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領都ランサルド
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バレット商会のキャラバンは、その後いくつかの村や街を経由して、ウォーグラフト領の領都ランサルドにたどり着いた。
ランサルドは、ウォーグラフト領で一番の工房街だ。
ドラゴニア王国で使用される武器防具の多くがここで生産され、商人たちの手によって各地へと運ばれている。
ランサルドの街の一角には、武器や防具関連の工房が軒を連ねていて、常に炭火や金属の臭いが漂い、炉の煙突からはもくもくと煙が上がっていた。
そして、工房の職人たちは、よく飲み、よく食べる。
工房街のすぐ近くには、職人たちが好みそうな酒場や食堂が集まり、飲み屋街が形成されている。
キャラバンは一旦、バレット商会ランサルド支店に立ち寄った。
本日は、ランサルドにあるバレット商会の宿舎に泊まれるそうだ。
「わぁ! ライリー、久しぶりです! 大きくなりましたね!」
レイはバレット商会のロビーで懐かしい顔を見つけて、声をかけた。
ライリーは、メルヴィンが鍛え直したナイフから生まれた妖精の男の子だ。
手のひらに乗るぐらいのサイズだったはずだが、今は人間の赤ん坊ぐらいの大きさに成長している。
ライリーは、レイの方を振り返ると、ナイフの制作者であるメルヴィンによく似たつり目の瞳をぱちくりとさせた。
そして、鋼色のウスバカゲロウのような妖精の羽をはばたかせて、レイの元まで飛んで来た。
「レイ様! ご無沙汰してます! 聞きましたよ、会長の妹になられたんですね!」
「ライリーが、敬語を……!?」
レイはびっくりして目を見開き、両手で口元を覆った。
「……会長に、鍛えられまして……」
ライリーの笑顔が一瞬、固まった。ニールから相当厳しく躾けられたのだろう。
「元気そうで良かったです。今はここで商人をしてるんですか?」
「はい! 武器の買い付けをしてます!」
レイとライリーがにこやかにおしゃべりをしていると、通りがかりのバレット商会の受付の女性が声をかけてきた。
「ライリーは、ドワーフの職人さんたちのアイドルなんですよ。なんでも、武器の巨匠の作品から生まれた妖精みたいで」
「レイ様は、おいらの誕生の瞬間に立ち会われたんだ!」
ライリーは、にっこりと受付の女性に笑いかけた。
「あら? そうだったの。ドワーフの職人さんは腕はいいんだけど、頑固な方が多くて……でも、ライリーが職人さんたちの所に行くと、みんなにこにこして甘くなるのよ」
「ふっふっふ。おいらが行くと、おまけしてもらえたり、とっておきの武器を買い取らせてもらえるんです!」
ライリーが褒められて鼻高々に、エヘンと胸を張って言った。
こういった所はまだまだ子供だ。
「ふふっ。楽しく働けてるようで良かったです」
レイはにこにこと微笑んだ。
「はいっ! そういえば、レイ様はどうしてここへ?」
「バレット商会のキャラバンの護衛です。湖水地方まで行くんですよ」
「ああ! 水竜王祭用の荷ですね!」
ライリーが、思い出したかのようにパンッと手を打った。
「水竜王祭?」
レイが小首を傾げた。
「毎年夏に開かれるそうですよ! おいらはまだ見たことないですけど!」
「若い女性が華やかに着飾って、水竜湖にある神殿で歌と踊りを捧げるのよ。そうやって、一年間の息災を願うの。他の領からも観光客が集まって、とても盛り上がるのよ」
ライリーと受付の女性が、説明してくれた。
「へぇ~。水竜王祭……」
(気にはなるけど、水竜王様のことを考えると、私は行かない方がいいのかな……)
