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ランクアップ試験4〜Bランクへ〜
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レイは走りながら妖精払いの術符を新しいものに交換した。
その間も、レヴィが飛びかかって来る泥人形や土人形たちを剣や鞘で振り払っていた。
「レイ、モテモテですね」
「そのことは言わないで!」
レヴィの言葉に、レイは即座にツッコミを入れた。
(うぅっ……ただでさえ狙われやすいのに、変なバフまで付いちゃうからぁ……)
レイは内心、半べそをかきながら、四階層を目指して駆け抜けた。
***
「はぁ、はぁ……ここまで来れば、一安心かな……」
レイは荒く息を吐きながら、ペタリと地面に座り込んだ。
ここは、五階層とつながる階段からはかなり離れた四階層の中ほどだ。
「ええ。泥人形や土人形の気配は無いです。代わりに魔物の気配はあります」
レヴィは涼やかな表情で周囲を警戒して言った。
剣が本体のなので、体力の限界というもの自体が無いのだ。
「……やっぱり、純粋なダンジョンの階層にはノームの泥人形は出ないんだね……」
レイは呼吸を整えながら答えた。
「……いた!」
「二人とも無事かっ!?」
ビョルンとニルスが、後から追いついて来た。
ビョルンは苦しげに息を荒げていたが、ニルスの方は体力があるようで、額に軽く汗をかいている程度だった。
「ビョルンさん! ニルスさん!」
レイはパァッと顔色を明るくした。
「うっ……何あの泥人形の量!! ノームはどんだけお嬢ちゃんを里に招待したいわけ!!?」
ビョルンは地面にバタンッと倒れ込んで、息を整え始めた。
子供が駄々をこねるように五体投地して、文句を垂れる。
「さすがにあれほどの量の土人形は初めて見た。ノームの執念が感じられるようだ……お嬢さんは、ノームに何か恨みを買った覚えは……?」
ニルスもどかりとあぐらをかいて座り込み、休憩に入った。
「……私に不幸なバフがついてしまったばかりに……」
レイは両手で顔を覆うと、力なく嘆いた。
「もはやデバフだな……」
ニルスが呆れて呟いた。
***
「いい? 三階層と四階層をつなぐ階段は一つだけ……つまり、この先に罠が仕掛けられてると考えた方がいい」
休憩後、ビョルンは階段を睨みつけながら説明した。
三番チームのメンバーは、三階層へ登る階段が見える茂みの中に身を隠して、上の階層の様子を窺っていた。
「分かりました。私が三階層の敵ごと凍らせます。任せてください」
レイはドンッと拳で自分の胸を叩いた。
「……大丈夫? いける? 結構な魔力量が必要だと思うけど」
「大丈夫です! 私、魔力量だけは人より多いんで!」
ビョルンにじと目で確認され、レイは力強く頷いた。
「まぁ、まぁ。彼女は、あのマッドリザードを凍らせたんだ。不可能ではないだろう」
ニルスが、ビョルンの肩に手を置いて諭した。
「ぐっ……お嬢ちゃんが魔力切れになったら、ニルスが担ぐんだよ!」
ビョルンは、悪い目つきでニルスを睨み上げて言った。
レイは地面に手をつくと、集中して探索魔術を発動させた。
(うっわぁ……本当に、階段上にうじゃうじゃ魔力の気配がある……しかも妖精っぽい魔力だから、もしかして、これ全部が泥とか土の人形なの???)
