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地雷蜘蛛3
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「レイ嬢! 左だ!!」
「はっ!!」
テオの声に、レイが正気に戻って左側を向くと、頭を凍らせた巨大蜘蛛が突っ込んで来ていた。
すぐさま琥珀がカバーに入って、蜘蛛の脚を何本か噛みちぎる。
(十一代目様!!)
レイはすぐさま暗部だった十一代目剣聖を口寄せ魔術で呼び起こすと、腰のショートソードを抜いた。
自動で身体強化魔術がかかり、ひらりひらりと最小限の動きで巨大蜘蛛たちの攻撃を躱し、次々と急所を狙って絶命させていく。
「……ほぉ……」
テオは、三頭目の蜘蛛の首を狩ると、レイの動きを見て感嘆の息を吐いた。
深紅の瞳の瞳孔は、竜のような縦長になっていた。
九頭目まで蜘蛛を狩ると、一際巨大な蜘蛛がテオに飛びかかった。バチバチと爆ぜる弱い雷撃も撃っている。
テオはちょうど一頭仕留めたばかりで、態勢を崩していた。雷撃ももろに受け、痺れて上手く動けないようだ。
テオが「まずい……!」と顔を青くしていた瞬間、
(殿下をお守りせねば!!!)
(えっ……?)
レイの脳内に、男性の怒号が響いた。
レイは転移魔術で、テオを襲おうとしていた蜘蛛の上まで飛び、その胴体に剣を突き立てていた。そのまま流れるようにスパンッと力任せに蜘蛛の胴体を切り落とした。
一気にレイの剣の型が変わった。体全体を使う力強い型だ。
恵まれた立派な体躯と鍛え抜かれた筋力が必要なタイプで、レイにとって、口寄せ魔術をするにしても、模倣するにしても一番無理があるタイプだ。
(うぅっ……キツい……)
急に変わった剣聖の動きを補うために、レイは身体強化魔術をこれでもかと、自身の身体中にかけた。そして、心の奥底で、明日の筋肉痛を覚悟した。
「……オーウェン……」
テオは地面に着地すると、深紅の瞳をこれでもかと見開いて、レイの動きに見惚れるように呟いた。
レイはそのまま力任せに残りの蜘蛛たちを切り伏せた。
最後の一頭も倒すと、レイはガツンッと剣を地面に突き立てて、はぁはぁと荒い息を吐いてしゃがみ込んだ。
テオがおそるおそるレイに近づいて行くと、レイはがばりと顔を上げた。
「殿下、大丈夫ですか!? …………って、殿下!!?」
レイの喉の奥底から野太い声が出た。誰かが彼女の代わりに叫んだような感覚だった。
途中でレイが自分の口から出た言葉にびっくりして、逆に疑問を叫んだ。声も普段の女の子らしいレイのものに戻っている。
「……助けてくれたことに感謝する。だが、いろいろ説明してもらえないだろうか?」
テオが躊躇いがちに、レイに声をかけた。
彼の瞳孔は人間のような丸いものになっており、手には鱗の影も形もなかった。
「……は、い……」
レイは荒い息を落ち着けながら、頷いた。
レイは、これ以上邪魔が入らないように、周囲に結界を張った。
レイはテオの向かいに座って空間収納からコップを二つ取り出すと、冷たい水を魔術で出して注ぎ、彼に一つ手渡した。琥珀にも手ずから水をあげる。
テオは「ありがとう」と素直に受け取って、水を口にした。思いの外冷たい水に、目を丸くする。
「あの……」
レイが水を飲んで一息つき、口を開きかけると、テオが遮った。
「先ほどの君の剣技には見覚えがある。私の剣の恩師と全く同じだった——先代剣聖オーウェン・ガスターという男だ。それに、私は君に私の正体については伝えていなかったはずだ。それなのに『殿下』と言ったな? なぜ分かった?」
テオの深紅の瞳が、レイの瞳を射抜いた。何一つ見逃さない、といった風に。
「口寄せ魔術です」
レイは目線を逸らさずに硬い声で答えた。
「口寄せ魔術で、オーウェンを宿したというのか?」
「そうです」
「……オーウェンの前にも、別の者を宿していなかったか? それも、かなりの剣の手練れだ。オーウェン並にな」
