鈴蘭の魔女の代替り

拝詩ルルー

文字の大きさ
上 下
255 / 347

水竜王祭4

しおりを挟む
「かわいい~!」

 アイザックは頬を緩めて、とろけるような笑顔で、レイを褒めた。

 レイは、アイシーピンク色のふんわりとしたスカートに、白いブラウス姿で、女の子らしい格好に着替えた。
 先ほどの騒動でボサボサになっていた髪は、緩やかな三つ編みに編み直して、リボンで留めている。

 これからアクアブリッジの東岸地区に遊びに行くのだ。
 メンバーは、アイザック、レイ、レヴィだ。

「東岸地区は庶民の街だからね。水竜王祭の時にはいろんな屋台が出るんだよ」

 アイザックは、レイとレヴィに触れると、一瞬で東岸地区のひと気のない場所に転移した。

「アイザックは水竜王祭に何回も来てるんですか?」

 レイは隣を歩くアイザックを見上げた。

「うん、何回も来てるよ。僕が水竜王祭に行くようになったのは、ハムレットの代になってからだね。先代の時の水竜王祭は、大酒飲み大会だったからね。おじさんメインの祭だったんだ」

 アイザックは、レイたちを案内しながら答えた。

「私もその時の水竜王祭に連れて行かれたことがあります。ご主人様たちがへべれけに酔い潰れていたのを覚えてます」

 レヴィが物珍しそうに街並みを眺めながら語った。

「へぇ~。昔の剣聖も水竜王祭に来てたんだね。ほら、着いたよ!」

 東岸地区にある大きな公園には、たくさんの屋台が出ていた。

 水竜湖で獲れた魚の塩焼き、水鳥のグリル、魔水牛のモッツァレラチーズとベーコンのクロワッサンサンド、湖エビのフリッターなどこの地方でしか食べられないようなものだけでなく、定番のドーナツやチョリソー、クレープやドリンクなどさまざまな屋台が軒を連ねていた。

 屋台の近くには、テーブルや椅子が追加でいくつも置かれていて、屋台で食べ物を買った後に自由に使っていいようだ。

 公園の広場には、吟遊詩人や奇術師、役者などの旅芸人も来ていて、芝居や曲芸、歌や手品など、さまざまな芸を披露していた。

「わぁ! お店も人もいっぱいですね!」

 レイはキラキラと瞳を輝かせて、屋台を見回した。見慣れない食べ物やおいしそうなものが多く、どれにしようか目移りしてしまう。

「せっかくですから、まずはここでしか食べられないものにしましょう!」

 レヴィもわくわくと品定めを始めた。

「それなら、湖エビと瑠璃鮎のフリッターにしようよ! みんなで分けられるし、結構おいしいんだ!」

 アイザックがレイの手を引いて、フリッターの屋台の列に並んだ。

「むむっ! あの湖鴨のローストサンドもおいしそうです!」

 レイは隣の屋台に目が釘付けになった。

「レヴィ、行ってきてよ! 僕たちはこっちに並んでるからさ!」

 アイザックが、パッとレヴィの方を振り向いて提案した。

「でも、護衛任務が……」
「すぐ隣の屋台だし、僕がいる限りレイに手を出させたりしないから、大丈夫だよ!」
「……それでしたら……」

 レヴィは渋々頷いた。

「僕は塩ダレで!」
「私はオレンジソースがいい!」

 アイザックがソースに注文をつけると、レイもうきうきと希望を伝えた。

「分かりました」

 レヴィはこくりと頷いた。


 湖エビと瑠璃鮎のフリッターと、湖鴨のローストサンドを買った後は、アイザックたちは近くの空いているテーブルに席をとった。

 アイザックが、レイが魔術で出した水が飲みたいと言い出したため、ドリンクはレイが準備した。

「ぷはぁ! やっぱり、レイの水はおいしいね! この澄んだ水魔力に、冷たい温度……水魔術が本当に上手になったね!」

 アイザックは、レイが入れてくれた水をぐいっと一気に飲み干して、嬉々と褒めた。

「ふふっ。ありがとうございます。おかわりもありますよ」
「うん、お願い!」

 アイザックは、コップにおかわりの水を入れてもらい、またごくごくと飲み始めた。

「レイ、私のローストサンドも一口食べますか?」
「こっちは何ソース?」
「玉ねぎソースです」
「やった! ありがとう! 私のも一口食べる?」
「ええ。ありがとうございます」

