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誘惑の魔物1〜熊猫さん編〜
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「……ふぅ……ニールから、滞在許可が出ました」
レイはニールの手紙に目を通すと、ほっと肩から息を吐いた。
手紙を運んでくれたルーファスの使い魔のクロノは、一晩中走ったためか、くったりと腹這いになって休んでいた。
はたから見ると、黒い毛玉がそこに落ちているかのようだ。
主人のルーファスは、体調が悪い時にニールのどす黒い魔力を浴びたせいか、本日は寝込んでいた。
特にニールの魔力は非常に強く、悪意に満ちたものだったので、風邪で抵抗力を失っていたルーファスは、余波で魔力酔いまで起こしていた。
「ルーファス、お見舞いに来ました。ニールから滞在許可が出たので、大丈夫ですよ。ゆっくり休んで治してください」
レイはルーファスのベッド脇の椅子に腰掛けると、元気づけるように彼の手を握った。
「……そうか、良かった……」
額に濡れタオルを乗せたルーファスが弱々しく笑った。
「……そういえば、その服はどうしたの?」
ルーファスは薄目に開けていた瞳を丸くして、レイに尋ねた。
レイは今日は、光竜の里の民族衣装を着せてもらっていた。
綺麗な桃色の着物のような民族衣装に、オーガンジーのような透け感のある淡い黄色の帯を巻いている。結び目は、マーゴットに芍薬の花のように華やかに結んでもらった。
髪型もかわいらしくお団子のアップスタイルにしてもらって、小さな黄色い魔石が付いたかんざしが刺してある。
「これは、マーゴットさんが用意してくださったんです」
「そう。よく似合ってて、かわいいよ」
ルーファスが頬を緩め、弱々しい声で褒めた。
「ふふっ。ありがとうございます。ルーファスはしっかり寝て、休んでくださいね?」
レイはにっこり笑ってお礼を言うと、顔色の悪いルーファスを気遣った。
「そうだぞ、ゆっくり休め。レイ、お前がここにいるとルーファスが休めないから、外に出るぞ」
レックスが、レイの背後から声をかけた。
「……兄さん……!」
ルーファスがレイを心配してベッドから起きあがろうとすると、レックスが制した。
「こいつはもう客人だからな。何も乱暴する気はない。レイ、誘惑の魔物を見に行くぞ。光竜の里の誘惑の魔物は一味違うぞ」
「誘惑の魔物! どう違うんですか?」
レイの黒曜石のような瞳がキラリと光った。
「世界中探してもここにしかいない、白黒の熊猫さん型だ!」
「パンダさん!!」
誘惑の魔物ファンのレイは、テンションが爆上がりした。
「……兄さん、レイはすぐに何にでも興味を引かれてどこかに行っちゃうから、必ず手を繋いであげて。あと、今日は日差しが強いから、できるだけ日陰を通ることと、適度に水分を摂らすようにして。レイの水魔術はおいしいから、頼めば出してくれるよ。それから……」
ルーファスは具合が悪いながらも、レイとのお散歩の注意事項を次々とあげていった。
「……ルーファスは、いつの間にこいつの母親になったんだ……」
レックスは、今までに見たこともない弟の過保護っぷりに、引いていた。
***
レックスは、レイを小脇に抱えて屋敷を出た。非常にデリカシーの欠片も無い出立方法だ。
屋敷の門を一歩出ると、のどかな田園風景が広がっていた。
屋敷は里の中で最も小高い場所にあるようで、里全体を見渡すことができた。
ぽつりぽつりと屋敷が点在していて、その他は畑や水田、果樹園がつくられていた。
里の真ん中を小川が流れ、子供たちが水遊びをしている。
空を見上げれば、光魔術を応用した魔術結界が張られているのが見えた。
里の端から先は、鬱蒼と生い茂る森が見えた。
「ちょっと! 自分の足で歩けますよ!」
レイは手足をバタつかせて、レックスに抗議した。
「仕方ないな。勝手に遠くに行くんじゃないぞ」
レックスは、レイを地面に下ろした。ルーファスの助言通り、レイの片手を繋いで歩き出す。
(昨日は急に連れて来られたから、全然周囲のことは見てなかったかも……なんだか、里山みたいで落ち着くところかも)
レイはあちこち眺めて、どこか懐かしい景色にじーんと、胸がいっぱいになっていた。
「ほら、あまりよそ見をするな」
