鈴蘭の魔女の代替り

拝詩ルルー

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黒竜

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 レグリアの街を出た後は、バレット商会のキャラバンはシルクロードを通り、順調にドラゴニアへと向かっていた。

「びっくりするぐらい順調ですよね。護衛任務って、こんなのでいいんでしょうか?」

 レイは馬車に揺られながら、誰ともなく尋ねた。

「そうだな。シルクロードは盗賊が出やすいが、各宿場町にもキャラバンにも護衛がついてる。基本的に道が整備されてて移動しやすいし、そうそうトラブルは起こらないな」

 ニールが長い足を組み、ふかふかのクッションに寄りかかりながら答えた。少し気怠げで、艶麗な美貌は目に毒だ。

「バレット商会は、強い商隊兵が付いてるから、襲うには特にリスクが高いからね。盗賊も手が出しづらいんじゃないかな? それに高階位の者は、バレット商会はニール様のものだって分かってるから、わざわざ喧嘩を売ったりはしないよ」

 ルーファスが真面目に答えてくれた。柔らかい微笑みは優しくて、こちらまでほっこりと癒されるようだ。

「そうなんですね。ギルドの依頼なのに、こんなに何もしなくていいのか却って心配で……」

 レイはこれまでの旅路を思い浮かべた。

 護衛任務は、移動中はバレット商会の商隊兵に任せっきりだ。魔物や盗賊が出た場合には戦闘に加わる予定なのだが、特に何も問題が起こっていないため、今だに何も活躍できていない。
 まともな護衛任務は、夜に見張りを交代しているぐらいだ。
 
 レイは、朝晩は剣の素振りやレヴィとの手合わせをし、移動中は馬車の中で魔術の練習、休憩時は魔術の練習も兼ねて冷たい水の提供をしている。

 もはや、そのほとんどは剣や魔術の修行に費やしていて、時々護衛と宿場町の観光だ。

「こういうこともあるだろう。実際に護衛していることには変わりないから、ギルドの功績ポイントはもらっておけ」

 ニールがポンッとレイの頭の上に手を載せた。

「むぅ……ちょっとズルしてる気がして、何だか落ち着かないんです」

 レイは少しだけしょんぼりと眉を下げた。なんだかんだ言っても、根が真面目なのだ。

「たまたま今回はラッキーだった、って思えばいいんじゃないかな? 実際にそういう日もあるわけだし、そこまで気負わなくていいんじゃないかな?」

 ルーファスが光の大司教らしく、優しく諭した。

「……確かにそういう考え方も……わっ!?」

 馬車が急に停まった。
 レイは前の席に飛び出しそうになって、ニールの力強い腕に横から支えてもらって、ことなきを得た。

「ありがとうございます……」

 レイはドキドキと鳴る胸を押さえて、クッションと背もたれにボフンッと身を沈めた。

「どうしたんですか?」

 ニールはレイを席に落ち着かせると、馬車の外に声をかけた。

「……会長、進行方向に黒竜がいます……」

 リンダが馬上から答えた。彼女は前方から決して目線を離さず、警戒するように声を潜めている。

 進行方向の森の上空には、黒っぽい竜が飛んでいた。

 岩肌のようにゴツゴツとした鱗は黒っぽいが、日の光が当たっている部分は赤茶っぽく見える。顎はがっしりと大きく、厳つい顔をしており、首は太くて短めだ。かなり大きなドラゴンの羽の膜は、暗めの赤茶色だ。

「おや? あれが噂の黒竜ですか。まだ若いですね」

 ニールは馬車から降り、眩しそうに目の上に手を翳して、大空を駆ける黒っぽい竜を遠目に見つめた。

(……なんだか、ちょっとティラノサウルスっぽい……)

