鈴蘭の魔女の代替り

拝詩ルルー

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双子湖の妖精

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「……っもう! 何なんですか! 魔物だらけじゃないですかっ!!」

 レイは、顔を真っ赤にしてムキーッと叫び声をあげた。

 目の前には、さっき倒したばかりのスライムの群れが転がっていた。

「レイ。早く魔石を回収して、次に行くよ」
「……はい……」

 ルーファスに言われ、レイは渋々スライムを突いて、魔石を取り出した。
 ギルドで買い取ってもらえるため、丁重に空間収納にしまっていく。

 ウォーグラフト領の領都ランサルドを出て、ラングフォード領へ向かうと、何度も何度も魔物の群れに出くわした。

(ウォーグラフトの領主様の命令で、魔物をラングフォード領に追いやってるってことだけど、予想以上に多いかも。それに、元々ウォーグラフト領にいた魔物も一緒に追い出してるよね、コレ……)

 レイはキュッと眉根を寄せた。
 自分の領では対処せずに、まるっと隣領に魔物を押し付けているのだ。あまりいい感じはしなかった。

「レイちゃん、まだ空間収納に入りますか? これもお願いします」

 商隊兵見習いのリックが、倒した魔物を引き摺って持って来た。真っ赤な小型のトカゲ魔物だ。

「サラマンダーの子供だねぇ。北の魔物に押されて、鉱山地帯の魔物もやって来てるんだね」

 ルーファスが物珍しそうに呟いた。

「そんな魔物まで追われて来てたんですね」

 レイはリックからサラマンダーの子供を受け取ると、空間収納にしまった。

「終わったら、さっさと荷馬車に戻ってくれ! 時間が押してるぞ!」
「「「はいっ!」」」

 商隊兵のリーダーのバンに声をかけられ、レイたちは返事をした。


 レイたちが荷馬車に乗り込もうとすると、御者の商人が話しかけてきた。

「もうすぐラングフォード領だ。双子湖の近くを通るから、楽しみにしとくといい」

「双子湖ですか?」

 レイが、ルーファスに荷馬車に引っ張り上げてもらいながら尋ねた。

「ラングフォード領には美しい湖が六つある。それぞれ特有の美しい色を持っていて、森をも染め上げているんだ」

 御者の商人がピシリと手綱を打つと、ガラガラと荷馬車が動き出した。

「へぇ~、そうなんですね! ルーファスは知ってました?」

 レイは隣に座るルーファスを見上げた。

「うん。双子湖は、ウォーグラフト領に一番近い湖で、鮮やかな紅葉色と珊瑚色だね」

 ルーファスは少しだけ屈むと、内緒話をするかのようにレイの耳元でそっと囁いた。

「あそこは妖精の領域で、紅葉の妖精と森珊瑚の妖精の棲家なんだ。正確には、彼らが住み着いたから、湖の方も染まったんだよね」
「そうなんですね。……水竜の心配はないんですか?」

 レイもルーファスつられて、声を潜めて尋ねた。

「水竜のほとんどは、一番大きな湖の水竜湖と、その周辺の領都アクアブリッジにいるはずだよ」
「それなら、大丈夫そうですね」

 ルーファスの説明に、レイはこくりと相槌を打った。


 数刻後、バレット商会のキャラバンは、紅葉に燃える森に入って行った。

 木々の葉だけでなく、茎や枝先、地面に生えている下草までもが、赤やオレンジ、黄色に紅葉していた。

 森にいるうさぎやイタチ、小鳥のような小動物も、この森に擬態するかのように鮮やかな紅葉色をしていて、テテテッと駆け回ったり、木陰に隠れたりしている。

 魔力豊かな森にたくさんいる玉型も精霊たちも、赤~オレンジ~黄色の光をチカチカと放っていた。

「……すごい……」

(日本の紅葉よりもすごいかも……森が紅葉色、一色……)