 レヴィとレイは一口ずつローストサンドを交換し合った。
 玉ねぎソースは甘塩っぱい定番の味で、オレンジソースはさっぱり系で、爽やかな香りがした。
 どちらのソースも湖鴨のローストにマッチしていて、おいしかった。

「レヴィは以前に比べたら随分人っぽくなったね。前はこんなことしなかったでしょ?」

 アイザックは二人の様子を興味深く眺めていた。

「こうすると、より料理がおいしくなると学んだんです」

 レヴィが少し自信ありげに答えた。

「……うん、まぁ、そうなんだけどさ。前はもっと『変わった奴』って感じだったけど、何というか少し丸くなったよね」

 アイザックは、まじまじとレヴィを見つめて言った。

「そうなんですか? いつも一緒にいるから、言われて初めて気づきました」

 レイもレヴィの方を振り向いた。

「そういうことってあるよね~。案外、離れて初めて気づくこともあるし。あ、このフリッター、おいしい」

 アイザックは、サクサクッと瑠璃鮎のフリッターを味わうように咀嚼した。

「湖エビの方もおいしいです!」

(えびせんっぽい!)

 レイは、元の世界で慣れ親しんだ味に似ている湖エビのフリッターに、テンションを上げた。

「あれ? あいつ、エスキルじゃない?」

 アイザックは、糸目の大柄の人物を見つけて、「お~い」と手を振った。

 エスキルは小さく会釈すると、こちらのテーブルに向かって歩いて来た。

「アイザック様。それに、レイとレヴィ。こんにちは。どうですか? お祭りは楽しまれてますか?」

 エスキルは、にこやかに微笑んだ。
 彼は手元に水鳥のグリルと、魔水牛のチーズとチョリソーが入ったブリトーの包みを持っていた。

 レイとレヴィも「こんにちは」とにこやかに返す。

「うん。楽しんでるよ~。エスキルは見回り?」

 アイザックはにこにこと気軽に尋ねた。

「そうですね。ただ、今は休憩時間中です」
「じゃあ、エスキルもレイに水出してもらいなよ。すっごくおいしいし、元気が出るよ」

 アイザックは、エスキルに席をすすめた。

 エスキルは、レヴィの隣の席に腰かけると、空間収納からコップを取り出した。

 レイも心得たもので、そのコップに水魔術で水を注ぐ。

「……これは!」

 エスキルは、レイに注いでもらった水を一口飲むと、目をカッと見開いて驚いた。

 アイザックは防音結界を展開すると、にやりと笑って、エスキルを見やった。

「水魔物にとっては、極上の飲み物だよ」

「……ええ。今までの疲れが吹き飛ぶようです。力も湧いてきますね」

 エスキルは強く頷くと、ごくごくと水を飲み干した。

「それでさ~、Bランクのランクアップ試験って、いつどこでやるの?」
「……アイザック様、これが狙いですか?」

 アイザックの一言に、エスキルは片手で額を覆った。少し悔しそうに項垂れる。

(……アイザック!? もしかして、賄賂の押し売り!!?)

 レイはびっくりしすぎて、アイザックを二度見した。

 レイは「ダメですよ!」と渋い顔をして首を小さく横に振るが、アイザックは「僕に任せて」とウィンクで返した。

「Bランクのランクアップ試験って、実技はダンジョンでしょ? それは変わってないの?」

「それは変わりないですね。ダンジョンに潜って、指定の階層にある『踏破の印』を持ち帰って来られれば、実技試験は合格ですね。ジョブを勘案して、ランダムにチーム編成されるのも変わりはないです」

 レイは、アイザックとエスキルの会話にじっと聴き耳を立てていた。

(実技試験はダンジョン? すっごく冒険者っぽくて気になるかも……!)

 レイがそわそわしていると、アイザックはさらに質問を続けた。

「試験会場のダンジョンは、毎回変わるんだよね?」
「……変わりますが、どうしてもダンジョンごとに適正レベルがありますので、試験会場はローテーションになります」

「ふぅん……レイはさ、フェリクス様と契約があるんだ。だから、フェリクス様が創られたダンジョンだとさ、有利すぎたり、周囲にいろいろバレたりしない?」

「えっ!? フェリクス様と……!? 確かに、誰かしら強者との契約の匂いを感じてはいましたが、まさか先代魔王様とは……」

 エスキルは驚愕の表情でレイを見つめた。

(義父さんが、ダンジョンを創った……? それに、義父さんのダンジョンだと、何か良くないことでもあるのかな……?)

