鈴蘭の魔女の代替り

拝詩ルルー

文字の大きさ
上 下
198 / 347

魔術修行

しおりを挟む
 バレット商会のキャラバンは、早朝にフーの街を出立した。
 シルクロードに入り、数多のキャラバンや商人たちによって踏み固められた道を行く。

 バレット商会の主人ニール・バレットが乗る馬車内では、昨日のフロランツァでの悪夢のC型の仕事の余波で、みんなくったりと疲れていた——睡眠が不要で疲れ知らずな聖剣レヴィを除いて。

 女の子たちに揉みくちゃにされたルーファスはもとより、恋の精霊の妄想話に付き合わされたニールも目を瞑って、馬車の背もたれに寄りかかっていた。
 レイも子猫サイズの琥珀と一緒にふかふかのクッションに埋もれて昼寝をしていた。


 昼時になって、キャラバンの馬車が小休憩のために停まった。

 レイは午前中はずっと眠っていたので、馬車の外に出ると、ぐぐーっと背伸びをした。
 琥珀も彼女の隣で、背中を弓なりにして大あくびをしている。

「レイ、体調は大丈夫?」

 ニールがレイの様子を窺いながら尋ねた。

「いっぱい眠れたので、かなりスッキリしました!」

 レイはにっこり笑って、ニールを見上げた。

「それじゃあ、フェリクス様にもお願いされたし、魔術の練習をしようか?」
「はいっ! よろしくお願いします」

 レイはぺこりとお辞儀をした。

「早速だけど、キャラバン全員分の冷たい水を出してもらおうか。氷魔術は使わずにね」
「冷たい水ですか? 魔術で水を出せば、ひんやりしてますけど……」
「水の温度を調整してから出そうか。凍らない程度に冷たい水をね」
「え゛っ……」

 ニールの注文に、レイはいきなり面食らった。

(温度調整なんて、やったことないや……)

「はい」

 ニールは空間収納から空のコップを取り出すと、ずいっとレイの目の前に差し出した。ここに冷たい水を入れろ、ということだ。

「えっと、どうすれば?」
「冷たい水をイメージして、魔力を流すんだ」

(……冷たい水、冷たい水……しっかりイメージしないとダメかな? 結構難しいかも……)

 レイは意識を集中させて、元の世界でよく飲食店で一番最初に出されていた氷が浮かぶ冷たい水をイメージした。早速、魔力を込めて水をコップの中に出してみる。

 ニールはコップの水に一口、口をつけると、

「まずまずだね」

 と評価を下した。

「……ニールは、いつもこんなことを?」
「毎回ではないけど、気づいた時はやってるよ。できた方が便利だし、魔力操作の練習にもなる。慣れてくれば、意識しなくてもできるようになるよ。ほら、もう一回やり直し」
「はい……」

 その後も数回チャレンジして、やっとニールから合格をもらい、レイは全員分のコップに冷たい水を入れた。

「ほぉ、すごいな。本当に冷たい」
「器用なもんだな」
「かぁーっ! 冷たい方がうまいな!」

 キャラバンの商人や商隊兵は口々に褒めた。

「お嬢ちゃん、次のキャラバンにも護衛でついてくる気は……いや、何でもないです」

 レイを誘おうとした商人は、ニールにぎろりと睨まれ、口をつぐんだ。

「しばらくは、これを休憩の度にやってもらおうか。氷魔術の使用は一切不可だ」
「分かりました」

 ニールにビシリと言われ、レイは神妙な顔で頷いた。

(ただ水を出すだけなんだけど、すっごく集中力を使う……)

 レイはしげしげと自分の手を見つめながら思った。


 馬車の中では、光魔術の練習だ。

 見本でルーファスが、照明魔術を披露してくれた。

 光の玉の明度を眩しいぐらいに上げたり、逆にほとんどかすかに光るぐらいに下げたりした。また、光の玉の色を白っぽくしたり、オレンジ色っぽく変えたり、玉の形自体を変えたりと、自由自在に変えていった。

