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光竜の里5
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光竜王レックスには悩みがあった——最近攫ってきた少女についてだ。
はじめはルーファスの加護を受けておきながら、別の竜の匂いをベッタリと漂わせているレイにイラッとした——いや、ブチッと切れた——こんなの、弟が不憫すぎる!!! と。
とりあえず自分の領域である光竜の里に連れ帰り、よくよく話を聞いてみれば、別の竜は兄として一緒に暮らしている影竜王ニールだという——兄妹であれば、あれだけベッタリ匂いが付いていてもおかしくはない——つまり、レックスの早とちりであったのだ。
勘違いで攫ってきてしまったのなら、元に戻せばいい話だった。
——だが、ここからが想定外だった。
「あいつ、大喰らいすぎるだろう……それとも、これが人間の成長期というものなのか……?」
レックスは縁側に座り込み、くしゃりと淡い金髪を握り締めた。
レイは小さな体に似合わず、たくさん食べた。食事の度に、二度も三度もご飯をおかわりしたのだ。
女中たちはレイの食べっぷりの良さを称賛し、人間の子供ということもあり、とてもかわいがった。
今朝も——
「いくら何でも食べすぎだ! 腹が痛くなるほど食うな! 自重しろ!!」
食後に苦しげにごろりと横になったレイを見て、レックスは至極真っ当なことを言った。
「ゔぅっ……お昼は川魚の塩焼きと小松菜のおひたしがいいです……きのこのお味噌汁は赤味噌で……」
「せめて今食べた分を消化してから言え!!」
レックスが、ゼイゼイと肩で息を切らしながらツッコミを入れると、ルーファスが「まぁ、まぁ」と取りなした。
レックスは、じとりとルーファスを睨みつけた。
弟がレイを甘やかしすぎなことも原因の一端だと、薄々感じとっていたのだ。
「それに、こんなに出っ腹じゃ、昼飯が入るかどうかも怪しいだろ」
レックスは失礼にも、レイのお腹をポンッと軽快な音を立てて叩いた。
「むむっ! 乙女に何たる辱めを!!」
レイはシャーッとレックスを威嚇したが、お腹いっぱい過ぎて起き上がれず、すぐにヨロヨロと潰れた。
「自分を乙女だと言い張るなら、こんな醜態を晒すな! ……全く、腹が落ち着くまでそこで休んでるがいい!!」
レックスはプンプンと肩をいからせて大部屋を出て行った。
——また、屋敷内の女中たちの噂話も酷すぎた。
ルーファスの加護付きの少女を攫ってきたこともあり、レックスがルーファスの想い人に横恋慕しているということになっていた。そして、レイが双子の兄弟のうち、一体どちらを選ぶのかという、熱い議論が勃発していた——平和ボケして暇すぎる光竜の里では、最高の娯楽である。
レイが具合の悪いルーファスの見舞いに行ったことも、それをレックスが誘惑の魔物を見に連れ出したことも、変な方向に解釈されていた——曰く、「レイとルーファスは両思いで、レックスが猛アピールをして奪おうとしている」「レイはレックスに惹かれてきているのでは? あの小動物に嫌われまくっているレックスにも臆せず懐いているから」などなど……
古より竜は、「攫ってきた姫を自らの領域で歓待し、絆を深めて妻として娶る」という物語がもてはやされてきた。
人間にとって悪竜の物語は、竜にとっては姫とのラブロマンス扱いなのだ。
もちろん、レイも攫われの姫扱いである。
女中たちは、いつレックスとレイが恋に落ちるのか、楽しみにしているのである。
さらに、竜の矜持として、「攫ってきた子には優しくしないといけない」という暗黙の了解もあり、レックスはなんだかんだいって、レイに強く出られないでいた。
少しでもレイを雑に扱えば、女中たちから酷い叱責も飛んできた。——「そんな酷い竜に育てた覚えはない」「攫ってきた女の子に嫌われるようでは、竜として情けない」と。
——しかし、何よりもレックスの心を乱すのは……
レイは好奇心旺盛で、かわいいものが大好きだ。
魔犬も誘惑の魔物も、生き物なのかもよく分からない狛獅子の焼き物ともすぐに仲良くなってしまった。
