鈴蘭の魔女の代替り

拝詩ルルー

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閑話 ハムレットもいっしょ

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「おはよう、レイ。デートに行こうよ」

 ハムレットがオレンジ色のバラの花束を抱えて、バレット商会の宿舎を訪れた。
 貴族らしい繊細な美貌にキラキラしい微笑みを浮かべ、朝の日差しよりも目に眩しい。

 ホールに置いてあるソファでニールと歓談中だったレイは、突如現れたハムレットに、しぱしぱと目を瞬かせた。

「却下。レイは今日は俺とアクアブリッジの街をまわるんだ。それに、レイを襲おうとした奴と二人きりにはできない」

 ハムレットには、ニールがキッパリと断りを入れた。
 ニールの艶やかな絶世の美貌が、あからさまに険を帯びる。

「やあ、ニール。なぜここに?」
「ここはうちの商会の宿舎だ。商会主の俺がいてもおかしくはないだろう。相変わらず、女性がいると、男は視界に入らなくなるな」

 ニールは呆れたように溜め息をついた。

「フーーーッ!!」

 子猫サイズの琥珀が、レイの膝上から毛を逆立ててハムレットを威嚇した。
 小さな体を最大限に弓なりにして、尻尾もぽわぽわと膨れあがっている。

「おや? 君はこの前のかわい子だね。今日は本当に子猫のようにかわいいね」

 ハムレットは一瞬目を丸くしたが、威嚇する琥珀をものともせず、にこやかに口説き始めた。

 レイは、よしよしと、琥珀の背中を撫でて宥めた。

「アクアブリッジの街巡りをするなら、私が案内するよ。ニールだけだと、どうしても行けないところがあるだろう?」

 ハムレットは、レイを見つめて優雅に誘った。

「レイ、どうする? 断ってもいいぞ」

 ニールがものすごく嫌そうな顔をして、レイに尋ねた。

「……ニールでも行けないところって、どこでしょうか?」

 レイは小首を傾げた。単純に知りたかったのだ。

「ニールが行けないところか。そうだね……アクアブリッジ地下に張り巡らされた水竜路、水竜湖に浮かぶ島にある水織り工房、水竜湖底にある竜宮殿かな? 気になるところがあれば招待するよ」

 ハムレットは指折り数えると、レイに微笑みかけた。

「水織り工房がいい」
「ニールの希望は聞いてないよ」

 ハムレットは優雅に、かつ、キッパリと拒否した。

「水竜路は、水系の生き物しか通れない水中洞窟だ。アクアブリッジの地下にある隠し通路みたいなものだな。竜宮殿は水竜の営巣地だから、レイは行ってはダメだ。帰って来れなくなる」

 ニールが他の二箇所について、ざっと説明をしてくれた。

「そうだね、水竜路は陸の生き物には厳しい場所だね。竜宮殿は……確かに、みんなレイのことを気に入りそうだね。水上に帰したくなくなってしまうだろうね」

 ハムレットが相槌を打った。

「それなら、私も水織り工房に行ってみたいです。水織りって何ですか?」

 レイは、ニールとハムレットの説明にぷるりと震えると、一つしか選べない選択肢を選択した。

「水織りは水魔力を込めた織物だよ。火耐性があるし、優美で美しいんだ。一度だけ水魔術のスクロール代わりに使うこともできる。他にも、水関連の魔道具も作ってるよ。ラングフォード領の特産品だね」

 ハムレットがにっこりと説明した。

(ラングフォードの魔術工芸品! なんだか面白そう!)

