鈴蘭の魔女の代替り

拝詩ルルー

文字の大きさ
上 下
242 / 347

湖水料理レストラン

しおりを挟む
 湖水料理は、水竜湖で獲れる魚やこの地方で育てられた野菜や果物、お肉をメインに使用した料理だ。

 湖水料理レストラン「リュウスイ」は、二百年近く続くアクアブリッジの老舗料理店で、人間のみならず魔物に至るまでファンが多い。

 窓際にあるアイザックの席は奥まっていて、隣の席ともしっかり距離が離れていた。窓からは、アクアブリッジの美しい街並みを堪能できて、四人まで広々と座れる一等良いテーブル席だ。

 レイたちが席に着くと、ウェイターたちが素早く丁寧にテーブルセッティングをしていった。

「ここは、このレストランで一番良い特別席なんだ。高位の水魔物は優先してここに通されるんだよ」

 アイザックがいたずらっぽく、こっそり隣に座るレイに耳打ちした。

「水竜のお客さんが多いからでしょうか?」
「それもあるし、水竜が高位の魔物を呼ぶこともあるからね。僕みたいにね」

 アイザックは、パチリと小さくウィンクをした。

 レイたちが注文してしばらくすると、水竜湖にだけ生息する瑠璃マスのムニエル、西岸の湿地帯で飼育されている魔水牛のモッツァレラチーズを使ったカプレーゼやピザ、魔鴨のステーキ、水竜湖近郊で育てられている青玉スイカのフルーツポンチなど、色とりどりのメニューがテーブルの上に並べられていった。

「おいしい! さっぱりしているのに、味わい深くて、いくらでも食べられそうです!」

 レイは瑠璃マスのムニエルを頬張って、にっこりと笑った。

「うん。しかも、どの料理も水魔力が豊富だね」

 ルーファスは感心して、魔水牛のモッツァレラチーズがたっぷり載ったピザを食べている。

「湖水料理は初めて食べましたが、とても上品な味がしますね」

 普段あまり表情が変わらないレヴィも、ほくほくと嬉しそうに頬を緩めている。


 一通り食事が終わると、アイザックが自分たちの席にだけ防音結界を敷いて、徐に口を開いた。

「それにしても、どうしちゃったの、レイ? いつも以上にかわいく見えるんだけど? 何か変な魔術にかかってない?」
「うっ……やっぱり、分かりますか……?」

 レイは、アイザックの指摘に、どきりと胸が跳ねた。

「それぐらい分かるよ! ただでさえかわいいのに、これ以上魅力的になっちゃってどうするの!? 僕の心臓を止める気?」
「こ、これは不可抗力で……たまたま湧水の妖精さんから祝福をもらっちゃったんです!」

 隣の席のアイザックに詰め寄られ、レイはあわあわと慌てて説明をした。

「……まずいね。これじゃあ、すぐに彼に見つかっちゃうよ……」

 アイザックが珍しく渋い表情をした。

「『彼』ですか?」

 レイはきょとんと小首を傾げた。

「僕の友人だよ。無類の女好きなんだ。レイみたいなかわいい子はすぐに見つかっちゃうから、ちゃんと隠しておかないと危ないよ」
「えっと……水竜湖や水竜王祭には近づかないようにしてるんですが、それでも危ないですか?」

(もうちょっとだけ、観光したいんだけどな……)

 レイは窺うように、アイザックに尋ねた。

「危険だね! 彼のことだから、かわいい子はどこにいても見つけ出すし、レイみたいに水属性にめちゃくちゃ適性があっておいしい魔力を持ってる子は、すぐ大好きになるに決まってる! ただでさえ女の子に目がないんだよ? レイがそのままなんて、とっても危険だよ!」

 アイザックは、レイの小さな両肩に手を置いて、力説した。

 なぜか対面の席に座っているルーファスも、うんうんと強く頷いている。

「そうだ! 食べ終わったら、ちょっと古着屋に行こうか? せめて見た目だけでも男の子の振りして、友人の目を誤魔化さないと!」

「……アイザックのご友人なんですよね? そんな騙し討ちみたいなことして、大丈夫なんですか?」

「いいの、いいの! 僕だってレイのことが大好きなんだ。彼にそうやすやすと渡したりしないよ!」

 アイザックは、自信満々に胸を張って言い切った。

「……ルーファス、レヴィ、この後いいですか?」

 レイは、ルーファスとレヴィの方を不安げに振り向いて尋ねた。

「僕は構わないよ。それに、少しでもレイを守るためになるなら、そうした方がいい」

 ルーファスはあっさり同意した。

 一方で、レヴィの方は別のことが気になったようだ。

「いいですよ。レイは、流行性の恋の時みたいに、また男装するんですよね? そういえば、私は女性の格好はしたことがなか……」
「そんなの誰も求めてないからね! 何の得にもならないから!!」

