鈴蘭の魔女の代替り

拝詩ルルー

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帰省と報告〜りんご風味〜

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「師匠! ただいま!」
「ただいま戻りました」
「よう。レイ、レヴィ、おかえり」

 レイたちがユグドラの樹に着くと、ウィルフレッドがあたたかく出迎えてくれた。

「おお~。しばらく見ないうちにでかくなったな」

 久々に会うウィルフレッドは、今日も着古してくたびれたシャツとパンツのラフな服装をしていて、安定の残念エルフ具合だ。
 彼はレイの背が伸びたことに目を丸くして、ばふっと頭の上に手を載せた。

 もちろん、髪型を崩されたくないレイにべしっと払い除けられる。

「おっ。フェリクスもニールも来てたのか」

 ウィルフレッドが、レイとレヴィの後ろにいた二人にも声をかけた。

「うん。何日かはこっちにいるよ」

 フェリクスがのほほんと答える。

「全く、俺たちはおまけか?」

 ニールは、やれやれと呆れた息を吐いた。

「師匠! 私とレヴィはBランクになりましたよ!」

 レイはウィルフレッドを見上げて、元気よく報告した。

「おっ。おめでとう! まぁ、積もる話もあるだろうから、団欒室の方に行くぞ」

 ウィルフレッドは笑顔でポンッとまたレイの頭に手を載せた。


***


「な~ん!」

 ユグドラの樹、中層階にある団欒室に入ると、子猫サイズの琥珀が、レイの影から勢いよく飛び出して嬉しそうにキャットタワーを駆け登った。

 久々に琥珀を見たモーガンの使い魔のジョーは、ビビって「ミャッ!!?」と小さく鳴いたかと思うと、キャットタワーに付いている小部屋に逃げ込んだ。しまい忘れた長い赤毛の尻尾が小部屋からはみ出している。

「何だ、この部屋は? 異様に癒し魔術が効いていないか?」

 ニールは初めて入った団欒室を見回して、疑問を口にした。

 団欒室の壁の高い位置を巡るようにキャット・ウォークが設置され、部屋の奥にはキャット・タワーが置かれている。そこから異様なほどの癒しの魔力が漏れ出ているのだ。

「……それはレイのせいだ。ちなみに、この癒し魔術は猫用だからな」

 ウィルフレッドが、諦観の凪いだ表情で答えた。

「は?」

 ニールが呆気にとられているうちに、レイたちはふかふかのソファに陣取っていった。
 レイはもちろん、義父フェリクスの隣だ。

「レイ、レヴィ。Bランク冒険者になったんだってな。改めて、おめでとう!」

 ウィルフレッドは、パンッと両膝を叩くように軽く身を乗り出して、賛辞を述べた。

「ふふっ。ありがとうございます!」
「ありがとうございます」

 レイはにこにこと、レヴィは淡々とお礼を言った。

「黒の塔にも入れそうなのか?」
「はいっ! テオ様の面接ももう通ってますし、ラングフォード魔術伯爵からも推薦状をもらえそうです!」
「ラングフォード魔術伯爵……水竜王か!? レイ、変なことはされなかったか!?」

 ウィルフレッドは、驚いて弟子のレイに尋ねた。眉根には、心配そうに深く皺を刻んでいる。

「ニールたちが守ってくれたので、大丈夫でしたよ」

 レイがへらりと誤魔化し笑いをすれば、却ってウィルフレッドに燃料を投下した。

「やっぱりか! あの女好きめ!!」

 ウィルフレッドは、怒り混じりにペシッと自分の膝を叩いた。

「……レイ? その話は初めて聞いたよ? 詳しく聞かせて?」

 レイが声がした右隣を見上げると、全く目元が微笑んでいないフェリクスが、ゆらりと重たい魔力圧を漏らしていた。

(ひぃ! マズい! これはちょっと危ないかも……!)

「え、えぇと、始めはアイザックのアドバイスで男装して誤魔化してたんですけど、途中でバレちゃいまして……水竜王様から『お付き合いしないか』って言われたんですけど、ニールに間に入ってもらって、キッパリお断りしました」

 レイはしどろもどろになって、当代水竜王が聖灰にされないよう、フェリクスに言い訳を伝えた。

「ハムレットは、レイのかわいさに目が眩んで、強硬に迫ってましたからね。どうやら、妖精の祝福でレイに『モテる』バフが付いていて、冷静な判断力を欠いていたみたいです。でも、きちんとこちらで制裁はくわえましたよ? 使い魔の影移動を制限しましたから。しばらく女性たちと連絡が取れなくなればいい」