「きゃっ!」
レックスが注意した瞬間、レイは何かにつまづいた。
転びそうになったレイを、レックスが片手で引き上げる。
「……痛た……何これ……って、狛獅子!?」
レイは、つまづいた何かを見て、声をあげた。
道のど真ん中に、小さな狛獅子の焼き物が寝そべるように置かれていた。
「ああ。昼間はこいつらは置物に戻るからな。昨日の夜に遊び疲れてここで寝たか、元の場所に戻るのに時間が足りなかったか……里の中ではよく見かけるぞ」
「……ちょっとかわいいかも……」
レイは「ぶつかってごめんね」と狛獅子を撫でると、レックスに連れられて森へと向かった。
森の中へ一歩足を踏み入れると、レイはぐわんと強めの魔力の圧力を感じた。
「うっ……なんだか魔力がぐるぐるしてる……」
(ずっと森の中にいたら魔力酔いしちゃうかも……)
レイは、慣れない森の魔力にたじろいだ。
「森には勝手に一人で出るなよ。光竜を恐れて近寄って来ないが、そこそこランクの高い魔物がうろついてる。それから、里の結界の外に出たら、お前一人だと結界に弾かれるからな。戻れなくなるぞ」
「分かりました」
レイはレックスの助言に素直に頷いた。
「それから、森の中では俺からあんまり離れるなよ。勝手に迷子になられても困る。探すのが面倒だからな」
レックスはぶっきらぼうにそう言った。
「ゔ……分かりました」
(もう少し言い方ってあると思う……)
レイはそう思ったが、賢明にも口に出すことはしなかった。
二人がしばらく歩いて行くと、小さな花畑に出た。
レックスはそこら辺にあった岩にどかりと腰掛けると、空間収納からお弁当を取り出した。
「ここで飯でも食ってれば、そのうち匂いに誘われて誘惑の魔物たちがやってくる」
お弁当箱の中には、たくさんのおにぎりが入っていた。
「わっ! おにぎり様!!」
「何だ、知ってるのか?」
レックスは「ルーファスが教えたのか」と勝手に合点して、おにぎりに手を伸ばした。
普通にむしゃむしゃと頬張る。
「おいふぃ……」
レイは久々のおにぎりをはぐはぐと頬張ると、瞳をキラキラと輝かせた。
(塩にぎり……! 絶妙な塩味と甘味!! シンプルなのに、この世界だとすっごく贅沢な感じがする……!!!)
レイはこの世界では、光竜の里でしかまだ米を見たことがなかった。そんなレア感も、余計においしさに拍車をかけていた。
「おにぎりは多めに作らせたからな。だが、誘惑の魔物の分も取っておけよ。あいつらも食い意地が張ってるからな」
「パンダさんはおにぎりが好きなんですか?」
「さっきから言ってる『パンダ』とは何だ? 熊猫さん型は何でも食べるからな——人間でさえもな」
レックスは、急に恐ろしげな表情に豹変させると、低い声でおどろおどろしく言い放った。
「……!?」
レイが一瞬びくりとすると、レックスはからからと悪い顔で笑った。
「『光竜王様、助けてください』と言えれば、助けてやらんでもないぞ」
「……嘘ですね」
レイはレックスを胡乱な目でじーっと見つめて、冷静に指摘した。
「なっ……」
レックスがぎくりと反応した。
「やっぱり……」
レイは空間収納からコップを取り出すと、魔術で冷たい水を出して、ごくごくと一気に飲み干した。
やれやれと、呆れた溜め息を吐く。
「熊猫さん型に襲われるのは本当のことだからな!!」
レックスはさらにギャーギャーと言い募った。
「つまり、人間が食べられてしまうのは嘘なんですね? それに私が襲われた時に何もしなかったら、ルーファスに怒られますよ?」
「ぐっ……」
レックスが図星といった表情で、固まる。
「はい、コップを出してください。水を入れますから」
「うっ……頼む」
レックスは存外素直にコップを差し出した。
レイが魔術で水を出してコップを戻すと、レックスはそれを一口飲んだ。一瞬で悪い顔は驚きの表情に変わる。
「……何だ、本当にうまいじゃないか」
レックスがぽろりと呟いた。
「ニールに教わりました……みゃっ!!?」
その時、もふん、もふふん、とレイの上に何かがたくさん覆い被さり、彼女の視界は真っ暗になった。
レイはニールの手紙に目を通すと、ほっと肩から息を吐いた。
手紙を運んでくれたルーファスの使い魔のクロノは、一晩中走ったためか、くったりと腹這いになって休んでいた。
はたから見ると、黒い毛玉がそこに落ちているかのようだ。
