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アクアブリッジ観光
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今日は、領都アクアブリッジを観光する日だ。
水竜湖北岸にあるお店や観光名所を巡って、この地方特有の湖水料理を出しているレストランで食事をする予定だ。
レイは爽やかな水色のストライプのワンピースを着て、かわいらしい白い帽子を被っている。
艶やかなストレートの黒髪は、低めの位置で一つにまとめて、黄色のリボンごと緩やかに編み込みにしている。足元も歩きやすいサンダルで、涼やかでかわいらしいスタイルだ。
ルーファスは淡い金髪を一つにまとめ、藍色のリボンで留めている。
半袖のシャツに、細身のパンツを合わせていて、スラッとしていてかっこいい。大きめのサングラスをかけていて、細工の入った細身の金のバングルを腕にしている。
街ですれ違う女の子たちが思わず振り返るほど、本日の白皙の美貌も冴えている。
レヴィも街歩きスタイルだ。
Tシャツにゆったりとした動きやすいパンツ、サンダルといったかなりラフな軽装だ。
今日は観光する気満々なようで、ブラウンの瞳はわくわくと輝いている。
「まずはどこに行きましょうか?」
レイは嬉しそうにぴょんっと跳ねて、ルーファスの手に掴まった。
「アクアガーデンに行こうか。一度行ってみたかったんだ」
ルーファスがにっこりと微笑んだ。
アクアガーデンは、水竜湖の北岸地区にあるとても美しい公園だ。
中央に大きくて立派な白い大理石の噴水が置かれ、それを中心に左右対称に花壇やベンチ、彫像やガゼボが置かれた均整の取れた公園だ。
公園内にはそこかしこに透明な湧水が湧いていて、底の浅い水路が縦横無尽にめぐり、涼しい微風が吹いている。
地面には青や水色を基調としたタイルが敷き詰められ、花壇に植えられている花や公園内の樹木は、青や水色の花を付けるものだけに統一されていて、見た目にも清涼感がある。
「わぁ……すごく綺麗な公園ですね」
水路を跨ぐように架けられたアーチ型の橋の上から、レイは公園を見渡した。
青と水色のアクアガーデンは、見ているだけで心が洗われるようだ。
「噂には聞いていたけど、すごい所だね。潤沢な水魔力に、少しだけ聖属性の魔力も入っているかな?」
ルーファスも満足そうに目を細めて、公園内を見渡している。
「あ、だからなんだか心地いいんですね!」
「レイは特にそう感じるだろうね。澄んだ水魔力に、フェリクス様との契約で聖属性の魔力も強化されてるから」
レイがルーファスを見上げると、彼も優しく彼女を見下ろした。
「カップルも多いですね」
レヴィは、ベンチや花壇の端や芝生の上に座る恋人たちを眺めて言った。
「この公園は、当代の水竜王様がデートスポットが欲しいって言って作らせたって噂だからね」
ルーファスは苦笑いを浮かべた。
(デートスポットのため……そんなことで、こんなに立派な公園を作らせたんだ……)
レイは、噂以上に女好きな水竜王の行動力に、目を瞬かせた。
しばらくアクアガーデン内を回っていると、とある湧水の前に看板が置いてあった。
「妖精の水水サイダー? すっごく気になります!」
レイはくいっと、ルーファスと繋いだ手を引っ張った。
「いらっしゃい」
看板を眺めていると、湧水の中から妖精がちゃぷんと現れた。
手のひらに乗るぐらいの小さな妖精の女の子で、長い水色の髪は水のようにゆらゆらと揺らめき、蝶のような羽も、翅脈が水面の白波のように波立っている。
「わぁ! かわいい!!」
レイは瞳をキラリと輝かせて、黄色い声をあげた。
「あら、ありがとう。かわいい水の子。水水サイダーかしら?」
「はいっ! ルーファスとレヴィはどうします?」
レイは、後ろにいるルーファスたちの方を振り向いた。
「うん、僕ももらおうかな」
「私もお願いします」
ルーファスとレヴィも相槌を打った。
「水水サイダーを三つね。一つ、三百オーロよ」
