鈴蘭の魔女の代替り

拝詩ルルー

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湖水地方へ

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 今日は湖水地方へ向けて、バレット商会のキャラバンが出発する日だ。

 朝も早くから、バレット商会所有の倉庫前では、出発に向けて最終調整をしていた。
 荷馬車は五台、護衛が乗るハーフスレイプニルは二頭で、そこそこの大所帯だ。

 ニールは王都に残る予定のため、レイたちの見送りに来ている。

 ルーファスはすっかり体調が回復したので、今回の護衛任務に参戦だ。

「兄さんが僕の代わりに教会の仕事を進めておいてくれるみたいなんだ。さすがに今回はお願いしちゃった。今までも何度か無断で光の大司教役をやってたみたいだしね」

 集合場所に到着するなり、ルーファスが爽やかな笑顔でレイたちに説明をしてくれた。
 いつも穏やかで優しい彼が、この時ばかりは、笑顔なのに不穏な空気を漂わせていた。

 レイとレヴィは「そうなんですね……」と静かに受け流した。触らぬ神に祟りなしである。


「本日はどうぞよろしくお願いします」

 出発の準備が整うと、ルーファスが銀の不死鳥を代表して挨拶をした。
 レイとレヴィも、彼の後ろで一緒に頭を下げる。

「こちらこそよろしくお願いします。会長からは腕利きだと伺っておりますので、頼りにしてますよ」

 商人のリーダーのゼノが、にこやかに挨拶をした。

「俺はバン。今回の商隊兵のリーダーだ。こっちは見習いのリックだ」 

 バンが早速、ルーファスたち銀の不死鳥メンバーに話しかけてきた。
 リックと紹介された少年もぺこりとお辞儀をする。レイより少し大きいぐらいの年頃だ。

「銀の不死鳥のリーダーのルーファスです。この子はレイで、こっちの彼がレヴィです。それで、持ち回りはどうしましょうか?」
「話が早くて助かる。護衛が乗る馬が二頭いるから、商隊兵で一人、そちらで一人、騎馬を出せないか? リックはまだ騎馬に慣れてなくてな。交代できるとありがたい。残りは先頭と最後尾の馬車に分かれて乗る」

 バンが、今回の護衛の配置を説明した。

「それなら私が馬に乗ります」

 レヴィが率先して答えた。
 歴代剣聖のスキルを使えるレヴィは、乗馬もできるのだ。

「ああ、頼む。レヴィさん、だっけか?」
「そうです」

 バンがにっと笑いかけると、レヴィがこくりと相槌を打った。

「最後尾の馬車には、私とレイが乗りましょうか? 私は弓士で、彼女は魔術師なので遠距離攻撃ができます」
「そうだな。そうしてくれるか? リック、お前は先頭の馬車だ」
「はい」

 ルーファスの提案に、バンが軽く頷いた。
 リックも素直に返事をする。

 各々配置につくと、「出発だ!」というゼノの一声で、馬車が動き始めた。

「ニール! 行ってきます!」
「気をつけて!」

 荷馬車の後ろの席からレイが元気よく手を振ると、ニールも小さく手を振り返した。


***


「ルーファスは湖水地方に行ったことはありますか?」

 ガタゴトと荷馬車に揺られながら、レイが尋ねた。

「湖水地方は行ったことがないかな。かの地は、水竜王様が治められてるからね。無闇に他の竜種が足を踏み入れていい場所じゃないんだよ」
「えっ!? このまま行くと、湖水地方に入っちゃいますよ! 大丈夫なんですか!? それに水竜王様って……!!」

 レイは、ルーファスの思いがけない説明に、びっくりして慌て始めた。

「今回はバレット商会の護衛だし、あまり長居しなければ大丈夫だと思うよ。こういう時にバレット商会は強いよね。ニール様が最高位の竜だから、余程のことがなければ手出しされないし、商売の人だから、よその魔物が縄張りに入って来たとしても、取引相手として容認してもらえる」
「竜の世界も大変ですね……」
「竜というよりも、魔物かな。魔物は縄張りと力の上下にうるさいから」

 ルーファスは淡い黄色の瞳を緩めて、苦笑した。

「あっ! そういえば、私、水竜王様には会うなって、みんなに言われてるんです!」
「みんな?」
「ユグドラの人たちです。師匠とか、ミランダとか、いろいろです」
「……確かに、レイの魔力属性だと、水竜王様の好みだろうね」
「う~ん、水竜王様に会わないようにするとなると……」

 レイは腕を組んで、むむむ、と考え込んだ。

「まず、水竜湖は行っちゃダメだよ。水竜の本拠地だから。水竜湖の底には、水竜が治める宮殿があるみたい。それから、領主館も危ないね」
「領主館もですか?」

 レイがきょとんと小首を傾げた。

「うん。ラングフォード伯爵家は、水竜と繋がっているって噂だからね。水竜王の代理人として、伯爵家とは別に、魔術伯爵を代々そばに置いて、後見してるんだ」
「……つまり湖水地方には、ラングフォード伯爵と、ラングフォード伯爵がいるんですね?」
「ちょっと複雑なんだけど、そうだね。両方とも、別人だよ」
「ほぇ……ややこしいです」

