鈴蘭の魔女の代替り

拝詩ルルー

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地雷蜘蛛4

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 本日の目的だったスルジ草は無事に採集できたため、もう王都に帰ろうということになった。

 まだ昼前だというのに、テオとライデッカーは一日重労働をしたかのようなくたびれ具合だった。

「わぁ! これがスルジ草? 光ってて綺麗です!」

 レイはライデッカーにスルジ草を見せてもらい、感嘆の声を上げた。

 スルジ草は、形はそこら辺にある雑草とあまり変わらないが、その葉全体が淡いオレンジ色に発光していた。

「呪いや睡眠魔術なんかでずっと眠りっぱなしの者を起こす薬になるんだ。今回はたくさん採れたし、レイちゃんたちもいる?」
「いいんですか? やった!」

 レイはライデッカーからいくつかスルジ草を分けてもらい、空間収納にしまった。

「あ、そういえば、蜘蛛はちゃんと凍ってましたか? スルジ草まで凍ってませんでしたか?」

 レイは自身の魔術のことが気になって尋ねた。

「バッチリ蜘蛛だけ凍ってたよ! 何度かスルジ草の採集には来たことはあったが、今回が一番簡単に早く終わったよ」

 ライデッカーに、にっかりと笑顔で教えてもらい、レイも「よしっ!」とぐっと拳を握った。

「レイ。地雷蜘蛛の魔石が取れましたよ。ギルドに持っていけば、換金できるはずです」
「ありがとう、レヴィ!」

 レイはレヴィから魔石を受け取ると空間収納にしまった。
 レイは昆虫が苦手なため、地雷蜘蛛の魔石の回収はレヴィにお願いしていたのだ。

「そういや、魔剣レーヴァテインって今はどうしてるんだ? 空間収納にしまいっぱなしか?」

 ライデッカーが、レイの腰にあるショートソードを見て、ふと尋ねた。

「そうだな。私も見てみたい。オーウェンが所有者だった時にはかなりの瘴気をまとっていたからな。浄化結界のスクロールがあるから、出そうか?」

 テオもわくわくと興味深そうに尋ねてきた。

 レイとレヴィは顔を見合わせた。すぐに二人してテオとライデッカーの方に向き直ると、レイがバシンッとレヴィの背中を叩いた。

「レヴィが聖剣レーヴァテインですよ!」

 レイは堂々と胸を張って言った。

「「はっ???」」

 テオとライデッカーの驚きの声が重なった。

「レヴィ殿がレーヴァテイン!!? どういうことだ!?」
「待て。『聖剣』と言ったな? 『魔剣』ではないのか!?」

 ライデッカーとテオが、勢い良くレヴィに詰め寄って行った。
 レヴィを検証するようにガンガンに見つめていて、レヴィは珍しくとても嫌そうな表情をしている。

 レイはレヴィの手を握ると、彼を人型から剣型へと戻した。
 見事なロングソードが彼女の手には握られていた。その鋭い刃には、聖属性の淡い白銀色の光を灯している。

「「おぉっ!」」

 テオとライデッカーが息を呑んだ。

「あの瘴気がキレーさっぱり消えてる……属性まで変わってんじゃねぇか」

 ライデッカーが顔色を翳らせてレーヴァテインを分析した。

「テオ、ライデッカー、距離が近いです……」

 レヴィが迷惑そうに呟いた。

「その状態でも話すのか!?」

 テオが新しいおもちゃをもらった子供のようにキラッキラと瞳を輝かせて、剣型のレーヴァテインを見つめた。

 二人の魔術師の熱視線にやられ、レヴィは人型に戻ると、こそこそとレイの背中に隠れた。心なしか小刻みにぷるぷると震えている。

「レヴィ? 怖がらなくて大丈夫だよ?」
「いいえ。あの手の研究者の目は、何か良くないことを企んでいる目です。彼らの好奇心から何度折られそうになったことか……」

 レイが優しく宥めても、レヴィは背中にしがみついたままだった。
 聖剣レヴィにも苦手なものがあるようだった。

「レイちゃんの魔力で、聖剣レーヴァテインを人型に……レイちゃん、どれだけ魔力あるの??」

 ライデッカーが半分呆れて訊いてきた。

「う~ん……いっぱい?」
「いっぱいって……」

 レイが腕を組んで首を捻ると、ライデッカーは毒気が抜かれたように肩を落とした。

「その指輪の石はフェニックスの炎石か? ここまで大きな物は初めて見た。一体どこで……?」
「義父からもらった物なので、何とも……」

(……たぶん、義父さんが紡いだ物だとは思うけど……)

 テオに熱心に訊かれ、レイは困ったように眉を下げて答えた。

 ついでに言えば、レイは、カイロ代わりに使っている手のひらに収まるサイズのさらに大きなフェニックスの炎石も持っている——だが、賢明な彼女が口にすることはなかった。

「……はぁ。ジーンもジャスティンも気に入るわけだ。魔術師として、興味が尽きない。それに、あの氷魔術といい、結界魔術といい、威力、展開スピード、精度、どれをとっても素晴らしい……確かに、魔術師団にはもったいないな」

 テオが両腰に手を置いて、呆れ半分、感心半分に呟いた。

「だろう?」

 ライデッカーは我が意を得たりと嬉しそうに、にやりと笑った。

「とにかく、魔術師レイ殿。君はドラゴニア王立特殊魔術研究所の所長面接は合格だ。実力的にも、入塔試験は不要だと判断する。むしろ、王宮で行う正規の入塔試験は受けないで欲しい。それこそ、魔術師団の方に持っていかれてしまう」