「はい」
ルーファスが空間収納から財布を取り出すと、まとめて三人分の代金を支払った。
妖精は、代金を確かに受け取ると、湧水の水面を撫でるように手を動かした。
スルスルと三つのグラスが浮き上がってくる。
「はい、水水サイダーね……水の子には特別よ。運が良いわね」
妖精の女の子はグラスを三人に手渡すと、パッと水に変わって、パシャンッと湧水の上に溢れて水に紛れていった。
「えっ……?」
レイはグラスを両手に持ったまま、目を丸くしていた。
いつの間にか、湧水の前に置かれていたはずの看板も消えていた。
三人が呆気にとられていると、後ろから誰かの驚くような声が聞こえてきた。
「あぁっ! もう売り切れてる!!」
「嘘でしょ!? あの子、ラッキーチェリーが入ってるわ!」
レイたちが後ろを振り向くと、女性が二人、ショックを受けていた。
「あなたたち運が良いわね。ここは幸運の湧水よ。運の良い人だけがそのサイダーを買えるのよ」
栗色の髪の女性が、羨ましそうにレイたちを見つめた。
「しかも、そのラッキーチェリーは、湧水の妖精が気に入った子にしか渡さない祝福なのよ!」
金髪の女性が、レイのグラスに入っている青色のさくらんぼを指差した。
「えっ!? そうなんですか!?」
(やった! でも、どんな祝福なんだろう?)
「ちなみに効果は……?」
レイがわくわくと逸る気持ちを抑えて尋ねると、
「「モテる!!!」」
女性二人組は、声を揃えて答えた。
「湧水の妖精の祝福だから、特に水魔力の強い方からモテるのよね」
「そんな祝福、アクアブリッジでもらったら、モテてモテて仕方ないわよ!」
女性二人組が姦しくおしゃべりしている一方で、レイは静かに固まっていた。
(……これ以上、水属性の魔物からモテてどうするの……?)
レイがぎこちなくルーファスの方を振り向くと、彼は珍しく盛大に顔を顰めていた。
「……あの、もし良かったら、ラッキーチェリーいります……?」
「残念だけど、湧水の妖精から直接受け取った人じゃないと、効果がないのよ……」
「気持ちだけいただくわね」
レイがおそるおそるグラスを二人の女性の方に向けると、彼女たちは非常に残念そうに断った。
「すごく爽やかで美味しいですね!」
「しゅわしゅわして面白いですね」
「質の良い魔力が入ってるね。水魔物が特に喜びそうだ」
レイたちは気を取り直して、近くの木陰のベンチに座って、妖精の水水サイダーを飲んだ。
透明な氷のようなグラスの底から立ち上がる泡に紛れて、青や水色の水属性の魔力の光もプクプクと湧き上がっている。
ほのかな甘みがあって、好みに合わせてグラスの縁に飾られたライムを絞って楽しむようだ。
「……このラッキーチェリー、どうしましょう……?」
レイは、グラスの底に沈んだ青いさくらんぼをじっと見つめた。
「たぶんレイが指名された時点で祝福はかかってるから、食べても食べなくても同じだと思うよ……」
ルーファスは遠い目をして、答えた。
その背中には、気苦労からくる哀愁が漂っている。
(……どうせ一緒なら……)
レイは、ぱくりと一口にラッキーチェリーを食べた。
「ほぉぉっ! おいしいっ!!」
ラッキーチェリーは、ほっぺたがとろけるほどに甘くて瑞々しかった。
憂鬱な気分も吹っ飛ぶほど、レイは幸せそうに目尻を下げた。
「……レイ、ずるいです……」
レヴィは物欲しそうに、レイを見つめていた。
***
「わぁ~、すごいですね!」
「さすが、アクアブリッジ一の百貨店だね」
「私が以前来た時は、あのシャンデリアはありませんでしたよ」
レイたちが次に訪れたのは、水竜湖北岸にある総合百貨店スイレンだ。
スイレンは、こちらの世界では比較的珍しい荘厳な六階建ての建物で、入り口のホールは吹き抜けになっている。
一歩足を踏み入れると、室内では冷風が効いていて、ホールの天井には巨大な瑠璃色のシャンデリアが輝いていた。
白い大理石の壁に、青いふかふかのカーペット、内装にはところどころに淡い金色の繊細な飾りが施されていて、とても豪華だ。