光竜の里では見ることのない艶やかな黒髪をしていて、ポニーテールの髪はいつも子犬の尻尾のようにポンポンと楽しげに跳ねている。
そして、何よりもよく食べる。特にご飯が大好きで、黒曜石のような瞳を輝かせ、頬を上気させて本当においしそうに食べる。
さらには、光竜王であるレックスを恐れずに言い返してくる所も、あいつによく似ていた。
「くそっ! あんなの攫ってこなければ良かった!!」
レックスは頭を掻きむしった。
「……兄さん、大丈夫?」
背後から、心配そうにルーファスが声をかけてきた。
「ルーファス、体調は大丈夫か?」
レックスは、ハッと正気に戻ると、弟を気遣って声をかけた。
「すっかり良くなったよ。今日、ドラゴニアに帰ろうと思う……レイのことなんだけど……」
「ああ……」
ルーファスはレックスの隣に腰掛けた。
レックスも真面目な顔をして相槌を打った。
二人はしばし、正直に語らった。
***
「お世話になりました! お米もたくさんいただいちゃって、ありがとうございます!!」
レイはぺこりとお辞儀をした。
光竜の女中たちは、「いいのよ」「またおいで」と優しく声をかけてくれた。
「レイ。話したいことがあるから、ちょっとこっちにおいで」
「はいっ!」
ルーファスにちょいちょいと手招きされ、レイはてくてくと彼に近寄って行った。
彼女の背後では、女中たちが「きゃあ!」と黄色い声をあげていた。
「レイ、兄さんが迷惑をかけてごめんね」
ルーファスは、二人を包み込むように防音結界を展開すると、開口一番謝った。
「いいですよ。ご飯もいっぱいもらいましたし、熊猫さん型の誘惑の魔物にも会えましたし、光竜王様も一応反省されてるみたいですし」
レイはチラリとレックスの方を見た。
レックスの方は、レイの視線を受けて、フンッと別方向を向いた。
「兄さんはかわいいものが大好きなんだけど、それを上手く表現できないんだ。いつもかわいいペットや魔物に嫌われてね……昔からこっそり泣いてたりするんだよ。今回もかわいがってた魔犬のクロスケが亡くなったみたいで、寂しかったんだと思う。レイってクロスケみたいに真っ黒な髪と瞳をしてるし、怖がらずに兄さんに向かっていくでしょ? すぐに里の他の魔物や狛獅子とも仲良くなったって聞いたし……そこらへんがどうも似てると感じてしまって、どうしようもなかったみたいなんだ。ご飯の時だけやけに瞳をキラキラさせて食べるのも一緒で、拍車をかけてたみたい……」
ルーファスが非常に申し訳なさそうな面持ちで、説明してくれた。
「私、まさかのペット扱いだったんですか!!?」
衝撃の告白に、レイは目を剥いた。
「……うん。言いにくいけど、そうかな……」
ルーファスがクロスケの姿絵を見せてくれた。
ちろりとピンクの舌を出し、くりっと小首を傾げ、つぶらな真っ黒な瞳をしたふわふわサラサラの真っ黒な長毛のポメラニアンのような魔犬だった。
なお、隣に描かれた人型のレックスと同じ大きさである。
(超巨大ポメ。かわいいけど……)
クロスケの巨体さにレイは面食らった。一瞬、縮尺を誤ったのではないかと疑ってしまったほどだ。
「フンッ。悪かったな……」
いつの間にか、防音結界の中にレックスが入り込んでいた。
彼は腕を組み、目線を逸らして、彼にしては素直に謝ってきた。
「……兄さん……もうちょっと、ちゃんと謝ろうね?」
ルーファスは不甲斐ない兄に、がっくりと肩を落とした。
レイはいろいろが衝撃的すぎて、ただただ真っ白に固まったままだった。
***
光竜兄弟とレイは、王都の外れにあるバレット邸に向かった。
バレット邸の応接室では、すでにニールが奥のソファにどかりと座って待っていて、壁際にはレヴィが控えていた。
応接室に通されるとすぐに、レックスはニールに誠心誠意謝った。
「影竜王殿、此度は早とちりで彼女を勝手に連れ出してしまい、大変申し訳なかった」
「あなたはルーファス殿に関わることについては暴走するきらいがありますからね……ですが、二度目はありませんよ、決して」
「貴殿の寛大な心に感謝する」
ニールは、色鮮やかな黄金眼に怒りの炎を静かに潜めて、レックスを見据えた。
レックスは、ニールの視線には屈せず、誠意をもって深々と頭を下げていた。
(誰、あの竜?)
