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水竜王ハムレット
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「そういえば、僕に話があるって聞いたけど?」
アイザックは、ハムレットに尋ねた。
「そうだね、話をしたいんだけど……君たちは冒険者だよね? せっかくだから、アイザックと一緒に話を聞いてもらおうかな」
ハムレットは、レイたちに柔らかく微笑みかけた。
「むっ! もしかして、レイのこと気に入っちゃった?」
アイザックは、ムスッと不機嫌な顔をしてハムレットを軽く睨みあげた。
「アイザックが気に入るのも分かるよ。素敵な水魔力の持ち主だね。綺麗に澄んでいて、量も申し分ない。混じり気も少ない」
ハムレットは曖昧に微笑んだ。じっとレイを見つめる。
(……もしかして、バレてる? 服装も変えたし、魔術薬も飲んだんだけど……)
レイは警戒と緊張で少し身を縮めながら、ハムレットの方を見上げた。
「僕が先に見つけたんだけど」
「そう突っかからないでくれよ、アイザック。久々の友人との再会なんだ、君と喧嘩する気はないよ。ただ、残念だなって思って……」
アイザックを宥めるように、ハムレットが柔らかく答えた。そして、憂うように眉を下げ、溜め息をつくように言葉を続けた。
「女の子なら、こんな理想的な子はいないのに……しかも、湧水の妖精のターニャの祝福がついてるよね? 男の子なのに、たまらなくかわいく見えてしまうよ……」
ハムレットは、目元を片手で押さえ、嘆くように首を左右に振った。
日常生活で目にするには、芝居がかったような少し大袈裟な仕草だが、ハムレットには上品な貴族的な雰囲気があり、特段違和感はなかった。
(……セーフ! まさかのセーフ!!)
レイは表情に出さないように気をつけながら、ほっと息を吐いた。内心では、ダラダラと滝のような冷や汗を流している。
ひとしきり上品に嘆いた後、ハムレットはスッと復活した。
「それじゃあ、場所を移動しようか?」
ハムレットに柔らかく訊かれ、レイたちはこくりと頷いた。
彼が嘆きに浸っている間に、古着の会計は済ませておいたため、準備は万端だ。
ハムレットがパチンッと指を鳴らすと、立派な屋敷の前に転移していた。
「ここは領主館の敷地内にある、離れの私の屋敷だよ。君たちが男性で良かったよ。ラングフォード伯爵から、女性の連れ込みをしばらく禁止されてるんだ」
ハムレットは屋敷に案内しながら、とんでもないことをさらりと口にした。
「今度は何をやらかしたの?」
アイザックが気軽に斬り込んでいく。
「やらかしたは失礼だよ。かわいい子がいたからちょっとお話ししてたら、婚約者がいたみたいで揉めてね……ラングフォード伯爵に、連れ込み禁止にされてしまったんだ」
ハムレットは特に何事もなかったかのように、あっさりと語った。
「ハムレットはなぁ……それが無ければなぁ……」
アイザックはじと目で、先頭を行くハムレットの後頭部を見つめた。
ハムレットに案内された応接室は、非常に品の良いものだった。
女性が好みそうな猫脚の繊細で華やかなテーブルや椅子が置いてあり、白や淡い色味を基調とした明るい壁紙やカーテンで彩られていた。
天井や壁に掛かっているランプは花を模した優美でかわいらしいもので、淡いオレンジ色の明かりがあたたかく灯っている。
一点、水竜湖のような深い瑠璃色のカーペットが、この部屋を引き締めていた。
全員が席に着くと、侍従の少年が人数分の紅茶を淹れて下がって行った。——どうやらこの屋敷は現在、完全に女人禁制らしい。
「アイザックは、ラングフォード領は久しぶりだと思うけど、どう?」
紅茶を品良く一口飲んだ後、ハムレットが尋ねた。
「相変わらず良いところだね。水魔力は豊富だし、食事はおいしいし……でも、ちょっと騒がしいかな?」
「そうなんだよね……アイザックは、氷竜の話は聞いてる?」
「一応ね。新聞は読んでるよ。氷竜湖の主の代替りが起こりそうなんでしょ?」
ハムレットとアイザックは紅茶を飲みつつ、朗らかに会話を進めた。
(……アイザックが新聞を? それに、この世界にも新聞が……?)