レイが内心、しょんぼりしていると、
「レイ、宿舎では夕飯が出ないから、今夜の食事は外になるんだって。どうしようか?」
不意にルーファスが、レイに声をかけてきた。
「それでしたら、『ドワーフの大喰らい亭』がいいですよ! ボリュームたっぷりで、どのメニューもおいしいです! 冒険者にも人気ですよ!」
ライリーが人懐っこく、おすすめのお店を教えてくれた。
「おや? 君は……?」
「おいらはライリーです! バレット商会で武器の買い付け商人をやってます!」
ルーファスが不思議そうに尋ねると、ライリーは元気よく自己紹介をした。
「メルヴィンのナイフから派生した子なんです。ニールと私で、彼が誕生する瞬間に立ち会ったんですよ」
レイが簡単に説明すると、ルーファスは「そうか」と納得して頷いた。
「私はルーファス。レイと同じ銀の不死鳥っていうパーティーのリーダーだよ。よろしくね」
ルーファスが柔らかく微笑んで自己紹介をした。
「よろしくお願いします、ルーファス様! 弓のご相談でしたら、是非おいらに。知り合いに良い工房がいくつかあります!」
「ははっ。ありがとう」
ライリーがにこにこと遠回しに武器を勧めると、ルーファスは苦笑いを浮かべた。
「こらっ! 無闇に押し売りしない!」
ライリーは受付の女性に叱られていた。
ライリーはぺろりと舌を出して、「でもルーファス様は絶対、弓派だよ! おいらには分かるもん!」と反省の色なしだ。
(ニールが、ライリーに英才教育を施してる……!?)
レイは以前もどこかで見たような光景に、内心震えていた。
***
銀の不死鳥メンバーは、夕飯をライリーに勧められた「ドワーフの大喰らい亭」でとることにした。
ドワーフの大喰らい亭は、飲み屋街の中ほどにあった。ドアを開けて中に入ると、すでにホールのテーブル席はほぼ満杯だった。
店内では、ドワーフの職人たちがあちこちの席でエールのグラスで豪快に乾杯していた。
職人だけでなく冒険者たちも食事に来ているようで、店内は陽気な笑い声や、楽しげな話し声で非常に賑やかだ。
端の方の席に案内されると、レイとレヴィが壁際に、ルーファスが通路側に座った。
隣の席も冒険者グループのようで、どうやら本日の依頼について語っているようだった。
「お、お肉様の山っ!!」
レイはじゅうじゅうと焼けるステーキを前に、瞳を輝かせた。
熱々の鉄板からは、香ばしい匂いと共に湯気が立ち上がり、肉汁が溢れ出ていた。付け合わせは、マッシュポテトとにんじんのグラッセだ。——どれもびっくりするほどのボリュームだ。
ちなみに、パンとスープ付きだ。
「ここは工房街だからね。職人たちは仕事で体を使うから、よく食べるみたいだね」
ルーファスの前には、ほかほかの大きなピザが置かれている。サラミときのこのクリームソースのピザだ。青菜とミニトマトのサラダも一緒にドカンと置いてある。
「レイ、食べきれなそうなら言ってください。手伝いますよ」
レヴィの前にあるのは、ガーリックバターの香りが香ばしいバケットとポークソテーだ。もちろん、どちらも大盛りで、スープも付いている。
「おいしい~!」
「ライリー君の言っていた通りだね」
レイがぱくりと一口目を食べて歓喜の声をあげると、ルーファスも笑顔で相槌を打った。
「レイ、少し交換しますか?」
レヴィがレイに提案してきた。
「いいの?」
「いいですよ。みんなで分け合って食べた方がおいしいと学びましたから」
レヴィが真面目な顔でこくりと頷いた。
「僕のピザもいいよ」
「やった! 私のステーキも食べてください! すっごくおいしいですよ!」
ルーファスの言葉に喜んで、レイも二人にステーキを勧めた。
銀の不死鳥メンバーが賑やかに食事を楽しんでいると、隣の席から暗いトーンの話し声が聞こえてきた。