レイは信じられないものを見る目で、レックスをガン見した。
普段の不遜な態度は鳴りを潜め、竜王らしい威厳があった。
「レイ。無事に戻って来てくれて本当に良かったよ。でもね…………後で言うね」
ニールは貼り付けたような笑顔で、やけに爽やかに言った。
レイの背筋を、ピシリッと悪寒が駆け抜けた。思わず背筋がピンッと伸びて緊張する。
(……お、怒ってらっしゃる……)
レイは内心、生まれたての子鹿のようにぷるぷると震えた。
すると、フッと彼女の目の前に大きな影が差した——レヴィが、ニールとレイの間に立ったのだ。
「……レヴィ?」
ニールが黄金眼を細めてレヴィを見上げた。ひやりと重たい魔力圧が少し漏れた。
「『主人の危機には身を挺して盾になるべし』と教えてくれたのはニールですよ」
「ああ、そうでしたね。早くも身につけてくれたようで、一安心です」
レヴィの真面目すぎる回答に、ニールの魔力圧がフッと軽くなった。
「えっ……レヴィもどうしちゃったの?」
レイが呆気にとられて、ぽつりと呟いた。
「彼は護衛失格だからね、再教育させてもらったよ」
ニールはにこりと不穏に笑って、当たり前のように言い放った。
その言葉にレイだけでなく、レックスやルーファスも、ただただ青い顔をしていた。
光竜兄弟が帰ると、レイのお説教の時間が始まった。
自分の身の安全よりもケーキを優先してしまったレイに、ニールはしつこ……懇切丁寧に何を一番に優先すべきかを語った。
お説教でレイの頭がパンパンになった頃、
「このケーキはまた別の機会にしようか。空間収納内では時間が進まないからね。いつまでも保つよ」
「ゔぅっ……ご褒美のケーキ……」
「今食べたのでは『ご褒美』にならないからね」
ニールの冷徹な決定に、レイは涙を飲んだ。
ご褒美のケーキはさらにお預けとなり、ニールの機嫌が直るのを待つことになるのだった。
はじめはルーファスの加護を受けておきながら、別の竜の匂いをベッタリと漂わせているレイにイラッとした——いや、ブチッと切れた——こんなの、弟が不憫すぎる!!! と。
とりあえず自分の領域である光竜の里に連れ帰り、よくよく話を聞いてみれば、別の竜は兄として一緒に暮らしている影竜王ニールだという——兄妹であれば、あれだけベッタリ匂いが付いていてもおかしくはない——つまり、レックスの早とちりであったのだ。
勘違いで攫ってきてしまったのなら、元に戻せばいい話だった。
——だが、ここからが想定外だった。
「あいつ、大喰らいすぎるだろう……それとも、これが人間の成長期というものなのか……?」
レックスは縁側に座り込み、くしゃりと淡い金髪を握り締めた。
レイは小さな体に似合わず、たくさん食べた。食事の度に、二度も三度もご飯をおかわりしたのだ。
女中たちはレイの食べっぷりの良さを称賛し、人間の子供ということもあり、とてもかわいがった。
今朝も——
「いくら何でも食べすぎだ! 腹が痛くなるほど食うな! 自重しろ!!」
食後に苦しげにごろりと横になったレイを見て、レックスは至極真っ当なことを言った。
「ゔぅっ……お昼は川魚の塩焼きと小松菜のおひたしがいいです……きのこのお味噌汁は赤味噌で……」
「せめて今食べた分を消化してから言え!!」
レックスが、ゼイゼイと肩で息を切らしながらツッコミを入れると、ルーファスが「まぁ、まぁ」と取りなした。
レックスは、じとりとルーファスを睨みつけた。
弟がレイを甘やかしすぎなことも原因の一端だと、薄々感じとっていたのだ。
「それに、こんなに出っ腹じゃ、昼飯が入るかどうかも怪しいだろ」
レックスは失礼にも、レイのお腹をポンッと軽快な音を立てて叩いた。
「むむっ! 乙女に何たる辱めを!!」
レイはシャーッとレックスを威嚇したが、お腹いっぱい過ぎて起き上がれず、すぐにヨロヨロと潰れた。
「自分を乙女だと言い張るなら、こんな醜態を晒すな! ……全く、腹が落ち着くまでそこで休んでるがいい!!」
レックスはプンプンと肩をいからせて大部屋を出て行った。
——また、屋敷内の女中たちの噂話も酷すぎた。
