鈴蘭の魔女の代替り

拝詩ルルー

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水の都アクアブリッジ

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「ここが水竜湖……まるで海みたい……」

 レイは最後尾の荷馬車から、見惚れるように身を乗り出した。

 見事な瑠璃色の湖は広すぎて、向こう側の岸が淡く霞んで見える。
 水面には太陽の光がキラキラと反射して、眩しいくらいに輝いていた。
 
「僕も初めて見たよ。とても大きいね」

 ルーファスも目を細めて、水竜湖を見渡した。

「湖に島がいくつかあるだろう? そこで水竜王祭が開かれるんだ」

 御者の商人が手綱を握りつつ、朗らかに教えてくれた。

「わぁ……いくつも小島がありますね」

 レイも島をよく見ようと、目を眇めた。

「一番大きな島に水竜王を祀る神殿があるんだ。そこで年に一度、若い女の子たちが歌や踊りを捧げて、一年の無事を祈るんだ」
「へぇ~……」

 商人の説明に、レイは感心して頷いた。

(いいなぁ~、見てみたいなぁ~……)

「そろそろアクアブリッジに着くぞ!」

 ゼノがキャラバン全体に声をかけた。

「「「「「「「へーい!」」」」」」」
「はーい!」

 商人たちのかけ声につられて、レイも返事をした。


 ドラゴニア王国の東部には、巨大な湖をいくつも擁する湖水地方がある。

 湖水地方はラングフォード領内にあり、その領都は、湖水地方最大の湖である水竜湖の周りに築かれた「アクアブリッジ」という街だ。

 ここはたくさんの水竜が生息し、水竜王が影で治める土地だ。

 ラングフォード領の領主であるラングフォード伯爵と、水竜王は協力関係にあるという噂だ——人間のラングフォード伯爵が表立って領を治め、人と水竜との間を取りなし、水竜王がこの地方の魔物や人外者を治めて治安を維持しているのだ。

 そして水竜王は、彼の代理人として、ラングフォード魔術伯爵を人側に送り込んでいる。——そう、この地ではあくまでも人間の領主はお飾りの存在で、最終的な実権者は、圧倒的な力を持つ水竜王なのである。


「やっと着きましたね!」

 レイは最後尾の荷馬車からシュタッと飛び降りると、ぐぐっと伸びをした。
 荷馬車の中ではほとんどずっと同じ姿勢だったため、開放感があってとても気持ちいい。

 ここはバレット商会アクアブリッジ支店の裏手にある倉庫だ。

 キャラバンが倉庫前に到着すると、商人たちは慌ただしく荷下ろしや検品を始めた。

「ここまで護衛を手伝ってくれてありがとう。今回は魔物も多かったし、本当に助かったよ。それから、これが依頼完了の書類だ。冒険者ギルドに提出してくれれば、ギルド経由で報酬が支払われる」

 バンが、ルーファスたち銀の不死鳥メンバーを労いつつ、書類を手渡した。

「ありがとうございます」
「あと宿についてだが、会長から連絡があって、アクアブリッジ滞在中は宿舎を使っていいそうだ」

 バンが目線でチラリと指し示した。

 大きな倉庫の隣には煉瓦積みの建物があり、どうやらそこがバレット商会の宿舎のようだ。

「宿の心配はしなくて済みそうですね。ありがたいです」

 ルーファスが微笑んでお礼を言った。

「討伐した魔物の精算はどうしましょう?」

 レイがぴょこんと背伸びをして、尋ねた。

「確認するから、もう少し端の方に寄ろうか。ゼノも来てくれ! 魔物の買い取りだ!」

 バンが手招きして、倉庫前広場の端の方へと誘導した。

「結局、アクアブリッジが一番買取価格が高いみたいですね」

 レイは空間収納から討伐した魔物を取り出して、ルーファスとレヴィに手渡していった。

「紅葉の森で魔物を足止めしてるみたいだしね。アクアブリッジの方まではあまり来ていないみたいだね」
「それにしても、結構な数を討伐しましたね」

 ルーファスとレヴィは魔物を受け取ると、並べるのを手伝いだした。

「冒険者ギルドも、さすがにこの量の買い取りはキツそうだな」

 ゼノが、目ぼしい魔物を選別しながらぼやいた。

「そうなると、何回かに分けて売りに出すのか……」

 バンがあまりの魔物の多さに、両腰に手を当てて呆れた声を出した。

 大量の魔物が地面に並べられ、レイたちの周りには、だんだんと人だかりができ始めていた。


「こちら側はうちの商会で買い取りましょう。そちら側のはギルドの方に卸してください」

 ゼノは魔物を二つの山に分けると、手際良く買取証を書き始めた。
 チェックが終わった魔物から次々と、バレット商会の従業員たちが運んでいく。

「じゃあ、これはもうしまいますね」

 レイが空間収納に次々と魔物をしまっていくと、商人たちが非常に羨ましそうに眺めていた。「これだけ空間収納の容量があれば……」「いい商人になれるのになぁ」などとおしゃべりしている。

