鈴蘭の魔女の代替り

拝詩ルルー

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ランクアップ試験3〜Bランクへ〜

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「……もう、Bランクの泥ワニを討伐したんだから、俺たちBランクでいいんじゃないか……?」

 ビョルンが、ひそひそと隣にいるニルスに話しかけた。

「いや。実質、マッドリザードを倒したのはあの二人だ。俺たちは数の内にすら入っていない」

 ニルスは視線をレイとレヴィの方に向けた。

 レイはいつの間にが子猫を抱いており、「琥珀うぅぅ~……」と情けない声をあげて、すりすりと頬を擦り付けていた。

「は? なんだ、ありゃ?」

 ビョルンが目を細めて、レイが抱えている猫をよく見ようとした。
 悪い目つきが、さらに悪そうに見える。

「ちょっと、何、その猫!?」

 ビョルンがレイに声をかけた。

「琥珀は私の使い魔ですよ」

 レイは琥珀をなでなでモフりながら、ビョルンの方へ振り向いた。

「……使い魔? 本当に?」

 ビョルンが訝しげに片眉を上げた。
 使い魔の魔法猫にしては、異様な柄をしているのが目についた。
 オレンジブラウンの地毛に、黒々としたロゼッタ模様。まるで噂に聞く——

「レイ。琥珀がいれば、他の魔物は怖がって近寄って来なくなりますよ」

 レヴィが、思い出したようにポンッと拳で手のひらを打った。

「あ。そういえば、そうだね。琥珀、今夜は一緒に寝よう?」
「な~ん!」

 レイに高い高いをされ、琥珀も上機嫌にお返事をした。

「魔物が寄って来なくなるって……」

 ビョルンは顔をこれでもかと真っ青にして、言葉を詰まらせた。

「それは助かるな! 四階層でも安全に過ごせる」

 ニルスは厳つい顔をにかっと笑顔にした。

「えぇ……ニルス、そいつは……」
「何はともあれ、役立つのならそれでいいではないか。あの様子なら、お嬢さんがきちんとあの使い魔をコントロールしてくれるのだろう?」

 ニルスは念を押すように、ビョルンに笑いかけた。

「そうだとは思うけど……」

 ビョルンは、「ニルスもなんだかんだいって豪胆だ……」と呆れ返っていた。


 その日レイは、子猫サイズの琥珀を抱き、まるで呪いのように頭から離れない陽気なきのこの歌を子守唄に、眠りについた。


***


 次の日の朝早く、レイたちは五階層に向けて出立した。

 琥珀のおかげで夜中に魔物が近寄って来なくなったためか、三番チームのメンバーは十分な睡眠が取れて、朝から元気だった。

 レイは、腰のベルトに妖精払いの術符をしっかりと取り付けた。ちゃんと付いているか確認するように、術符をするりと手で撫でる。

(残りの妖精払いの術符はあと二枚……これが終わったら、今度はもう結界を張るしかないかも……)

