鈴蘭の魔女の代替り

拝詩ルルー

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ピクニック1

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「レヴィ? 何をやってるんです?」

 バレット邸の玄関ホールで、ニールがレヴィに尋ねた。

「私の定位置に戻ったまでです。レイの場合は、私を背負うのが正しい持ち歩きの方法です」

 レヴィは、レイの背中に覆い被さるようにへばり付いていた。
 レイはレヴィの重みで、半分潰れかかっている。

 剣聖の判定のため一人だけ離れていた反動か、王宮から戻って来てからは、レヴィはレイにベッタリだった。

「ゔぅっ、重い。……もうレヴィが自力で歩くのが、正しい持ち歩き方だよ……」

 レヴィの下から、レイの重苦しそうな声が漏れた。

「ということで、レヴィ。そこを退いてもらいますよ。それに、正しい持ち歩き方はともかく、女性にベッタリくっつくものではありません」

 ニールはレヴィの襟首を掴むと、軽々と片手でレヴィを持ち上げた。人型であっても竜なので、それなりの怪力だ。

 ニールは、レヴィを適当にそこら辺に置いた。

「はぁ~……ニール、ありがとうございます。潰れちゃうかと思いましたよ……」
「いいえ」

 レイはニールに手を差し伸べられて、ゆっくりと立ち上がった。

 本日のレイは、白いブラウスにベージュのパンツ、アイザックの鱗のブーツという、シンプルで動きやすい格好だ。上から森織りのローブを羽織っている。
 黒いストレートの髪は、バレット邸のメイドにフィッシュボーンにしてもらい、黄色いリボンで留めている。

「ニール様、レイ、レヴィ、お待たせしました」
「ルーファス! いらっしゃい!」

 ちょうどその時、ルーファスがバレット邸に訪れた。

 レイはにっこりと、笑顔で彼を迎え入れた。


 今日は、バレット邸内の森にある泉にピクニックに行く日だ。

 天気は快晴。

 レイはバレット邸の料理人に作ってもらったサンドイッチやおやつを、大きなバスケットに入れてもらった。

 泉に行くには、ニールの眷属が棲みつく森の中を通らないといけないため、途中でいろいろ増えてしまっても困らないように、おやつは多めに準備してもらった。

 ピクニックのメンバーは、ニール、ルーファス、レイ、レヴィ、琥珀だ。
 ニール個人が所有する屋敷の敷地内のため、琥珀も元のライオンサイズに戻っている。


「遠目に見てもすごいと思っていましたが、実際にここに入ると、よりすごさを肌に感じますね……高難易度ダンジョン並に濃密な魔力ですね」

 バレット邸の森に一歩足を踏み入れたところで、ルーファスが辺りを見回しながら言った。

「俺も含めて、屋敷には影竜が数体いるからな。自然と魔力も濃くなるし、その魔力に引き寄せられて、影属性の魔物が集まったんだ」

 ニールが先頭を歩きながら教えてくれた。

「かわいい眷属がいっぱいいるのに、ニールが触っちゃダメだって言うんです」

 レイはツンツンと、ルーファスと繋いでいる手を引っ張った。
 レイが空いている方の手で指差した先には、木の上の枝からこちらを見下ろす真っ黒なモモンガのような魔物がいた。

「僕も、それについてはニール様と同意見だよ。今の影属性の魔力が強いレイなら、使い魔になりたい子たちが寄って来ちゃうんじゃないかな?」
「ゔぅっ……」


 ルーファスに嗜められて、レイは言葉を詰まらせた。

 レイは、先日の夜のホラーなバルコニーを思い出した。真っ暗闇に浮かぶ無数の瞳は、トラウマものだ。

 その後も、全身真っ黒な魔物たちは、影からこっそり二対や三対の瞳を煌めかせて、レイを見つめていた。——レイが不意に彼らに気づいて、何度「ぎゃっ!!?」と叫び声をあげたことか。

「……影の中じゃなくて、明るい所で見るとかわいいのに……」

 レイはホラーは苦手だが、明るいところでは、彼らはただのかわいい黒毛玉だ。
 一応「カワイイは正義」なので、本体がかわいい彼らは、レイとしては許容範囲内なのである。

「ニール様。サハリアからはかなり離れてますし、そろそろレイの魔力属性を元に戻されたらどうですか? そうすれば、少しはここの魔物たちも落ち着きますよ」
「……それもそうですね。レイ。泉に着いたら、元に戻してあげるよ」