「そうですね。剣の上手な方を口寄せしてました。ただ、テオ様に危険が及んだ際に、ガスター様が出てきました」
レイがそこまで言うと、テオは非常に切なそうに深々と眉根を寄せた。
「……口寄せ魔術は非常に特殊だ。生前に契約を交わすか、死者に縁のある物を媒体にすることが多い……他の者については分からないが、オーウェンについては契約は交わしていなかったはずだ。剣聖はドラゴニア王国の要だったからな。国から魔術契約については精査され、制限されていた…………レイ嬢、君が今の魔剣レーヴァテインの持ち主ではないのか?」
「…………」
レイが沈黙を貫いていると、テオが徐に口を開いた。
「沈黙は肯定と取るが、いいか?」
(……どうしよう。でも、確か王族に嘘を吐くのはマズいんだよね……)
「……うっ……魔剣は持ってません……」
レイは苦し紛れに、ハッキリと言えることだけを言った。
顔色の悪いレイを見て、テオが小さくハッと気づいた顔になった。そしてバツが悪そうに、眉を下げた。
「すまないな。君を困らせたかったわけじゃないんだ。たとえ君が当代剣聖だとしても、私が何かをお願いすることはないし、むしろこのまま隠れていて欲しいぐらいなんだ」
「えっ?」
レイが目を丸くして反応すると、テオは「やはりそうなのか」と苦笑した。
「ぐぅ……」
レイが言葉を詰まらせていると、
「君はすぐに顔に出るな」
と、テオはレイの顔を見てしみじみと呟いた。
「レイ! 大丈夫ですか!?」
「テオ、無事か!?」
レヴィとライデッカーが、慌ててバタバタと巣穴から出て来た。先ほどの騒動を聞きつけて、駆け付けて来てくれたようだ。
結界内で落ち着いて休んでいるレイとテオを見て、二人はほっと肩から息を吐いた。
「ジーン。当代剣聖を見つけたぞ」
「は?」
テオの第一声に、ライデッカーはぽかんと鳩が豆鉄砲を食らったような顔になった。
***
「まさか、レイちゃんが当代剣聖だったなんて……」
「これでは見つからないわけだな」
ライデッカーは驚いた表情でレイを見つめ、テオは苦笑して相槌を打った。
「うっ……私は王女様とは結婚しませんよ!」
レイが困り顔でそう叫ぶと、テオとライデッカーは「ぷっ」と吹き出すと、腹を抱えて笑い出した。
「ふははっ! そんなもの、しなくていいよ!」
ライデッカーがからからと笑う。
「ははっ……久々に笑ったな……だが、実際問題、その方が私としてはありがたい。できればこのまま世間が剣聖を誤認したままでいてもらいたいものだ」
テオが、目尻の笑い涙を拭いながら言った。
「……どうしてですか?」
レイは両腕を組んで、しかめ面で尋ねた。
「正妃派は歴代最強という剣聖を婚姻で取り込んで、地盤をより固めようとしていたからな。剣聖がいれば騎士団にも大きい顔ができるし、国防関係で発言力も増す。側妃派に第一王女と張れるような令嬢はいなかったから、この点では正妃派がリードしていた……」
そこまで言って、テオは少し苦笑しつつレイを見た。
「まぁ、君のおかげで全て白紙に戻ったけどね」
レイはただむすっとした顔で聞いていた。
「レイ嬢。君はどうしたい?」
テオが真摯に尋ねた。
「……側妃派は剣聖を取り込みたくはないんですか?」
レイはじっとテオを見つめて尋ね返した。
「側妃派としてはそうだろうが、当代剣聖は君だからね。君にはSランクの竜がついているんだろう? 我が国の中枢にいる竜では太刀打ちできないからね。コントロールの効かない力は、派閥どころか国ごと滅ぼす……私としては、君に無理強いをして、君の竜に出て来られても困るんだ」
レイはただ静かにじっとテオの話を聞いていた。
「それに、ドラゴニアの騎士は剣聖がいなくとも強くあるべきだし、君がどこの国のものにもならないのなら、それが一番いい。表に姿を現わさないことで、このまま正妃派の連中を翻弄し続けて欲しい、というのもある——だから、私はできればレイ嬢、君と協力関係でありたい」
