鈴蘭の魔女の代替り

拝詩ルルー

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光竜の里4

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 レヴィはレイが転移魔術で連れ去られた後、すぐさまバレット商会に駆け込んだ。
 緊急だとニールを呼び出してもらい、小さな会議室に通された。

「ニール。レイが攫われました」
「はぁ?」

 会議室に入って来たニールに、開口一番レヴィが単刀直入に伝えると、ニールの機嫌があからさまに急降下した。

「それで、あなたはみすみすレイが攫われていくのを見ていたんですか?」

 今まで聞いたこともないような、地を這うような低く尖った声だ。

「レイに、『ケーキを守って』と言われまして……」

 レヴィはしょんぼりとケーキ入りの箱をテーブルの上に置いた。

 ニールは盛大に眉を顰めると、「あの子は……」と言葉を詰まらせた。

「自分の身よりもケーキを守ってとは……優先順位があべこべですね。後で叱らないと……」
「このケーキは『ご褒美』なんです。レイは『ニールと一緒に食べるんだ』と、すごく楽しみにしてました」

 レヴィの証言に、ニールは「はぁ……」と大きな溜め息を吐いた。
 そして、ケーキの箱を大事に空間収納にしまった。

「それで、犯人はどんな奴です?」

 ニールは色鮮やかな黄金眼を鋭く光らせて、レヴィに尋ねた。

「ルーファスに似た男性でした」
「……それはおそらく、光竜王レックス殿でしょう。ルーファス殿も呼びましょう。彼が対処した方が早く片が付く」

 ニールは、彼の足元の影を靴底で乱暴に叩いた。

 すぐにニールの影から、ポメラニアンのような真っ黒な魔犬がひょっこりと顔を出した。その表情は、かなり怯えている。

「ルーファス殿をここに呼びなさい。至急です」

 ニールが魔犬を不穏に見下ろすと、魔犬は「キャンッ!!」と悲鳴をあげて、また影の中に潜って行った。


***


「大変お待たせしました……ゴホッ……」

 数分後、会議室に現れたルーファスは、具合が悪そうな顔色でマスクをしていた。

「……ルーファス殿? 風邪ですか?」
「はい……ここ最近は業務が立て込んでまして、体調を崩してました……」

 ニールはイライラと足を組んでドカリと会議室の奥の席に座っていた。

 レヴィはちんまりと入り口近くの席に着いていて、ルーファスは彼の隣の席に座った。

「あの、緊急だと伺ったのですが……」

 ルーファスがおそるおそる尋ねた。
 目の前の影竜王ニールは明らかに機嫌が悪く、どす黒い魔力が会議室中に溢れていた。

「レイが攫われました。レヴィによると、犯人はルーファス殿に似た男性だそうですよ?」
「…………兄さん…………」

 ニールに貼りつけたような笑顔で言われ、ルーファスは両手で顔を覆ってがっくりと項垂れた。

「ルーファス殿? それで、どう落とし前を付けていただけるんですか?」

 ニールの黄金眼が暗く光った。

 もはや脅しであった。

「うちの兄がご迷惑をおかけしてしまい、大変申し訳ございません……行き先はおそらく光竜の里ですね。里の結界は関係者でないと通れないので、すぐさま迎えに行かせていただきます……」

 ルーファスは、非常に神妙な様子で頭を下げた。

「ええ。できるだけ早めにお願いしますよ? 私も好き好んで他の竜種の営巣地になど行きたくはありませんから」

 ニールは、目元が一切笑っていない笑顔で最後通牒を突き付けた。

 他の竜種の営巣地に招かれてもいないのに行くことは、戦争をしに行くのと同義だ。——竜族の第二席が訪れるということは、そのランク差からいっても、光竜の里を滅ぼしに行くと言っているようなものだろう。