主人のルーファスは、体調が悪い時にニールのどす黒い魔力を浴びたせいか、本日は寝込んでいた。
特にニールの魔力は非常に強く、悪意に満ちたものだったので、風邪で抵抗力を失っていたルーファスは、余波で魔力酔いまで起こしていた。
「ルーファス、お見舞いに来ました。ニールから滞在許可が出たので、大丈夫ですよ。ゆっくり休んで治してください」
レイはルーファスのベッド脇の椅子に腰掛けると、元気づけるように彼の手を握った。
「……そうか、良かった……」
額に濡れタオルを乗せたルーファスが弱々しく笑った。
「……そういえば、その服はどうしたの?」
ルーファスは薄目に開けていた瞳を丸くして、レイに尋ねた。
レイは今日は、光竜の里の民族衣装を着せてもらっていた。
綺麗な桃色の着物のような民族衣装に、オーガンジーのような透け感のある淡い黄色の帯を巻いている。結び目は、マーゴットに芍薬の花のように華やかに結んでもらった。
髪型もかわいらしくお団子のアップスタイルにしてもらって、小さな黄色い魔石が付いたかんざしが刺してある。
「これは、マーゴットさんが用意してくださったんです」
「そう。よく似合ってて、かわいいよ」
ルーファスが頬を緩め、弱々しい声で褒めた。
「ふふっ。ありがとうございます。ルーファスはしっかり寝て、休んでくださいね?」
レイはにっこり笑ってお礼を言うと、顔色の悪いルーファスを気遣った。
「そうだぞ、ゆっくり休め。レイ、お前がここにいるとルーファスが休めないから、外に出るぞ」
レックスが、レイの背後から声をかけた。
「……兄さん……!」
ルーファスがレイを心配してベッドから起きあがろうとすると、レックスが制した。
「こいつはもう客人だからな。何も乱暴する気はない。レイ、誘惑の魔物を見に行くぞ。光竜の里の誘惑の魔物は一味違うぞ」
「誘惑の魔物! どう違うんですか?」
レイの黒曜石のような瞳がキラリと光った。
「世界中探してもここにしかいない、白黒の熊猫さん型だ!」
「パンダさん!!」
誘惑の魔物ファンのレイは、テンションが爆上がりした。
「……兄さん、レイはすぐに何にでも興味を引かれてどこかに行っちゃうから、必ず手を繋いであげて。あと、今日は日差しが強いから、できるだけ日陰を通ることと、適度に水分を摂らすようにして。レイの水魔術はおいしいから、頼めば出してくれるよ。それから……」
ルーファスは具合が悪いながらも、レイとのお散歩の注意事項を次々とあげていった。
「……ルーファスは、いつの間にこいつの母親になったんだ……」
レックスは、今までに見たこともない弟の過保護っぷりに、引いていた。
***
レックスは、レイを小脇に抱えて屋敷を出た。非常にデリカシーの欠片も無い出立方法だ。
屋敷の門を一歩出ると、のどかな田園風景が広がっていた。
屋敷は里の中で最も小高い場所にあるようで、里全体を見渡すことができた。
ぽつりぽつりと屋敷が点在していて、その他は畑や水田、果樹園がつくられていた。
里の真ん中を小川が流れ、子供たちが水遊びをしている。
空を見上げれば、光魔術を応用した魔術結界が張られているのが見えた。
里の端から先は、鬱蒼と生い茂る森が見えた。
「ちょっと! 自分の足で歩けますよ!」
レイは手足をバタつかせて、レックスに抗議した。
「仕方ないな。勝手に遠くに行くんじゃないぞ」
レックスは、レイを地面に下ろした。ルーファスの助言通り、レイの片手を繋いで歩き出す。
(昨日は急に連れて来られたから、全然周囲のことは見てなかったかも……なんだか、里山みたいで落ち着くところかも)
レイはあちこち眺めて、どこか懐かしい景色にじーんと、胸がいっぱいになっていた。
「ほら、あまりよそ見をするな」
「きゃっ!」
レックスが注意した瞬間、レイは何かにつまづいた。
転びそうになったレイを、レックスが片手で引き上げる。
「……痛た……何これ……って、狛獅子!?」
レイは、つまづいた何かを見て、声をあげた。
道のど真ん中に、小さな狛獅子の焼き物が寝そべるように置かれていた。
「ああ。昼間はこいつらは置物に戻るからな。昨日の夜に遊び疲れてここで寝たか、元の場所に戻るのに時間が足りなかったか……里の中ではよく見かけるぞ」
「……ちょっとかわいいかも……」