レイがふと壁に据え付けられた銅板を見ると、そこにはシャンデリアの由来が流麗な文字で彫られていた。
「……『水竜王様が、百年分の酒代のツケを払うために提供した水竜王様の魔石で作られたシャンデリア』……なんか、すごいことが書かれてますね……」
レイは、呆れるように読み上げた。
「おそらく先代の水竜王様のことだね。先代様は、かなりの放蕩者だって聞いたことがあるよ」
ルーファスが苦笑して答えた。
(……歴代水竜王様のクセが強すぎる……)
レイは無言でシャンデリアを見上げた。
無数の、水竜湖のような深い瑠璃色の魔石が天井で煌めき、まるで水の中にでもいるかと錯覚するような淡い青色の光を、ホール全体に柔らかく落としている。
「レイ、お店の方を見に行こうか?」
「はいっ! 行きましょう!」
シャンデリアに見惚れていたレイは、ルーファスの声で現実に戻ってきた。
嬉しそうにルーファスと手を繋ぐと、正面の大階段を登って行く。
「……わぁ、女の子の衣装ばかり……?」
広い催事コーナーには、色とりどりのふわふわでヒラヒラで、ちょっぴり透けている女性用の綺麗なドレスがたくさん飾られていた。
「いらっしゃいませ! まぁ、かわいいお嬢さんですね! 水竜王祭のドレスはお決まりですか?」
すかさず店員のお姉さんが、レイたちに近づいて来た。
「水竜王祭のドレス……?」
レイは小首を傾げた。
「ええ。水竜王祭は、女の子が綺麗に着飾って楽しむ日ですよ。そうやって、水竜王様や好きな人の心を射止めるんです」
(水竜王祭って、恋のお祭りなのかな?)
レイは女の子用のドレスや髪飾り、アクセサリーを見回した。
レイが水竜王祭の衣装に興味を持ったと思われたのか、店員のお姉さんはさらに説明を続けた。
「それに、かわいくして水竜王様に見初められると、祝福をもらえるんですよ!」
「水竜王様の祝福ってどんなものなんですか?」
「親戚の子に祝福をもらった子がいるんですが、一度だけ水害から守ってもらえるみたいですよ」
「へぇ~、そうなんですね」
にこにこと説明する店員のお姉さんに、レイは適当に相槌を打った。
「レイ、それ以上モテたら僕が困るよ?」
ルーファスが少し憂いのあるキラキラしい微笑みを浮かべた。
王子様のように麗しい彼の笑顔を見た店員のお姉さんから「きゃーっ!」という黄色い声が漏れる。
(……ですよね……)
レイは内心、遠い目をした。
ただでさえ湧水の妖精の祝福のせいで、水属性の魔物を惹きつけるバフがかかっているのだ。
これ以上は、お守り役のルーファスの苦労が増える一方だ。
レイたちは「次の予定があるから」と、そそくさとその場を後にした。
***
レイたちは、百貨店スイレンと同じ通りにあるレストランに向かった。
「ここはゼノさんにおすすめされた湖水料理のお店なんだ」
「『リュウスイ』っていうお店ですか?」
「湖水料理は初めてですね。楽しみです」
ルーファスがレストランの扉を開け、レイとレヴィが和気藹々と後に続く。
人気のレストランのようで、すでに満席になっていて、待合席も一杯だった。
「人気のお店みたいですね」
レイたちが入り口付近で店員の案内を待っていると、急に声をかけられた。
「レイ!? まさか、こんなところで会えるなんて!」
「アイザック!?」
声がした方を振り向くと、ロイヤルブルー色の瞳をキラキラと輝かせたアイザックがいた。
いつもの目立つ髪色は黒色に変えているようで、冷たい美貌がより一層冴えている。
「少し大きくなった? 相変わらずかわいいね!」
アイザックはレイの元に駆け寄ると、ふわりと抱き上げた。
にこにこと顔を綻ばせると、近寄り難かった雰囲気が、一気に親しみやすく柔らかいものに変わる。
「アイザックは旅行ですか? 珍しいですね」
「うん。久々に友人に会いに来たんだ。良かったら相席する?」
「……いいんですか?」
「レイと一緒に食事ができるなら、大歓迎だよ!」
アイザックは満面の笑みで、近くの店員に人数が増えた旨を伝えると、「さ、こっちだよ」とレイたちを自分の席に誘った。