ルーファスの加護付きの少女を攫ってきたこともあり、レックスがルーファスの想い人に横恋慕しているということになっていた。そして、レイが双子の兄弟のうち、一体どちらを選ぶのかという、熱い議論が勃発していた——平和ボケして暇すぎる光竜の里では、最高の娯楽である。
レイが具合の悪いルーファスの見舞いに行ったことも、それをレックスが誘惑の魔物を見に連れ出したことも、変な方向に解釈されていた——曰く、「レイとルーファスは両思いで、レックスが猛アピールをして奪おうとしている」「レイはレックスに惹かれてきているのでは? あの小動物に嫌われまくっているレックスにも臆せず懐いているから」などなど……
古より竜は、「攫ってきた姫を自らの領域で歓待し、絆を深めて妻として娶る」という物語がもてはやされてきた。
人間にとって悪竜の物語は、竜にとっては姫とのラブロマンス扱いなのだ。
もちろん、レイも攫われの姫扱いである。
女中たちは、いつレックスとレイが恋に落ちるのか、楽しみにしているのである。
さらに、竜の矜持として、「攫ってきた子には優しくしないといけない」という暗黙の了解もあり、レックスはなんだかんだいって、レイに強く出られないでいた。
少しでもレイを雑に扱えば、女中たちから酷い叱責も飛んできた。——「そんな酷い竜に育てた覚えはない」「攫ってきた女の子に嫌われるようでは、竜として情けない」と。
——しかし、何よりもレックスの心を乱すのは……
レイは好奇心旺盛で、かわいいものが大好きだ。
魔犬も誘惑の魔物も、生き物なのかもよく分からない狛獅子の焼き物ともすぐに仲良くなってしまった。
光竜の里では見ることのない艶やかな黒髪をしていて、ポニーテールの髪はいつも子犬の尻尾のようにポンポンと楽しげに跳ねている。
そして、何よりもよく食べる。特にご飯が大好きで、黒曜石のような瞳を輝かせ、頬を上気させて本当においしそうに食べる。
さらには、光竜王であるレックスを恐れずに言い返してくる所も、あいつによく似ていた。
「くそっ! あんなの攫ってこなければ良かった!!」
レックスは頭を掻きむしった。
「……兄さん、大丈夫?」
背後から、心配そうにルーファスが声をかけてきた。
「ルーファス、体調は大丈夫か?」
レックスは、ハッと正気に戻ると、弟を気遣って声をかけた。
「すっかり良くなったよ。今日、ドラゴニアに帰ろうと思う……レイのことなんだけど……」
「ああ……」
ルーファスはレックスの隣に腰掛けた。
レックスも真面目な顔をして相槌を打った。
二人はしばし、正直に語らった。
***
「お世話になりました! お米もたくさんいただいちゃって、ありがとうございます!!」
レイはぺこりとお辞儀をした。
光竜の女中たちは、「いいのよ」「またおいで」と優しく声をかけてくれた。
「レイ。話したいことがあるから、ちょっとこっちにおいで」
「はいっ!」
ルーファスにちょいちょいと手招きされ、レイはてくてくと彼に近寄って行った。
彼女の背後では、女中たちが「きゃあ!」と黄色い声をあげていた。
「レイ、兄さんが迷惑をかけてごめんね」
ルーファスは、二人を包み込むように防音結界を展開すると、開口一番謝った。
「いいですよ。ご飯もいっぱいもらいましたし、熊猫さん型の誘惑の魔物にも会えましたし、光竜王様も一応反省されてるみたいですし」
レイはチラリとレックスの方を見た。
レックスの方は、レイの視線を受けて、フンッと別方向を向いた。
「兄さんはかわいいものが大好きなんだけど、それを上手く表現できないんだ。いつもかわいいペットや魔物に嫌われてね……昔からこっそり泣いてたりするんだよ。今回もかわいがってた魔犬のクロスケが亡くなったみたいで、寂しかったんだと思う。レイってクロスケみたいに真っ黒な髪と瞳をしてるし、怖がらずに兄さんに向かっていくでしょ? すぐに里の他の魔物や狛獅子とも仲良くなったって聞いたし……そこらへんがどうも似てると感じてしまって、どうしようもなかったみたいなんだ。ご飯の時だけやけに瞳をキラキラさせて食べるのも一緒で、拍車をかけてたみたい……」
ルーファスが非常に申し訳なさそうな面持ちで、説明してくれた。
