鈴蘭の魔女の代替り

拝詩ルルー

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地雷蜘蛛1

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 レイとレヴィは肩を落として、王都の冒険者ギルドの建物から出て来た。

 人混みで逸れないよう二人は手を繋いで、ふらふらと、バレット商会がある王都中央方面に向かって歩き始めた。

「……ふぅ。思ってたより、条件が合わない依頼が多かったね……」
「そうですね。セルバとはまた違いますね」

 レイがしょんぼりとレヴィを見上げて言うと、彼もこくりと相槌を打った。

 王都は、辺境の街セルバとは違って、魔物の討伐依頼は少なかった。強くて危険な魔物が出没するような森やダンジョンが近くにないためだろう。

 代わりに、王都の冒険者ギルドでは護衛や雑用の依頼が多かった。

 薬草摘みやちょっとした雑用の依頼は、王都に住む子供たちに優先権があるらしく、レイとレヴィは受けさせてもらえなかった。

 護衛については、商人の行商や旅人の護衛が大半だ。そうなると、ルーファスを置いて長期間王都を離れなければいけないことになる。そうそう気軽には受けられない依頼だ。

 また、特に貴族関連の依頼は、有力者の紹介が必要だったり、王都での冒険者活動の実績が必要になるため、そもそもレイたちは依頼票を見ることさえもできなかった。

(「所変われば」っていうのは分かるけど……まさか、ここまで受けられそうな依頼が無いなんて……)

 レイは「はぁ……」と重い溜め息を吐いた。

「お~い、レイちゃん! レヴィ殿!」

 その時、レイたちを呼ぶ声が聞こえた。しかも、かなり通る大声だ。

「ライデッカー様?」

 レイは声がした方を振り返って、目を丸くした。

 色鮮やかな山吹色の髪をした大柄の美丈夫が、にこにこと手を振って、レイたちの方に近づいて来ていた。
 彼の後ろには、フードを目深に被った男性らしき人物もいる。

「まさかこんなところで会えるとは! 今時間があるなら、一緒にお茶でもどうだい?」
「……ええ、大丈夫です」

 突然のライデッカーの誘いに、レイはびっくりしつつも、特に断る理由もないので素直に頷いた。


***


 ライデッカーに連れられて来たのは、ギルド近くのこぢんまりとしたカフェだった。
 大通りから奥まったところにある隠れ家のようなカフェで、レイたちの他には、ぽつりぽつりとしか客がいなかった。

 奥のテーブル席に座ると、レイはミルクを、他のメンバーはコーヒーを注文した。

 ライデッカーが空間収納から小さな半円状の魔道具を取り出すと、テーブルの真ん中に置いて起動させた。

「防音結界ですか?」
「おっ、鋭いね。そうだ」

 レイが、彼女たちを包み込むように展開された結界を見て尋ねると、ライデッカーはにかっと笑って相槌を打った。

「そうそう、こいつはテオ。俺の仕事仲間だ」

 ライデッカーは、隣に座るフードを被った男を、親指で指差して紹介した。
 フードの男がぺこりと頭を下げる。

(認識阻害のケープだ……あまり深入りするのは良くなさそうかも)