 レイはキラリと瞳を輝かせた。

「それじゃあ、早速、水織り工房に行こうか」

 ハムレットは、サッとレイの肩に手を載せると、すぐさま転移魔術を発動した。
 ニールも素早くハムレットの腕を掴んだ。


***


「……なんだ、ついて来ちゃったのか」
「ハムレットの魂胆なら分かっているからな」

 ハムレットが残念そうに肩を落とすと、ニールはじと目で彼を睨みつけた。

「ここが水織り工房なんですね!」

 レイは辺りをぐるりと見回した。

 瑠璃色の湖に囲まれた小さな島だ。
 白煉瓦の大きな建物がぽつんと一つだけあり、中からはガヤガヤと働く人々の声が聞こえてくる。

「水竜王様、どうされました?」

 大きな建物から、白い髭のお爺さんが出て来た。

「工房長、見学に来たよ」

 ハムレットがにこやかに答えた。

「はぁ。デートなら他所でお願いしますよ」

 工房長は目を細めて、レイとその肩に乗っている琥珀をじっと見ると、ハムレットにチクリと釘を刺した。

「大丈夫、デートじゃないよ。彼はバレット商会の商会長だよ。それから、彼女はあの魔石に水魔術を付与した子だから」
「……なるほど。ついて来てくだされ」

 工房長はくるりと背を向けると、大きな建物の方へと歩き出した。

「手前から、水織りの機織り場で、その奥が魔道具の加工場、最奥の部屋が事務所兼研究室になってます」

 工房長は、案内しながらテキパキと説明を始めた。

 十台ほどある機織り機には、女の人たちがカッコン、カッコンと機織りをしており、時折、シュルルルル、と水が滑るような音が聞こえてきた。

 魔道具の加工場では、男の人たちが魔石に魔力を付与する者と、魔術師の杖や水桶などの道具を作ったり組み立てたりする者に分かれて作業していた。

 工房内には水の玉型の精霊や妖精たちが飛び回り、道具や材料に手を触れては、水魔力を付けて遊んでいるようだ。

 ニールとレイは物珍しそうに、工房内をぐるりと見回した。

「この前のサラマンダーの魔石は奥の研究室にあります。火属性の魔石に水属性の魔力を付与したものなど初めて見ましたからな。何に使えるか研究中です」

 工房長が事務所兼研究室に入ると、三人の研究員たちがうんうんと頭を抱えて唸っていた。

「純粋な火の魔石なら、コンロやオーブンの魔道具に使えるんだがな」
「サラマンダーの魔石で、コンロやオーブンはありえないだろう。火力が強すぎだ」
「魔術師の杖の方が無難だろうな。火も水も使える魔術師なら使いこなせるだろう」
「それにしては水は弱いし、火も最大限使えるわけじゃない……使いどころが難しいぞ」
「よりにもよって、正反対の属性だからな」

 研究員たちは、客人の存在にはたと気づくと、ぺこりと頭を下げた。

「へぇ。これが噂の魔石か。面白いね。私でも初めて見たよ」

 ニールが色鮮やかな黄金眼を煌めかせて、サラマンダーの魔石を一つ手に取った。

「……このお方は?」

 眼鏡の研究員が顔色を青ざめさせて、ハムレットと工房長の方を振り向いた。

「バレット商会の会長だよ。危害は加えないから大丈夫だよ」
「私を危険人物みたいに言わないでいただきたい。ただの見学人ですよ」

 ハムレットの言葉に、ニールは軽く反論した。

 研究員たちは「あの水竜王様に反論してる……」と余計に恐れて縮こまっていた。

「ふむ。火の杖にするなら、延焼させたくない場所で使うのに良さそうですね。建物内や森で使うのにもってこいです。サラマンダーという上級魔物の魔石を扱える人間の魔術師なんて、ほんの一握りです。王宮の上級魔術師向けでしょうか。浄化魔術も付与できれば、グール対策用に教会にも売り込めそうですね。その方が高く売れそうだ」

 ニールがギラリと商売人の顔になった。

「レイ、試しに浄化魔術を付与してもらえる?」
「いいんですか?」

 ニールに訊かれ、レイは小首を傾げて研究員の方に目線を向けた。

 三人の研究員たちは、無言でコクコクと激しく頷いていた。

(そういえば、ちゃんと使ったことのある浄化魔術って、レヴィを浄化した時の浄化砲と、教会で習った祝祭の浄化魔術ぐらいかも……)

 レイがぽやぽやとそんなことを考えて魔術付与していると、ギラギラッと魔石が銀色に眩く光った。

「「「「「「「っ!!?」」」」」」」

 眩しすぎる輝きに、その場にいた誰も彼もが目を瞑った。

 再度目を見開いた時には、レイの手のひらの上には、青銀色に変色したサラマンダーの魔石があった。
 研究室内には、聖属性の魔力が極の者でしか降らせられない浄化の花びらが、ひらりひらりと舞っていた。

「……レイ? 今度は浄化魔術の加減を覚えようか?」

 その時、笑顔を引き攣らせた魔術の先生ニールが降誕していた。

「ひぃっ!」

 レイは変色した魔石よりも何よりも、ニールの何かを含んだ笑顔に戦慄した。
 先代魔王フェリクス直々に、レイの魔術の先生をお願いされているニールは、魔術指導については非常に厳しいのだ。