「私、まさかのペット扱いだったんですか!!?」
衝撃の告白に、レイは目を剥いた。
「……うん。言いにくいけど、そうかな……」
ルーファスがクロスケの姿絵を見せてくれた。
ちろりとピンクの舌を出し、くりっと小首を傾げ、つぶらな真っ黒な瞳をしたふわふわサラサラの真っ黒な長毛のポメラニアンのような魔犬だった。
なお、隣に描かれた人型のレックスと同じ大きさである。
(超巨大ポメ。かわいいけど……)
クロスケの巨体さにレイは面食らった。一瞬、縮尺を誤ったのではないかと疑ってしまったほどだ。
「フンッ。悪かったな……」
いつの間にか、防音結界の中にレックスが入り込んでいた。
彼は腕を組み、目線を逸らして、彼にしては素直に謝ってきた。
「……兄さん……もうちょっと、ちゃんと謝ろうね?」
ルーファスは不甲斐ない兄に、がっくりと肩を落とした。
レイはいろいろが衝撃的すぎて、ただただ真っ白に固まったままだった。
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光竜兄弟とレイは、王都の外れにあるバレット邸に向かった。
バレット邸の応接室では、すでにニールが奥のソファにどかりと座って待っていて、壁際にはレヴィが控えていた。
応接室に通されるとすぐに、レックスはニールに誠心誠意謝った。
「影竜王殿、此度は早とちりで彼女を勝手に連れ出してしまい、大変申し訳なかった」
「あなたはルーファス殿に関わることについては暴走するきらいがありますからね……ですが、二度目はありませんよ、決して」
「貴殿の寛大な心に感謝する」
ニールは、色鮮やかな黄金眼に怒りの炎を静かに潜めて、レックスを見据えた。
レックスは、ニールの視線には屈せず、誠意をもって深々と頭を下げていた。
(誰、あの竜?)
レイは信じられないものを見る目で、レックスをガン見した。
普段の不遜な態度は鳴りを潜め、竜王らしい威厳があった。
「レイ。無事に戻って来てくれて本当に良かったよ。でもね…………後で言うね」
ニールは貼り付けたような笑顔で、やけに爽やかに言った。
レイの背筋を、ピシリッと悪寒が駆け抜けた。思わず背筋がピンッと伸びて緊張する。
(……お、怒ってらっしゃる……)
レイは内心、生まれたての子鹿のようにぷるぷると震えた。
すると、フッと彼女の目の前に大きな影が差した——レヴィが、ニールとレイの間に立ったのだ。
「……レヴィ?」
ニールが黄金眼を細めてレヴィを見上げた。ひやりと重たい魔力圧が少し漏れた。
「『主人の危機には身を挺して盾になるべし』と教えてくれたのはニールですよ」
「ああ、そうでしたね。早くも身につけてくれたようで、一安心です」
レヴィの真面目すぎる回答に、ニールの魔力圧がフッと軽くなった。
「えっ……レヴィもどうしちゃったの?」
レイが呆気にとられて、ぽつりと呟いた。
「彼は護衛失格だからね、再教育させてもらったよ」
ニールはにこりと不穏に笑って、当たり前のように言い放った。
その言葉にレイだけでなく、レックスやルーファスも、ただただ青い顔をしていた。
光竜兄弟が帰ると、レイのお説教の時間が始まった。
自分の身の安全よりもケーキを優先してしまったレイに、ニールはしつこ……懇切丁寧に何を一番に優先すべきかを語った。
お説教でレイの頭がパンパンになった頃、
「このケーキはまた別の機会にしようか。空間収納内では時間が進まないからね。いつまでも保つよ」
「ゔぅっ……ご褒美のケーキ……」
「今食べたのでは『ご褒美』にならないからね」
ニールの冷徹な決定に、レイは涙を飲んだ。
ご褒美のケーキはさらにお預けとなり、ニールの機嫌が直るのを待つことになるのだった。
13
◆関連作品
『砂漠の詩』
『雨の回廊』編の過去編スピンオフです。
『冒険者を辞めたら天職でした 〜パーティーを追放された凄腕治癒師は、大聖者と崇められる〜』
『冒険者パーティーを追放された凄腕治癒師を拾いました』編のスピンオフです。
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