 テオが苦笑混じりに微笑んで、レイに伝えた。

「ふぇっ!? 所長面接? 入塔試験??」

 レイはびっくりしすぎて、テオとライデッカーの顔を交互に見た。

「それなら、黒の塔のメンバーか魔術伯爵の推薦状も三枚必要でしょう。レイちゃん、あと一枚だ。誰かからもらって来てくれ」

 ライデッカーに三本指を立てて見せられ、レイはきょとんと首を捻った。

「三枚??? 二枚じゃ足りないんですか?」

 レイはとりあえず、黒っぽい竜討伐の際にもらった黒い封筒を二枚、空間収納から取り出した。

「そう、それだ! その推薦状が三枚になると、黒の塔の入塔試験が免除になって、所長面接だけで塔の魔術師になれるんだ」

 ライデッカーがビシリと黒い封筒を指差した。

「ふわぁ……そうだったんですね……」

 レイは目を丸くして、すでに手元にある推薦状二枚をまじまじと見つめた。

「なんだ、説明してなかったのか?」
「いやぁ、有名なので、てっきり知っているものかと」

 テオがじと目で隣のライデッカーを見やると、彼はごまかし笑いをして肩を窄めた。

「公正を期すために、私が推薦状を斡旋するわけにはいかないからな……」

 テオは少し難しい顔をして、考え込んだ。

「レイちゃんは、冒険者のBランクになってから塔に入るんだよな?」
「そうですね」

 ライデッカーに訊かれ、レイはこくりと頷いた。

「それなら、Bランクに上がったら、湖水地方のラングフォード魔術伯爵を頼るといい。彼なら、きっと力になってくれるよ」

 ライデッカーは、やけににこにことレイに勧めた。
 彼の隣では、テオが何か物言いたげに、胡乱な目でライデッカーを見つめている。

「湖水地方のラングフォード魔術伯爵……そのうちバレット商会の護衛で湖水地方に行くかもしれないです。でも、魔術伯爵様なら伝手がないとお会いできないかと……」

 レイはしょんぼりと、ライデッカーを見上げた。

「言ってくれれば、紹介状を書くから。テオが」

 ライデッカーがいい笑顔で言い切った。

「私なのか? ジーンが書けばいいだろう?」

 テオが呆れたように溜め息を吐いた。

 ライデッカーは「いや、俺は、かの方にお願いするのは恐れ多くて……」と何やらごにょごにょと口ごもっていた。


***


「当代剣聖が見つかったのは良いが……イシュガルにはどう伝えよう?」

 ドラゴニア王立特殊魔術研究所——通称、黒の塔——の所長室の椅子に座り、テオドールが溜め息をついた。

「女神の瞳」という稀有なスキルを持つ第一騎士団団長のイシュガルは、偽剣聖の判定や、本物の当代剣聖の捜索など、剣聖関係のさまざまな業務を背負わされているのだ。

「……下手に伝えても、イシュガルの負担にしかならないでしょう。それこそ、『知っていたのに、なぜ国に報告しなかったのだ』と槍玉に上げられる可能性があります」

 所長室の壁際のソファに沈み込むようにぐだっと座り、ライデッカーが答えた。色鮮やかな山吹色の髪は、本日の疲れもあってか、随分と萎びれている。

「それもそうだな。イシュガルには悪いが、知らないままでいてもらおう。それが、彼の身を守ることにもつながる……」

 テオドールは静かに瞼を閉じた。

「それにしても、レイちゃんが歴代最強の当代剣聖で、レヴィ殿が聖剣レーヴァテインで……世間の目を誤魔化すには十分ですね」
「ああ。これは我々だけの秘密だ。派閥の者にも伝えるなよ? バックに最高位の竜がいる花嫁など、恐ろしくてかなわない……」

 テオドールは遠い目をした。

 レイという少女が剣聖だと伝われば、今度はテオドールをそのお相手に、と今度は側妃派の者たちが盛り上がるだろう。

「はははっ。それこそ、黒竜王様に国ごと滅ぼされそうですね……」

 ライデッカーが乾いた笑いを漏らした。やけにリアルに想像できてしまい、余計にげっそりと疲れが増す。

「それにしても、なぜサハリア王国はレイちゃんたちを取り込まなかったんでしょう? 二人ともサハリアには行っているし、あそこには竜の第一席がいるから、黒竜王様が暴れてもどうにか抑えられる可能性も……あ……」
「どうした?」

 急に言葉を止めたライデッカーの方に、テオドールは顔を向けた。

 固まって動かないライデッカーに、テオドールは嫌な予感をひしひしと感じていた。思わずキリキリと眉間に深い峡谷が生まれる。

「いえ、最悪の想像です。ですが、それだと筋が通ります」
「…………何だ?」

 テオドールは、聞きたくはないが、聞かねばなるまいと腹を括った。

「先代の魔王様はフェニックスなんです」
「…………レイ嬢には失礼のないように。それから、変な虫も近づけるな」
「御意」

 立派なフェニックスの炎石の出所に思い至り、テオドールとライデッカーは顔を青ざめさせて、最小限の会話で締め括った。


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◆関連作品

『砂漠の詩』
『雨の回廊』編の過去編スピンオフです。

『冒険者を辞めたら天職でした 〜パーティーを追放された凄腕治癒師は、大聖者と崇められる〜』
『冒険者パーティーを追放された凄腕治癒師を拾いました』編のスピンオフです。

『ジャスティンと魔法少女のステッキ』
『魔法少女』編のスピンオフです。

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