テオの表情はいたって真面目で、彼の言葉に嘘はなさそうだった。
「……私も剣聖として大々的にやっていくつもりはないです。もちろん、剣聖として表舞台に出るつもりもないです」
レイはまずは一番大事なことをキッパリと伝えた。
「えぇ……」
レヴィが残念そうな声を漏らした。
「レヴィは黙ってて。今は大事な話の途中なんだから」
「……はい」
レイがレヴィの方を振り返って言うと、レヴィは渋々、大人しくなった。
テオとライデッカーは目を丸くして、二人の様子を不思議そうに眺めていた。
レイは仕切り直すように、こほんと小さく咳払いをした。
「私は魔術師です。確かに、たまたまレーヴァテインの持ち主になりました。私は騎士様のような体格ではないですし、初めは私じゃなくて、別の人が剣聖になった方がいいと思ってました。でも、レヴィと一緒に過ごすうちに、彼が手放せなくなりました。私は剣聖として働きません。でも、レーヴァテインも手放す気もありません。それでも良ければ協力しましょう」
「ああ。それで構わないよ。むしろ、私もその方が都合がいい。別の者にレーヴァテインの所有権が渡った方が厄介だしね。今後ともよろしく頼む、魔術師レイ殿」
テオは我が意を得たりといった満足そうな笑顔で、右手を差し出してきた。
レイも「よろしくお願いします」と答えて、その手に握手をした。
「そうなると、レイちゃんの身の安全も確保しないとな。レイちゃんじゃあ都合が悪いから、レイちゃんを倒して無理矢理剣聖を代替りさせようって考える奴も出てくるだろう?」
ライデッカーが顎に手を乗せて考えながら話した。
「その場合は、ニールが暴れるので大丈夫だと思います」
「げっ……やっぱりそうなの? レイちゃんは黒竜王様の庇護下にいるの?」
レヴィが淡々と答えると、ライデッカーが非常に渋い顔をした。
「……黒竜王?」
テオが不思議そうな顔をした。
「ああ。人間側では知られてないですね。竜族の第二席で、『黒の暴虐』と恐れられた男ですよ。表向きは、バレット商会の商会長をされてます」
「なっ……!!?」
ライデッカーの説明に、テオは驚愕の表情で言葉を詰まらせた。
「バレット商会といえば、王都に本店があるだろう!? 大丈夫なのか!!?」
「…………おそらく、レイちゃんたちに手出ししなければ、大丈夫かと思われます…………」
テオが慌ててライデッカーに詰め寄ると、ライデッカーは視線を逸らして、当てずっぽうな対策方法を述べた。
「ニールは優しいですよ?」
レイはきょとんと小首を傾げた。
「……はぁ……レイちゃんは完全に黒竜王様の庇護下にいるのね。テオ、黒竜王様はSSSランクです。レイちゃんにもしものことがあれば、この国が滅びます」
「はぁあっ!!?」
テオは「嘘だろっ!?」「何て者がレイ嬢のバックにはいるのだ!?」「竜は光竜一頭だけではなかったのか!?」とライデッカーを揺さぶって文句を言っていたが、ライデッカーは「こればっかりは仕方ないです……」と諦めの境地だった。
「はっ!!」
テオの声に、レイが正気に戻って左側を向くと、頭を凍らせた巨大蜘蛛が突っ込んで来ていた。
すぐさま琥珀がカバーに入って、蜘蛛の脚を何本か噛みちぎる。
(十一代目様!!)
レイはすぐさま暗部だった十一代目剣聖を口寄せ魔術で呼び起こすと、腰のショートソードを抜いた。
自動で身体強化魔術がかかり、ひらりひらりと最小限の動きで巨大蜘蛛たちの攻撃を躱し、次々と急所を狙って絶命させていく。
「……ほぉ……」
テオは、三頭目の蜘蛛の首を狩ると、レイの動きを見て感嘆の息を吐いた。
深紅の瞳の瞳孔は、竜のような縦長になっていた。
九頭目まで蜘蛛を狩ると、一際巨大な蜘蛛がテオに飛びかかった。バチバチと爆ぜる弱い雷撃も撃っている。
テオはちょうど一頭仕留めたばかりで、態勢を崩していた。雷撃ももろに受け、痺れて上手く動けないようだ。
テオが「まずい……!」と顔を青くしていた瞬間、
(殿下をお守りせねば!!!)
(えっ……?)