レイは、五十近い泥や土の人形を使って盛大に試験の邪魔をしてくるノームに対して、心の中の何かがブチッと切れた。
「アイスエイジ、特大っ!!!」
レイは怒りにまかせて、三階層の敵全てを凍らせるつもりで氷魔術を放った。
ひんやりと冷たい白い煙が、三階層から地面を這うように、もわもわもわ~と階段を伝って下りてきた。
「今です! 急ぎましょう!!」
レイは三番チームのメンバーに声をかけた。
一気に三階層につながる階段目がけて駆け出す。
レヴィも周囲を警戒しつつ、レイと一緒に走り出した。
「……お嬢ちゃんの本気が怖すぎる……」
「お嬢さんは、マッドリザードにはまだ手加減をしていたんだな……」
ビョルンとニルスは、顔色を青ざめさせて、二人の背中を追った。
三階層に上がると、階段付近の坑道には、小さな氷のオブジェがたくさんできていた。
氷の中には、泥や土でできたノームの人形が入っていた。
「寒っ!」
「……魔術師は敵に回すものではないな……」
三階層に上がると、ビョルンはクシュッと小さなくしゃみをし、ニルスは冷静に周囲を見回して身震いをした。
「ニルスさん、ビョルンさん! 氷が解けないうちに、早く!!」
先を行くレイに急かされ、ニルスとビョルンは無言で先を急いだ。
三番チームのメンバーは、三階層の坑道をノームの土人形に邪魔されることなく一気に駆け抜けて、二階層のダンジョンに飛び込んだ。
二階層は、水路が巡る鍾乳洞のダンジョンだ。
じとりと水気を含んだ空気が流れ、サラサラと流れる水音のほか、時折ピチョン、ピチョンと水が滴る音がする。
三番チームは、また一階層へ続く階段近くで休憩となった。
「一階層に出るには、さっきと同じ方法で行くしかないんだろうけど……お嬢ちゃん、魔力の残量は大丈夫そう?」
ビョルンは渋い表情でレイに確認した。
普通の魔術師であれば、先ほど三階層に上がった時に放った氷魔術で、ほとんどの魔力を使い切っているはずだ。
「いけます」
レイはギラリと力のこもった瞳で、チームメンバーを見回した。
レイのそんな気丈な姿を見て、ニルスとビョルンはごくりと喉を鳴らした。
「いざとなったら、私がお嬢さんを担ごう。ここまで来たら、あとはこのダンジョンから脱出するのみだ」
ニルスが厳つい顔をさらに険しくさせて、力強く頷いた。
「……ああ、もう分かったよ! ここまで来たら、後はもう気合いで進むだけだ! ニルス、お嬢ちゃんが倒れたら頼んだ!!」
ビョルンが、ぐしゃりと赤紫色の自分の髪を握った。やけくそ気味だが、覚悟は決まったらしい。
レイは一階層に向けて探索魔術を展開した。たくさんの魔力の反応が返ってくる。
(……何をどうやったらこんな大量に泥人形を用意できるのよ……)
「アイスエイジ!!」
レイは、むすっと剥れながら氷魔術を放った。真っ白な冷気が階段を伝って二階層にも流れ込み、レイたちは駆け出した。
一階層の階段付近には、ノーム特製の泥人形や土人形が、大量に氷のオブジェとなっていった。
「見事なものだな。これほどの泥人形を凍らせるだなんて」
ニルスが走りながら感心して周囲を見回した。
「お嬢ちゃん、自分で走れそう!?」
「大丈夫です!」
「……本当、どれだけ魔力量があんの……」
ビョルンはレイを気遣ったが、彼女がピンピンしているのを見て、もはや呆れかえっていた。
——その時、坑道の天井に、たくさんの転移魔術陣の光が現れた。
「「「「!?」」」」
三番チームの全員が、一瞬、頭上の魔術陣に気を取られた。
「とにかく、お嬢ちゃんは進め! 出口は近い!!」
「はいっ!!」
ビョルンの声がけに、レイはさらに走るスピードを上げた。
魔術陣の中央から、ノームの泥人形や土人形が、ポロポロと降ってきた。
「まさかっ!? 新たな人形を飛ばして来たというのか!!?」
ニルスは叫ぶと同時に、モーニングスターを構えた。走りながら、泥人形たちを振り払っていく。
「レイ!」
レヴィも剣を抜いて、走りながら応戦した。
レイを庇うように剣を振るう。
「きゃあっ!!」
出口まであと数メートルといったところで、ピカッと妖精払いの術符が光った。
最後の妖精払いの術符が真っ黒に焦げあがるのが、レイにはやけにゆっくりと見えた。
そして、狙いを定めたかのように、ポンッとレイの頭の上に土人形が乗っかった。
(うそ……!? ここまで来たのに……!?)
土人形はケタケタケタと揶揄うような笑い声をあげ、召喚魔術を発動させようとした。
レイの足元に、眩く光る魔術陣が現れる。
「レイ!」
「レヴィ!」
レヴィがレイの方へ手を伸ばした。
レイもその手を掴もうと、必死に腕を伸ばす。
——次の瞬間、パリンッと音を立てて、魔術陣が弾け飛んだ。魔術の光の残滓が、パラパラと散って消え去っていく。
ノームの土人形は、くるりと目を回して、パタンッと地面に落ちた。
「えっ?」
「レイ、リボンが光ってます」
「あっ! 水織りのリボン!」
レヴィに指摘され、レイは自分の頭の上のリボンに手をやった。
(そういえば、ニールが召喚無効の魔術を付与してくれたんだった!!)