レイは変なところに食いついた。ただ、今は訊けないので、静かに二人の会話の続きに耳を傾けている。
「そう。その余波で、今、魔物の大移動が起きてるんだ。北部の魔物が南に降りて来てるんだけどね、どうやら北のレスタリア領と西のウォーグラフト領が、そちらで対処せずに、うちの領に魔物を流してるみたいなんだ……」
ハムレットは目を伏せ、声のトーンを落として言った。
「あちゃ~」
アイザックは片手で目元を覆った。
「それでアイザックにお願いがあるんだ。君、サラマンダーのお肉、好きでしょ? 今うちの領に大量に雪崩れ込んでるから、食べていいよ」
ハムレットは、色鮮やかな黄金眼を暗く輝かせて、不穏に笑った。
「いいの? 絶滅しちゃうかもよ?」
アイザックもロイヤルブルー色の瞳をキラリと煌めかせ、わくわくと確認した。
「もちろん手を出していいのは、他領からラングフォード領内に一歩でも足を踏み入れたサラマンダーだけだよ。君がいたユークラスト地方みたいに絶滅しちゃったら、生態系が崩れちゃうからね」
「了解っ! ……でもこれって、ハムレットが出て行けば、すぐに済むことじゃない?」
アイザックは意味深に笑って、ハムレットに訊き返した。
「私は忙しいんだよ。水竜王祭も迫ってるしね。女の子たちに踊りの指導をしなければいけないし、衣装合わせもあるだろう? それに、頑張っている彼女たちの心身のケアもしなければならないし……」
ハムレットは憂いを含んだ儚げな表情で、真摯に語らった。
貴族のように整った繊細な顔は非常に麗しいが、言っている内容はただの女好きのそれだった。
「それで、君たちにもお願いがあるんだ。アイザックのサポートをしてもらいたいんだ。さっきの話の通り、アイザックがサラマンダー担当になると思うんだ。他の魔物も他領から雪崩れ込んで来てるから、アイザックと一緒に出て、サラマンダー以外の魔物の対処をお願いしたい。サラマンダーほどの高ランク魔物が全滅すれば、他の魔物は恐れをなして元いた場所に逃げ帰ると思うから、それで依頼は完了かな」
ハムレットは、レイたちの方へ向き直って説明した。
「期限はどうしましょうか?」
ルーファスが、銀の不死鳥の代表として尋ねた。
「そうだね、水竜王祭が始まる前までには片付けて欲しいかな。とても楽しみにしてるから、木っ端な魔物なんかに邪魔されたくないんだよね」
ハムレットは笑顔を浮かべつつ、じっとりと重たい魔力圧を放った。
ルーファスはぴくりと少しだけ顔を顰め、魔力圧の効かないレイとレヴィは何も反応しなかった。
アイザックは、どこ吹く風といった感じで、ハムレットの魔力圧を軽く受け流していた。
「うん、合格だね。君たちならアイザックの足を引っ張らなそうだ」
ハムレットは満足そうに微笑んだ。
「ところで、レイからは他の竜の匂いがするね。ニールと、あともう一頭は誰かな?」
「えっ!?」
レイは、ハムレットの急な指摘に、思わずびっくりした声をあげた。
(……鼻がいいって聞いてはいたけど、ライデッカー様のことまで分かるの!?)