 レイは、水と氷魔術が使える中級魔術師だと公言しているため、他の魔術も使えることをあまり他の冒険者に知られたくないのだ。

「レイ?」

 不安げなレイを見て、レヴィが声をかけた。

「ううん。大丈夫だよ。今回でちゃんと合格しようね」

 レイは心配をかけないように、にっこりと笑い返した。

「もし術符を使い切ってしまったら、私がレイを守りますよ」
「レヴィ……うん。ありがとう!」

 レヴィの優しい一言に、レイはじーんと胸を震わせた。


「この階段を降りれば五階層だ。出る魔物のランクは下がるが、逆に今度はノームの土人形に襲われる可能性が高い……」

 ビョルンは緊張した面持ちで、四階層と五階層をつなぐ大きな階段を見つめていた。

「お嬢さんが攫われたら、実技試験の合格は絶望的だ。心して行こう」

 ニルスの声がけに、チーム全員が重々しく相槌を打った。

 まずはビョルンが罠などが仕掛けられていないか確認しながら慎重に階段を降りて行き、次にニルス、レイと続き、最後尾をレヴィが務めた。

 しばらく警戒しながら慎重に坑道を進んでいくと、不意にビョルンが呟いた。

「今のところは、特に何もないようだな……」

「もう先に行ってるチームは、きっと踏破の証を手に入れて、入り口の方に向かってますよね……」

 レイは周囲を警戒しながらも、不安げに言った。

「制限時間内に戻れればいいんだ。そう心配することはない」

 ニルスが元気づけるように、きっぱりと言い切る。

「うん? 何か様子が変だな?」

 先頭を歩くビョルンが、目を細めて坑道の先の方を見つめた。

 坑道の先には、今回の試験の目的地である最奥の広場がある。
 その広場の入り口から、明々と眩いランプの明かりが漏れ出ているのだ。

「……これだけあそこが明るいということは、他の受験生がまだいるということではないか?」

 ニルスが眉根を寄せて、首を捻った。

「それもあると思うが、妙に騒がしい……」

 ビョルンも訝しげに顔を顰めた。

「ともかく、あそこが目的地ですよね? 行ってみましょう」

 レイはニルスの背中越しに、坑道の奥の方の様子を窺って言った。

 三番チームのメンバーは、最奥の広場に急ぐことにした。


 最奥の広場には、他のチームの受験生がたむろしていた。
 ただ、その雰囲気はどこか困惑しているようで、非常にざわついていた。

「お~い! ニルス、ビョルン! お前たちのチームも着いたか?」

 三番チームが最奥の広場に到着すると、一人の冒険者がニルスとビョルンに声をかけてきた。

「どうしたんだ、ニック? 何の騒ぎだ?」

 ニルスが不思議そうに、彼に尋ねた。

「ああ……それが、踏破の印がどこにも無いんだ……」

 声をかけてきた冒険者は、困りきった表情で事情を話した。

「「「「えっ!?」」」」

 レイたち三番チームは、全員がびっくりして声をあげた。

「言われてた場所に踏破の印が無いだなんて、異常事態だからな。試験官に知らせるために、足の速い奴らに確認に行ってもらってるんだ」
「そうか。魔物に取られたとか……は普通ないよな……?」
「俺たちもそれは考えたんだが、それなら何かしら魔物の痕跡が残ってるはずだ。でも、それも無い……」
「そうか……」

 ビョルンとニルスは、他の冒険者たちと情報交換しながら一緒に考え込んでしまった。

(踏破の印って、そこそこ魔力を宿してたような……)