 レイはぽかんと口を開けて、周囲を見回した。

「……ちょっと、魔力の感じがおかしいね」

 一方で、ルーファスは訝しげだ。白皙の美貌の眉間に薄らと皺を寄せていた。


 さらにしばらく経って、バレット商会のキャラバンは、まだ紅葉の森の中をガラガラと進んでいた。

 レイの目も、紅葉色に見慣れてきた頃だった。

「紅葉の森って広いんですね。いつ頃、双子湖に着くのでしょうか? ずっと同じような景色ですね」

「……ずっと同じような景色……? ゼノさん、バンさん、ちょっと停めてください! 森がおかしいです!」

 ルーファスが荷馬車の前の方に身体を乗り出して、声を張り上げた。

 ゆるゆると、荷馬車が停まっていく。

「ルーファスさん、何か問題でも?」

 バンがハーフスレイプニルを繰って、最後尾の荷馬車まで近づいて来た。

「おかしな魔力がこの森に充満してるんです。おそらく、感覚を狂わせるタイプの魔術です。同じ所をぐるぐる回らされているのかもしれません……」
「おかしな魔力……?」

 ルーファスの訴えに、バンが顔を顰めたその時——

「通さない……」
「ここは、通さない」

 いくつもの小さな声が、微かに森中にこだました。

「「「!?」」」

 レイたちは息を呑んだ。

 急に不穏な強い風が、ザァッと森の中を駆け抜けた。ぶわりと赤やオレンジ、黄色い葉が舞う。

 森の中のあちらこちらから、キャラバンを厳しく監視するような、異様な気配が漂ってきた。

「強い魔物は通さない……」
「あのお方の憂いは、私たちの憂い」

 さらに囁くような小さな声が続く。

「私たちはバレット商会の商人だ! 水竜王祭用の荷を運んでいる! この荷が届かなければ、水竜王様もお困りになるだろう! ここを通してもらいたい!」

 ルーファスが森を見回し、声を張り上げた。

 すると、一際強い旋風つむじかぜが二つ、ルーファスの目の前で起こった。

 風と、巻き上げられた紅葉色の葉が落ち着くと、二人の妖精の女性がそこにはいた。

 一人は燃えるように真っ赤な短い髪と瞳の女性で、こちらを鋭く見つめていた。
 妖精の羽は、枯れ葉のようなコノハチョウ型の羽で、赤とオレンジと黄色のグラデーションになっている。

 もう一人は、珊瑚色の長い髪と瞳の女性で、シジミチョウのような小さくかわいらしい羽をしている。彼女は困ったように眉を下げ、おろおろと頼りなさげに、もう一人の背中にくっ付いていた。

「あなたたちがバレット商会の商人だという証拠は?」

 紅葉色の妖精の女性が、腕を組んで疑うように尋ねた。

「これがバレット商会の紋章です」

 レイは首から下げていたペンダントを外すと、妖精の方にかざして見せた。

 二人の妖精は、ペンダントをじっと見つめた後、顔色を青ざめさせた。

「……確かに、強い影属性の魔力を感じる……」

 紅葉色の妖精が呟いた。

「姉様。あの魔力を込められた方は、きっと水の王と同じくらい強い方ですわ……これ以上、足止めするのは良くないのでは……?」

 珊瑚色の妖精が不安げに、くいっと紅葉色の妖精の腕を引いた。

「荷を改められますか? 水竜王祭用の髪飾りや衣装が入ってますよ」

 バンが嫌疑を晴らすために、慎重に口を挟んだ。

「……分かった。仕方ない、通そう」

 紅葉色の妖精が、渋々頷いた。

「姉様、この子は水の王が気に入りそうな魔力をしてますわ」

 珊瑚色の妖精が、レイに近づいてまじまじと見つめた。

「贈り物にすれば、水の王もきっと……ヒィッ!!」

 珊瑚色の妖精はそこまで言うと、小さく悲鳴をあげた。
 慌てふためいて、紅葉色の妖精の後ろに逃げ込んだ。

「いい加減、ここを通してもらおうか? それに、この子に手を出さない方がいいよ。この森を消したくないならね」

 ルーファスがグルル、と低い竜の警告の唸り声を漏らした。珍しく瞳孔も縦型になっている。
 怒りの魔力圧が漏れ、ルーファスを中心に、地面に生える下草が萎びれていった。

「光のお方よ、妹が大変失礼した。この子は水の王の気を引こうと必死なのだ。その少女にも手を出さないと誓おう」

 紅葉色の妖精がそう告げると、パッと周囲の景色が変わっていた。

 二人の妖精はいつの間にか消えていて、森の中の小道の先には、緑色の木々が見えていた。どうやら、森の出口まで運ばれたようだ。

「……ふぅ、危なかった……さっきのは双子湖の妖精だな。高位の妖精だとは聞いていたが、初めて見た……」

 バンは冷や汗をびっしょりかいていた。顔色も悪い。

「妖精は気まぐれに人の子を攫うからね。レイも気をつけてね」
「……はい……」

 ルーファスに諭され、レイは神妙な面持ちで頷いた。

(贈り物にするって、どうする気だったんだろう……)

 レイは余計なことを想像して、ひやりと背中が冷えた。

「ルーファスさん、ありがとうございます……彼女たちの気分を損なっていたら、どうなっていたことか……」

 バンはハーフスレイプニルから降りると、やけに丁寧にルーファスにお礼を述べた。

「ええ、いいですよ。それから、今まで通り普通に接していただいて大丈夫です」

 ルーファスは軽く頷いた。

「ありがとうございます」

 バンは深々とお辞儀をすると、さっさとハーフスレイプニルに乗って、持ち場へと戻って行った。

「……バレちゃいましたね」
「バレット商会の従業員だから、こういったことには慣れてるとは思うよ。対応も丁寧だし、騒ぎ立ててないし」

 レイがぽそりと呟くと、隣のルーファスは平然と返した。

「ルーファス、さっきは助けてくれてありがとうございました」
「もちろんだよ。僕が加護を与えた子だからね。手出しはさせないよ」

 レイがルーファスを見上げてにっこりとお礼を言うと、ルーファスも優しく微笑んだ。


「出発だ!」

 ゼノの掛け声で、再度、荷馬車がガラガラと動き出した。

 荷馬車の後ろの席から森を眺めると、木々の間に紅葉色の湖がチラリチラリと覗いていて、だんだんと小さくなっていった。


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◆関連作品

『砂漠の詩』
『雨の回廊』編の過去編スピンオフです。

『冒険者を辞めたら天職でした 〜パーティーを追放された凄腕治癒師は、大聖者と崇められる〜』
『冒険者パーティーを追放された凄腕治癒師を拾いました』編のスピンオフです。

『ジャスティンと魔法少女のステッキ』
『魔法少女』編のスピンオフです。

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