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野営の夜に
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軽く夕食をとった後は、野営だ。
レイと琥珀が商隊兵のエドガーと一番最初に見張りに立ち、次にルーファスとレヴィ、最後に商隊兵のリンダとジャックの番だ。
焚き火を囲んで、レイとエドガーが向かい合って座った。
他の商人や護衛は明日に備えて、寝る準備を始めていた。
エドガーは三十代ぐらいの厳つい商隊兵だ。ぽつぽつと無精髭を生やしている。彼は、着古したマントに包まり、愛用の剣を肩に立て掛けるように置いていた。
レイもいつでも動けるように、手元にショートソードを置いていた。膝の上では、子猫サイズの琥珀が寄りかかっている。
琥珀も警戒してくれてはいるが、念のため、レイも薄く広く探索魔術を敷いていた。
「よろしくお願いします」
「ああ、よろしく」
レイとエドガーは挨拶を交わした。今まであまり機会が無くて、ほとんど話したことはなかった。
エドガーが焚き火で沸かしていた湯でお茶を淹れると、「飲むか?」と勧めてきた。レイは「ありがとうございます」とコップを差し出した。そこにお茶が注がれる。
「お嬢ちゃんは、会長と随分仲が良いね。元々知り合いなのかい?」
エドガーの方から何ともなしに話しかけてきた。ただの世間話だ。
「そうですね」
「どこで知り合ったんだい?」
「フェンの街で知り合いました」
「フェン? ここからだいぶ遠いな」
「たまたまギルドの依頼で行った時に、ニールと出会ったんです」
エドガーは、「会長もあちこち行くからな」と相槌を打っていた。
「エドガーさんは、どのくらいこのお仕事をされてるんですか?」
「俺はまだ五年ぐらいだな。それまでは、冒険者をやったり、傭兵をやったり、いろいろだ」
「へぇ、そうなんですね」
「いい加減、腰を落ち着けたくてな」
「そうですよね、ずっと冒険者は大変ですよね」
「お嬢ちゃんはずっと冒険者をやっていくのかい?」
「う~ん、まだ分からないです。でも、今はBランクを目指してます」
「ああ、そうだな。Bランクぐらいになれば、他の仕事にも就きやすくなるな」
エドガーはまたお茶を口にした。ゆっくり嚥下すると、徐に口を開いた。
「お嬢ちゃんは、会長とどんな関係なんだい?」
「ニールとの関係?」
レイは目をぱちくりさせて、少し考え込んだ。
(主従魔術契約はあるけど、そのまま伝えるのは良くないよね。エドガーさんはニールの部下なわけだし……)
レイは、あまり聞かれるのは良くなさそうな話題だったので、瞬時に防音結界を張った。
「護衛と、護衛対象ですよ」
最も無難な事実を、何でもないという風に述べた。
「いや、そうじゃなくて、会長がかなり……あ……」
「?」
エドガーの顔が、一瞬で青褪めた。
同時に、コンコンと防音結界が叩かれる。
「あ、ニール」
(あれ? 私、探索魔術を敷いてたよね?)
レイは、ニールの気配が全く掴めていなかったことに、内心、非常に驚いていた。
「防音結界なんて張って、どうしたのかな?」
ニールはにっこりと口角を上げて尋ねた。
「私たちのおしゃべりでみんなの睡眠を邪魔しちゃったら悪いかな、って思ったんです」
「ふぅん。俺は目が覚めたから、混ぜてもらおうかな? 何か興味深い話しも聞こえてきたし」
ニールはレイの隣に座る瞬間、じろりとエドガーの方を流し見た。
エドガーは「ヒィッ」と小さく悲鳴をあげた。
「次の街はちょっと大きめなんですよね?」
レイは当たり障りが無いことを尋ねた。横目でさりげなく確認すると、エドガーの顔は真っ青を通り越して白かった。
「そうだね。歌劇場があるけど、行く?」
「いいんですか?」
「元々、次の街で少し商いをする予定だったし、行くなら連れてくよ」
「やった! 今って、劇は何をやってるんでしょう?」
「レグリアは、英雄レグルスの演目が有名だな。レイも馴染み深いやつだよ」
「私も?」
「ユグドラ防衛戦の話」
「あっ!」
レイは思い浮かんで、パンッと手を合わせた。ユグドラで覚えてしまうほど何度も聴かされた昔話だ。
「レグリアは、英雄が生まれ育った街だからね。他にも、いろいろ見所があって……」
