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閑話 愛し子
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ルーファスは、馬車に揺られながらぼーっと窓の外を眺めていた。
外の風景は、馬車の速度に合わせて足早に過ぎ去っていく。王都の街並みも、人々も、どんどん後方へと流されていく。
(ここ数ヶ月は、随分と早かったな……)
ルーファスは、何とも言えない惜別の想いに浸っていた。
レイとレヴィとは今後一切会えなくなるわけではない。互いに転移魔術も使えるし、都合が合えば、会う約束を取り付ければ、簡単に会える関係性だ。
それなのに、どこか胸のあたりで、ひやりと沈むような一抹の寂しさがあった。
レイとの出会いは、兄であり光竜王であるレックスに、当代剣聖を調査するよう依頼されたことがはじまりだった。
剣聖は魔剣レーヴァテインに選ばれた「最強の剣士」だと、当時は思っていた。
また、以前の魔剣レーヴァテインは、歴代の剣聖が魔剣で倒してきた者たちの血や恨みの念、剣聖や魔剣を取り巻く者たちのさまざまな思惑や欲望などありとあらゆる業や念が絡まりあって、強力な瘴気をまとった呪物と化していた。
——魔剣の瘴気が新しい剣聖に良くない影響を与えたり、下手をすれば、剣聖や魔剣が軍事利用されてまた戦乱の世になる恐れがあった。そうなれば、光竜の里にも悪影響を及ぼす可能性がある——そうならないようにするための調査だった。
ユグドラ預かりだと思われた当代剣聖を探るため、ルーファスは聖鳳教会の伝手をたどって、大司教でユグドラの管理者でもあるフェリクスにコンタクトを取ったのだった。
フェリクスに「剣聖の冒険者活動をサポートすること」という条件を付けられはしたが、当代剣聖と実際に会えることになった。
ユグドラで出会った当代剣聖は、ルーファスにとって完全に想定外だった。
「剣聖」というからには、大柄で筋骨隆々とした成人男性をイメージしていた——それが完全に覆されたのだ。
当代剣聖として紹介されたのは、まだ年端もいかないかわいらしい少女だった。
綺麗でまっすぐな黒髪に、すっきりと整った顔立ち。アーモンド型の黒曜石のような瞳が、ルーファスのことをじっと興味深そうに見つめていたのが、印象的だった。
フェリクスの義娘だということも含め、かなり驚かされた。
反対に、初見で当代剣聖だと思われた青年レヴィは、当代剣聖のレイが魔力を渡して人型化した聖剣レーヴァテインの姿だった。
初めて見聞きした「剣を人型化させる」というとんでもない発想と魔術にも、衝撃を受けた。
また、魔剣レーヴァテインの瘴気も、フェリクスと契約を交わしたレイの浄化魔術で綺麗さっぱり祓われ、むしろ聖属性へと転化していた。
魔剣の瘴気による剣聖の凶暴化や暴走などの脅威は、すでに消え去っていたのだ。
——この日はルーファスの中のありとあらゆる常識が覆され、ひたすら驚きっぱなしの一日だった。
そして、フェリクスにちゃっかり「剣聖の冒険者活動をサポートする」という面倒事を押し付けられていたという事実に思い至り、頭を抱えたのだった。
レイたちと一緒に冒険を始めてルーファスが最初に思ったのは、「予想外にレイがいい子で、手間がかからない」ということだった。
同じぐらいの年頃の子供とは違い、あまりわがままを言わず、年の割にしっかりとしていたのだ。
自分が歴代最強の剣聖だということを自慢することも威張り散らすこともなく、むしろ、「自分よりもっと剣聖に相応しい人がいるんじゃないか」と口にするほど謙虚だった。
ルーファスは、健気で頑張り屋、心根が優しくて思いやりのあるレイには、最初から好感が持てた。
高位の竜であるルーファスに対しても、レイが恐れずに懐いてくれたのは、嬉しかった。
レイはフェリクスの義娘ということもあるのか、どこか育ちが良さそうで、世間知らずなお嬢様のような雰囲気があった。
実際に、子供でも知っているような常識を知らなかったり、いろいろと抜けていて目が離せないことも多かった。
さらには、周囲の人外たちも、そんな風変わりなレイのことは気になるようで、かまったり、気にかけたり、時にはストレートに好意を示して彼女のことを困らせたり……ルーファスにとって、落ち着かない子供を見守るような、ハラハラと心配させられることも多かった。
初めは「先代魔王フェリクスに頼まれた」ということもあり、半分義務感でレイたちの面倒をみていた。だが、冒険者として一緒に過ごすうちに、だんだんと彼らが仲間としてかけがえのない存在になっていったのだ。
加護を与えたということもあるが、守り慈しむことが、ルーファスの中で当たり前になっていき、またそうすることで、彼の中にさらにあたたかい感情が芽生えていった。
レイと、聖剣レーヴァテイン——レヴィとの関係性も、ルーファスは見ていて好きだった。
レヴィは元々が剣だということもあるが、「人」というものについて、知識や長年の観察結果としての理解はあるが、実際に体験したことがなく、表面的な理解しかできていないようだった。