「今日の依頼は酷かったね」
「本当にアレで良かったのか? 他の領に問題を押し付けただけだろ?」
「だが、それが今日の依頼だ。『魔物を森に追い返したら、その先は知らない』ということだろう?」
「領主様の依頼だからね。私たちが口を出すようなことじゃないでしょ」
男女二人ずつの冒険者グループで、みんなどこかすっきりとしない表情をしている。
「それって、『魔物の追い出し』の依頼のことですか?」
ルーファスが社交的な笑みを浮かべて、にこやかに隣の席の会話に乱入した。
優しそうな美形の男性に声をかけられて、女性二人が「きゃあ!」と黄色い声をあげる。
「あんたらは?」
ガタイのいい剣士の男性が訝しげに尋ねた。
「私たちは『銀の不死鳥』っていう冒険者パーティーです。ギルドで『魔物の追い出し』の依頼票を見つけて、気になってたんです」
ルーファスが、にこにこと無害そうな笑顔で答えた。
「それは後味悪い依頼だからやめといた方がいいぞ。『魔物を森に追い返す』は建前で、隣のラングフォード領に討伐を押し付けてるんだ」
魔術師の男性が答えた。
「へぇ。どうやって?」
「魔物の餌をばら撒いておいて、隣の領に誘導するんです! もちろん、魔物を追い立てる役もいて、一般の人からは、冒険者が魔物を森に追い返しているようにしか見えないんです!」
ルーファスが尋ねると、治癒師の女性がツヤツヤと頬を赤らめて捲し立てた。
彼女の後ろでは、男性二人が若干嫌そうな顔をしている。
「そうなんですね。ありがとうございます。それなら私たちは遠慮しようかな」
ルーファスが微笑んでお礼を言うと、女性陣二人がルーファスに質問をしようと身を乗り出した。
「ああ。そうした方がいいぞ」
剣士の男性が渋い顔で頷いて、「もういいだろう?」と、シッシッと小さく手を振った。
隣のテーブルでは、魔術師の男性が「はしたないぞ!」と女性陣二人に口を出し、「いーじゃない!」「そうよ! 私たちのチャンスを潰す気!?」と反論されている。
「僕たちはもう戻ろうか?」
ルーファスがレイとレヴィに目配せすると、二人はこくりと相槌を打った。
「そうそう。おせっかいかもしれませんけど、情報をいただいたのでお礼です。あなたたちはラングフォード領に足を踏み入れない方がいいですよ。きっと大変な目にあう」
ルーファスは去り際に、隣のテーブルの冒険者たちの方に振り向くと、静かに言った。
伝えるだけ伝えると、さっさと店を出る。
「は?」
「なっ……」
「「えっ?」」
冒険者四人組は、呆気にとられていた。
***
「ルーファス、魔物を誘導したとして、さっきの人たちがやったって分かるものなんでしょうか?」
宿舎への帰り道で、レイはルーファスと繋いでいる手をツンツンと引いた。
「たぶん、もう漏れてるんじゃないかな? 人間とは違って、魔物の情報源はいろいろあるからね。ラングフォード領に誘導された魔物たちに訊けば一発だし、森には匂いなり魔力なりいろんな痕跡が残ってるからね」
「あ、そっか……」
(魔物同士なら会話できるよね……)
「魔物はテリトリーを荒らされるのを嫌うからね。強者に追われて仕方なく逃げ込んで来たならまだしも、誘導した者がいたなら報復する可能性も高いよ」
「魔物は恐ろしいですね……」
「人間とは違うルールで生きてるからね。何よりも問題なのは、領主が主導してたってことかな……水竜王様がどんな報復に出られるか」
ルーファスはやれやれと肩から息を吐いた。「ニール様にもご報告しないと」と呟いている。
(水竜王様の報復って、怖すぎる……)
レイはぷるりと震えて、ぎゅっとルーファスの手を握った。
ランサルドは、ウォーグラフト領で一番の工房街だ。