ニールはにこにこと目尻に皺を寄せ、あれよあれよとレイとの観劇や観光の約束を決めていった。
「これは、もしかするかもしれないな……」
エドガーが、二人のそんな様子を眺めながら、ぼそりと呟いた。
***
「ルーファス、レヴィ、起きてください。交代の時間ですよ」
「……うん……もうそんな時間か……」
ルーファスがのそのそと馬車の座席から起き上がった。
「私は起きてますよ?」
レヴィは聖剣で睡眠が必要なく、ずっと目を瞑って寝たふりをしていたようだ。
「いってらっしゃい」
「ふわぁ……レイはおやすみなさい」
「はい、おやすみなさい」
レイが二人を見送って馬車の中を振り返ると、座席の上に、ちんまりと小さな竜が鎮座しているのを見つけた。
「わぁ! かわいい!」
レイは思わず大声を出してしまったので、口元を押さえて、竜を見つめた。
小型犬サイズの竜だ。漆黒の鱗は、闇夜のように深くて艶やかだ。背中には立派なドラゴンの羽が生えていて、その膜は薄墨色だ。小首を傾げてレイを見上げる仕草は、非常にあざとかわいい。
ふと、その瞳を覗き込めば、色鮮やかな黄金眼がきらりと光った。
「あれ? ニール?」
「……レイは本当に小さい生き物に弱いな……いくら小さくても、魔物には気をつけろ。凶暴な奴は大きさに関係なく凶暴だ」
むすっと、少しだけ不機嫌そうに竜がしゃべった。
「ニールの元の姿は、こんなに小さいんですか?」
「縮小化魔術で小さくしてる。琥珀と同じだ。狭い馬車の中なら、小さい方が寝やすいだろう?」
そう言うと、ニールはパタパタと小さな羽を羽ばたかせて、レイがいる方の座席に移動した。
そのまま彼女に甘えるように頭を差し出す。
「いっ、いいんですか!?」
「随分と撫でたそうにしていたからね。特別だよ」
「そっ、そんなにですか!?」
(でも、でもっ! すっごく、かわいい!!)
レイはほくほくと頬を上気させて、ニールの小さな頭を撫でた。手のひらにすっぽりと納まるほどの大きさしかない頭はかわいらしく、鱗はつるりと滑らかで、少しだけひんやりしていた。
ニールは気持ちよさそうに目を眇めていた。
レイがクッションを枕に横になると、ミニ竜のニールは、彼女の枕元に移動した。くるりと丸まるように、お腹側にレイの頭を抱え込む。
レイのお腹の上には、すでに子猫サイズの琥珀が陣取っていた。
「……ニール、その体勢は辛くないですか? 大丈夫ですか?」
「問題ない。俺はレイの護衛だからね。それに竜が腹に抱え込むのは大事な物だけだよ。明日も早いから、もう寝なさい」
(大事な物って!?)
レイはニールの艶やかな声で囁かれ、一瞬ドキンッと胸が高鳴った。
いつもの艶麗なニールの姿で言われていたら、きっと胸がドキドキしすぎて、眠れなかったことだろう。
だが、チラリと見上げたミニ竜は、ただひたすらにかわいかった。ベストポジションを探そうと、短い手足を動かして微調整している姿に、なんだかほっこりしてしまった。
(ニールがかわいすぎる!!)
「……護衛は私の方なのに……」
レイは、ニールのかわいい姿に胸がキュンッとなったことを誤魔化すように呟いた。ニールを撫でようと思わず伸ばしかけた腕を、ギリリと我慢して、毛布の中に入れる。
「ほら、安眠の加護を付けてやるから。おやすみ」
ニールは、レイのこめかみに小さくキスをすると、無理矢理寝かしつけた。
(安眠の加護って……)
そんな大層なものを付けて貰わなくても……と思ったが、本日の修行の疲れもあり、レイはすとんと眠りに落ちた。
***
「ニール様? これは一体、どういうことですか?」
ルーファスの低い声が、馬車内に響いた。見張りの時間が終わって、戻って来たようだ。
「ただの護衛ですよ」
「……だとしても、この体勢はどういうことですか?」
「レイは大切ですからね。腹に抱え込んだ方が安全でしょう?」
「…………あのですね、レイは嫁入り前の女の子ですよ? 醜聞が立ったらどうなさるおつもりですか?」
「醜聞も何も、今の俺は人型じゃなくて、竜体ですよ。まずそんなことは起きないでしょう?」
「そういう問題ではありません!!」
ニールとルーファスは、真夜中にギャーギャーと言い合いを始めた。
一応、周囲への配慮から、防音結界は張られている。
「レイ、起きないですね」
レヴィは物珍しそうに、じっとレイの寝顔を見つめた。