レイの脳内に、男性の怒号が響いた。
レイは転移魔術で、テオを襲おうとしていた蜘蛛の上まで飛び、その胴体に剣を突き立てていた。そのまま流れるようにスパンッと力任せに蜘蛛の胴体を切り落とした。
一気にレイの剣の型が変わった。体全体を使う力強い型だ。
恵まれた立派な体躯と鍛え抜かれた筋力が必要なタイプで、レイにとって、口寄せ魔術をするにしても、模倣するにしても一番無理があるタイプだ。
(うぅっ……キツい……)
急に変わった剣聖の動きを補うために、レイは身体強化魔術をこれでもかと、自身の身体中にかけた。そして、心の奥底で、明日の筋肉痛を覚悟した。
「……オーウェン……」
テオは地面に着地すると、深紅の瞳をこれでもかと見開いて、レイの動きに見惚れるように呟いた。
レイはそのまま力任せに残りの蜘蛛たちを切り伏せた。
最後の一頭も倒すと、レイはガツンッと剣を地面に突き立てて、はぁはぁと荒い息を吐いてしゃがみ込んだ。
テオがおそるおそるレイに近づいて行くと、レイはがばりと顔を上げた。
「殿下、大丈夫ですか!? …………って、殿下!!?」
レイの喉の奥底から野太い声が出た。誰かが彼女の代わりに叫んだような感覚だった。
途中でレイが自分の口から出た言葉にびっくりして、逆に疑問を叫んだ。声も普段の女の子らしいレイのものに戻っている。
「……助けてくれたことに感謝する。だが、いろいろ説明してもらえないだろうか?」
テオが躊躇いがちに、レイに声をかけた。
彼の瞳孔は人間のような丸いものになっており、手には鱗の影も形もなかった。
「……は、い……」
レイは荒い息を落ち着けながら、頷いた。
レイは、これ以上邪魔が入らないように、周囲に結界を張った。
レイはテオの向かいに座って空間収納からコップを二つ取り出すと、冷たい水を魔術で出して注ぎ、彼に一つ手渡した。琥珀にも手ずから水をあげる。
テオは「ありがとう」と素直に受け取って、水を口にした。思いの外冷たい水に、目を丸くする。
「あの……」
レイが水を飲んで一息つき、口を開きかけると、テオが遮った。
「先ほどの君の剣技には見覚えがある。私の剣の恩師と全く同じだった——先代剣聖オーウェン・ガスターという男だ。それに、私は君に私の正体については伝えていなかったはずだ。それなのに『殿下』と言ったな? なぜ分かった?」
テオの深紅の瞳が、レイの瞳を射抜いた。何一つ見逃さない、といった風に。
「口寄せ魔術です」
レイは目線を逸らさずに硬い声で答えた。
「口寄せ魔術で、オーウェンを宿したというのか?」
「そうです」
「……オーウェンの前にも、別の者を宿していなかったか? それも、かなりの剣の手練れだ。オーウェン並にな」
「そうですね。剣の上手な方を口寄せしてました。ただ、テオ様に危険が及んだ際に、ガスター様が出てきました」
レイがそこまで言うと、テオは非常に切なそうに深々と眉根を寄せた。
「……口寄せ魔術は非常に特殊だ。生前に契約を交わすか、死者に縁のある物を媒体にすることが多い……他の者については分からないが、オーウェンについては契約は交わしていなかったはずだ。剣聖はドラゴニア王国の要だったからな。国から魔術契約については精査され、制限されていた…………レイ嬢、君が今の魔剣レーヴァテインの持ち主ではないのか?」
「…………」
レイが沈黙を貫いていると、テオが徐に口を開いた。
「沈黙は肯定と取るが、いいか?」
(……どうしよう。でも、確か王族に嘘を吐くのはマズいんだよね……)
「……うっ……魔剣は持ってません……」
レイは苦し紛れに、ハッキリと言えることだけを言った。
顔色の悪いレイを見て、テオが小さくハッと気づいた顔になった。そしてバツが悪そうに、眉を下げた。
「すまないな。君を困らせたかったわけじゃないんだ。たとえ君が当代剣聖だとしても、私が何かをお願いすることはないし、むしろこのまま隠れていて欲しいぐらいなんだ」
「えっ?」
レイが目を丸くして反応すると、テオは「やはりそうなのか」と苦笑した。
「ぐぅ……」
レイが言葉を詰まらせていると、
「君はすぐに顔に出るな」
と、テオはレイの顔を見てしみじみと呟いた。
「レイ! 大丈夫ですか!?」
「テオ、無事か!?」
レヴィとライデッカーが、慌ててバタバタと巣穴から出て来た。先ほどの騒動を聞きつけて、駆け付けて来てくれたようだ。
結界内で落ち着いて休んでいるレイとテオを見て、二人はほっと肩から息を吐いた。
「ジーン。当代剣聖を見つけたぞ」
「は?」
テオの第一声に、ライデッカーはぽかんと鳩が豆鉄砲を食らったような顔になった。
***
「まさか、レイちゃんが当代剣聖だったなんて……」
「これでは見つからないわけだな」