ドラゴニア王国で使用される武器防具の多くがここで生産され、商人たちの手によって各地へと運ばれている。
ランサルドの街の一角には、武器や防具関連の工房が軒を連ねていて、常に炭火や金属の臭いが漂い、炉の煙突からはもくもくと煙が上がっていた。
そして、工房の職人たちは、よく飲み、よく食べる。
工房街のすぐ近くには、職人たちが好みそうな酒場や食堂が集まり、飲み屋街が形成されている。
キャラバンは一旦、バレット商会ランサルド支店に立ち寄った。
本日は、ランサルドにあるバレット商会の宿舎に泊まれるそうだ。
「わぁ! ライリー、久しぶりです! 大きくなりましたね!」
レイはバレット商会のロビーで懐かしい顔を見つけて、声をかけた。
ライリーは、メルヴィンが鍛え直したナイフから生まれた妖精の男の子だ。
手のひらに乗るぐらいのサイズだったはずだが、今は人間の赤ん坊ぐらいの大きさに成長している。
ライリーは、レイの方を振り返ると、ナイフの制作者であるメルヴィンによく似たつり目の瞳をぱちくりとさせた。
そして、鋼色のウスバカゲロウのような妖精の羽をはばたかせて、レイの元まで飛んで来た。
「レイ様! ご無沙汰してます! 聞きましたよ、会長の妹になられたんですね!」
「ライリーが、敬語を……!?」
レイはびっくりして目を見開き、両手で口元を覆った。
「……会長に、鍛えられまして……」
ライリーの笑顔が一瞬、固まった。ニールから相当厳しく躾けられたのだろう。
「元気そうで良かったです。今はここで商人をしてるんですか?」
「はい! 武器の買い付けをしてます!」
レイとライリーがにこやかにおしゃべりをしていると、通りがかりのバレット商会の受付の女性が声をかけてきた。
「ライリーは、ドワーフの職人さんたちのアイドルなんですよ。なんでも、武器の巨匠の作品から生まれた妖精みたいで」
「レイ様は、おいらの誕生の瞬間に立ち会われたんだ!」
ライリーは、にっこりと受付の女性に笑いかけた。
「あら? そうだったの。ドワーフの職人さんは腕はいいんだけど、頑固な方が多くて……でも、ライリーが職人さんたちの所に行くと、みんなにこにこして甘くなるのよ」
「ふっふっふ。おいらが行くと、おまけしてもらえたり、とっておきの武器を買い取らせてもらえるんです!」
ライリーが褒められて鼻高々に、エヘンと胸を張って言った。
こういった所はまだまだ子供だ。
「ふふっ。楽しく働けてるようで良かったです」
レイはにこにこと微笑んだ。
「はいっ! そういえば、レイ様はどうしてここへ?」
「バレット商会のキャラバンの護衛です。湖水地方まで行くんですよ」
「ああ! 水竜王祭用の荷ですね!」
ライリーが、思い出したかのようにパンッと手を打った。
「水竜王祭?」
レイが小首を傾げた。
「毎年夏に開かれるそうですよ! おいらはまだ見たことないですけど!」
「若い女性が華やかに着飾って、水竜湖にある神殿で歌と踊りを捧げるのよ。そうやって、一年間の息災を願うの。他の領からも観光客が集まって、とても盛り上がるのよ」
ライリーと受付の女性が、説明してくれた。
「へぇ~。水竜王祭……」
(気にはなるけど、水竜王様のことを考えると、私は行かない方がいいのかな……)
レイが内心、しょんぼりしていると、
「レイ、宿舎では夕飯が出ないから、今夜の食事は外になるんだって。どうしようか?」
不意にルーファスが、レイに声をかけてきた。
「それでしたら、『ドワーフの大喰らい亭』がいいですよ! ボリュームたっぷりで、どのメニューもおいしいです! 冒険者にも人気ですよ!」
ライリーが人懐っこく、おすすめのお店を教えてくれた。
「おや? 君は……?」
「おいらはライリーです! バレット商会で武器の買い付け商人をやってます!」
