝をしている。
「師匠は、バッド・アップルが好きなんですか?」
レイは、ぐったりとソファの背もたれに寄りかかる、中身おっさんのエルフに質問した。
「おお。バッド・アップルは本当にうまいぞ! 特にあの茶色い部分がいいんだ! まぁ、大人の味だな」
ウィルフレッドは背もたれから頭だけを持ち上げると、にんまりと笑って答えた。
「えぇ……その、お腹の方は大丈夫なんですか?」
「浄化するから大丈夫だろ。今までバッド・アップルで腹を痛めたことはないぞ」
「むぅ……それなら大丈夫なのかな……」
ウィルフレッドはあっさりと答えたが、レイはまだ半信半疑だった。
(師匠ってなんだかお腹が強そうだし、エルフと人間じゃ違う可能性も……)
レイの不安そうな様子を見て、横からフェリクスが口を出した。
「僕は属性的に、バッド・アップルは少し苦手かな。浄化すれば問題ないんだけど、気持ちの問題かな?」
フェリクスの慈愛のこもった黄金眼に見つめられ、レイはほんの少し落ち着いた。
フェリクスにふわりと頭を撫でられ、レイは気持ち良くて目を瞑った。
「まぁ、アニータさんなら、なんでもうまく料理してくれるぞ! 夕飯は期待しとけ!」
ウィルフレッドは、にししっと笑うと、そのままぐったりとソファの背もたれに埋もれた。
しばらくして、コンコンッと団欒室の扉が叩かれた。シェリーが扉を開けて中に入ってくる。
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「は~い」
「おっ。飯か」
レイはソファから起き上がり、ウィルフレッドは元気に跳ね起きた。
***
食堂に入ると、りんごの甘い香りが料理の香りに混じって漂っていた。
旬のバッド・アップルが入荷されたとの噂が回っているのか、いつもよりも人が多くて賑わっていた。
「今日のメニューは何かな?」
ウィルフレッドが、食堂と調理場を隔てるカウンター脇に置いてある掲示ボードを覗き込んだ。
そこには、いつも今日のメニューが貼り付けてあるのだ。
「おっ! 『すりおろしりんごのジンジャーボア、りんご入り鹿肉のパイ包み焼き、りんごとクリームチーズのラザニア』……どれもうまそうだな。迷うな」
ウィルフレッドが本日のメニューを読み上げた。
(うっ……メニュー名だけ聞くと、どれもおいしそう……)
レイは思わずごくりと生唾を飲み込んだ。
素材のバッド・アップル自体に不安はあるが、アニータさんの料理はどれもとっても美味しいのだ。
「レイはどうするんだ?」
「……うっ、パイ包み焼きを……」
ウィルフレッドに訊かれ、レイは一番好きなメニューのパイ包み焼きを選んだ。
「じゃあ、俺はラザニアにしようかな。フェリクスは?」
「僕はジンジャーボアだね」
「アニータさん! ジンジャーボア、パイ包み焼き、ラザニアを一つずつ!」
ウィルフレッドが勢いよく注文すると、カウンターの向こう側から「あいよ!」とアニータさんの返事が聞こえてきた。
空のトレイをカウンターに置いて待つことしばし。それぞれのメニューがトレイの上に置かれた。サラダとスープ、パン付きだ。
ほこほこと湯気を上げるメニューは、どれも見た目はとてもおいしそうだ。
レイたちは近くの席に陣取ると、食事を始めた。
「いただきます……」
レイは神妙な面持ちでパイ包み焼きに向き合った。
向かいの席では、ウィルフレッドが、はふはふと熱そうにラザニアを頬張っていた。「うまい、うまい」と、とても嬉しそうだ。
隣の席のフェリクスも、ジンジャーポークにナイフを滑らせて、優雅に食べている。
(……よしっ!)
