鈴蘭の魔女の代替り

拝詩ルルー

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バッド・アップル2

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 ニールとレイ、レヴィ、琥珀は、ウィルフレッドの転移魔術で、りんご畑の東側に来ていた。
 そこには、すでに他にも捕獲役のユグドラ住民が何人も来ていた。

 ユグドラのりんごの木は、レイが元いた世界のりんごの木よりも少し樹高が高いようだ。そこに、赤々と大きなりんごの実がなっていた。ただ、実自体が大きい分、なっている実の数は少なめだ。


「そろそろ配置についたかな。じゃあ、始めるか」

 ウィルフレッドが探索魔術を展開してざっと確認すると、徐に口を開いた。

 ウィルフレッドは片手を空に向けて、一発、大きな光魔術を放った。
 青空に、ピカリと大きな光が弾けた。

「それじゃあ、早速、鈴を鳴らしてくれ」

 ウィルフレッドに言われ、レイは浄化の鈴を振った。リィーーーンと高く澄んだ鈴の音が、りんご畑に響いた。

 りんご畑のいたるところから、ガサガサ、ガサゴソと音を立て、慌ててバッド・アップルたちが転がり出て来た。
 逃げ出すようにゴロゴロと転がって、浄化の鈴の音から遠ざかる方へと向かって行った。

 バッド・アップルはアンデッドのためか、あまり動きは素早くないようだった。時折、段差や小石などにつまづいて、身動きが取れずにゆさゆさと揺れているものもいる。

「レイはそのまま浄化の鈴を鳴らしながら進んでくれ。もし捕まえられそうなら、バッド・アップルを捕まえていいぞ」

 ウィルフレッドが、レイを見下ろして伝えた。

「分かりました。……えっ? 琥珀??」

 レイは、不意に隣からいなくなった琥珀に、目を丸くした。

 琥珀はふりふりとお尻を振った後、小石に引っかかっていたバッド・アップルに、ビュンッと勢いよく飛びかかっていった。

 両方の前脚でバッド・アップルを抱え込むと、後ろ脚で何度もケリケリして、トドメを刺そうとしている。

 バッド・アップルからは、ゾンビらしい「ゔぅ……ぐぐ……」「……かゆ、うま……」などのおぞましく低い声が漏れている。

「何をやってるんだ、琥珀!! それじゃあ、売り物にならなくなる!!!」

 珍しくニールが取り乱した。瞬時に琥珀の元に移動すると、バッド・アップルを取り上げる。

 琥珀は、透明度の高いアンバー色の瞳をキラキラキラリンと輝かせて、ニールに取り上げられたバッド・アップルにさらに飛びかかろうとしていた。

 ニールは「これはおもちゃじゃないんだ! こんなボロボロにしやがって!!」と、身体を張ってバッド・アップルが奪われないように死守していた。

 バッド・アップルは、『ジャングルの死神』との異名を持つキラーベンガルのケリケリを受けて、三分の一が抉れていた。アンデッドのためか、「ぶぶぶぶ……」とおぞましい声を漏らしながら揺れていた。

「琥珀! ストップ! 落ち着いて!!」

 レイは慌てて、琥珀を止めに入った。
 琥珀は主人の声を聞いて、渋々止まった。

「これはもう売り物にならないな……」

 ニールが悔しそうに柳眉を顰めた。

「まぁ、これなら浄化すれば食えそうだな」

 ウィルフレッドは抉れたバッド・アップルを横から覗き込んで、さらりと口にした。

 レイは彼のその言葉に、ウィルフレッドを驚愕の表情でガン見した。

(…………え? この半分茶色の水玉に侵食されたりんごを食べる気???)

 抉れたバッド・アップルは「あ゛ばあ゛ばば……」とバグったかのような声を漏らして揺れている。

(しかもなんか動いてるし、しゃべってるし……)

 レイが気味悪そうにチラリとバッド・アップルに視線を向けると、それは「デュフフ。かゆ、うま……」と呟いた。目はないはずなのに、レイもバッド・アップルの強い視線を感じた。

(ヒィイイィィィイッ!!!)

 レイはゾゾゾッと一気に全身に鳥肌がたった。

「よ~し。とにかく、先に進むぞ! こんなペースじゃ今日中に終わんないからな!」

 ウィルフレッドは、レイの背負いかごの蓋を開け、抉れたバッド・アップルをボコンッと投げ入れた。逃げられないように、きっちりと蓋を閉める。

「ちょっと! 師匠、何やってるんですか!!?」

 レイはすかさず抗議した。

(なんで、よりにもよって私のかごに!!?)

