鈴蘭の魔女の代替り

拝詩ルルー

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閑話 黒の塔

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 コンコンコンッと古びた木製の扉が叩かれた。

「おーい、ジャスティン! 次の討伐に出るか? そろそろ何かしら手柄を立てないと、爵位が危ないだろ?」

 明るく大きいが、扉越しでくぐもった声が聞こえてくる。

 部屋の主人の回答も待たずに研究室にズカズカと入って来たのは、貴族の身なりをした美丈夫だ。
 彼は鮮やかな山吹色の髪をブラウンのリボンで一つに結び、きつめの三白眼はオレンジ色の瞳をしている。

「何だ、ライデッカーか。もうそんな時期だったか……」

 この部屋の主人であるジャスティンが面倒くさそうに入り口の扉の方を振り向くと、ライデッカーはその手元にある魔術本を見て顔を顰めた。

「……相変わらず、変な研究ばかりしてるな……爵位継続の足しにもならないだろ?」

 ライデッカーが腰に手を当て、溜め息を漏らした。

 ドラゴニアの魔術伯爵は、一代限りの名誉爵位だ。
 黒の塔に入塔した者に授けられ、領地を持たない代わりに、爵位を維持するために定期的に研究の成果や魔物の討伐等で国に貢献する必要がある。

「そうでもない。百に一つは評価されている」

 ジャスティンはしおりを挟むと、パタンと魔術本を閉じた。物で溢れ返ったデスクの上に、適当に本を置く。

 淡く柔らかなヘーゼル色の髪は三つ編みにし、魔力を抑える効果が付与されたビーズが付けられたリボンで留められている。
 鼻筋がスッと通った整った顔立ちだが、魔術研究者らしくその表情はどこか偏屈そうで硬い。

「はぁ。良くやるよ」

 ライデッカーは研究室内をぐるりと見回した。

 所狭しと置かれた研究資材——古い本やら石板、謎の黒い薬品、魔物の牙や骨や鱗、薬草、毒草、魔石、どこかの部族の謎の呪術道具、カサカサに乾いてしまった何か等々——得体の知れないものに溢れていた。

「これだけごっちゃに集めて、よく気持ち悪くならないな」
「慣れだ」
「……そうか」

 ライデッカーは、呆れたように半目でジャスティンを見やった。

「それで、今度の討伐対象は?」

 ジャスティンはライデッカーの方に向き直ると、腕を組んで尋ねた。

「黒竜だ。ランクはAらしい」
「ふん……隣国で暴れていたのが、ドラゴニアに来たか。いい研究素材になりそうだ」

 ジャスティンが口元に手を当て、ふむ、と考え込む。
 早くも素材を何に使おうか考え始めているようだ。

「ライデッカーも行くのか?」
「今回は大物の討伐だから、黒の塔からも数人出せって。そうなると、武闘派は限られてくるだろ?」
「所長の元を離れても大丈夫なのか?」
「代わりの護衛をたんまり付けてくれるらしい。それも、陛下直々に護衛を選ばれるみたいだから、大丈夫だろ」
「影が付くのか。むしろ、そうまでしても今回の討伐にお前を行かせたいみたいだな」
「いざという時の保険だろ」

 ライデッカーは、やれやれと息を吐いた。

「騎士団はもう向かってるのか?」
「とっくだ。黒竜が侵入した時点で、すぐさま召集された。魔術師団も向かったし、俺たちが最後だ」
「……それなら、魔術師団が到着するぐらいに転移すれば間に合うだろう……まだ研究ができるな」