 アイザックが食い気味に、レヴィの発言を遮った。


***


 レイたちはレストランを出た後、アイザックに連れられて、東岸地区にある古着屋に入った。

 アイザックは、レイのサイズに合いそうな服を見つけると、次々にクンクンと匂いを嗅いでいった。

「これの元の持ち主は男の子みたいだね。これ着るといいよ。あっ! あと、これも!」
「こ、こんなにいっぱいですか!?」

 レイは、アイザックから次から次へとポイポイと古着を渡され、慌てて両腕に抱え込んだ。

「とにかく、それに着替えて!」

 レイはアイザックに試着室に押し込められると、渋々、今まで着ていた服から全て着替えた。
 男物の古着のためか、少しだけ埃っぽい臭いがして、くすんと小さく鼻を鳴らす。

「アイザック、着替えましたよ?」

 レイは試着室から、少し躊躇いがちに顔を覗かせた。

 一気に試着室のカーテンが引かれ、すっかり男の子の姿になったレイが現れた。

 レイは元々、中性的なシュッとした顔立ちをしている。服装に合わせて髪型もシンプルに一本にまとめれば、キリリと引き締まった雰囲気になるのだ。
 少しくたびれたシャツに、少年もののベストとパンツ姿になると、庶民の男の子にしか見えなかった。

「うん。似合ってるね。はい、これも飲んで!」
「これは?」

 アイザックは緑色の液体が入った小瓶を手渡した。
 レイも思わず受け取る。

「体臭を消す魔術薬だよ。効果は八時間だから、ここにいる間は毎日飲んでね。友人みたいに、性別に執着するような魔物を討伐する時に飲むんだ」

「ゔっ! ゴホッ……そこまでする必要があるんですか!?」

 レイは、アイザックのあんまりな説明に、魔術薬が変なところに入りかけて咽せた。

(本当に友人なんだよね!?)

「竜は鼻がいいし、彼は女の子を匂いで嗅ぎ分けるから!」

 アイザックは堂々と言い放った。

(匂いで男性か女性か嗅ぎ分けるって……こわっ!!)

 レイは戦々恐々として、飲み終わった薬瓶を見つめた。

「……そういえば、アイザックのご友人って、やっぱり……?」

 レイはこわごわと、どうしても確認しなければいけないことを尋ねた。

「うん、水竜王だよ。今はラングフォード魔術伯爵っていう、人間としての立場もあるかな」
「「えっ!?」」

 ルーファスとレイの驚く声が重なった。

(水竜王様自身が、ラングフォード魔術伯爵!? 水竜王様の代理人が務めてるんじゃないの!?)

 レイが目を白黒させていると、柔らかなトーンの男性の声で、声がかけられた。

「アイザック、こんなところにいた。リュウスイで待ち合わせじゃなかったの?」
「ハムレット! 用事ができてね。早めに店を出たんだ」

 アイザックがにこにこと笑って、気安く返事をした。

「おや? そちらの方々は……」

 魔物の王の証である色鮮やかな黄金眼が、レイたちを検分するように見つめた。
 水竜湖のような艶々とした瑠璃色の長い髪を、緩やかに三つ編みにし、優しげで繊細に整った顔立ちで、スラリと背が高い——まさに貴族のような男性だ。

はレイ、その隣がルーファスとレヴィだよ」
「ふぅん。光竜の君のことは、ニールから聞いてるよ。他の二人は……?」

 アイザックが簡単に紹介すると、ハムレットは鷹揚に頷いた。

(……このひとが、水竜王様……)

 レイは緊張して身を固め、ハムレットを見上げたまま、ごくりと喉を鳴らした。

「ルーファスと同じ冒険者パーティーの者です」

 ハムレットの質問には、レヴィが代わりに淡々と答えた。

「そう。ようこそ。ラングフォードへ」

 ハムレットは、社交的な微笑みを浮かべた。


しおりを挟む
◆関連作品

『砂漠の詩』
『雨の回廊』編の過去編スピンオフです。

『冒険者を辞めたら天職でした 〜パーティーを追放された凄腕治癒師は、大聖者と崇められる〜』
『冒険者パーティーを追放された凄腕治癒師を拾いました』編のスピンオフです。

『ジャスティンと魔法少女のステッキ』
『魔法少女』編のスピンオフです。

あなたにおすすめの小説

【完結】番である私の旦那様

桜もふ
恋愛
異世界であるミーストの世界最強なのが黒竜族! 黒竜族の第一皇子、オパール・ブラック・オニキス(愛称:オール)の番をミースト神が異世界転移させた、それが『私』だ。 バールナ公爵の元へ養女として出向く事になるのだが、1人娘であった義妹が最後まで『自分』が黒竜族の番だと思い込み、魅了の力を使って男性を味方に付け、なにかと嫌味や嫌がらせをして来る。 オールは政務が忙しい身ではあるが、溺愛している私の送り迎えだけは必須事項みたい。 気が抜けるほど甘々なのに、義妹に邪魔されっぱなし。 でも神様からは特別なチートを貰い、世界最強の黒竜族の番に相応しい子になろうと頑張るのだが、なぜかディロ-ルの侯爵子息に学園主催の舞踏会で「お前との婚約を破棄する!」なんて訳の分からない事を言われるし、義妹は最後の最後まで頭お花畑状態で、オールを手に入れようと男の元を転々としながら、絡んで来ます!(鬱陶しいくらい来ます!) 大好きな乙女ゲームや異世界の漫画に出てくる「私がヒロインよ!」な頭の変な……じゃなかった、変わった義妹もいるし、何と言っても、この世界の料理はマズイ、不味すぎるのです! 神様から貰った、特別なスキルを使って異世界の皆と地球へ行き来したり、地球での家族と異世界へ行き来しながら、日本で得た知識や得意な家事(食事)などを、この世界でオールと一緒に自由にのんびりと生きて行こうと思います。 前半は転移する前の私生活から始まります。