 ニールは、うっそりと暗く微笑みながら報告をした。

「……それは、水竜王には効きそうだな……」
「彼は女性に目がないからねぇ。今度会った時にでも、僕の方からも注意しておくよ」

 ニールの水竜王ハムレットへの制裁内容を聞いて、ウィルフレッドもフェリクスも少しだけ溜飲を下げたようだった。

「そ、そういえば、りんご狩りって何をやるんですか?」

 レイは話題を逸らすように、ユグドラに帰って来たもう一つの目的について尋ねた。

(りんごが暴れるって、相当なことだよ。それに、今年は特に酷いって……)

 レイは神妙な表情で、ごくりと喉を鳴らした。

「ああ。りんごの実がなる時期になると、『バッド・アップル』っていう魔物が現れるんだ」
「『バッド・アップル』ですか……? 初めて聞きました」

 レイは不思議そうに目をぱちぱちとさせて、ウィルフレッドの説明に耳を傾けた。

「『バッド・アップル』は腐ったりんご……要は、りんごの実のアンデッドだ」
「りんごの実のアンデッド!?」

(何それ!? ゾンビりんご!!?)

 レイが驚いていると、ウィルフレッドは空間収納からりんごを一つ取り出した。
 幼い子供の頭ぐらいのサイズで、艶々で真っ赤な皮には、ところどころに薄茶色の水玉模様がついている。

「こいつは浄化済みのバッド・アップルだ。こいつらは、りんごの実に噛みついて、りんごの実をアンデッド化して仲間を増やしていくんだ。りんご狩りでは、このバッド・アップルを捕まえる役と、浄化する役に別れて作業するんだ。ほれ」

 ウィルフレッドは、レイに浄化済みのバッド・アップルを手渡した。

 バッド・アップルはずっしりと重くて、甘くとろけるようなりんごの香りがした。薄茶色の水玉模様部分は、少し皮が柔らかくなっていて、指で突けばグズグズと崩れてしまいそうだ。

「……浄化済みのアンデッドなら、なんで持ってるんですか? 燃やしたり、埋めたりはしないんですか?」

 レイはくるくるとバッド・アップルを回して見ながら尋ねた。

「浄化すると、食えるんだよ。ギリな」
「……ぎり……」

 レイは発言主のウィルフレッドを、信じられない者を見る目で見つめた。

「腐りかけが一番うまいんだ」
「え、バッド・アップルって、腐ってるんですよね?」
「浄化すれば、大抵のもんは何でも食える」

 ウィルフレッドは胸を張って、とんでもないことを言い切った。

 レイは、ワイルドすぎる師匠の言葉に、さらに胡乱な目を向けた。

「一度バッド・アップルになったものを浄化すると、香りと甘みが強くなるんだ。一部腐って使えない部分もあるけどな」

 ニールが横からひょいっと、レイが抱えているバッド・アップルを掴んだ。
 軽く匂いを嗅ぐと「悪くないな」と結論づけた。

「バッド・アップルは元が魔物だし、人間の間ではあまり流通はしていない。だが、亜人や人外の間ではよく食べられてるし、シードルやブランデーなんかの原材料によく使われている……香りと甘味と魔力が強くて、いい酒ができるんだ」

 ニールが丁寧に浄化済みのバッド・アップルの使い道を説明してくれた。

 レイも「そうなんですね」とこの世界のバッド・アップル事情に頷くしかなかった。ニールが手にしているバッド・アップルを神妙な顔で見つめる。

「それで、今年のりんご狩りはどうするのかな?」

 フェリクスが、ウィルフレッドの方を見て尋ねた。
 ウィルフレッドはユグドラの管理役なので、毎回りんご狩りの取りまとめ役もやっているのだ。

「そうだな。フェリクスにはいつも通り浄化役をしてもらおうか」
「うん、構わないよ」

 ウィルフレッドは、フェリクスの方を向いて気軽に頼んだ。
 フェリクスもにこにこと頷く。

(チャンス! あんなに大きなりんごに体当たりでもされたら、絶対に痛いでしょ! 義父さんと一緒なら、絶対に安全なはず!)

 レイはすかさず声をあげた。

「じゃあ、私も義父さんと一緒に……」
「いや、レイには捕獲役の方を手伝ってもらおうか。せっかくBランクに上がったんだもんな、どのくらい上達したか見せてもらおうか」

 ウィルフレッドは、にんまりといたずらっぽい笑顔を弟子に向けた。

「そんなーーー!!」

 レイは渾身の困り顔で叫んだ。彼女の目論見は、あっさりと阻止されてしまったのだった。


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◆関連作品

『砂漠の詩』
『雨の回廊』編の過去編スピンオフです。

『冒険者を辞めたら天職でした 〜パーティーを追放された凄腕治癒師は、大聖者と崇められる〜』
『冒険者パーティーを追放された凄腕治癒師を拾いました』編のスピンオフです。

『ジャスティンと魔法少女のステッキ』
『魔法少女』編のスピンオフです。

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