「……それは、きっとこれのことだと思います」
レイは空間収納から真っ黒な封筒を取り出した。ライデッカーが、レイとラングフォード魔術伯爵が会えるようにと、したためた紹介状だ。
「ふ~ん……見せて?」
ハムレットにお願いされ、レイは彼に紹介状を手渡した。
ハムレットは紹介状の封を開けてざっと確認すると、ぽいっと空間収納に投げ入れた。
「君が黒の塔へ入るための推薦状をね……なぜ私が男の子の推薦状を書かなければいけないのかな?」
ハムレットは笑顔を崩さないまま、心底分からないといった風に、あっさりと答えた。
(……元々、ラングフォード魔術伯爵にはお願いしないつもりだったし……)
予想外に断られてレイは面食らったが、すぐさま気を取り直して口を開いた。
「……あの、ラングフォード魔術伯爵のご厚意に甘えるものですし、無理にとは……」
「う~ん、でも、そうだね……君は魅力的な魔力をしてるし、推薦状を書いてあげてもいいかな。ただし、条件があるよ」
ハムレットは面白がるように、色鮮やかな黄金眼を煌めかせた。
「まずは、アイザックのサラマンダー討伐を手伝うこと。私の水竜王祭が邪魔されないようにね。もう一つは、水竜の水クリームの材料を集めてもらおうかな」
「『水竜の水クリーム』ですか?」
レイは、はじめて聞いたクリームに、小首を傾げた。
「水竜の水クリームは、女の子の必需品だよ。肌荒れを治して、きめ細やかで綺麗な肌にするんだ。水竜王祭のこの時期は、すぐに品切れになってしまうほど人気なんだよ」
「そうなんですね」
「水竜王祭で踊る女の子たちがね、品切れで手に入れられなかったんだ。それで、その材料を持って来てもらいたい。……そうだね、期限的には、サラマンダーの討伐よりもこちらの方が先かな」
「どんな材料を手に入れればよろしいのでしょうか?」
「今足りていない材料は二つ。北の淡藤湖の中に生えてる水藤草。それと、東の孔雀湖近くの森に生えてる絢壺草。できるだけ、たくさんね」
ハムレットは説明するように二本の指を立てて、ひらひらと手を振った。
「水中に生えている水草ですか……どうしよう……」
「それなら僕が手伝えるよ! 後で水中魔術を教えてあげるね!」
レイが顔を顰めて考え込むと、アイザックが勢い良く手をあげた。
「おや。アイザックは、本当に彼のことがお気に入りなんだね」
「ハムレットにだって渡さないからね!」
「そう警戒しないで。男の子は私の守備範囲外だよ」
アイザックの言葉に、ハムレットはやれやれと苦笑いを浮かべた。
「冒険者なら、ギルドの方に指名依頼を出せばいいのかな?」
ハムレットは、レイたちに尋ねた。
「そうですね。『銀の不死鳥』というパーティー宛てにお願いします」
ルーファスが、銀の不死鳥のリーダーとして答えた。
「一応、僕も入ってるからね」
アイザックも小さく手を振って、さりげなくアピールしている。
「アイザックも入っているのか。それにしても『銀の不死鳥』って、あのお方をイメージするね。まぁ、後で冒険者ギルドの方には連絡しておくよ」
ハムレットはそう言うと、紅茶の残りを飲み干した。どうやら話はここまでのようだ。
領主館の表門に向かいながら、ふとアイザックが尋ねた。
「そういえば、レスタリア領とウォーグラフト領はどうするの?」
「う~ん、そうだね……レスタリア領で降るはずだった雨をウォーグラフト領で降らそうか。レスタリア領は乾燥すれば、グリムフォレストで山火事が起こるだろうし、ウォーグラフト領は雨が降り続ければ、自慢の武器防具が錆びるだろうからね」
ハムレットはにっこりと微笑んで答えた。
(……とんでもない会話が聞こえてきた……)
レイはただただ目をぱちくりさせて、二人の会話を聞いていた。最高位に近い二体の魔物の言葉に、口を挟めるような雰囲気ではなかった。
「うん、それでいいんじゃないかな。報復としては妥当じゃない?」
(アイザック!? そんなの、軽く勧めていいものじゃないよ!!)
レイはぎょっとして、アイザックの方を勢い良く振り向いた。
何を勘違いしたのか、アイザックの方は、レイに視線を向けられて、上機嫌ににっこりと微笑んだ。
「それでは、良い報せを期待しているよ」
ハムレットは表門のところまでレイたちを見送ると、にこやかに別れの挨拶をした。
アイザックは、ハムレットに尋ねた。
「そうだね、話をしたいんだけど……君たちは冒険者だよね? せっかくだから、アイザックと一緒に話を聞いてもらおうかな」
ハムレットは、レイたちに柔らかく微笑みかけた。
「むっ! もしかして、レイのこと気に入っちゃった?」
アイザックは、ムスッと不機嫌な顔をしてハムレットを軽く睨みあげた。
「アイザックが気に入るのも分かるよ。素敵な水魔力の持ち主だね。綺麗に澄んでいて、量も申し分ない。混じり気も少ない」
ハムレットは曖昧に微笑んだ。じっとレイを見つめる。
(……もしかして、バレてる? 服装も変えたし、魔術薬も飲んだんだけど……)
レイは警戒と緊張で少し身を縮めながら、ハムレットの方を見上げた。
「僕が先に見つけたんだけど」
「そう突っかからないでくれよ、アイザック。久々の友人との再会なんだ、君と喧嘩する気はないよ。ただ、残念だなって思って……」
アイザックを宥めるように、ハムレットが柔らかく答えた。そして、憂うように眉を下げ、溜め息をつくように言葉を続けた。
「女の子なら、こんな理想的な子はいないのに……しかも、湧水の妖精のターニャの祝福がついてるよね? 男の子なのに、たまらなくかわいく見えてしまうよ……」
ハムレットは、目元を片手で押さえ、嘆くように首を左右に振った。
日常生活で目にするには、芝居がかったような少し大袈裟な仕草だが、ハムレットには上品な貴族的な雰囲気があり、特段違和感はなかった。
(……セーフ! まさかのセーフ!!)