 レイが首を捻っていると、アイザックが確認してきた。

「レイは、ダンジョンに潜ったことは?」
「まだ無いです」
「フェリクス様からダンジョンについて説明を受けたことは?」
「無いです」

 レイはアイザックの質問に、ふりふりと首を横に振った。

「魔王様の仕事に『ダンジョン創造』っていうのがあるんだ。で、レイはフェリクス様と親子契約があるから、フェリクス様が創られたダンジョンだと、レイはダンジョンの魔物と同じ判定になるんだよ」
「へっ?」

 アイザックの予想外の説明に、レイは目を丸くして、そのまま固まった。

(私、魔物扱いなの……?)

「う~ん、フェリクス様の眷属と同じような扱いになるからかな? ……だから、レイがフェリクス様のダンジョンに入っても、魔物に襲われることはないし、罠も発動しない」
「えぇえぇ!?」

 レイは驚愕の表情でアイザックを見つめた。

「ついでに言うと、レヴィも契約魔術でレイの眷属と同じような扱いになるから、同じく魔物には襲われないし、罠も発動しない」
「そうですか? ダンジョンの魔物になるのは初体験です」

 レヴィはアイザックの説明に、少し嬉しそうに目を丸くしていたが、論点がどこかおかしかった。

「……そうなると、レイ様とレヴィ様はラングフォードでBランクへのランクアップ試験は受けられない方がいいですね。この領にあるダンジョンは全てフェリクス様が創造されたものになります」

 エスキルが言葉を改めて、説明をした。レイとレヴィを見つめる視線は、ただの冒険者に対するものとは違って、どこか畏敬の念が込められていた。

「ドラゴニア王国は、フェリクス様が創造されたダンジョンが多いですが、他の魔王様が創られたダンジョンもあるにはあります。そちらの領に移動されてから、ランクアップ試験を受けられた方が良いでしょう……失礼ですが、冒険者証を確認しても?」
「はい」

 エスキルに訊かれ、レイは自分の冒険者証を手渡した。

 エスキルは冒険者証に少し魔力を流すと、中空に現れた青い半透明のディスプレイを見つめた。

「功績ポイントが赤くなっている……Bランク試験を受けるには十分ですね。一番近場でしたら、オペルミナ領ですね。あそこはフェリクス様とさらにその前の魔王様のダンジョンを交互に試験会場にしてますから。……確か、次は先々代魔王様のダンジョンだったかと……」

「分かりました。ありがとうございます!」

 レイは微笑んで、エスキルにお礼を言った。

 レイが水のおかわりをコップの中に入れると、エスキルはパァッと顔色を明るくした。


 アイザックは筆記試験の内容も確認しようとしていたが、「それではレイ様のためになりませんよ」とエスキルに嗜められ、黙りこくってしまった。


「じゃあ、次はオペルミナ領に行こうか?」
「そうですね。宿舎に戻ったら、ルーファスにも伝えましょう」

 レイとレヴィは互いに顔を見合わせて、頷き合った。


しおりを挟む
◆関連作品

『砂漠の詩』
『雨の回廊』編の過去編スピンオフです。

『冒険者を辞めたら天職でした 〜パーティーを追放された凄腕治癒師は、大聖者と崇められる〜』
『冒険者パーティーを追放された凄腕治癒師を拾いました』編のスピンオフです。

『ジャスティンと魔法少女のステッキ』
『魔法少女』編のスピンオフです。

あなたにおすすめの小説

【完結】番である私の旦那様

桜もふ
恋愛
異世界であるミーストの世界最強なのが黒竜族! 黒竜族の第一皇子、オパール・ブラック・オニキス(愛称:オール)の番をミースト神が異世界転移させた、それが『私』だ。 バールナ公爵の元へ養女として出向く事になるのだが、1人娘であった義妹が最後まで『自分』が黒竜族の番だと思い込み、魅了の力を使って男性を味方に付け、なにかと嫌味や嫌がらせをして来る。 オールは政務が忙しい身ではあるが、溺愛している私の送り迎えだけは必須事項みたい。 気が抜けるほど甘々なのに、義妹に邪魔されっぱなし。 でも神様からは特別なチートを貰い、世界最強の黒竜族の番に相応しい子になろうと頑張るのだが、なぜかディロ-ルの侯爵子息に学園主催の舞踏会で「お前との婚約を破棄する!」なんて訳の分からない事を言われるし、義妹は最後の最後まで頭お花畑状態で、オールを手に入れようと男の元を転々としながら、絡んで来ます!(鬱陶しいくらい来ます!) 大好きな乙女ゲームや異世界の漫画に出てくる「私がヒロインよ!」な頭の変な……じゃなかった、変わった義妹もいるし、何と言っても、この世界の料理はマズイ、不味すぎるのです! 神様から貰った、特別なスキルを使って異世界の皆と地球へ行き来したり、地球での家族と異世界へ行き来しながら、日本で得た知識や得意な家事(食事)などを、この世界でオールと一緒に自由にのんびりと生きて行こうと思います。 前半は転移する前の私生活から始まります。