ルーファスが不思議そうに尋ねると、ライリーは元気よく自己紹介をした。
「メルヴィンのナイフから派生した子なんです。ニールと私で、彼が誕生する瞬間に立ち会ったんですよ」
レイが簡単に説明すると、ルーファスは「そうか」と納得して頷いた。
「私はルーファス。レイと同じ銀の不死鳥っていうパーティーのリーダーだよ。よろしくね」
ルーファスが柔らかく微笑んで自己紹介をした。
「よろしくお願いします、ルーファス様! 弓のご相談でしたら、是非おいらに。知り合いに良い工房がいくつかあります!」
「ははっ。ありがとう」
ライリーがにこにこと遠回しに武器を勧めると、ルーファスは苦笑いを浮かべた。
「こらっ! 無闇に押し売りしない!」
ライリーは受付の女性に叱られていた。
ライリーはぺろりと舌を出して、「でもルーファス様は絶対、弓派だよ! おいらには分かるもん!」と反省の色なしだ。
(ニールが、ライリーに英才教育を施してる……!?)
レイは以前もどこかで見たような光景に、内心震えていた。
***
銀の不死鳥メンバーは、夕飯をライリーに勧められた「ドワーフの大喰らい亭」でとることにした。
ドワーフの大喰らい亭は、飲み屋街の中ほどにあった。ドアを開けて中に入ると、すでにホールのテーブル席はほぼ満杯だった。
店内では、ドワーフの職人たちがあちこちの席でエールのグラスで豪快に乾杯していた。
職人だけでなく冒険者たちも食事に来ているようで、店内は陽気な笑い声や、楽しげな話し声で非常に賑やかだ。
端の方の席に案内されると、レイとレヴィが壁際に、ルーファスが通路側に座った。
隣の席も冒険者グループのようで、どうやら本日の依頼について語っているようだった。
「お、お肉様の山っ!!」
レイはじゅうじゅうと焼けるステーキを前に、瞳を輝かせた。
熱々の鉄板からは、香ばしい匂いと共に湯気が立ち上がり、肉汁が溢れ出ていた。付け合わせは、マッシュポテトとにんじんのグラッセだ。——どれもびっくりするほどのボリュームだ。
ちなみに、パンとスープ付きだ。
「ここは工房街だからね。職人たちは仕事で体を使うから、よく食べるみたいだね」
ルーファスの前には、ほかほかの大きなピザが置かれている。サラミときのこのクリームソースのピザだ。青菜とミニトマトのサラダも一緒にドカンと置いてある。
「レイ、食べきれなそうなら言ってください。手伝いますよ」
レヴィの前にあるのは、ガーリックバターの香りが香ばしいバケットとポークソテーだ。もちろん、どちらも大盛りで、スープも付いている。
「おいしい~!」
「ライリー君の言っていた通りだね」
レイがぱくりと一口目を食べて歓喜の声をあげると、ルーファスも笑顔で相槌を打った。
「レイ、少し交換しますか?」
レヴィがレイに提案してきた。
「いいの?」
「いいですよ。みんなで分け合って食べた方がおいしいと学びましたから」
レヴィが真面目な顔でこくりと頷いた。
「僕のピザもいいよ」
「やった! 私のステーキも食べてください! すっごくおいしいですよ!」
ルーファスの言葉に喜んで、レイも二人にステーキを勧めた。
銀の不死鳥メンバーが賑やかに食事を楽しんでいると、隣の席から暗いトーンの話し声が聞こえてきた。
「今日の依頼は酷かったね」
「本当にアレで良かったのか? 他の領に問題を押し付けただけだろ?」
「だが、それが今日の依頼だ。『魔物を森に追い返したら、その先は知らない』ということだろう?」
「領主様の依頼だからね。私たちが口を出すようなことじゃないでしょ」
男女二人ずつの冒険者グループで、みんなどこかすっきりとしない表情をしている。
「それって、『魔物の追い出し』の依頼のことですか?」