 ジャスティンはデスクの上に視線を移した。早くもさっきの魔術本に意識が戻ってしまったようだ。

「いや、早めに行ってやれよ。Aランクの竜は普通、厄災認定だ」

 ライデッカーが呆れてツッコミを入れた。

「……それをお前が言うな。暴れる奴はそうだろうが、暴れない奴もいる。そうでなきゃ、今頃王都はとっくの昔に滅んでる」

 ジャスティンは顔を上げて、じっとライデッカーを見つめた。

「へいへい。そうですね」

 ライデッカーは茶化すように肩をすくめた。
 退室しようと出入り口の扉へと向かい、出る直前にジャスティンの方を振り返った。

「それじゃあ、準備が整ったら迎えに来る」
「……できるだけ遅くにな」

 ジャスティンは、ペラリと捲った本のページから目を上げずに答えた。

 ライデッカーは「相変わらずだ」と苦笑しながら研究室を出て行った。

(俺の他にジャスティンも出るし、戦力的には問題ないだろう。影に殿下の護衛の引き継ぎをしたら、装備の確認……「黒竜」って、種族は何だろうな? 属性によっちゃあ、装備を変えた方がいいしな。新聞は「黒の暴虐の再来」とか書き立ててるが、Aランク如きでそれは無いだろう……)

 ライデッカーは考え事をしながら、次の目的地へと向かった。
 カツカツと、塔の中を歩いて行く靴音が高く響いていた。


 大国ドラゴニアには、一癖も二癖もある危険な魔術師ばかりが集まる塔がある。
 塔内にある組織の正式名称は、「ドラゴニア王立特殊魔術研究所」——通称「黒の塔」だ。

 主に呪い魔術を取り扱い、所属する魔術師全員が呪い魔術を扱え、解呪も呪い返しもできる。この国ドラゴニアだけでなく、世界的にみても異端な組織だ。

 国は正式には認めていないが、黒の塔に所属する魔術師のレベルは、ドラゴニア王国の魔術師団所属の上級魔術師を軽く超え、裏では「この国最高峰」だとも言われている。

——それもそのはず。黒の塔の魔術師の半分近くは、人間ではないからだ。

 他者を拒絶し、塔内の秘密を外に漏らさず守り抜くような黒色をトレードカラーとし、「黒の塔」という通り名の由来にもなっている。

 この黒色は警告色の役割も果たしており、黒の塔の魔術師は、公の場ではどこかしらに黒を身に付けるのが慣習だ。「無闇に近付く者は呪われる」とドラゴニア王国内だけでなく、他国の者からも恐れられている。


「どうだ? ジャスティンは頷いてくれたか?」

 ライデッカーは、不意に声をかけられた。
 黒々とした魔術師の制服とケープをまとった青年だ。見事な深紅の髪と瞳は、この国の初代国王の火竜の血を引き継ぐ者の証だ。男性にしては比較的細身だが、竜の血が混じっているだけあって、見た目に反して腕っぷしはかなり強い。

「テオ所長。大丈夫ですよ。ジャスティンは竜素材欲しさに、行く気満々です」
「……それでお前は気分を害さないのか?」

 テオドールは少し顔を顰めて、慮るような複雑そうな表情をした。

「黒竜に知り合いはいませんので。殿下もたとえ同族だとしても、全く見知らぬ奴で、周りに迷惑をかけているような輩に同情したりはしないでしょう?」

 ライデッカーは軽く笑い飛ばした。

「そういうものなのか……」

 テオドールは困ったように眉を下げた。

「影はもう?」

 ライデッカーは声を潜めて尋ねた。

「ああ。すでに護衛についてくれている」
「……この感じですと、私から何か言う必要はなさそうですね」
「恐れ多いことに、陛下直々に選んでくださった精鋭だからな」

 テオドールは小さく微笑んだ。

「これなら正妃派もしばらくは動けないでしょう。安心して討伐に行って参ります」
「うむ。頼んだ。気をつけてくれ」

 ライデッカーがにかっと笑って挨拶すると、テオドールは真剣な表情で頷いた。


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◆関連作品

『砂漠の詩』
『雨の回廊』編の過去編スピンオフです。

『冒険者を辞めたら天職でした 〜パーティーを追放された凄腕治癒師は、大聖者と崇められる〜』
『冒険者パーティーを追放された凄腕治癒師を拾いました』編のスピンオフです。

『ジャスティンと魔法少女のステッキ』
『魔法少女』編のスピンオフです。

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