「これから冒険者ギルドに行くんだろう? 東岸地区に行くなら、船を出そうか? 湖岸を回って行くよりも、湖から船で行った方が早いぞ」

 魔物をしまいきると、バンが尋ねてきた。

「せっかくなので、街の方を歩いてみたいです。街並みも綺麗ですし」

 レイは苦笑いしながら答えた。

(湖に出たら、水竜に会っちゃいそうだし……)

「そうだな、観光がてらいいかもな。店が多くて栄えているのは水竜湖の北と東側だ。冒険者ギルドは東岸の方にある。南と西は漁場や農場が近いから、卸市場があるんだが、朝早いんだ。行くなら早朝がおすすめだよ」
「ありがとうございます!」

 ゼノに、にこにこと説明され、レイは元気にお礼を言った。


***


 銀の不死鳥メンバーは、乗合馬車に乗って水竜湖の東岸地区へと向かった。

「わぁ……! 綺麗~!」

 レイは瞳をキラキラさせて、馬車の窓にかぶりついてずっと水竜湖に魅入っていた。

「結構風が涼しいですね」
「街の中も水路が通ってるんだね」

 レヴィとルーファスも馬車の外を眺めながら、歓談していた。

 水竜湖に近いためか、水を含んだ涼やかな風が、街の中を吹き抜けていた。
 街のいたるところには、水路が張り巡らされ、客を数人運べる水上版の乗合馬車のような小型の舟がいくつも浮かんでいた。

 水竜が近くに生息しているためか、他の街よりも魔力が濃く、たくさんの玉型の精霊たちが、水色や青、白や緑、ピンクなど綺麗な色で瞬いている。

「あれ? あのピンクの玉型の精霊って……」

 レイは、散歩をしているカップルの近くをふよふよと飛んでいるピンク色の光の玉を指差した。

「恋の精霊だね。当代の水竜王様になられてから、ラングフォード領に恋や愛の精霊が増えたって噂に聞いたことがあるよ」
「しかも結構大きいですよね……」

 レイはピンポン玉よりも二回りほど大きな玉型の精霊に、目を瞬かせた。

「う~ん……水の王は恋多き方だとは聞いたからね。影響を受けてるのかもね」

 ルーファスも恋の精霊を眺めながら苦笑した。

「レイ、あっちを見てください」
「わぁ! イルカ!? かわいい!」

 レヴィが指差した方を振り向いて、レイは歓声をあげた。

 小型のイルカが三頭、水路で遊ぶように泳いでいるのだ。
 勢いよくジャンプしたり、舟と並走して泳いだり、水から顔を出して舟客に撫でられて嬉しそうにしている。

「水竜の子供たちだね。あのぐらいの年頃だから、擬態遊びをしてるのかもね」

 ルーファスが微笑ましいものを見るように笑顔で教えてくれた。

「えっ!? あれが水竜!?」
「うん。変身魔術の練習だろうね。イルカに擬態してるよ」
「まさか、こんな街中で見れるんですね!」

 レイは目を丸くして、イルカに擬態している水竜の子供たちを見つめた。

 水竜の子供たちは、レイたちの視線に気づいたのか、嬉しそうに次々とぴょんぴょんと水上でジャンプをきめて、水竜湖の方へと泳ぎ去って行った。

「……行っちゃいましたね」

 レイは馬車の窓辺に顎を置くと、残念そうに、水竜の子供たちが帰って行った水竜湖の方を眺めた。

「きっと、また見れるよ」

 ルーファスが優しく苦笑して、ぽんっとレイの頭を撫でた。


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◆関連作品

『砂漠の詩』
『雨の回廊』編の過去編スピンオフです。

『冒険者を辞めたら天職でした 〜パーティーを追放された凄腕治癒師は、大聖者と崇められる〜』
『冒険者パーティーを追放された凄腕治癒師を拾いました』編のスピンオフです。

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『魔法少女』編のスピンオフです。

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