私の入る余地なんてないことはわかってる。だけど……。

さくしゃ
恋愛
キャロルは知っていた。 許嫁であるリオンと、親友のサンが互いを想い合っていることを。 幼い頃からずっと想ってきたリオン、失いたくない大切な親友であるサン。キャロルは苦悩の末に、リオンへの想いを封じ、身を引くと決めていた——はずだった。 (ああ、もう、) やり過ごせると思ってた。でも、そんなことを言われたら。 (ずるいよ……) リオンはサンのことだけを見ていると思っていた。けれど——違った。 こんな私なんかのことを。 友情と恋情の狭間で揺れ動くキャロル、リオン、サンの想い。 彼らが最後に選ぶ答えとは——? ⚠️好みが非常に分かれる作品となっております。

夫の隠し子を見付けたので、溺愛してみた。

辺野夏子
恋愛
セファイア王国王女アリエノールは八歳の時、王命を受けエメレット伯爵家に嫁いだ。それから十年、ずっと仮面夫婦のままだ。アリエノールは先天性の病のため、残りの寿命はあとわずか。日々を穏やかに過ごしているけれど、このままでは生きた証がないまま短い命を散らしてしまう。そんなある日、アリエノールの元に一人の子供が現れた。夫であるカシウスに生き写しな見た目の子供は「この家の子供になりにきた」と宣言する。これは夫の隠し子に間違いないと、アリエノールは継母としてその子を育てることにするのだが……堅物で不器用な夫と、余命わずかで卑屈になっていた妻がお互いの真実に気が付くまでの話。

婚約破棄されて辺境へ追放されました。でもステータスがほぼMAXだったので平気です!スローライフを楽しむぞっ♪

naturalsoft
恋愛
シオン・スカーレット公爵令嬢は転生者であった。夢だった剣と魔法の世界に転生し、剣の鍛錬と魔法の鍛錬と勉強をずっとしており、攻略者の好感度を上げなかったため、婚約破棄されました。 「あれ?ここって乙女ゲーの世界だったの?」 まっ、いいかっ! 持ち前の能天気さとポジティブ思考で、辺境へ追放されても元気に頑張って生きてます!

異世界から来た娘が、たまらなく可愛いのだが(同感)〜こっちにきてから何故かイケメンに囲まれています〜

恋愛
普通の女子高生、朱璃はいつのまにか異世界に迷い込んでいた。 右も左もわからない状態で偶然出会った青年にしがみついた結果、なんとかお世話になることになる。一宿一飯の恩義を返そうと懸命に生きているうちに、国の一大事に巻き込まれたり巻き込んだり。気付くと個性豊かなイケメンたちに大切に大切にされていた。 そんな乙女ゲームのようなお話。

異世界で婚活したら、とんでもないのが釣れちゃった?!

家具付
恋愛
五年前に、異世界に落っこちてしまった少女スナゴ。受け入れてくれた村にすっかりなじんだ頃、近隣の村の若い人々が集まる婚活に誘われる。一度は行ってみるべきという勧めを受けて行ってみたそこで出会ったのは……? 多種多様な獣人が暮らす異世界でおくる、のんびりほのぼのな求婚ライフ!の、はずだったのに。

魔法が使えない令嬢は住んでいた小屋が燃えたので家出します

怠惰るウェイブ
ファンタジー
グレイの世界は狭く暗く何よりも灰色だった。 本来なら領主令嬢となるはずの彼女は領主邸で住むことを許されず、ボロ小屋で暮らしていた。 彼女はある日、棚から落ちてきた一冊の本によって人生が変わることになる。 世界が色づき始めた頃、ある事件をきっかけに少女は旅をすることにした。 喋ることのできないグレイは旅を通して自身の世界を色付けていく。

料理スキルで完璧な料理が作れるようになったから、異世界を満喫します

黒木 楓
恋愛
 隣の部屋の住人というだけで、女子高生2人が行った異世界転移の儀式に私、アカネは巻き込まれてしまう。  どうやら儀式は成功したみたいで、女子高生2人は聖女や賢者といったスキルを手に入れたらしい。  巻き込まれた私のスキルは「料理」スキルだけど、それは手順を省略して完璧な料理が作れる凄いスキルだった。  転生者で1人だけ立場が悪かった私は、こき使われることを恐れてスキルの力を隠しながら過ごしていた。  そうしていたら「お前は不要だ」と言われて城から追い出されたけど――こうなったらもう、異世界を満喫するしかないでしょう。

処理中です...