 結局、レイは魔術の先生ニールのスパルタ指導により、サラマンダーの残りの魔石全部に浄化魔術を付与することになった。
 ニール先生から合格をもらえる頃には、もう夕方近くになり、レイはヘトヘトになっていた。

 魔石は、浄化魔術を付与する分量によって上中下の三段階に分けられ、浄化魔術の比率が高いものから、火魔術の比率が高いものまで製作された。

 特に一番最初にレイが魔術付与した魔石は、聖属性極の膨大な浄化魔術を浴びてしまったため、とんでもないレア魔石に進化していた——話し合いの結果、見本品も兼ねて神官用の杖に仕上げて、フェリクスに上納されることになった。

 さらに価値が上がったサラマンダーの魔石に、工房長と研究員は目をギラギラとお金色に輝かせていた。

 ハムレットだけは「さすが私が惚れ込んだ子だね」とちゃっかりレイに惚れ直していた。


***


「レイにはお世話になったね。お礼にリボンを贈らせてよ」

 ハムレットが水織りのリボンを一本手にすると、レイに差し出そうとした。

 ガッと横からニールの制止の手が入る。

「……ニール、何かな?」

 ハムレットがぎこちなくニールの方を振り向いた。

「今こっそりマーキングしただろう? 俺の目は誤魔化せないよ」

 ニールがさらりと水織りのリボンを撫でると、パリンッと転移魔術のマーキングが剥がれ落ちた。
 ニールはすかさず魔術耐性をリボンに付与していた。

「……随分過保護だね。ニールはレイの恋人なのかな?」
「兄だよ。兄なら妹に小蝿が付きそうになったら追い払うだろう?」
「小蝿扱いは酷いな。せめて祝福くらいは付けさせてもらえないかな、お義兄様」
「誰がお義兄様だ。祝福はともかく、召喚魔術のマーキングは付けるな」

 ニールがパリンッと召喚魔術のマーキングを剥がし落とす。代わりに召喚無効の魔術を付与していた。

「目ざといね。じゃあ、加護ならどうかな?」
「だから魅了は付けるな」
「そう? これならいいかな?」

 ニールとハムレットの手によって、水織りのリボンに次々と祝福やら加護やら魔術やらが付与されていった。
 二頭とも、負けじと意固地になっていた。

 後ろで研究員たちが「ひぃぃいぃ……国宝級のリボン……」と慄いていた。

(元の素材が良いと、ここまで魔術付与できるんだ……)

 レイは魔術師らしく、別方向に感心していた。

 最終的に、水竜王の祝福と加護、魔術耐性、召喚無効、状態異常耐性が付与された水織りのリボンができあがった。
 ちなみに、水魔術のスクロールとして使用すると、席次のあるような水竜しか扱えないリヴァイアサンのプチバージョンを撃てるようになった。

 工房長や研究員だけでなく、工房内で働いていた人たち全員が、ごくりと唾を飲み込んで、戦々恐々とそのリボンを見つめていた。

「レイ、これなら受け取ってもいい」
「仕方がないね。ニールは過保護すぎるよ」
「……ありがとうございます……」

 ニールの許可が下り、レイはハムレットから水織りのリボンを手渡された。

 水織りのリボンは淡い水色の綺麗なリボンで、水のような半透明の薄い膜に包まれていた。さらには、二頭の竜王によって祝福や加護や付与魔術がかけられまくり、魔力の煌めきでこれでもかとキラキラ輝いていた。

「むぅ……これだと凄すぎるリボンだってすぐにバレちゃうので、平凡擬態させますね」

 レイは水織りのリボンを受け取ると、さらりと撫でた。
 魔力の輝きがスッとおさまり、見た目だけは普通の水織りのリボンと同じように見えるようになった。

「……まさか、国宝級のリボンが平凡擬態されるなんて……」

 工房の職人や研究員たちは、あまりのことに気絶しそうになり、くらりくらりと揺れていた。


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◆関連作品

『砂漠の詩』
『雨の回廊』編の過去編スピンオフです。

『冒険者を辞めたら天職でした 〜パーティーを追放された凄腕治癒師は、大聖者と崇められる〜』
『冒険者パーティーを追放された凄腕治癒師を拾いました』編のスピンオフです。

『ジャスティンと魔法少女のステッキ』
『魔法少女』編のスピンオフです。

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