水竜湖北岸にあるお店や観光名所を巡って、この地方特有の湖水料理を出しているレストランで食事をする予定だ。
レイは爽やかな水色のストライプのワンピースを着て、かわいらしい白い帽子を被っている。
艶やかなストレートの黒髪は、低めの位置で一つにまとめて、黄色のリボンごと緩やかに編み込みにしている。足元も歩きやすいサンダルで、涼やかでかわいらしいスタイルだ。
ルーファスは淡い金髪を一つにまとめ、藍色のリボンで留めている。
半袖のシャツに、細身のパンツを合わせていて、スラッとしていてかっこいい。大きめのサングラスをかけていて、細工の入った細身の金のバングルを腕にしている。
街ですれ違う女の子たちが思わず振り返るほど、本日の白皙の美貌も冴えている。
レヴィも街歩きスタイルだ。
Tシャツにゆったりとした動きやすいパンツ、サンダルといったかなりラフな軽装だ。
今日は観光する気満々なようで、ブラウンの瞳はわくわくと輝いている。
「まずはどこに行きましょうか?」
レイは嬉しそうにぴょんっと跳ねて、ルーファスの手に掴まった。
「アクアガーデンに行こうか。一度行ってみたかったんだ」
ルーファスがにっこりと微笑んだ。
アクアガーデンは、水竜湖の北岸地区にあるとても美しい公園だ。
中央に大きくて立派な白い大理石の噴水が置かれ、それを中心に左右対称に花壇やベンチ、彫像やガゼボが置かれた均整の取れた公園だ。
公園内にはそこかしこに透明な湧水が湧いていて、底の浅い水路が縦横無尽にめぐり、涼しい微風が吹いている。
地面には青や水色を基調としたタイルが敷き詰められ、花壇に植えられている花や公園内の樹木は、青や水色の花を付けるものだけに統一されていて、見た目にも清涼感がある。
「わぁ……すごく綺麗な公園ですね」
水路を跨ぐように架けられたアーチ型の橋の上から、レイは公園を見渡した。
青と水色のアクアガーデンは、見ているだけで心が洗われるようだ。
「噂には聞いていたけど、すごい所だね。潤沢な水魔力に、少しだけ聖属性の魔力も入っているかな?」
ルーファスも満足そうに目を細めて、公園内を見渡している。
「あ、だからなんだか心地いいんですね!」
「レイは特にそう感じるだろうね。澄んだ水魔力に、フェリクス様との契約で聖属性の魔力も強化されてるから」
レイがルーファスを見上げると、彼も優しく彼女を見下ろした。
「カップルも多いですね」
レヴィは、ベンチや花壇の端や芝生の上に座る恋人たちを眺めて言った。
「この公園は、当代の水竜王様がデートスポットが欲しいって言って作らせたって噂だからね」
ルーファスは苦笑いを浮かべた。
(デートスポットのため……そんなことで、こんなに立派な公園を作らせたんだ……)
レイは、噂以上に女好きな水竜王の行動力に、目を瞬かせた。
しばらくアクアガーデン内を回っていると、とある湧水の前に看板が置いてあった。
「妖精の水水サイダー? すっごく気になります!」
レイはくいっと、ルーファスと繋いだ手を引っ張った。
「いらっしゃい」
看板を眺めていると、湧水の中から妖精がちゃぷんと現れた。
手のひらに乗るぐらいの小さな妖精の女の子で、長い水色の髪は水のようにゆらゆらと揺らめき、蝶のような羽も、翅脈が水面の白波のように波立っている。
「わぁ! かわいい!!」
レイは瞳をキラリと輝かせて、黄色い声をあげた。
「あら、ありがとう。かわいい水の子。水水サイダーかしら?」
「はいっ! ルーファスとレヴィはどうします?」
レイは、後ろにいるルーファスたちの方を振り向いた。
「うん、僕ももらおうかな」
「私もお願いします」
ルーファスとレヴィも相槌を打った。
「水水サイダーを三つね。一つ、三百オーロよ」
「はい」
ルーファスが空間収納から財布を取り出すと、まとめて三人分の代金を支払った。
妖精は、代金を確かに受け取ると、湧水の水面を撫でるように手を動かした。
スルスルと三つのグラスが浮き上がってくる。
「はい、水水サイダーね……水の子には特別よ。運が良いわね」