ハムレットはレイに水織りのリボンをプレゼントする時に、いくつも邪な魔術を付与していた。ニールがその魔術を全て祓って、新たにレイを守るような魔術をいくつも付与していたのだ。
「とにかく、行くぞ! 出口はすぐそこだ!!」
ビョルンの一声で、レイは冷静になった。
今度はがっしりとレヴィと手を繋ぎ、ダンジョンの出口に向かって駆け抜けて行った。
***
三番チームは、ダンジョン前の広場に出ると、すぐさま駆け込むように試験官のギルド職員に踏破の印を提出した。試験官は、三番チームのメンバー全員がいることを確認すると、「三番チームは実技試験、合格です」と頷いた。
「「「「やったぁっ!!!」」」」
レイとビョルンは、疲労からベッタリと地面に倒れ込んだ。
ニルスも汗だくだくで、ガッツポーズをキメている。
レヴィも涼しげに、ほくほくと嬉しそうな笑顔を浮かべていた。
その時、ダンジョン前の広場が、にわかに騒がしくなった。
ダンジョンの中から、三角帽子をかぶったノームが三人、出て来たのだ。
そのうちの一人の帽子には、緻密で見事な刺繍が施されていた。
ノームたちは、寝転がっていたレイのところまでやって来ると、まじまじとレイの顔を見つめた。
レイたちもいきなりの訪問に、慌てて立ち上がり、そのまま警戒するように身構えた。
「私は、クォーツN二鉱山にあるノームの里長を務めるヴァルタルだ。君には完敗したよ。まさかここまで防がれるとは思わなかった。感服だ」
ノームたちは、感動の涙を流していた。
レイたち三番チームは、ノームたちの思わぬ言葉と態度に、ポカンと呆気に取られていた。
「君にはぜひノームの祝福を……とも思ったが、君の加護や契約を見る限り、私たちが付与するのは難しそうだ。代わりにこれを受け取ってくれ」
ヴァルタルが目配せすると、隣にいた別のノームが、レイに丁寧に折り畳まれた布を差し出した。
「? ありがとうございます」
レイは謎の三角形の布をもらった。とりあえずお礼を言う。
三角形の側面には、宝石を描いたような綺麗な刺繍が施されていて、てっぺんにはポンポンが付いている。
「? これは何でしょうか?」
「ノームの変身帽子だ」
謎の三角形の布をくるくると回してレイが眺めていると、ヴァルタルが教えてくれた。
ざわざわっと、ダンジョン前の広場が声なき声で大きく揺れた。冒険者たちだけでなく、ギルド職員たちも、レイとノームの一挙手一投足に注目した。
「変身帽子……?」
「それをかぶった者は、ノームに変身できるレアアイテムだ」
レイが首を捻ると、ヴァルタルは簡潔に説明をした。
レイは早速、その三角帽子をかぶってみた。レヴィの方を小首を傾げて見上げる。
「……どう、レヴィ?」
「レイの耳の先が尖りました」
「…………それだけ?」
「あと、気配が妖精っぽくなりました」
「…………そっか。ありがとう」
レイはするりと三角帽子を脱いで丁寧に畳むと、ノームたちの方に向き直った。
「ありがとうございます。大事に使わせていただきますね」
レイは微笑んで、大人の対応をとった。
このレアアイテムをどうするかは、今後決めればいいことだ。何なら、ニールに相談すれば、現在の相場も含めて一番いい答えが聞けそうだ。
ニルスとビョルンは信じられないものを見たかのように、ただただ驚愕の表情でレイとノームたちのやりとりを眺めていた。
その間も、レヴィが飛びかかって来る泥人形や土人形たちを剣や鞘で振り払っていた。
「レイ、モテモテですね」
「そのことは言わないで!」
レヴィの言葉に、レイは即座にツッコミを入れた。
(うぅっ……ただでさえ狙われやすいのに、変なバフまで付いちゃうからぁ……)
レイは内心、半べそをかきながら、四階層を目指して駆け抜けた。
***
「はぁ、はぁ……ここまで来れば、一安心かな……」
レイは荒く息を吐きながら、ペタリと地面に座り込んだ。
ここは、五階層とつながる階段からはかなり離れた四階層の中ほどだ。
「ええ。泥人形や土人形の気配は無いです。代わりに魔物の気配はあります」
レヴィは涼やかな表情で周囲を警戒して言った。
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「……やっぱり、純粋なダンジョンの階層にはノームの泥人形は出ないんだね……」
レイは呼吸を整えながら答えた。
「……いた!」
「二人とも無事かっ!?」
ビョルンとニルスが、後から追いついて来た。
ビョルンは苦しげに息を荒げていたが、ニルスの方は体力があるようで、額に軽く汗をかいている程度だった。
「ビョルンさん! ニルスさん!」
レイはパァッと顔色を明るくした。