 レイも馬車の窓から顔を覗かせて、黒竜を見上げた。

「ヒィ! こっちを見た!」
「ヤバいぞ! 馬車を隠せ!!」

 キャラバンの商人たちは小さく悲鳴を上げ、右往左往し始めた。

「積荷狙いでしょうか? 感心しませんね」

 ニールが色鮮やかな黄金眼をギラリと光らせてひと睨みした。
 獲物を狙う瞬間の殺気のような存在圧が鋭く放たれ、不穏な残滓がニールの足元を漂った。

「ゲギャアッ!!」

 黒っぽい竜は何かに怯えるように一声鳴き、慌てて馬車とは反対方向に飛び去って行った。

「ふむ。まだまだですね。これでもうあの竜はこのキャラバンに手出しはしないでしょうから、先に進みましょうか」

 ニールは商人たちを安心させるように、にっこりと微笑んだ。
 ひと睨みで黒竜を退けたらしいキャラバンのトップの笑みに、商人たちはぞくりと顔を青ざめさせた。

「どうどう。会長、少々お待ちください。馬が動転して、怖がってます。まともに馬車も引けそうにないです」

 商隊兵のリーダーのリンダは、自らが乗っている馬を宥めすかしながら、ニールに進言した。

「……仕方がないですね。一旦、ここで休憩にしましょう」

 ニールはやれやれと、肩をすくめた。


***


 レイは、キャラバンのメンバーと馬に魔術で冷たい水を出してあげた後、馬車の中に戻って来た。
 彼女が席に着くと、ルーファスが防音結界を馬車内に展開した。

「さっきの子が、噂の黒竜かな? たぶん、思春期ぐらいですよね」

 ルーファスが口火を切った。

「竜の思春期ですか。全く、面倒ですね。おそらく、岩竜と何かのハーフでしょう」

 ニールが少し眉間に皺を寄せて言った。

「羽があれだけ大きいなら、風竜かワイバーンの血が入っているのではないでしょうか?」

 ルーファスは、顎先に指を添えて考え込んだ。

「真逆の魔力性質の両親……それなら余計に荒れてそうですね。進行方向とは別方向に逃げてくれればまだ良かったのですが……」

 ニールの眉間の皺が、より深さを増した。

「あの……」

 レイは小さく挙手して、口を挟んだ。

「どうした?」
「同じ竜同士なら話し合って、どこか別の所にどいてもらうことってできないんでしょうか?」

 レイの意見に、ニールとルーファスは不思議そうに顔を見合わせた。

「う~ん、考えたことも無かったね。基本的に魔物は独立独歩だから、別の誰かから指示されるのは嫌がるし、特にさっきの子は思春期っぽいから余計に反発するかもね。逆に火に油を注ぐ感じかな?」

 ルーファスが首を捻りつつも、答えてくれた。

「どうしてもどいてもらいたいなら、話し合って交渉するより、力づくで傘下に加えて命令することが多いな。基本的に魔物は強者に順ずるし、特に力を重んじる竜なら、その方が手取り早い。それでも思春期なら反抗はするだろうし、傘下に入れても今の段階ならメリットよりデメリットの方が大きいな」

 ニールはあっけらかんにそう言い放った。商人らしく、損得もしっかり考えている。

「……魔物ってそうなんですね」

 レイは二人の予想外な言葉に、目をぱちくりさせた。
 いつも温和で優しげなルーファスでさえも、好戦的なニールと同意見だ。

(やっぱり、魔物ってそもそもの考え方が違うんだ……それにしても……)

「竜の思春期って厄介ですね」
「そうなんだよ」
「そうだな」

 ルーファスとニールも、深く頷いて同意した。


 その時、コンコンッと馬車のドアが叩かれた。

「会長、出発の準備ができました」

 扉越しにリンダのくぐもった声が聞こえてきた。馬車を動かす前に一声かけてくれたようだ。

「分かりました。出発しましょう」
「出発!」

 ニールの確認が取れると、リンダは出発の号令をかけた。

 ガラガラと音を立てて、馬車がまた動き始めた。

 一行は、黒竜が去って行ったドラゴニアへと向かって再度歩みを進めた。


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◆関連作品

『砂漠の詩』
『雨の回廊』編の過去編スピンオフです。

『冒険者を辞めたら天職でした 〜パーティーを追放された凄腕治癒師は、大聖者と崇められる〜』
『冒険者パーティーを追放された凄腕治癒師を拾いました』編のスピンオフです。

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『魔法少女』編のスピンオフです。

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