間近で騒がれているというのに、すぅすぅと健やかな寝息を立てていて、一切起きる気配がない。
「安眠の加護を付けましたからね。安全である限りは、朝まで起きませんよ」
「!? 影竜王の安眠の加護っ!? また、何てものを!?」
「うるさい。ルーファス殿はレイの母親ですか?」
「グルル……」
ニールとルーファスが振り返ると、そこにはライオンサイズに戻った琥珀がいた。透明度の高いアンバー色の瞳は、夜の少ない明かりを拾って、猛獣らしくギラリと光っている。
レヴィは、いつの間にか安全な端の方の席へと避難していた。
『レイの睡眠、邪魔する、出て行け!』
琥珀は思いっきり体当たりしてルーファスを馬車から突き落とし、ニールの首裏を加えると、ぽいっとドアから放り出した。
「いたた……琥珀、ちょっと酷すぎるよ」
「何てことをするんだ!?」
ルーファスは受け身をとって体勢を立て直すと文句を呟き、ニールは放り出されると同時に人型に変身して、華麗に着地した。
「シャーーーッ!!!」
琥珀が牙を剥き出し威嚇をして竜二体を牽制し、レヴィがバタンと馬車のドアを閉めた。見事なチームワークだ。
「……これって、安眠の加護が効いてませんか?」
「……確かに、発動していたな……」
ルーファスとニールは、途方に暮れてぽつりと呟いた。
結局、二人は馬車の外で野宿することになった。
次の日の朝、
「あれ? 何で二人は外で寝てるんですか?」
とレイに訊かれ、ニールとルーファスは二人とも気まずそうに沈黙を貫いた。
レイと琥珀が商隊兵のエドガーと一番最初に見張りに立ち、次にルーファスとレヴィ、最後に商隊兵のリンダとジャックの番だ。
焚き火を囲んで、レイとエドガーが向かい合って座った。
他の商人や護衛は明日に備えて、寝る準備を始めていた。
エドガーは三十代ぐらいの厳つい商隊兵だ。ぽつぽつと無精髭を生やしている。彼は、着古したマントに包まり、愛用の剣を肩に立て掛けるように置いていた。
レイもいつでも動けるように、手元にショートソードを置いていた。膝の上では、子猫サイズの琥珀が寄りかかっている。
琥珀も警戒してくれてはいるが、念のため、レイも薄く広く探索魔術を敷いていた。
「よろしくお願いします」
「ああ、よろしく」
レイとエドガーは挨拶を交わした。今まであまり機会が無くて、ほとんど話したことはなかった。
エドガーが焚き火で沸かしていた湯でお茶を淹れると、「飲むか?」と勧めてきた。レイは「ありがとうございます」とコップを差し出した。そこにお茶が注がれる。
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「そうですね」
「どこで知り合ったんだい?」
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「フェン? ここからだいぶ遠いな」
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「エドガーさんは、どのくらいこのお仕事をされてるんですか?」
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「へぇ、そうなんですね」
「いい加減、腰を落ち着けたくてな」
「そうですよね、ずっと冒険者は大変ですよね」
「お嬢ちゃんはずっと冒険者をやっていくのかい?」
「う~ん、まだ分からないです。でも、今はBランクを目指してます」
「ああ、そうだな。Bランクぐらいになれば、他の仕事にも就きやすくなるな」
エドガーはまたお茶を口にした。ゆっくり嚥下すると、徐に口を開いた。
「お嬢ちゃんは、会長とどんな関係なんだい?」
「ニールとの関係?」
レイは目をぱちくりさせて、少し考え込んだ。
(主従魔術契約はあるけど、そのまま伝えるのは良くないよね。エドガーさんはニールの部下なわけだし……)
レイは、あまり聞かれるのは良くなさそうな話題だったので、瞬時に防音結界を張った。
「護衛と、護衛対象ですよ」
最も無難な事実を、何でもないという風に述べた。
「いや、そうじゃなくて、会長がかなり……あ……」
「?」
エドガーの顔が、一瞬で青褪めた。
同時に、コンコンと防音結界が叩かれる。
「あ、ニール」
(あれ? 私、探索魔術を敷いてたよね?)