そのことは、レヴィのどこかちぐはぐでおかしな言葉や行動、考え方、ひいては彼がまとっている雰囲気にさえも表れていて、「どこか人として違和感がある」と感じさせるには十分だった。
レイはそんなレヴィに対して、まるで実の弟かのように親しくし、根気よく面倒をみた。
レイがレヴィの手を引き、「人はどう考えるのか」「レヴィの何が拙かったのか」「どうしたら良いのか」など、懇々と丁寧に噛み砕いて説明していく様は微笑ましく、本当に姉弟のようだった——見た目だけで言えば、全くの逆なのだが。
そして、聖剣レーヴァテインはレイの所有物だというのに、レイがレヴィに何かを強制したりすることはほとんどなく、レヴィをまるで一人の「人」として平等に扱って自由にさせていたのだ。
レヴィも、レイとのこの関係性を好んでいるようだった。
自由にさせてもらっているのなら、レヴィはレイから離れても良かったのだ。無限の魔力を持つレイなら、それでも彼女の負担にはならないだろう。——それなのに、レヴィはレイと一緒に行動することを選んだ。
ルーファスにとって、二人の関係はずっと見ていても飽きないほど、素敵なものに思えた。
(ああ。離れたばかりなのに、また会いたい……)
今後会える機会が少なくなることを寂しいと思う——人間に対して、そんな想いを持ったことはルーファスにとって初めてのことだった。
「こう、いざ離れるとなると、寂しく思えてしまいますね……」
ルーファスが車内に視線を戻して、ぽつりと呟いた。
彼の向かいの席には、静かにフェリクスが座っていた。
壮年の味わいのある整った顔立ち、緩やかなウェーブのある白銀色の髪。全ての魔物を統べる者にしか現れない、深い色味の黄金眼。今は存在圧は抑えているようだが隠しきれていないようで、他の何者よりもくっきりと力強くそこに存在していた。
「うん。僕もいつもそうだよ。あの子に会った後、定期連絡の通信が終わった後、一緒にいられたり話せたりした嬉しさもあるけど、離れてしまう寂しさもどこかあるね」
フェリクスも、しんみりと薄く微笑んだ。
強大な先代魔王フェリクスも、唯の一光竜にすぎないルーファスも、彼女からもたらされる気持ちは一緒のようだった。
馬車はガラガラと音を立てて、切なく沈んだ二人を運んで行った。
外の風景は、馬車の速度に合わせて足早に過ぎ去っていく。王都の街並みも、人々も、どんどん後方へと流されていく。
(ここ数ヶ月は、随分と早かったな……)
ルーファスは、何とも言えない惜別の想いに浸っていた。
レイとレヴィとは今後一切会えなくなるわけではない。互いに転移魔術も使えるし、都合が合えば、会う約束を取り付ければ、簡単に会える関係性だ。
それなのに、どこか胸のあたりで、ひやりと沈むような一抹の寂しさがあった。
レイとの出会いは、兄であり光竜王であるレックスに、当代剣聖を調査するよう依頼されたことがはじまりだった。
剣聖は魔剣レーヴァテインに選ばれた「最強の剣士」だと、当時は思っていた。
また、以前の魔剣レーヴァテインは、歴代の剣聖が魔剣で倒してきた者たちの血や恨みの念、剣聖や魔剣を取り巻く者たちのさまざまな思惑や欲望などありとあらゆる業や念が絡まりあって、強力な瘴気をまとった呪物と化していた。
——魔剣の瘴気が新しい剣聖に良くない影響を与えたり、下手をすれば、剣聖や魔剣が軍事利用されてまた戦乱の世になる恐れがあった。そうなれば、光竜の里にも悪影響を及ぼす可能性がある——そうならないようにするための調査だった。
ユグドラ預かりだと思われた当代剣聖を探るため、ルーファスは聖鳳教会の伝手をたどって、大司教でユグドラの管理者でもあるフェリクスにコンタクトを取ったのだった。
フェリクスに「剣聖の冒険者活動をサポートすること」という条件を付けられはしたが、当代剣聖と実際に会えることになった。
ユグドラで出会った当代剣聖は、ルーファスにとって完全に想定外だった。
「剣聖」というからには、大柄で筋骨隆々とした成人男性をイメージしていた——それが完全に覆されたのだ。
当代剣聖として紹介されたのは、まだ年端もいかないかわいらしい少女だった。
綺麗でまっすぐな黒髪に、すっきりと整った顔立ち。アーモンド型の黒曜石のような瞳が、ルーファスのことをじっと興味深そうに見つめていたのが、印象的だった。
フェリクスの義娘だということも含め、かなり驚かされた。
反対に、初見で当代剣聖だと思われた青年レヴィは、当代剣聖のレイが魔力を渡して人型化した聖剣レーヴァテインの姿だった。
初めて見聞きした「剣を人型化させる」というとんでもない発想と魔術にも、衝撃を受けた。
また、魔剣レーヴァテインの瘴気も、フェリクスと契約を交わしたレイの浄化魔術で綺麗さっぱり祓われ、むしろ聖属性へと転化していた。
魔剣の瘴気による剣聖の凶暴化や暴走などの脅威は、すでに消え去っていたのだ。
——この日はルーファスの中のありとあらゆる常識が覆され、ひたすら驚きっぱなしの一日だった。