 ルーファスの提案に、ニールも渋々了承した。

「……元に戻ったら、なでなでできます?」
「なでなでは元に戻っても戻らなくてもダメだが、付きまといはなくなるぞ」
「う~ん……それなら、お願いします?」

 レイは、かわいい魔物たちが間近で見られなくなることと、暗闇から覗かれてびっくりしてしまうことを天秤にかけて、前者をとった。少々残念ではある。

「……なんで疑問系なんだ……」

 ニールは呆れて、そう呟いた。


 屋敷から十分ほど歩くと森が開け、大きな泉にたどり着いた。

 泉の真ん中にはクリスタルの大岩が大地から突き出していて、その大岩の根元から渾々と透き通った水が湧き出していた。

 泉の深いところは、晴天の青をそのまま反射したかのような美しいコバルトブルーで、クリスタルでできた泉の底まで見渡せるようになっている。

 水面には、玉型の泉の精霊たちが、水色や青色の淡い光を放ってぷかりぷかりと浮かんでいて、水鳥たちは彼らを嘴で突いて遊んでいた。

 水属性混じりの風の精霊たちは、水の香りを含んだ風に乗って、あっちの岸からこっちの岸まで風を運んではしゃいでいる。

 向こう側の岸には、鹿の群れが水を飲みに来ていたようで、ガサリと茂みが音を立てていた。

「わぁ! とっても綺麗な所ですね! それにすごく清々しいです!!」

 レイは黒曜石のような瞳をキラキラと輝かせて、泉に近寄って行った。
 泉に手を浸すと、キリッと冷たくて気持ちがいい。

「風も涼しくて気持ちいいね」

 ルーファスも、泉を走る風を感じて淡い黄色の瞳を細め、ふわりと微笑んだ。

「こんなに綺麗な所があるんですね。初めて来ました。……それに、なんだか浄化されるような気がします」

 レヴィは泉を見渡して、ゆったりと頬を緩めた。

「あのクリスタルは、大昔にここで聖属性の魔物が大魔術を放った跡だ。そのまま魔力が結晶化したらしい。大魔術の衝撃で、泉も湧いたそうだ。だから、この泉周辺は聖属性の魔力が強いんだよ」

 ニールは、ピクニック用の敷物とバスケットを空間収納から取り出しながら説明した。

 琥珀は、まだ広げてもいない敷物の上に、早くも香箱を組んだ。

「ニールは随分詳しいですね」
「フェリクス様の甥子殿がここで暴れたらしい」

 ニールは琥珀の下から敷物を強奪すると、敷物を地面に広げ始めた。
 琥珀はつまらなそうに、ぺたんと顎を地面に付けて腹這いになって寝そべった。

「義父さんの甥っ子さん……?」

 レイは小首を傾げた。

(……初耳なんだけど……)

 レイは一気に、胸のあたりにもやもやと曇り空が広がったような気分になった。

「ああ、ホフマン司教のことですね」

 ルーファスが、思い当たったように頷いた。

「すごく真面目な方でね、教会を盛り立てようと精力的に活動されてるんだ。レイが会ったら、大聖女として強く勧誘されかねないから、フェリクス様はあえて紹介はしてないのかもね」

 ルーファスが、レイを安心させるように、優しく微笑んで教えてくれた。

「そうなんですね……」

 レイは、義父に甥がいることを何も聞かされてなかったことを少し寂しく思ったが、ルーファスの説明に、これはこれで守られているのかも、とも思った。

(後で義父さんに訊いてみよう……)

 とはいえ、家族に重大な秘密は厳禁である。レイは、後で義父に確認しようと心に決めたのだった。

「ほら、準備ができたよ」

 ニールに呼ばれ、レイが振り向くと、泉のほとりに敷物が敷かれ、大きなバスケットが真ん中で蓋を開けていた。

「やった! お弁当!」

 レイはにっこりと笑って、ブーツを脱いで敷物の上に乗り上げた。
 おいしいお弁当もピクニックの醍醐味なのだ。


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◆関連作品

『砂漠の詩』
『雨の回廊』編の過去編スピンオフです。

『冒険者を辞めたら天職でした 〜パーティーを追放された凄腕治癒師は、大聖者と崇められる〜』
『冒険者パーティーを追放された凄腕治癒師を拾いました』編のスピンオフです。

『ジャスティンと魔法少女のステッキ』
『魔法少女』編のスピンオフです。

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