レイは「ぶつかってごめんね」と狛獅子を撫でると、レックスに連れられて森へと向かった。
森の中へ一歩足を踏み入れると、レイはぐわんと強めの魔力の圧力を感じた。
「うっ……なんだか魔力がぐるぐるしてる……」
(ずっと森の中にいたら魔力酔いしちゃうかも……)
レイは、慣れない森の魔力にたじろいだ。
「森には勝手に一人で出るなよ。光竜を恐れて近寄って来ないが、そこそこランクの高い魔物がうろついてる。それから、里の結界の外に出たら、お前一人だと結界に弾かれるからな。戻れなくなるぞ」
「分かりました」
レイはレックスの助言に素直に頷いた。
「それから、森の中では俺からあんまり離れるなよ。勝手に迷子になられても困る。探すのが面倒だからな」
レックスはぶっきらぼうにそう言った。
「ゔ……分かりました」
(もう少し言い方ってあると思う……)
レイはそう思ったが、賢明にも口に出すことはしなかった。
二人がしばらく歩いて行くと、小さな花畑に出た。
レックスはそこら辺にあった岩にどかりと腰掛けると、空間収納からお弁当を取り出した。
「ここで飯でも食ってれば、そのうち匂いに誘われて誘惑の魔物たちがやってくる」
お弁当箱の中には、たくさんのおにぎりが入っていた。
「わっ! おにぎり様!!」
「何だ、知ってるのか?」
レックスは「ルーファスが教えたのか」と勝手に合点して、おにぎりに手を伸ばした。
普通にむしゃむしゃと頬張る。
「おいふぃ……」
レイは久々のおにぎりをはぐはぐと頬張ると、瞳をキラキラと輝かせた。
(塩にぎり……! 絶妙な塩味と甘味!! シンプルなのに、この世界だとすっごく贅沢な感じがする……!!!)
レイはこの世界では、光竜の里でしかまだ米を見たことがなかった。そんなレア感も、余計においしさに拍車をかけていた。
「おにぎりは多めに作らせたからな。だが、誘惑の魔物の分も取っておけよ。あいつらも食い意地が張ってるからな」
「パンダさんはおにぎりが好きなんですか?」
「さっきから言ってる『パンダ』とは何だ? 熊猫さん型は何でも食べるからな——人間でさえもな」
レックスは、急に恐ろしげな表情に豹変させると、低い声でおどろおどろしく言い放った。
「……!?」
レイが一瞬びくりとすると、レックスはからからと悪い顔で笑った。
「『光竜王様、助けてください』と言えれば、助けてやらんでもないぞ」
「……嘘ですね」
レイはレックスを胡乱な目でじーっと見つめて、冷静に指摘した。
「なっ……」
レックスがぎくりと反応した。
「やっぱり……」
レイは空間収納からコップを取り出すと、魔術で冷たい水を出して、ごくごくと一気に飲み干した。
やれやれと、呆れた溜め息を吐く。
「熊猫さん型に襲われるのは本当のことだからな!!」
レックスはさらにギャーギャーと言い募った。
「つまり、人間が食べられてしまうのは嘘なんですね? それに私が襲われた時に何もしなかったら、ルーファスに怒られますよ?」
「ぐっ……」
レックスが図星といった表情で、固まる。
「はい、コップを出してください。水を入れますから」
「うっ……頼む」
レックスは存外素直にコップを差し出した。
レイが魔術で水を出してコップを戻すと、レックスはそれを一口飲んだ。一瞬で悪い顔は驚きの表情に変わる。
「……何だ、本当にうまいじゃないか」
レックスがぽろりと呟いた。
「ニールに教わりました……みゃっ!!?」
その時、もふん、もふふん、とレイの上に何かがたくさん覆い被さり、彼女の視界は真っ暗になった。
12
◆関連作品
『砂漠の詩』
『雨の回廊』編の過去編スピンオフです。
『冒険者を辞めたら天職でした 〜パーティーを追放された凄腕治癒師は、大聖者と崇められる〜』
『冒険者パーティーを追放された凄腕治癒師を拾いました』編のスピンオフです。
『ジャスティンと魔法少女のステッキ』
『魔法少女』編のスピンオフです。
『砂漠の詩』
『雨の回廊』編の過去編スピンオフです。
『冒険者を辞めたら天職でした 〜パーティーを追放された凄腕治癒師は、大聖者と崇められる〜』
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『ジャスティンと魔法少女のステッキ』
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