「レイです。よろしくお願いします」
「レヴィです。よろしくお願いします」

 レイは朗らかな笑顔をつくって、レヴィはいつも通り淡々と挨拶をした。

「そういえば、ルーファス様はどうしたの?」
「ルーファスは今、別行動中なんです」
「へぇ。その間はレイちゃんたちはどうするの?」

 ライデッカーの質問に、レイとレヴィは顔を見合わせた。

「レヴィと二人で受けられる依頼を受けようか、って話してます」
「もう何か依頼は受けてきたの?」

 レイが代表して答えると、ライデッカーがさらに尋ねた。

「……それが、私たちにちょうど合いそうな依頼が無くて、一旦、帰るところだったんです」

 レイがしゅんと肩を落として語った。

「それじゃあ、ちょっと俺たちの仕事を手伝わない?」
「えっ……どんなお仕事なんですか?」

 レイは思わずテーブルに少し身を乗り出して尋ねた。
 王都の冒険者ギルドでの不発感がかなり効いていたこともある。

「素材の採集なんだけど、ちょっと特殊で、ギルドにお願いするには難しいやつなんだ。スルジ草なんだけど、知ってる?」
「ああ、地雷蜘蛛の巣の中に生える薬草ですね」

 ライデッカーの質問には、レヴィが淡々と答えた。

「蜘蛛!!?」

 レイが驚愕の表情で、隣に座るレヴィを見つめた。

「もしかして、昆虫系の魔物は苦手かな?」
「うぅっ……巣の中に入らないと採れないんですか……??」
「苦手そうだねぇ~」

 レイの真っ青な顔を見て、ライデッカーは「昆虫が苦手ならどうしようか……」と両方の眉を下げて、困り顔だ。

「レイ。昆虫系でしたら氷魔術が非常に効きますよ。彼らは寒さに弱いですから、レイが巣の外から凍らせれば大丈夫です」
「……それって、スルジ草も凍っちゃわない?」
「それは避けて凍らせてください。レイなら可能でしょう」
「そっか。探索魔術を工夫すればいいのかな……」

 レヴィの説明に、レイはむむむ、と難しい顔をして考え込んだ。

 ライデッカーとテオは興味深そうに、レイとレヴィのやりとりを眺めていた。

「それなら、私が巣の外で彼女の護衛役を務めよう。ジーンとレヴィ殿でスルジ草を採集して来てくれるか?」

 テオがはじめて発言した。非常に綺麗な発音で、澄んだ声だ。
 ただ、認識阻害魔術付きのフードをかぶっているため、表情も顔のつくりもよくは分からない。

「テオがそれでいいなら」

 ライデッカーが少しだけ肩を窄めて答えた。

「では、決まりだな。君たちのパーティー宛に指名依頼を出せばよいのだな?」
「そうですね。『銀の不死鳥』といいます」

 テオに確認され、レイはこくりと頷いた。

 こうして、レイとレヴィはスルジ草採集の指名依頼を受けることになった。


***


「レヴィ殿は傀儡くぐつではなさそうだな」

 帰りの馬車の中で、第三王子で特殊魔術研究所所長のテオドールがぽつりと話し始めた。
 認識阻害魔術付きのフードは、もう脱いでいた。

「そうですね。レヴィ殿はレイちゃんに無い知識を持っているようですし、二人が芝居を打っている感じでもなかった……」

 ライデッカーはテオドールの向かいの席で、顎に手を当て、う~ん、と唸っている。

「それよりも、地雷蜘蛛の巣は凍らせられるのか? 相当な大きさだろう? それも、スルジ草だけを避けるとは……?」

 テオドールが訝しげに眉を顰めた。

「さっきのレイちゃんたちの感じですと、できそうですね。……彼女の指輪を見ましたか? おそらく、あれが彼女の魔力保有量を中級魔術師レベルに見せかけてるんです。地雷蜘蛛の巣を凍らせられるぐらいの魔力量はあるんでしょう」

 ライデッカーは、レイがしていた指輪を思い浮かべながら、笑顔の口角をひくつかせた。

「……見間違いでなければ、フェニックスの炎石を使っていたな……ジーンもジャスティンも気にするわけだな……」

 テオドールが溜め息混じりに答えた。

 フェニックスの炎石は伝説級のレア素材だ。テオドールも昔一度、ドラゴニア王宮の宝物庫で小さな欠片をチラリと見たぐらいだ。——それが、まるっと少女の指輪に使われていたのだ。まずありえないことだ。

「黒の塔らしい人材でしょう?」
「全く、よく見つけてきたものだよ」

 ライデッカーのいたずらっぽい苦笑いを、テオドールはじと目で見つめ返した。


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◆関連作品

『砂漠の詩』
『雨の回廊』編の過去編スピンオフです。

『冒険者を辞めたら天職でした 〜パーティーを追放された凄腕治癒師は、大聖者と崇められる〜』
『冒険者パーティーを追放された凄腕治癒師を拾いました』編のスピンオフです。

『ジャスティンと魔法少女のステッキ』
『魔法少女』編のスピンオフです。

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