鈴蘭の魔女の代替り

拝詩ルルー

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ニールの茶会

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 今日はニールの屋敷の庭で茶会だ。

 ニールの機嫌が直り、やっとレイとレヴィがご褒美用に買ったケーキを堪能しようということになったのだ。
 レイとレヴィは、ニールに案内されてバレット邸の中庭に出た。

 日当たりの良い中庭の中央には、脚の細いガーデンテーブルが一つと、椅子が三脚置かれていた。

 三人が席に着くと、ニールが影魔術で周囲に日陰をつくった。さらにテーブルの上にアイスブルー色の魔道具を置き、魔力を流して起動する。

「あれ? なんだか涼しい風が……」

 そよそよと頬をくすぐる風に、レイが不思議そうに呟いた。

「この冷風の魔道具の効果だな。ある一定範囲内で冷風を起こすんだ。これで真夏でも過ごしやすくなる」
「ふふっ。これで快適にケーキを楽しめますね。ありがとうございます!」

 レイがにっこりお礼を言うと、ニールも艶麗に微笑んだ。

 ニールが目配せすると、メイドたちが次々とスイーツやお茶を運んで来た。

 レイにはアイスミルクティー、ニールとレヴィにはアイスコーヒーが出された。

 テーブルの真ん中には三段のケーキスタンドが置かれ、一口サイズのカップケーキやかぼちゃパイ、ガトーショコラ、オレンジとチェリーのゼリー寄せ、砂糖漬けのすみれの花が載ったクッキーなどが美しく盛られていた。

 さらに、デザートワゴンの上には、レイたちが買ってきたケーキもお皿に盛られて控えていた。

「わぁ! かわいいし、とってもおいしそうです!」

 レイの瞳がキラリと輝いた。早くもケーキスタンドのスイーツたちに釘付けである。

「では、茶会を始めようか」

 早くも待ちきれないといったレイの様子を見て、ニールがくすりと笑って言った。

 レイは旬の桃とメロンが入ったロールケーキを、レヴィは定番のショートケーキを、甘い物が苦手なニールはティラミスを選んだ。

「わざわざ俺のために選んだと聞いたからな」

 ニールがいつにもなく柔らかく微笑んだ。彼のことを思って選んだのが嬉しかったようだ。

「もちろんです! ニールにも楽しんでもらいたかったので。あ、でも、後で一口くださいね。みんなで分け合うともっとおいしいんです!」

 レイが期待の視線をニールに向けると、彼は目尻に皺を寄せて「もちろん、いいよ」と慈しむように微笑み返した。

「調味料を使わなくても、おいしくする技があるのですね」

 レヴィは新たなことをラーニング中だ。

「はぁ~……おいしすぎて、幸せ……」

 レイはケーキをぱくりと食べると、満面の笑顔で頬を押さえた。

「うん。うまいな」
「おいしいですね」

 ニールとレヴィもケーキを口に運ぶと、相槌を打った。


「そう、レイに手紙が届いてるよ」

 スイーツタイムがひと段落すると、ニールが徐に口を開いた。

「手紙ですか? 誰からでしょう??」
「ジーン・ライデッカー魔術伯爵からだよ。
「何でしょう???」

 レイはニールから手紙を受け取ると、まじまじと見つめた。

 ニールがやけに聖属性の加護が強いペーパーナイフを手渡してきたので、レイはそれを受け取って早速手紙を開封する。

「……う~ん、『ラングフォード魔術伯爵への紹介状を同封します』だそうです」

 レイはライデッカーからの手紙を簡潔にまとめて読み上げた。封筒の中には、真っ黒な封筒がさらにもう一枚入っている。

「ふぅん。ライデッカー魔術伯爵は、彼にレイを紹介しようとしているのか」

 ニールは考え込むように、色鮮やかな黄金眼を細めた。

「ニールは、ラングフォード魔術伯爵と知り合いなんですか?」
「うちのお得意様だよ。湖水地方への荷の大半は、彼宛てだからね。もし、レイがラングフォード魔術伯爵に会うなら、俺も同席していい?」
「黒の塔への推薦状をお願いするだけなので、私はいいですけど……ニールは大丈夫でしょうか? お仕事の邪魔になりませんか?」
「そこら辺は気にしなくて大丈夫だよ。じゃあ、ラングフォード魔術伯爵に会うことになったら、俺を呼んで。影を伝ってすぐに行くから」
「分かりました! あ、でも、連絡の仕方って、どうしましょう?」
「近場にいるなら念話だけど、湖水地方まで離れているなら、そうだね……それ、借りていい?」