「うっ……何あの泥人形の量!! ノームはどんだけお嬢ちゃんを里に招待したいわけ!!?」
ビョルンは地面にバタンッと倒れ込んで、息を整え始めた。
子供が駄々をこねるように五体投地して、文句を垂れる。
「さすがにあれほどの量の土人形は初めて見た。ノームの執念が感じられるようだ……お嬢さんは、ノームに何か恨みを買った覚えは……?」
ニルスもどかりとあぐらをかいて座り込み、休憩に入った。
「……私に不幸なバフがついてしまったばかりに……」
レイは両手で顔を覆うと、力なく嘆いた。
「もはやデバフだな……」
ニルスが呆れて呟いた。
***
「いい? 三階層と四階層をつなぐ階段は一つだけ……つまり、この先に罠が仕掛けられてると考えた方がいい」
休憩後、ビョルンは階段を睨みつけながら説明した。
三番チームのメンバーは、三階層へ登る階段が見える茂みの中に身を隠して、上の階層の様子を窺っていた。
「分かりました。私が三階層の敵ごと凍らせます。任せてください」
レイはドンッと拳で自分の胸を叩いた。
「……大丈夫? いける? 結構な魔力量が必要だと思うけど」
「大丈夫です! 私、魔力量だけは人より多いんで!」
ビョルンにじと目で確認され、レイは力強く頷いた。
「まぁ、まぁ。彼女は、あのマッドリザードを凍らせたんだ。不可能ではないだろう」
ニルスが、ビョルンの肩に手を置いて諭した。
「ぐっ……お嬢ちゃんが魔力切れになったら、ニルスが担ぐんだよ!」
ビョルンは、悪い目つきでニルスを睨み上げて言った。
レイは地面に手をつくと、集中して探索魔術を発動させた。
(うっわぁ……本当に、階段上にうじゃうじゃ魔力の気配がある……しかも妖精っぽい魔力だから、もしかして、これ全部が泥とか土の人形なの???)
レイは、五十近い泥や土の人形を使って盛大に試験の邪魔をしてくるノームに対して、心の中の何かがブチッと切れた。
「アイスエイジ、特大っ!!!」
レイは怒りにまかせて、三階層の敵全てを凍らせるつもりで氷魔術を放った。
ひんやりと冷たい白い煙が、三階層から地面を這うように、もわもわもわ~と階段を伝って下りてきた。
「今です! 急ぎましょう!!」
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一気に三階層につながる階段目がけて駆け出す。
レヴィも周囲を警戒しつつ、レイと一緒に走り出した。
「……お嬢ちゃんの本気が怖すぎる……」
「お嬢さんは、マッドリザードにはまだ手加減をしていたんだな……」
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氷の中には、泥や土でできたノームの人形が入っていた。
「寒っ!」
「……魔術師は敵に回すものではないな……」
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「ニルスさん、ビョルンさん! 氷が解けないうちに、早く!!」
先を行くレイに急かされ、ニルスとビョルンは無言で先を急いだ。
三番チームのメンバーは、三階層の坑道をノームの土人形に邪魔されることなく一気に駆け抜けて、二階層のダンジョンに飛び込んだ。
二階層は、水路が巡る鍾乳洞のダンジョンだ。
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ビョルンは渋い表情でレイに確認した。
普通の魔術師であれば、先ほど三階層に上がった時に放った氷魔術で、ほとんどの魔力を使い切っているはずだ。
「いけます」
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レイのそんな気丈な姿を見て、ニルスとビョルンはごくりと喉を鳴らした。
「いざとなったら、私がお嬢さんを担ごう。ここまで来たら、あとはこのダンジョンから脱出するのみだ」
ニルスが厳つい顔をさらに険しくさせて、力強く頷いた。
「……ああ、もう分かったよ! ここまで来たら、後はもう気合いで進むだけだ! ニルス、お嬢ちゃんが倒れたら頼んだ!!」
ビョルンが、ぐしゃりと赤紫色の自分の髪を握った。やけくそ気味だが、覚悟は決まったらしい。
レイは一階層に向けて探索魔術を展開した。たくさんの魔力の反応が返ってくる。
(……何をどうやったらこんな大量に泥人形を用意できるのよ……)
「アイスエイジ!!」
レイは、むすっと剥れながら氷魔術を放った。真っ白な冷気が階段を伝って二階層にも流れ込み、レイたちは駆け出した。
一階層の階段付近には、ノーム特製の泥人形や土人形が、大量に氷のオブジェとなっていった。