 レイは目に魔力を込めて、辺りを見回してみた。

 壁にも無い、天井にも無い、床には——

「あっ! 地面に! 魔力反応があります!!」

 レイはビシッと地面を指差して、叫んだ。

「はぁ? 何それ? 何で分かるの?」
「踏破の印は魔力がこもっていて、転移のマーキングみたいな術がかけられてるんです。それが、地面の下にあるんです!」

 ビョルンに訝しげに訊かれ、レイは素直に答えた。

「そんな……」
「地面を掘れと……?」

 他の受験生たちも二人の会話を聞いて、ざわざわと騒ぎ出した。

「……それって、どこらへん?」
「ここの下に一つあります。たぶん、一メートルくらい下です」

 ビョルンに訊かれ、レイは踏破の印が埋められているところの上に立った。

「…………分かった。ちょっとそこどいて」

 ビョルンは地面に手をつくと、魔力を練り始めた。

「アースアーム!」

 ビョルンが地魔術を発動させると、土でできた巨大な腕が地面からボコッと突き出してきた。その腕がぐぐぐっと手を開くと、中には踏破の印が入っていた。

「「「「「!?」」」」」
「「「「あっ!」」」」
「「「嘘っ!?」」」
「「「こんなところに!?」」」

 広場にいた受験生全員が、驚愕の表情で踏破の印を見つめた。

「……まさか、ノームのいたずらか……?」

 ニルスが踏破の印を拾い上げた。少しだけ付いていた土埃を手で払う。

「ビョルンさんは地魔術が使えたんですね! ありがとうございます!」
「ハーフノームだからね。地魔術はある程度はできるよ」

 レイがにっこりとお礼を言うと、ビョルンはぷいっと別方向を向いて呟いた。心なしか、ちょこんと尖った耳の先が赤くなっている。

「おーい! 地魔術が使える奴! 仕事だ!」
「お嬢ちゃん、他の踏破の印がどこにあるか、教えてくれるか?」
「分かりました!」

 レイは他のチームの受験生に訊かれ、力強く頷いた。


 レイは目に魔力を込めて、残り五つの踏破の印がある場所を探し出した。
 それを、地魔術が使える者が魔術で掘り返したり、地表から近くにあるものは、力自慢の受験生が放棄されていた採掘用のシャベルなどを使って、人力で掘り返した。

「ひぃ、ふぅ、みぃ、よ、いつ……これを掘り出せば、完了か」

 ニルスが掘り返された踏破の印を数えあげた。
 現在、最後の一つを剣士や武闘家などの体力自慢たちが掘り返している。

 地魔術で踏破の印を掘り出した者たちは、慣れない作業に魔力切れ寸前で、少し休憩をとっていた。

「これが終わったら、あとは入り口まで戻るだけですね」

 レイは掘り返し作業を眺めながら、ホッと安堵の息を吐いた。

「お嬢ちゃん、帰るまでがダンジョンだよ。実際、帰り道の方が集中力や体力や魔力が切れてることが多いから、事故が多いんだ」

 ビョルンにしれっと釘を刺される。

「確かに、そうですよね」

(そうだった! 私にはまだノーム問題が……)

 レイはふと視線を感じて、斜め後ろを振り返った。

 だるまさんが転んだを遊んでいるかのように、レイに近づいて来ていたノームお手製の泥人形たちが、ピシリと動きを止めた。

「…………」

 レイは無言で、たまたま隣にいたビョルンとニルスの服の裾をツイと引っ張った。
 二人に、視線で泥人形の場所を指し示す。

「こんの、泥人形がぁあぁっ!!!」
「試験の邪魔ばかりしおって!!!」

 ビョルンはナイフを、ニルスはモーニングスターを構えて、昨日からの恨みを込めて泥人形たちに襲いかかった。

 泥人形たちも、キーッ! っと叫び声をあげながら、二人に応戦する。

「レイ。踏破の印が手に入ったら、急いで戻りましょう。泥人形や土人形の数が増えてます」

 レヴィは、飛びかかって来た土人形を振り払ったり、潰したりしながら淡々と伝えた。

「うん。そうだよね……きゃっ!!」

 レイが返事をしようとした瞬間、ピカッと妖精払いの術符が反応した。
 ベシャッと地面に泥人形だった物が飛び散り、腰に付けていた術符は真っ黒に焦げていた。

(マズい……! ラスト一個だ!!)

「ニルスさん、ビョルンさん! 妖精払いの術符があと一個です!! 急いで戻りましょう!!!」

 レイは二人に向かって叫ぶと同時に、広場の出口の方へ駆け出した。
 レヴィも、レイを護衛するように、その後を追う。

「分かった! 脱出だ!!」

 ビョルンは泥人形の討伐を止めて、他の受験生が持っていた踏破の印を一つ掴んでダッと駆け出した。

「すまない! 我々のチームは先に戻る!!」

 ニルスは律儀に、他の受験生たちに声がけをしていた。

「おー。ノームの子供攫いか。頑張れよ~!」

 ニルスとビョルンに最初に声をかけていた冒険者が、悠長に手を振って見送った。

 他の受験生たちも、「ありがとう~!」「捕まるなよ~!」と三番チームを応援して見送った。


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◆関連作品

『砂漠の詩』
『雨の回廊』編の過去編スピンオフです。

『冒険者を辞めたら天職でした 〜パーティーを追放された凄腕治癒師は、大聖者と崇められる〜』
『冒険者パーティーを追放された凄腕治癒師を拾いました』編のスピンオフです。

『ジャスティンと魔法少女のステッキ』
『魔法少女』編のスピンオフです。

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