レイは表情に出さないように気をつけながら、ほっと息を吐いた。内心では、ダラダラと滝のような冷や汗を流している。
ひとしきり上品に嘆いた後、ハムレットはスッと復活した。
「それじゃあ、場所を移動しようか?」
ハムレットに柔らかく訊かれ、レイたちはこくりと頷いた。
彼が嘆きに浸っている間に、古着の会計は済ませておいたため、準備は万端だ。
ハムレットがパチンッと指を鳴らすと、立派な屋敷の前に転移していた。
「ここは領主館の敷地内にある、離れの私の屋敷だよ。君たちが男性で良かったよ。ラングフォード伯爵から、女性の連れ込みをしばらく禁止されてるんだ」
ハムレットは屋敷に案内しながら、とんでもないことをさらりと口にした。
「今度は何をやらかしたの?」
アイザックが気軽に斬り込んでいく。
「やらかしたは失礼だよ。かわいい子がいたからちょっとお話ししてたら、婚約者がいたみたいで揉めてね……ラングフォード伯爵に、連れ込み禁止にされてしまったんだ」
ハムレットは特に何事もなかったかのように、あっさりと語った。
「ハムレットはなぁ……それが無ければなぁ……」
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ハムレットに案内された応接室は、非常に品の良いものだった。
女性が好みそうな猫脚の繊細で華やかなテーブルや椅子が置いてあり、白や淡い色味を基調とした明るい壁紙やカーテンで彩られていた。
天井や壁に掛かっているランプは花を模した優美でかわいらしいもので、淡いオレンジ色の明かりがあたたかく灯っている。
一点、水竜湖のような深い瑠璃色のカーペットが、この部屋を引き締めていた。
全員が席に着くと、侍従の少年が人数分の紅茶を淹れて下がって行った。——どうやらこの屋敷は現在、完全に女人禁制らしい。
「アイザックは、ラングフォード領は久しぶりだと思うけど、どう?」
紅茶を品良く一口飲んだ後、ハムレットが尋ねた。
「相変わらず良いところだね。水魔力は豊富だし、食事はおいしいし……でも、ちょっと騒がしいかな?」
「そうなんだよね……アイザックは、氷竜の話は聞いてる?」
「一応ね。新聞は読んでるよ。氷竜湖の主の代替りが起こりそうなんでしょ?」
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(……アイザックが新聞を? それに、この世界にも新聞が……?)
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ハムレットは目を伏せ、声のトーンを落として言った。
「あちゃ~」
アイザックは片手で目元を覆った。
「それでアイザックにお願いがあるんだ。君、サラマンダーのお肉、好きでしょ? 今うちの領に大量に雪崩れ込んでるから、食べていいよ」
ハムレットは、色鮮やかな黄金眼を暗く輝かせて、不穏に笑った。
「いいの? 絶滅しちゃうかもよ?」
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「もちろん手を出していいのは、他領からラングフォード領内に一歩でも足を踏み入れたサラマンダーだけだよ。君がいたユークラスト地方みたいに絶滅しちゃったら、生態系が崩れちゃうからね」
「了解っ! ……でもこれって、ハムレットが出て行けば、すぐに済むことじゃない?」
アイザックは意味深に笑って、ハムレットに訊き返した。
「私は忙しいんだよ。水竜王祭も迫ってるしね。女の子たちに踊りの指導をしなければいけないし、衣装合わせもあるだろう? それに、頑張っている彼女たちの心身のケアもしなければならないし……」
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貴族のように整った繊細な顔は非常に麗しいが、言っている内容はただの女好きのそれだった。
「それで、君たちにもお願いがあるんだ。アイザックのサポートをしてもらいたいんだ。さっきの話の通り、アイザックがサラマンダー担当になると思うんだ。他の魔物も他領から雪崩れ込んで来てるから、アイザックと一緒に出て、サラマンダー以外の魔物の対処をお願いしたい。サラマンダーほどの高ランク魔物が全滅すれば、他の魔物は恐れをなして元いた場所に逃げ帰ると思うから、それで依頼は完了かな」
ハムレットは、レイたちの方へ向き直って説明した。
「期限はどうしましょうか?」
ルーファスが、銀の不死鳥の代表として尋ねた。
「そうだね、水竜王祭が始まる前までには片付けて欲しいかな。とても楽しみにしてるから、木っ端な魔物なんかに邪魔されたくないんだよね」
ハムレットは笑顔を浮かべつつ、じっとりと重たい魔力圧を放った。
ルーファスはぴくりと少しだけ顔を顰め、魔力圧の効かないレイとレヴィは何も反応しなかった。
アイザックは、どこ吹く風といった感じで、ハムレットの魔力圧を軽く受け流していた。
「うん、合格だね。君たちならアイザックの足を引っ張らなそうだ」
ハムレットは満足そうに微笑んだ。
「ところで、レイからは他の竜の匂いがするね。ニールと、あともう一頭は誰かな?」
「えっ!?」
レイは、ハムレットの急な指摘に、思わずびっくりした声をあげた。
(……鼻がいいって聞いてはいたけど、ライデッカー様のことまで分かるの!?)