レイは気合を入れて、蓋になってるパイ生地にサクリとスプーンを差し入れた。
鹿ひき肉の海の中に、玉ねぎときのこ、そしてごろりと大きめにカットされたりんごが入っていた。それらをパイ生地ごとスプーンですくう。
ふーっと軽く息をかけて少し冷ますと、レイは一気にパクついた。
「むむっ!?」
レイはカッと目を見開いた。
「おいしい~~~!!!」
不安だったバッド・アップルは、蜜りんごのように非常にジューシーで甘く、スパイスでほんのり辛めに味つけられた鹿ひき肉と互いに引き立て合っていたのだ。
レイは思いっきり頬を緩めて、二口目、三口目と、夢中でスプーンを進めた。
そんなレイの様子を、フェリクスとウィルフレッドは微笑ましげに眺めていた。
「レイ、僕のも一口食べてみるかい?」
「いいんですか!?」
フェリクスに優しく訊かれ、レイは頬を上気させて即答した。
フェリクスは、一口サイズに切り分けたジンジャーボアにおろしりんごソースをたっぷり載せ、フォークに刺して、レイの目の前に持ってきた。
レイは何の躊躇もせず、それにパクリとかぶりついた。
「こっちもおいしい~~~!! りんごソースが爽やかで甘塩っぱくて、ボアに合ってますね!!!」
レイがほっぺが落ちないように手で押さえて感激していると、
「ほれ、こっちも食ってみろ」
今度は、ウィルフレッドがラザニアのスプーンを、レイの目の前に出した。
もちろん、こちらにもレイはかぶりつく。
「むっ! こっちはクリーミーです! チーズの塩っぱさとりんごの甘みがすごく合ってます!! チキンもきのこも最高で、おいしいです!!!」
レイはこちらにもにんまりと目尻を思いっきり下げた。
「はははっ。バッド・アップルはうまいだろ?」
「はいっ!」
ウィルフレッドに訊かれ、レイは満面の笑みで答えた。ウィルフレッドがあれほどバッド・アップルを推していた意味が、やっと体感で分かったのだ。
「あれ? レイ?」
「レヴィ? みんなと一緒だったの?」
レイは不意に声をかけられた。声がした方を振り向くと、レヴィだった。
彼は仲の良い防御壁部隊の隊員たちと連れ立って、食事に来ていたようだ。
「レヴィもりんご料理は食べた?」
「もういただきましたよ。レイ、デザートにりんごのアイスクリームがあるみたいですよ」
「りんごのアイス!!」
レイは、レヴィに「教えてくれてありがとう!」とお礼を言って、カウンターの方に急いだ。
「アニータさん! りんごのアイスをください!!」
レイはカウンター越しに大声で注文をした。
「おや? もう食べたのかい? はいよ」
「ありがとうございます!」
アニータからりんごのアイスクリームが盛られた小皿を手渡され、レイはほくほくと嬉しそうにお礼を言った。
レイが席に戻ってアイスクリームを食べようとすると、ウィルフレッドが横からスプーンを持ってアイスクリームを狙ってきた。
「おっ。りんごのアイスか。これもうまいんだよな」
「カウンターに行けばまだあるんですから、自分でもらって来てください!」
レイは、ウィルフレッドに奪われないよう器を両手で包み込むと、彼から遠ざけた。
「おっと、残念」
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「おいしぃ……」
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バッド・アップルは、まるでラムレーズンのように上等なお酒に漬けられたかのような甘さとほろ苦さがあった。そして、ほか料理とは違って、くらりとくる酩酊感があった。
「おや? このりんごは随分魔力が強いね。レイ、大丈夫かい?」
フェリクスがふと気づいて、レイが食べているりんごのアイスクリームを見つめた。
「ほえ? おいしいですし、大丈夫ですよ?」
レイはほんのり頬を桜色に染めて、フェリクスを見上げた。レイの黒曜石のような瞳は、うるうると熱を帯びて赤らんでいる。
——次の瞬間、レイの目の前の世界がぐるんっと回った。
(……うん? 急になんだか眠く……)
レイはそのまま眠気に勝てず、ぐーすかと眠り始めた。
「……これは、黄金りんごのバッド・アップルだねぇ……」
フェリクスは、レイが食べていたりんごのアイスクリームを一口摘むと、呟いた。
***
「ゔぅっ……頭がガンガンして、気持ち悪いです。世界が回ってます……」
レイは次の日、頭痛と気持ち悪さの中で目を覚ました。
レイのおかしな様子に、琥珀が慌ててフェリクスとウィルフレッドを呼びに部屋から飛び出して行った。
「完全に魔力酔いだな。他のバッド・アップルはともかく、黄金りんごのやつはアウトだったみたいだな」
ウィルフレッドは肩をすくめて、レイの診断を下した。
「僕がもっと早くに気づいていれば……」
「まぁ、去年の花祭りの影響もあるだろ。例年よりバッド・アップルたちの魔力量が多めだったからな。それに、今日一日寝てれば治るだろ」
フェリクスが、レイのベッド脇でしょんぼりと反省していると、ウィルフレッドは慰めるように彼の肩にポンッと手を置いた。
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