「必ず、レイを無事に連れ帰って来ます」

 ルーファスは力強く宣言した。
 光竜の里を守るためには、もう、それしかなかった。

「ええ、もちろんですよ。傷一つ許しませんから」

 ニールはさらりと告げた。暗く微笑んでいる。

「私は……?」

 気まずい雰囲気の中、レヴィが口を開いた。

「あなたはここに残ってください。護衛失格ですからね。護衛の何たるかを教えて差し上げます」
「分かりました。よろしくお願いします」

 ニールに睨みつけるように言われ、レヴィはよく分かっていないのか、背筋を伸ばしてこくりと頷いた。

 隣の席のルーファスは、レヴィの方を向いて、ただただ真っ青な顔をしてぷるぷると震えていた。


***


 レイはレックスに連れられて、夜の庭に出ていた。

 本日は美しい月夜で、夜の庭は月明かりで明るく照らされていた。梔子の白い大輪の花も、ぼやりと月の光を反射するように、妖艶な存在感を放っている。

 縁側に腰掛ければ、夜の涼やかな風が吹き抜け、庭にある池からは、ケロケロケロと蛙の合唱が聞こえてきていた。

「わぁ! この子たちは!? 屋根とかに乗ってた子たちですよね?」

 屋根や塀の上にあったはずの狛犬のような焼き物が、わらわらと夜の庭に集まっていた。レイの周りを囲うように、珍しそうに彼女の匂いをフンフンと嗅いでいる。

 みんなころころとした丸みを帯びた体型で、笑い顔や恐ろしげな顔、渋面などユニークでユーモア溢れる表情をしている。仕草や行動は、犬そのものだ。

「狛獅子だ。魔除けや防衛のために作った魔術人形に、森の精霊がいたずらで宿ったのが始まりだ。夜な夜な里の中を徘徊してるんだ」

 レックスが近寄って来た狛獅子を撫でながら説明した。

「侵入者はとことん追い詰めるように躾けてるから、よく匂いを嗅がせて覚えさせておけよ」
「えっ……こわっ……」

 レイは愛嬌たっぷりな狛獅子たちを、ちょっと引いて眺めた。
 よく見ると、ある程度レイの匂いを嗅いだ狛獅子から離れて行っていた。そして、入れ替わりに別の狛獅子が匂いを嗅ぎに、レイのところに来ていた。

(……あ、これって私が侵入者じゃないって、教えるためにやってるんだ……)

 狛獅子たちは、大小さまざまなサイズがいるが、元々が焼き物であるためか、かなりの重量がありそうだ。追い詰められて、彼らにのしかかられてしまえば、痛いどころの騒ぎでは済まされないだろう。

「あれ? この子は……」

 焼き物の狛獅子に紛れて、一匹だけ、真っ黒な毛玉犬がいた。
 つぶらな瞳でじっとレイを見上げて、ふさふさなしっぽをブンブンと振っている。

「もしかして、クロノ?」
「ワンッ!」

 レイが小首を傾げつつ尋ねると、ポメラニアンのような魔犬は元気よく返事をした。

「クロノ……お前がいるということは……」

 レックスが、クロノの脇に手を差し入れて抱き上げると、クロノは鼻の頭に皺を寄せて「ヴゥゥ……」と低く唸り声を漏らした。どうやらレックスはあまり好かれていないようだ。