「……それは、きっとこれのことだと思います」
レイは空間収納から真っ黒な封筒を取り出した。ライデッカーが、レイとラングフォード魔術伯爵が会えるようにと、したためた紹介状だ。
「ふ~ん……見せて?」
ハムレットにお願いされ、レイは彼に紹介状を手渡した。
ハムレットは紹介状の封を開けてざっと確認すると、ぽいっと空間収納に投げ入れた。
「君が黒の塔へ入るための推薦状をね……なぜ私が男の子の推薦状を書かなければいけないのかな?」
ハムレットは笑顔を崩さないまま、心底分からないといった風に、あっさりと答えた。
(……元々、ラングフォード魔術伯爵にはお願いしないつもりだったし……)
予想外に断られてレイは面食らったが、すぐさま気を取り直して口を開いた。
「……あの、ラングフォード魔術伯爵のご厚意に甘えるものですし、無理にとは……」
「う~ん、でも、そうだね……君は魅力的な魔力をしてるし、推薦状を書いてあげてもいいかな。ただし、条件があるよ」
ハムレットは面白がるように、色鮮やかな黄金眼を煌めかせた。
「まずは、アイザックのサラマンダー討伐を手伝うこと。私の水竜王祭が邪魔されないようにね。もう一つは、水竜の水クリームの材料を集めてもらおうかな」
「『水竜の水クリーム』ですか?」
レイは、はじめて聞いたクリームに、小首を傾げた。
「水竜の水クリームは、女の子の必需品だよ。肌荒れを治して、きめ細やかで綺麗な肌にするんだ。水竜王祭のこの時期は、すぐに品切れになってしまうほど人気なんだよ」
「そうなんですね」
「水竜王祭で踊る女の子たちがね、品切れで手に入れられなかったんだ。それで、その材料を持って来てもらいたい。……そうだね、期限的には、サラマンダーの討伐よりもこちらの方が先かな」
「どんな材料を手に入れればよろしいのでしょうか?」
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アイザックの言葉に、ハムレットはやれやれと苦笑いを浮かべた。
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ハムレットは、レイたちに尋ねた。
「そうですね。『銀の不死鳥』というパーティー宛てにお願いします」
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ハムレットはそう言うと、紅茶の残りを飲み干した。どうやら話はここまでのようだ。
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「そういえば、レスタリア領とウォーグラフト領はどうするの?」
「う~ん、そうだね……レスタリア領で降るはずだった雨をウォーグラフト領で降らそうか。レスタリア領は乾燥すれば、グリムフォレストで山火事が起こるだろうし、ウォーグラフト領は雨が降り続ければ、自慢の武器防具が錆びるだろうからね」
ハムレットはにっこりと微笑んで答えた。
(……とんでもない会話が聞こえてきた……)
レイはただただ目をぱちくりさせて、二人の会話を聞いていた。最高位に近い二体の魔物の言葉に、口を挟めるような雰囲気ではなかった。
「うん、それでいいんじゃないかな。報復としては妥当じゃない?」
(アイザック!? そんなの、軽く勧めていいものじゃないよ!!)
レイはぎょっとして、アイザックの方を勢い良く振り向いた。
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