「見事なものだな。これほどの泥人形を凍らせるだなんて」
ニルスが走りながら感心して周囲を見回した。
「お嬢ちゃん、自分で走れそう!?」
「大丈夫です!」
「……本当、どれだけ魔力量があんの……」
ビョルンはレイを気遣ったが、彼女がピンピンしているのを見て、もはや呆れかえっていた。
——その時、坑道の天井に、たくさんの転移魔術陣の光が現れた。
「「「「!?」」」」
三番チームの全員が、一瞬、頭上の魔術陣に気を取られた。
「とにかく、お嬢ちゃんは進め! 出口は近い!!」
「はいっ!!」
ビョルンの声がけに、レイはさらに走るスピードを上げた。
魔術陣の中央から、ノームの泥人形や土人形が、ポロポロと降ってきた。
「まさかっ!? 新たな人形を飛ばして来たというのか!!?」
ニルスは叫ぶと同時に、モーニングスターを構えた。走りながら、泥人形たちを振り払っていく。
「レイ!」
レヴィも剣を抜いて、走りながら応戦した。
レイを庇うように剣を振るう。
「きゃあっ!!」
出口まであと数メートルといったところで、ピカッと妖精払いの術符が光った。
最後の妖精払いの術符が真っ黒に焦げあがるのが、レイにはやけにゆっくりと見えた。
そして、狙いを定めたかのように、ポンッとレイの頭の上に土人形が乗っかった。
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土人形はケタケタケタと揶揄うような笑い声をあげ、召喚魔術を発動させようとした。
レイの足元に、眩く光る魔術陣が現れる。
「レイ!」
「レヴィ!」
レヴィがレイの方へ手を伸ばした。
レイもその手を掴もうと、必死に腕を伸ばす。
——次の瞬間、パリンッと音を立てて、魔術陣が弾け飛んだ。魔術の光の残滓が、パラパラと散って消え去っていく。
ノームの土人形は、くるりと目を回して、パタンッと地面に落ちた。
「えっ?」
「レイ、リボンが光ってます」
「あっ! 水織りのリボン!」
レヴィに指摘され、レイは自分の頭の上のリボンに手をやった。
(そういえば、ニールが召喚無効の魔術を付与してくれたんだった!!)
ハムレットはレイに水織りのリボンをプレゼントする時に、いくつも邪な魔術を付与していた。ニールがその魔術を全て祓って、新たにレイを守るような魔術をいくつも付与していたのだ。
「とにかく、行くぞ! 出口はすぐそこだ!!」
ビョルンの一声で、レイは冷静になった。
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「? ありがとうございます」
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三角形の側面には、宝石を描いたような綺麗な刺繍が施されていて、てっぺんにはポンポンが付いている。
「? これは何でしょうか?」
「ノームの変身帽子だ」
謎の三角形の布をくるくると回してレイが眺めていると、ヴァルタルが教えてくれた。
ざわざわっと、ダンジョン前の広場が声なき声で大きく揺れた。冒険者たちだけでなく、ギルド職員たちも、レイとノームの一挙手一投足に注目した。
「変身帽子……?」
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レイが首を捻ると、ヴァルタルは簡潔に説明をした。
レイは早速、その三角帽子をかぶってみた。レヴィの方を小首を傾げて見上げる。
「……どう、レヴィ?」
「レイの耳の先が尖りました」
「…………それだけ?」
「あと、気配が妖精っぽくなりました」
「…………そっか。ありがとう」
レイはするりと三角帽子を脱いで丁寧に畳むと、ノームたちの方に向き直った。
「ありがとうございます。大事に使わせていただきますね」
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13
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グレイの世界は狭く暗く何よりも灰色だった。
本来なら領主令嬢となるはずの彼女は領主邸で住むことを許されず、ボロ小屋で暮らしていた。
彼女はある日、棚から落ちてきた一冊の本によって人生が変わることになる。
世界が色づき始めた頃、ある事件をきっかけに少女は旅をすることにした。
喋ることのできないグレイは旅を通して自身の世界を色付けていく。
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