妖精の女の子はグラスを三人に手渡すと、パッと水に変わって、パシャンッと湧水の上に溢れて水に紛れていった。
「えっ……?」
レイはグラスを両手に持ったまま、目を丸くしていた。
いつの間にか、湧水の前に置かれていたはずの看板も消えていた。
三人が呆気にとられていると、後ろから誰かの驚くような声が聞こえてきた。
「あぁっ! もう売り切れてる!!」
「嘘でしょ!? あの子、ラッキーチェリーが入ってるわ!」
レイたちが後ろを振り向くと、女性が二人、ショックを受けていた。
「あなたたち運が良いわね。ここは幸運の湧水よ。運の良い人だけがそのサイダーを買えるのよ」
栗色の髪の女性が、羨ましそうにレイたちを見つめた。
「しかも、そのラッキーチェリーは、湧水の妖精が気に入った子にしか渡さない祝福なのよ!」
金髪の女性が、レイのグラスに入っている青色のさくらんぼを指差した。
「えっ!? そうなんですか!?」
(やった! でも、どんな祝福なんだろう?)
「ちなみに効果は……?」
レイがわくわくと逸る気持ちを抑えて尋ねると、
「「モテる!!!」」
女性二人組は、声を揃えて答えた。
「湧水の妖精の祝福だから、特に水魔力の強い方からモテるのよね」
「そんな祝福、アクアブリッジでもらったら、モテてモテて仕方ないわよ!」
女性二人組が姦しくおしゃべりしている一方で、レイは静かに固まっていた。
(……これ以上、水属性の魔物からモテてどうするの……?)
レイがぎこちなくルーファスの方を振り向くと、彼は珍しく盛大に顔を顰めていた。
「……あの、もし良かったら、ラッキーチェリーいります……?」
「残念だけど、湧水の妖精から直接受け取った人じゃないと、効果がないのよ……」
「気持ちだけいただくわね」
レイがおそるおそるグラスを二人の女性の方に向けると、彼女たちは非常に残念そうに断った。
「すごく爽やかで美味しいですね!」
「しゅわしゅわして面白いですね」
「質の良い魔力が入ってるね。水魔物が特に喜びそうだ」
レイたちは気を取り直して、近くの木陰のベンチに座って、妖精の水水サイダーを飲んだ。
透明な氷のようなグラスの底から立ち上がる泡に紛れて、青や水色の水属性の魔力の光もプクプクと湧き上がっている。
ほのかな甘みがあって、好みに合わせてグラスの縁に飾られたライムを絞って楽しむようだ。
「……このラッキーチェリー、どうしましょう……?」
レイは、グラスの底に沈んだ青いさくらんぼをじっと見つめた。
「たぶんレイが指名された時点で祝福はかかってるから、食べても食べなくても同じだと思うよ……」
ルーファスは遠い目をして、答えた。
その背中には、気苦労からくる哀愁が漂っている。
(……どうせ一緒なら……)
レイは、ぱくりと一口にラッキーチェリーを食べた。
「ほぉぉっ! おいしいっ!!」
ラッキーチェリーは、ほっぺたがとろけるほどに甘くて瑞々しかった。
憂鬱な気分も吹っ飛ぶほど、レイは幸せそうに目尻を下げた。
「……レイ、ずるいです……」
レヴィは物欲しそうに、レイを見つめていた。
***
「わぁ~、すごいですね!」
「さすが、アクアブリッジ一の百貨店だね」
「私が以前来た時は、あのシャンデリアはありませんでしたよ」
レイたちが次に訪れたのは、水竜湖北岸にある総合百貨店スイレンだ。
スイレンは、こちらの世界では比較的珍しい荘厳な六階建ての建物で、入り口のホールは吹き抜けになっている。
一歩足を踏み入れると、室内では冷風が効いていて、ホールの天井には巨大な瑠璃色のシャンデリアが輝いていた。
白い大理石の壁に、青いふかふかのカーペット、内装にはところどころに淡い金色の繊細な飾りが施されていて、とても豪華だ。
レイがふと壁に据え付けられた銅板を見ると、そこにはシャンデリアの由来が流麗な文字で彫られていた。
「……『水竜王様が、百年分の酒代のツケを払うために提供した水竜王様の魔石で作られたシャンデリア』……なんか、すごいことが書かれてますね……」
レイは、呆れるように読み上げた。
「おそらく先代の水竜王様のことだね。先代様は、かなりの放蕩者だって聞いたことがあるよ」