 ニールは、いつもレイが首から下げている黒いドラゴンの紋章が入ったペンダントを指差した。

「はい、どうぞ」

 レイはペンダントを外して、ニールに手渡した。

 ニールは、ペンダントトップを両手で包み込むと、何やら魔術をかけ始めた。

(わぁ! すごい! 魔術の展開が速すぎて、目で追いきれない……)

 レイは目に魔力を込めて、感激しながら、ニールの魔術付与を見つめた。
 魔術陣の光が幾重にも展開され、次々と、ペンダントトップに向かって収縮していく。

「ほら。これを握って魔力を込めて俺に呼びかければ伝わるから」
「ありがとうございます……それにしても、すごい魔術ですね」

 ニールにペンダントを戻され、レイはお礼とともに感嘆の溜め息をついた。

「まだまだ凝りたかったんだけど、このシルバーだと、ここまでの付与で限界かな……」

 ニールが残念そうに眉を下げて言った。

「……これ以上、何を付与しようというんですか……?」

 レイはなぜか嫌な予感がして、おそるおそる尋ねた。

「そうだな。やっぱり、盗まれそうになった時用に、盗人の腕をぐ魔術を……」
「いっ、今のままで十分です! わぁ、今のが一番嬉しいです!! 本当にありがとうございます!!!」
「そうか……?」

 レイは慌ててニールの言葉を遮り、盗人の腕を捥がないバージョンのペンダントを褒め称えた。

 ニールは、こてんと首を傾げながらも、「レイが喜ぶならそれでいいか」と納得していた。

(義父さんといい、ニールといい、物騒すぎる……!!!)

 レイの心では、内心、嵐が吹き荒れていた。


「そういえば、この冷風の魔道具は、タイマー機能って付いてるんですか?」

 レイがアイスブルー色の魔道具を指差した。

「タイマー機能?」

 ニールは聞き慣れない言葉に、興味深そうに訊き返した。

「そうです。一定時間稼働して、時間になったら自動で魔道具の機能がストップするんです」
「ふむ……冷風の魔道具は、注いだ魔力量に応じて自動で機能が止まるんだけど、確かに、あらかじめ稼働時間を決められる機能もあるといいね。特に魔力量の多い人外が喜ぶ」

 ニールは、レイの説明に感心したように頷いた。

「夜寝る時とか、一晩中稼働させると風邪をひいちゃいますよね? はじめの数時間だけ冷風の魔道具を使いたい時とかに便利ですよ」

(これで夏も快適に過ごせる!)

 レイはわくわくとニールの様子を窺った。

「北の氷竜の工房に相談だな。ただ、氷竜湖が荒れてるから、少し時間がかかるかな」

 ニールは少しだけ渋い顔をした。

「氷竜湖が荒れてるんですか?」
「氷竜湖の主がお年でね。耄碌してしまって、暴れてるんだよ」
「わぁ……」

(「竜が暴れる」って、相当危ないのでは……? ニール自身が強いから、そこまで気にしてないのかもしれないけど……)

 レイは、まるで軽い世間話をするかのようなニールの受け答えに、目をぱちくりさせた。

「そろそろ代替りが必要なんだけど、何頭か候補はいるけど、力が拮抗していてね。なかなか決まらないんだ」
「どこの世界も跡目争いは大変なんですね……」
「そうそう。竜が荒れると、巻き添えを食わないように他の魔物が逃げ出すから。今、大量の魔物が南に避難しに来てるんだ」

 ニールにとってはこちらの方が深刻なようで、彼の黄金眼は憂いを帯びていた。

「魔物の大移動……最近、ちらほら耳にします」

 レヴィが淡々と相槌を打った。

「北の地は、過酷な環境に適応した屈強な魔物が多いからな。弱い魔物を中心に、どんどん南に追いやられてるんだ。レイも護衛や討伐依頼を受ける時は、いつも以上に気をつけたほうがいい」
「分かりました」

 ニールの助言に、レイは神妙な顔で頷いた。

「そうそう。湖水地方への荷がそろそろ整いそうなんだ。ルーファス殿にも確認はするけど、レイも準備しておいて」

 ニールは思い出したかのように、次の護衛依頼のことを口にした。

「荷物の護衛任務! 頑張りますね!」
「ええ、任せてください」

 レイとレヴィは顔を見合わせあって、力強く頷いた。


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◆関連作品

『砂漠の詩』
『雨の回廊』編の過去編スピンオフです。

『冒険者を辞めたら天職でした 〜パーティーを追放された凄腕治癒師は、大聖者と崇められる〜』
『冒険者パーティーを追放された凄腕治癒師を拾いました』編のスピンオフです。

『ジャスティンと魔法少女のステッキ』
『魔法少女』編のスピンオフです。

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