ルーファスが社交的な笑みを浮かべて、にこやかに隣の席の会話に乱入した。
優しそうな美形の男性に声をかけられて、女性二人が「きゃあ!」と黄色い声をあげる。
「あんたらは?」
ガタイのいい剣士の男性が訝しげに尋ねた。
「私たちは『銀の不死鳥』っていう冒険者パーティーです。ギルドで『魔物の追い出し』の依頼票を見つけて、気になってたんです」
ルーファスが、にこにこと無害そうな笑顔で答えた。
「それは後味悪い依頼だからやめといた方がいいぞ。『魔物を森に追い返す』は建前で、隣のラングフォード領に討伐を押し付けてるんだ」
魔術師の男性が答えた。
「へぇ。どうやって?」
「魔物の餌をばら撒いておいて、隣の領に誘導するんです! もちろん、魔物を追い立てる役もいて、一般の人からは、冒険者が魔物を森に追い返しているようにしか見えないんです!」
ルーファスが尋ねると、治癒師の女性がツヤツヤと頬を赤らめて捲し立てた。
彼女の後ろでは、男性二人が若干嫌そうな顔をしている。
「そうなんですね。ありがとうございます。それなら私たちは遠慮しようかな」
ルーファスが微笑んでお礼を言うと、女性陣二人がルーファスに質問をしようと身を乗り出した。
「ああ。そうした方がいいぞ」
剣士の男性が渋い顔で頷いて、「もういいだろう?」と、シッシッと小さく手を振った。
隣のテーブルでは、魔術師の男性が「はしたないぞ!」と女性陣二人に口を出し、「いーじゃない!」「そうよ! 私たちのチャンスを潰す気!?」と反論されている。
「僕たちはもう戻ろうか?」
ルーファスがレイとレヴィに目配せすると、二人はこくりと相槌を打った。
「そうそう。おせっかいかもしれませんけど、情報をいただいたのでお礼です。あなたたちはラングフォード領に足を踏み入れない方がいいですよ。きっと大変な目にあう」
ルーファスは去り際に、隣のテーブルの冒険者たちの方に振り向くと、静かに言った。
伝えるだけ伝えると、さっさと店を出る。
「は?」
「なっ……」
「「えっ?」」
冒険者四人組は、呆気にとられていた。
***
「ルーファス、魔物を誘導したとして、さっきの人たちがやったって分かるものなんでしょうか?」
宿舎への帰り道で、レイはルーファスと繋いでいる手をツンツンと引いた。
「たぶん、もう漏れてるんじゃないかな? 人間とは違って、魔物の情報源はいろいろあるからね。ラングフォード領に誘導された魔物たちに訊けば一発だし、森には匂いなり魔力なりいろんな痕跡が残ってるからね」
「あ、そっか……」
(魔物同士なら会話できるよね……)
「魔物はテリトリーを荒らされるのを嫌うからね。強者に追われて仕方なく逃げ込んで来たならまだしも、誘導した者がいたなら報復する可能性も高いよ」
「魔物は恐ろしいですね……」
「人間とは違うルールで生きてるからね。何よりも問題なのは、領主が主導してたってことかな……水竜王様がどんな報復に出られるか」
ルーファスはやれやれと肩から息を吐いた。「ニール様にもご報告しないと」と呟いている。
(水竜王様の報復って、怖すぎる……)
レイはぷるりと震えて、ぎゅっとルーファスの手を握った。
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◆関連作品
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『雨の回廊』編の過去編スピンオフです。
『冒険者を辞めたら天職でした 〜パーティーを追放された凄腕治癒師は、大聖者と崇められる〜』
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