ルーファスが苦笑して答えた。
(……歴代水竜王様のクセが強すぎる……)
レイは無言でシャンデリアを見上げた。
無数の、水竜湖のような深い瑠璃色の魔石が天井で煌めき、まるで水の中にでもいるかと錯覚するような淡い青色の光を、ホール全体に柔らかく落としている。
「レイ、お店の方を見に行こうか?」
「はいっ! 行きましょう!」
シャンデリアに見惚れていたレイは、ルーファスの声で現実に戻ってきた。
嬉しそうにルーファスと手を繋ぐと、正面の大階段を登って行く。
「……わぁ、女の子の衣装ばかり……?」
広い催事コーナーには、色とりどりのふわふわでヒラヒラで、ちょっぴり透けている女性用の綺麗なドレスがたくさん飾られていた。
「いらっしゃいませ! まぁ、かわいいお嬢さんですね! 水竜王祭のドレスはお決まりですか?」
すかさず店員のお姉さんが、レイたちに近づいて来た。
「水竜王祭のドレス……?」
レイは小首を傾げた。
「ええ。水竜王祭は、女の子が綺麗に着飾って楽しむ日ですよ。そうやって、水竜王様や好きな人の心を射止めるんです」
(水竜王祭って、恋のお祭りなのかな?)
レイは女の子用のドレスや髪飾り、アクセサリーを見回した。
レイが水竜王祭の衣装に興味を持ったと思われたのか、店員のお姉さんはさらに説明を続けた。
「それに、かわいくして水竜王様に見初められると、祝福をもらえるんですよ!」
「水竜王様の祝福ってどんなものなんですか?」
「親戚の子に祝福をもらった子がいるんですが、一度だけ水害から守ってもらえるみたいですよ」
「へぇ~、そうなんですね」
にこにこと説明する店員のお姉さんに、レイは適当に相槌を打った。
「レイ、それ以上モテたら僕が困るよ?」
ルーファスが少し憂いのあるキラキラしい微笑みを浮かべた。
王子様のように麗しい彼の笑顔を見た店員のお姉さんから「きゃーっ!」という黄色い声が漏れる。
(……ですよね……)
レイは内心、遠い目をした。
ただでさえ湧水の妖精の祝福のせいで、水属性の魔物を惹きつけるバフがかかっているのだ。
これ以上は、お守り役のルーファスの苦労が増える一方だ。
レイたちは「次の予定があるから」と、そそくさとその場を後にした。
***
レイたちは、百貨店スイレンと同じ通りにあるレストランに向かった。
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「『リュウスイ』っていうお店ですか?」
「湖水料理は初めてですね。楽しみです」
ルーファスがレストランの扉を開け、レイとレヴィが和気藹々と後に続く。
人気のレストランのようで、すでに満席になっていて、待合席も一杯だった。
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レイたちが入り口付近で店員の案内を待っていると、急に声をかけられた。
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声がした方を振り向くと、ロイヤルブルー色の瞳をキラキラと輝かせたアイザックがいた。
いつもの目立つ髪色は黒色に変えているようで、冷たい美貌がより一層冴えている。
「少し大きくなった? 相変わらずかわいいね!」
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にこにこと顔を綻ばせると、近寄り難かった雰囲気が、一気に親しみやすく柔らかいものに変わる。
「アイザックは旅行ですか? 珍しいですね」
「うん。久々に友人に会いに来たんだ。良かったら相席する?」
「……いいんですか?」
「レイと一緒に食事ができるなら、大歓迎だよ!」
アイザックは満面の笑みで、近くの店員に人数が増えた旨を伝えると、「さ、こっちだよ」とレイたちを自分の席に誘った。
12
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