 レイの頭はキャパオーバーで、少しずつプスプスと煙を上げ始めた。

「水竜王様に繋がってるとなると、ラングフォード魔術伯爵にはお会いしない方がいいんでしょうか?」
「そうだね。できれば避けた方がいいね」
「黒の塔に入るために、ラングフォード魔術伯爵に推薦状をもらって来いって、言われたんですが……」

 レイは、ライデッカーから届いた真っ黒な封筒の紹介状を、空間収納から取り出した。

(……そうなると、別の人に頼んだ方が良さそうかも……)

 レイは紹介状を見つめながら、どうしたものかと考え込んだ。
 ルーファスは、他の竜の匂いがしたのか、瞬時に白皙の美貌を顰めた。

「ラングフォード魔術伯爵への紹介状……?」
「そうです」

 ルーファスとレイが渋い顔で黒い紹介状を睨みつけていると、

「魔物だー!!」

 バンの野太い声がこだました。

「「はっ!」」

 ルーファスとレイは瞬時に臨戦態勢に入った。

 レイが探索魔術をかけている間に、ルーファスは矢をつがえて荷馬車の屋根の上に乗り上げた。

 レヴィが馬を、ガサガサと木々が大きく揺れている側の森の方に向けて走らせた。

 突如、森からブラックホーンディアの群れが飛び出して来た。
 キャラバンを横切るように、ドドドッと駆け抜けて行く。

 突然の魔物の群れに、荷馬車を引いている馬たちがびっくりして暴れ出した。

「うわっ!」
「荷を守れ!!」
「どう、どう」

 御者をしている商人たちは、慌てて手綱を強く引き、馬たちを落ち着けようとした。

「……通り過ぎて行ったな……」

 ブラックホーンディアの群れが去り、馬たちが落ち着くと、商人の一人が呆然と呟いた。

「まだです! 何か来ます!!」

 探索魔術を敷いていたレイが大声で注意を呼びかけた。

 森の茂みから飛び出して来たのは、上顎から長く鋭い牙を二本生やした、サーベルタイガーのような猫科の魔獣だ。青みがかった艶やかな毛皮をしている。

 猫科魔獣は、近くにいた商人に狙いを定めて飛びかかった。

「う、うわぁっ!!」
「結界!!」

 商人が叫び声をあげて、両腕で頭を抱え込むように縮こまった。
 レイが瞬時に結界を張る。

「ガァッ!」

 猫科魔獣はルーファスの矢で足を射抜かれ、空中で体を捻って、シュタッと着地した。

 ルーファスの方を睨みつけて、グルルッと、警戒した鳴き声を漏らしている。

「影縫い!」

 レイが猫科魔獣に向けて影魔術を発動させる。
 猫科魔獣の影が動き、本体の魔獣を縛り上げた。

「ガッ、ガゥッ!」

 猫科魔獣は、抜け出そうともがいている。

「レヴィ!!」
「かしこまりました!」

 レヴィがすぐさま猫科魔獣に駆け寄り、心臓を一突きした。
 猫科魔獣は、くたりと力が抜けて、そのまま絶命した。

「アイスサーベル……ここら辺では見ない魔物だぞ、魔物の移動の影響か……?」

 バンはアイスサーベルのそばに近寄ると、顔を青ざめさせて言った。

「る、るるるルーファスさん、お嬢ちゃん、死ぬかと思いましたよ! ……本当にありがとうございます!!」
「お怪我はありませんか?」
「無事で良かったです」

 襲われそうになった商人が震えながらルーファスとレイにお礼を言った。
 ルーファスは小さく頷き、レイは商人を安心させるように、にっこりと微笑んだ。

「それにしても、ドラゴニア北部にしか生息していないアイスサーベルが、こんな所にいるなんて……」

 ルーファスが渋い顔をして、アイスサーベルを見つめた。

「ニールの言っていた通りですね。氷竜の影響で、強い魔物が南下しているんです」

 レヴィも剣の血を払って鞘に収めると、真面目な顔で頷いた。

「無事が確認できたら、すぐに出発だ! 他にも危険な魔物がうろついてるかもしれない! 早く次の街に向かうぞ!!」

 バンがキャラバン全体に声がけすると、商人たちやリックも了解だと、強く頷いた。


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◆関連作品

『砂漠の詩』
『雨の回廊』編の過去編スピンオフです。

『冒険者を辞めたら天職でした 〜パーティーを追放された凄腕治癒師は、大聖者と崇められる〜』
『冒険者パーティーを追放された凄腕治癒師を拾いました』編のスピンオフです。

『ジャスティンと魔法少女のステッキ』
『魔法少女』編のスピンオフです。

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