私の入る余地なんてないことはわかってる。だけど……。

さくしゃ
恋愛
キャロルは知っていた。 許嫁であるリオンと、親友のサンが互いを想い合っていることを。 幼い頃からずっと想ってきたリオン、失いたくない大切な親友であるサン。キャロルは苦悩の末に、リオンへの想いを封じ、身を引くと決めていた——はずだった。 (ああ、もう、) やり過ごせると思ってた。でも、そんなことを言われたら。 (ずるいよ……) リオンはサンのことだけを見ていると思っていた。けれど——違った。 こんな私なんかのことを。 友情と恋情の狭間で揺れ動くキャロル、リオン、サンの想い。 彼らが最後に選ぶ答えとは——? ⚠️好みが非常に分かれる作品となっております。

夫の隠し子を見付けたので、溺愛してみた。

辺野夏子
恋愛
セファイア王国王女アリエノールは八歳の時、王命を受けエメレット伯爵家に嫁いだ。それから十年、ずっと仮面夫婦のままだ。アリエノールは先天性の病のため、残りの寿命はあとわずか。日々を穏やかに過ごしているけれど、このままでは生きた証がないまま短い命を散らしてしまう。そんなある日、アリエノールの元に一人の子供が現れた。夫であるカシウスに生き写しな見た目の子供は「この家の子供になりにきた」と宣言する。これは夫の隠し子に間違いないと、アリエノールは継母としてその子を育てることにするのだが……堅物で不器用な夫と、余命わずかで卑屈になっていた妻がお互いの真実に気が付くまでの話。

婚約破棄されて辺境へ追放されました。でもステータスがほぼMAXだったので平気です!スローライフを楽しむぞっ♪

naturalsoft
恋愛
シオン・スカーレット公爵令嬢は転生者であった。夢だった剣と魔法の世界に転生し、剣の鍛錬と魔法の鍛錬と勉強をずっとしており、攻略者の好感度を上げなかったため、婚約破棄されました。 「あれ?ここって乙女ゲーの世界だったの?」 まっ、いいかっ! 持ち前の能天気さとポジティブ思考で、辺境へ追放されても元気に頑張って生きてます!

異世界から来た娘が、たまらなく可愛いのだが(同感)〜こっちにきてから何故かイケメンに囲まれています〜

恋愛
普通の女子高生、朱璃はいつのまにか異世界に迷い込んでいた。 右も左もわからない状態で偶然出会った青年にしがみついた結果、なんとかお世話になることになる。一宿一飯の恩義を返そうと懸命に生きているうちに、国の一大事に巻き込まれたり巻き込んだり。気付くと個性豊かなイケメンたちに大切に大切にされていた。 そんな乙女ゲームのようなお話。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

異世界で婚活したら、とんでもないのが釣れちゃった?!

家具付
恋愛
五年前に、異世界に落っこちてしまった少女スナゴ。受け入れてくれた村にすっかりなじんだ頃、近隣の村の若い人々が集まる婚活に誘われる。一度は行ってみるべきという勧めを受けて行ってみたそこで出会ったのは……? 多種多様な獣人が暮らす異世界でおくる、のんびりほのぼのな求婚ライフ!の、はずだったのに。

魔法が使えない令嬢は住んでいた小屋が燃えたので家出します

怠惰るウェイブ
ファンタジー
グレイの世界は狭く暗く何よりも灰色だった。 本来なら領主令嬢となるはずの彼女は領主邸で住むことを許されず、ボロ小屋で暮らしていた。 彼女はある日、棚から落ちてきた一冊の本によって人生が変わることになる。 世界が色づき始めた頃、ある事件をきっかけに少女は旅をすることにした。 喋ることのできないグレイは旅を通して自身の世界を色付けていく。

処理中です...