 その時、女中のおばさんがパタパタと慌ててやって来た。

「レックス坊ちゃん! ルーファス坊ちゃんが戻られましたよ!」
「分かった。すぐに行く」

 レックスは、クロノを地面に下ろすと、相槌を打った。


「レイ、心配したよ! 兄さんも、何をやってるんだ!! ……ゲホッ、ゴホッ……」

 玄関まで出迎えに行くと、マスク姿で非常に顔色が悪いルーファスがいた。熱があるのか、ふらふらと足元がおぼつかない状態だ。

「ルーファス!? 大丈夫ですか!?」

 すぐにレイが駆け寄って、ルーファスを支えた。

「ルーファス、そんな状態で来たのか?」
「それどころじゃないからね。兄さんがレイを攫ってくれたお陰で、ニール様がかなりお怒りだよ」

 レックスが心配そうに弟を覗き込むと、ルーファスは恨めしげに兄を見上げた。

「レイはどこにも怪我はない? 嫌なことされてない?」
「私は大丈夫ですよ! それより、ルーファスは早く休んでください! とても具合が悪そうです!」

 ルーファスは元気そうなレイの様子を見て、ほっと息を吐いた。

「……とにかく、運ぶぞ。その様子じゃ、歩くのも辛いだろう」
「わっ!? 兄さん!!?」

 レックスはルーファスを肩に担ぎ上げた。

 ルーファスは始めは抵抗していたが、力無くだらりとぶら下がるように抵抗を止めた。風邪を引いていて体力も無く、どう足掻いても兄を止められないと悟ったのだろう。


「レイ。ニール様に連絡をしないと。すごく心配されてたよ」

 ルーファスは自身の部屋にあるベッドの上におろされて、少し落ち着くと、レイに伝えた。

「そうですよね……どうしよう、ニールの通信の魔道具の連絡先が分からない……念話もここからじゃ、遠すぎますよね?」
「クロノが手紙を届けてくれるから、とりあえず、無事なことを伝えてあげて!」

 ルーファスは空間収納から便箋とペンを取り出して、レイに手渡した。
 レイは、ルーファスの部屋にある机を借りて、ニール宛の手紙を書き始めた。

「こいつの兄は本当に影竜王なのか?」

 レックスが、「こいつ」であるレイを指差した。

「そうだよ。兄さんが急にレイを攫うから、相当お怒りだよ。早く返さないと、ニール様が光竜の里まで来る勢いだから……ゲホッ、ゴホッ」

 ルーファスは、会話途中に苦しそうに咳き込んだ。

「大丈夫か? その体じゃあ、今は動かない方がいいだろう? 俺がこいつを送ろうか?」
「……それでニール様が逆上しなきゃいいけど。兄さんは誘拐犯だからね?」
「…………あり得るな」

 レックスとルーファスの兄弟は見つめ合った。

「おい、お前」

 レックスはレイの方に振り向くと、声をかけた。

「お前じゃないです。レイです」
「……レイ」
「何でしょう?」
「影竜王への手紙に、ルーファスの体調が戻るまで光竜の里にいると書いてくれ。身の安全は光竜王が保証する、と」
「……一体、どの口が……」

 レイがぼそりと呟いた。

「しばらくは米が食えるぞ?」

 レックスが、にやりと悪い笑顔をした。すでにレイの弱点は掌握済みだ。

「……分かりました。書きましょう……」

 レイは渋々、手紙を書き直すことにした。

「そういえば、ここから転移魔術は使えないんですか?」

 レイはふと、手紙を書く手を止めて尋ねた。
 転移魔術が使えるのであれば、わざわざ手紙を送らなくても、すぐに帰ることができる。

「里は特殊な結界で守ってるから、部外者は使えないようになってる」

 レイの質問には、レックスが答えた。

「じゃあ、里の外に出れば使えるんですね?」
「転移は使えはするが、里の外は迷いの森が広がっているから、かなりコツがいる。まず初見じゃ無理だ」

 レックスは腕を組みながら、小さく左右に首を振った。

「ニール様にもきちんと謝罪したいし、一緒に帰ろう?」
「分かりました」

 ルーファスの提案に、レイはこくりと頷いた。

「兄さん、レイが里にいる間に、誘惑の魔物を見せに連れて行ってあげて。ここら辺にしかいない子たちだから……」

 ルーファスは熱にうなされながらも、レックスに大切なことを伝えた。
 レイはかわいいものが大好きなのだ。

「分かりました! ニールを説得しますね!」

 レイのテンションが上がった。

「なっ……!?」

 レイの急な変わりように、レックスは眉を顰めた。

「……あと、レイは甘味も好きだから、あとで料理長に何か作るように伝えておいて……」
「ありがとうございます!!」

 ルーファスの言葉に、レイのやる気が俄然上がった。
 もちろん、先にお礼を言うことで、レックスに圧力をかけておくことも忘れてはいない。

「……この大喰らい娘がぁ!!!」

 レックスは、レイの食い意地の張りっぷりに、頭を掻き毟った。


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◆関連作品

『砂漠の詩』
『雨の回廊』編の過去編スピンオフです。

『冒険者を辞めたら天職でした 〜パーティーを追放された凄腕治癒師は、大聖者と崇められる〜』
『冒険者パーティーを追放された凄腕治癒師を拾いました』編のスピンオフです。

『ジャスティンと魔法少女のステッキ』
『魔法少女』編のスピンオフです。

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