そして、フェリクスにちゃっかり「剣聖の冒険者活動をサポートする」という面倒事を押し付けられていたという事実に思い至り、頭を抱えたのだった。
レイたちと一緒に冒険を始めてルーファスが最初に思ったのは、「予想外にレイがいい子で、手間がかからない」ということだった。
同じぐらいの年頃の子供とは違い、あまりわがままを言わず、年の割にしっかりとしていたのだ。
自分が歴代最強の剣聖だということを自慢することも威張り散らすこともなく、むしろ、「自分よりもっと剣聖に相応しい人がいるんじゃないか」と口にするほど謙虚だった。
ルーファスは、健気で頑張り屋、心根が優しくて思いやりのあるレイには、最初から好感が持てた。
高位の竜であるルーファスに対しても、レイが恐れずに懐いてくれたのは、嬉しかった。
レイはフェリクスの義娘ということもあるのか、どこか育ちが良さそうで、世間知らずなお嬢様のような雰囲気があった。
実際に、子供でも知っているような常識を知らなかったり、いろいろと抜けていて目が離せないことも多かった。
さらには、周囲の人外たちも、そんな風変わりなレイのことは気になるようで、かまったり、気にかけたり、時にはストレートに好意を示して彼女のことを困らせたり……ルーファスにとって、落ち着かない子供を見守るような、ハラハラと心配させられることも多かった。
初めは「先代魔王フェリクスに頼まれた」ということもあり、半分義務感でレイたちの面倒をみていた。だが、冒険者として一緒に過ごすうちに、だんだんと彼らが仲間としてかけがえのない存在になっていったのだ。
加護を与えたということもあるが、守り慈しむことが、ルーファスの中で当たり前になっていき、またそうすることで、彼の中にさらにあたたかい感情が芽生えていった。
レイと、聖剣レーヴァテイン——レヴィとの関係性も、ルーファスは見ていて好きだった。
レヴィは元々が剣だということもあるが、「人」というものについて、知識や長年の観察結果としての理解はあるが、実際に体験したことがなく、表面的な理解しかできていないようだった。
そのことは、レヴィのどこかちぐはぐでおかしな言葉や行動、考え方、ひいては彼がまとっている雰囲気にさえも表れていて、「どこか人として違和感がある」と感じさせるには十分だった。
レイはそんなレヴィに対して、まるで実の弟かのように親しくし、根気よく面倒をみた。
レイがレヴィの手を引き、「人はどう考えるのか」「レヴィの何が拙かったのか」「どうしたら良いのか」など、懇々と丁寧に噛み砕いて説明していく様は微笑ましく、本当に姉弟のようだった——見た目だけで言えば、全くの逆なのだが。
そして、聖剣レーヴァテインはレイの所有物だというのに、レイがレヴィに何かを強制したりすることはほとんどなく、レヴィをまるで一人の「人」として平等に扱って自由にさせていたのだ。
レヴィも、レイとのこの関係性を好んでいるようだった。
自由にさせてもらっているのなら、レヴィはレイから離れても良かったのだ。無限の魔力を持つレイなら、それでも彼女の負担にはならないだろう。——それなのに、レヴィはレイと一緒に行動することを選んだ。
ルーファスにとって、二人の関係はずっと見ていても飽きないほど、素敵なものに思えた。
(ああ。離れたばかりなのに、また会いたい……)
今後会える機会が少なくなることを寂しいと思う——人間に対して、そんな想いを持ったことはルーファスにとって初めてのことだった。
「こう、いざ離れるとなると、寂しく思えてしまいますね……」
ルーファスが車内に視線を戻して、ぽつりと呟いた。
彼の向かいの席には、静かにフェリクスが座っていた。
壮年の味わいのある整った顔立ち、緩やかなウェーブのある白銀色の髪。全ての魔物を統べる者にしか現れない、深い色味の黄金眼。今は存在圧は抑えているようだが隠しきれていないようで、他の何者よりもくっきりと力強くそこに存在していた。
「うん。僕もいつもそうだよ。あの子に会った後、定期連絡の通信が終わった後、一緒にいられたり話せたりした嬉しさもあるけど、離れてしまう寂しさもどこかあるね」
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15
◆関連作品
『砂漠の詩』
『雨の回廊』編の過去編スピンオフです。
『冒険者を辞めたら天職でした 〜パーティーを追放された凄腕治癒師は、大聖者と崇められる〜』
『冒険者パーティーを追放された凄腕治癒師を拾いました』編のスピンオフです。
『ジャスティンと魔法少女のステッキ』
『魔法少女』編のスピンオフです。
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『雨の回廊』編の過去編スピンオフです。
『冒険者を辞めたら天職でした 〜パーティーを追放された凄腕治癒師は、大聖者と崇められる〜』
『冒険者パーティーを追放された凄腕治癒師を拾いました』編のスピンオフです。
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