レイは、ニールの気配が全く掴めていなかったことに、内心、非常に驚いていた。
「防音結界なんて張って、どうしたのかな?」
ニールはにっこりと口角を上げて尋ねた。
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「いいんですか?」
「元々、次の街で少し商いをする予定だったし、行くなら連れてくよ」
「やった! 今って、劇は何をやってるんでしょう?」
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「私も?」
「ユグドラ防衛戦の話」
「あっ!」
レイは思い浮かんで、パンッと手を合わせた。ユグドラで覚えてしまうほど何度も聴かされた昔話だ。
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エドガーが、二人のそんな様子を眺めながら、ぼそりと呟いた。
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「……うん……もうそんな時間か……」
ルーファスがのそのそと馬車の座席から起き上がった。
「私は起きてますよ?」
レヴィは聖剣で睡眠が必要なく、ずっと目を瞑って寝たふりをしていたようだ。
「いってらっしゃい」
「ふわぁ……レイはおやすみなさい」
「はい、おやすみなさい」
レイが二人を見送って馬車の中を振り返ると、座席の上に、ちんまりと小さな竜が鎮座しているのを見つけた。
「わぁ! かわいい!」
レイは思わず大声を出してしまったので、口元を押さえて、竜を見つめた。
小型犬サイズの竜だ。漆黒の鱗は、闇夜のように深くて艶やかだ。背中には立派なドラゴンの羽が生えていて、その膜は薄墨色だ。小首を傾げてレイを見上げる仕草は、非常にあざとかわいい。
ふと、その瞳を覗き込めば、色鮮やかな黄金眼がきらりと光った。
「あれ? ニール?」
「……レイは本当に小さい生き物に弱いな……いくら小さくても、魔物には気をつけろ。凶暴な奴は大きさに関係なく凶暴だ」
むすっと、少しだけ不機嫌そうに竜がしゃべった。
「ニールの元の姿は、こんなに小さいんですか?」
「縮小化魔術で小さくしてる。琥珀と同じだ。狭い馬車の中なら、小さい方が寝やすいだろう?」
そう言うと、ニールはパタパタと小さな羽を羽ばたかせて、レイがいる方の座席に移動した。
そのまま彼女に甘えるように頭を差し出す。
「いっ、いいんですか!?」
「随分と撫でたそうにしていたからね。特別だよ」
「そっ、そんなにですか!?」
(でも、でもっ! すっごく、かわいい!!)
レイはほくほくと頬を上気させて、ニールの小さな頭を撫でた。手のひらにすっぽりと納まるほどの大きさしかない頭はかわいらしく、鱗はつるりと滑らかで、少しだけひんやりしていた。
ニールは気持ちよさそうに目を眇めていた。
レイがクッションを枕に横になると、ミニ竜のニールは、彼女の枕元に移動した。くるりと丸まるように、お腹側にレイの頭を抱え込む。
レイのお腹の上には、すでに子猫サイズの琥珀が陣取っていた。
「……ニール、その体勢は辛くないですか? 大丈夫ですか?」
「問題ない。俺はレイの護衛だからね。それに竜が腹に抱え込むのは大事な物だけだよ。明日も早いから、もう寝なさい」
(大事な物って!?)
レイはニールの艶やかな声で囁かれ、一瞬ドキンッと胸が高鳴った。
いつもの艶麗なニールの姿で言われていたら、きっと胸がドキドキしすぎて、眠れなかったことだろう。
だが、チラリと見上げたミニ竜は、ただひたすらにかわいかった。ベストポジションを探そうと、短い手足を動かして微調整している姿に、なんだかほっこりしてしまった。
(ニールがかわいすぎる!!)
「……護衛は私の方なのに……」
レイは、ニールのかわいい姿に胸がキュンッとなったことを誤魔化すように呟いた。ニールを撫でようと思わず伸ばしかけた腕を、ギリリと我慢して、毛布の中に入れる。
「ほら、安眠の加護を付けてやるから。おやすみ」
ニールは、レイのこめかみに小さくキスをすると、無理矢理寝かしつけた。
(安眠の加護って……)
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「そういう問題ではありません!!」
ニールとルーファスは、真夜中にギャーギャーと言い合いを始めた。
一応、周囲への配慮から、防音結界は張られている。
「レイ、起きないですね」
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「安眠の加護を付けましたからね。安全である限りは、朝まで起きませんよ」
「!? 影竜王の安眠の加護っ!? また、何てものを!?」
「うるさい。ルーファス殿はレイの母親ですか?」
「グルル……」
ニールとルーファスが振り返ると、そこにはライオンサイズに戻った琥珀がいた。透明度の高いアンバー色の瞳は、夜の少ない明かりを拾って、猛獣らしくギラリと光っている。
レヴィは、いつの間にか安全な端の方の席へと避難していた。
『レイの睡眠、邪魔する、出て行け!』
琥珀は思いっきり体当たりしてルーファスを馬車から突き落とし、ニールの首裏を加えると、ぽいっとドアから放り出した。
「いたた……琥珀、ちょっと酷すぎるよ」
「何てことをするんだ!?」
ルーファスは受け身をとって体勢を立て直すと文句を呟き、ニールは放り出されると同時に人型に変身して、華麗に着地した。
「シャーーーッ!!!」
琥珀が牙を剥き出し威嚇をして竜二体を牽制し、レヴィがバタンと馬車のドアを閉めた。見事なチームワークだ。
「……これって、安眠の加護が効いてませんか?」
「……確かに、発動していたな……」
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結局、二人は馬車の外で野宿することになった。
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