ライデッカーは驚いた表情でレイを見つめ、テオは苦笑して相槌を打った。
「うっ……私は王女様とは結婚しませんよ!」
レイが困り顔でそう叫ぶと、テオとライデッカーは「ぷっ」と吹き出すと、腹を抱えて笑い出した。
「ふははっ! そんなもの、しなくていいよ!」
ライデッカーがからからと笑う。
「ははっ……久々に笑ったな……だが、実際問題、その方が私としてはありがたい。できればこのまま世間が剣聖を誤認したままでいてもらいたいものだ」
テオが、目尻の笑い涙を拭いながら言った。
「……どうしてですか?」
レイは両腕を組んで、しかめ面で尋ねた。
「正妃派は歴代最強という剣聖を婚姻で取り込んで、地盤をより固めようとしていたからな。剣聖がいれば騎士団にも大きい顔ができるし、国防関係で発言力も増す。側妃派に第一王女と張れるような令嬢はいなかったから、この点では正妃派がリードしていた……」
そこまで言って、テオは少し苦笑しつつレイを見た。
「まぁ、君のおかげで全て白紙に戻ったけどね」
レイはただむすっとした顔で聞いていた。
「レイ嬢。君はどうしたい?」
テオが真摯に尋ねた。
「……側妃派は剣聖を取り込みたくはないんですか?」
レイはじっとテオを見つめて尋ね返した。
「側妃派としてはそうだろうが、当代剣聖は君だからね。君にはSランクの竜がついているんだろう? 我が国の中枢にいる竜では太刀打ちできないからね。コントロールの効かない力は、派閥どころか国ごと滅ぼす……私としては、君に無理強いをして、君の竜に出て来られても困るんだ」
レイはただ静かにじっとテオの話を聞いていた。
「それに、ドラゴニアの騎士は剣聖がいなくとも強くあるべきだし、君がどこの国のものにもならないのなら、それが一番いい。表に姿を現わさないことで、このまま正妃派の連中を翻弄し続けて欲しい、というのもある——だから、私はできればレイ嬢、君と協力関係でありたい」
テオの表情はいたって真面目で、彼の言葉に嘘はなさそうだった。
「……私も剣聖として大々的にやっていくつもりはないです。もちろん、剣聖として表舞台に出るつもりもないです」
レイはまずは一番大事なことをキッパリと伝えた。
「えぇ……」
レヴィが残念そうな声を漏らした。
「レヴィは黙ってて。今は大事な話の途中なんだから」
「……はい」
レイがレヴィの方を振り返って言うと、レヴィは渋々、大人しくなった。
テオとライデッカーは目を丸くして、二人の様子を不思議そうに眺めていた。
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「ああ。それで構わないよ。むしろ、私もその方が都合がいい。別の者にレーヴァテインの所有権が渡った方が厄介だしね。今後ともよろしく頼む、魔術師レイ殿」
テオは我が意を得たりといった満足そうな笑顔で、右手を差し出してきた。
レイも「よろしくお願いします」と答えて、その手に握手をした。
「そうなると、レイちゃんの身の安全も確保しないとな。レイちゃんじゃあ都合が悪いから、レイちゃんを倒して無理矢理剣聖を代替りさせようって考える奴も出てくるだろう?」
ライデッカーが顎に手を乗せて考えながら話した。
「その場合は、ニールが暴れるので大丈夫だと思います」
「げっ……やっぱりそうなの? レイちゃんは黒竜王様の庇護下にいるの?」
レヴィが淡々と答えると、ライデッカーが非常に渋い顔をした。
「……黒竜王?」
テオが不思議そうな顔をした。
「ああ。人間側では知られてないですね。竜族の第二席で、『黒の暴虐』と恐れられた男ですよ。表向きは、バレット商会の商会長をされてます」
「なっ……!!?」
ライデッカーの説明に、テオは驚愕の表情で言葉を詰まらせた。
「バレット商会といえば、王都に本店があるだろう!? 大丈夫なのか!!?」
「…………おそらく、レイちゃんたちに手出ししなければ、大丈夫かと思われます…………」
テオが慌ててライデッカーに詰め寄ると、ライデッカーは視線を逸らして、当てずっぽうな対策方法を述べた。
「ニールは優しいですよ?」
レイはきょとんと小首を傾げた。
「……はぁ……レイちゃんは完全に黒竜王様の庇護下にいるのね。テオ、黒竜王様はSSSランクです。レイちゃんにもしものことがあれば、この国が滅びます」
「はぁあっ!!?」
テオは「嘘だろっ!?」「何て者がレイ嬢のバックにはいるのだ!?」「竜は光竜一頭だけではなかったのか!?」とライデッカーを揺さぶって文句を言っていたが、ライデッカーは「こればっかりは仕方ないです……」と諦めの境地だった。
15
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