「だって、琥珀がやったんだろ、これ。使い魔が捕まえたバッド・アップルは、主人のものでもあるからな」
「ゔっ……」

 ウィルフレッドに正論を言われ、レイは言葉に詰まった。

 背中の背負いかごからは、「グフフ、デュフッ……」と気持ちの悪い声が聞こえてきた。


***


 二個目のバッド・アップルを駄目にした後、琥珀は子猫サイズになるよう命令された。

 レイの背負いかごの蓋の上では、不貞腐れた琥珀がペタンと腹這いになって、つまらなそうに縞々の尻尾をぷらぷらと揺らしている。

 その背負いかごの中では、おぞましい奇声をあげるバッド・アップルたちの大合唱が響いていた。

「レイのりんごは生きがいいですね」

 レヴィがちょっぴり羨ましそうに、レイの背負いかごを見ていた。
 彼の背負いかごの中では、バッド・アップルが無言でゆらゆらと揺れていた。

「ゔぅっ、私のりんごじゃないよぉ……」

 レイは両手で顔を覆い、半べそ気味に弱々しく反論した。

「はぁ……それが抉れてなければ高値で売れたのにな……」

 レイ以上に弱っていたのはニールだった。
 非常に残念そうに、レイの背負いかごの中のりんごを見つめていた。

 ニールの背負いかごの中でも、バッド・アップルたちが「う~」「あ~」とおぞましい低い声を漏らしていた。

「レイもそろそろ鈴役を変わるか? まだ一匹もバッド・アップルを捕まえてないだろう?」

 ウィルフレッドに訊かれ、レイが断ろうと口を開いた瞬間——

「鈴役をやりたいです」

 レヴィがブラウンの瞳をキラキラとさせて立候補した。期待のこもった熱い視線でじっとウィルフレッドを見つめている。

「じゃあ、レイ。変わってやれ」
「ふぁい……」

 ウィルフレッドに苦笑いで促され、レイはレヴィに浄化の鈴を手渡した。

 レヴィが浄化の鈴を振ると、リィーーーンと、高く清々しい音が広がっていった。

「レイ。バッド・アップルは、七代目のご主人様が得意です。元冒険者で、さまざまな魔物に熟知されてました」
「そうなんだ。分かった、ありがとう!」

 レイはレヴィのアドバイスにお礼を言って、覚悟を決めて頷いた。

(もうこうなったら、一匹ぐらいは捕まえないと……)

 レイは師匠のウィルフレッドから、「弟子の成長を直接見てみたい」というさりげない視線——という名のプレッシャーを感じていた。
 少しぐらいは頑張って、いいところを見せておかないとだ。

(……七代目様……)

 レイは目を閉じて息を整えると、七代目剣聖に口寄せ魔術を使った。

 そっと目を開けると、今までとはユグドラの森の見方が一変していた。

 レイは自然と、ほんの少しだけ目に魔力を集中させて、ユグドラの森全体を見渡していた——魔物やその他の生き物が移動した形跡を、ざっと見分けるためだ。

(こっちはうさぎ。あっちの痕跡は鹿みたい……あ、この腐属性の魔力が付いてる跡が、バッド・アップルかな)

 レイは今度は、地面に注目した。下草が倒された跡が続いている——まだ瑞々しい草を見た感じ、最近新しく付いたもののようだ。
 痕跡をよく見ようとしゃがみ込むと、甘ったるいりんごの香りが一瞬した。

(熟練の冒険者って、こういうところを見てるんだね。すごく勉強になる)

 ライから一通り冒険者としての手解きは受けてはいたが、七代目剣聖の森の見方は、それ以上に洗練されていた。

 レイが、バッド・アップルが転がって行ったであろう跡を目で追うと、その先の茂みがカサリと微かに動いた。

「っ!!?」

 レイは反射的に、茂みの中から飛び出してきた赤いものに飛び付いていた。
 子供の頭ほどのそれを抱え込み、自ら受け身を取りながらゴロゴロと転がる。

「やったぁ! 捕まえた!!」

 レイはにっこりと笑って、歓声をあげた。

 胸元を覗き込めば、バッド・アップルがびっくりして固まった状態で捕まっていた。

 レイは、七代目剣聖の「狙った獲物は決して逃さない」心意気に心中感激していたが、ふと冷静になって自分の姿を見下ろした。

 おろしたてのシャツには、地面の上を転げ回ったおかげで土埃がおもいっきり付き、バッド・アップルの腐った汁も飛び散っていた。

「み゛ゃあぁっ!! お気に入りなのに!!!」

 レイはバッド・アップルを抱えながら、絶望の声をあげたのだった。


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◆関連作品

『砂漠の詩』
『雨の回廊』編の過去編スピンオフです。

『冒険者を辞めたら天職でした 〜パーティーを追放された凄腕治癒師は、大聖者と崇められる〜』
『冒険者パーティーを追放された凄腕治癒師を拾いました』編のスピンオフです。

『ジャスティンと魔法少女のステッキ』
『魔法少女』編のスピンオフです。

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