「ルーファス、上手ですね!」
「子供の頃、よく練習したからね」

 レイが褒めると、ルーファスははにかんで答えた。

「大抵の人間は、とにかく使える魔術を増やすだけ、威力を上げるだけで満足してしまいがちだ。だが、それは魔術師としてはスタートラインに立ったに過ぎない。同じ魔術でも、そこからどれだけ細やかに操作できるか、どんな魔術をどう組み合わせていくかが魔術戦の勝敗に関わってくる。力押しで、威力だけで勝つこともできなくはないが、それはあくまで力量差がある場合にのみ可能だ。Aランクを超えてくるような奴らはそれじゃ効かない」

 ニールが説明を始めた。
 魔術で竜の第二席にまでのし上がった者の言葉には、重みがあった。

 レイは静かに相槌を打った。

「なんだか、威力を上げたり、抑えたりすることよりも難しい気がするのですが……」
「そうだね。威力は魔力量に依存するから、案外単純なんだ。流し込む魔力量を調整すればいいだけだからね。逆に、水魔術の温度を調整したり、光魔術の明るさや色を変えたりすることは、魔術そのものの性質をいじることになるから、より細やかな魔力操作能力が必要になる」
「より難易度が高いんですね」

 レイは目を丸くした。リリスの加護で精度補正がついているはずなのだが、今回習っている魔力操作とはまた性質が違ったもののようだ。

(……魔術って、奥が深い……)

「じゃあ、早速やってみようか。魔力操作のコツは、慣れることだよ」

 にっこりと、ニールが艶然と笑った。

(ヒィ! エルネスト並みのスパルタ!)

 レイは内心、戦々恐々としながら、照明魔術の練習を始めた。


 まだ日も傾かないうちに、本日の野営地に着いた。
 少し開けた空き地に、次々とキャラバンの馬車が停まっていく。
 どうやら、バレット商会について来た他の商人やキャラバンも、ここで野営をするようだ。

 野営の準備がひと段落すると、レヴィが声をかけてきた。

「レイ、少し体を動かしますか?」
「……うん、そうだね。ずっと同じような姿勢だったし、軽く運動しようかな」

 レヴィの誘いに、レイは軽く頷いた。

「たまには手合わせしますか?」
「えっ?」
「レイはずっと真面目に剣術修行を積んできました。たまには口寄せせずに手合わせをすることで、今の状態がわかりますし、何より今日は魔術ばかり練習してます。少し、気晴らししませんか?」
「それもそうだね。よろしくお願いします、レヴィ教官!」

 レイは少しだけ茶化して、サハリアの訓練兵のようにレヴィのことを呼んだ。軽くサハリアの敬礼の姿勢をとる。

 レイは木刀を空間収納から取り出すと、レヴィに手渡した。
 どちらからともなく、打ち合いを始めた。カンカンカンと木刀の打ちつけ合う音が空き地に響いた。

「へぇ……」
「あの歳でなかなかの腕前だな」
「ほぉ。ただ守られてるだけのお嬢さんってわけじゃないんだな」

 バレット商会の商人や商隊兵たちも、馬の世話や作業の手を止めて、レイたちの手合わせを眺めていた。

「はぁ~~~っ! もうダメ!!」

 先に音を上げたのは、もちろん、レイだった。
 両足を放り出すようにして座り込む。息もかなり上がっている。

「以前に比べて体力がつきましたね。それに良い剣筋です」

 レヴィが淡々と褒めた。もちろん、こちらは息一つ上がっていない。

「ふふっ。ありがとうございます」

(レヴィに認められると、なんだかお墨付きが貰えたみたいで、嬉しいかも)

 レイは嬉しそうに、彼に笑いかけた。

「レイはまだ小さいので、力やスピードはまだこれからですね。魔術の練習もありますが、剣術の練習も今まで通り行いましょう」
「はい、レヴィ教官!」

 レヴィのアドバイスに、レイは元気よく返事をした。

「レイは剣術も練習してるのかな?」

 ニールが、彼女の隣に腰かけた。瞬時に防音結界を展開する。

「冒険者をやるなら、できた方が安全かな、って思いまして」

(……自分が当代剣聖だってこともあるけど……)

 レイは少しだけ視線を泳がせた。ニールには、ずっと伝え忘れていたことだ。

「そうだね。聖剣もあるし、使えるに越したことはないね」
「えっ……あれ? ニールにレヴィのこと、言いましたっけ?」
「レヴィとは契約してるんだろう?」
「そうですけど……」

(あれ? どこかで話したっけ?)

 レイは内心、首を捻った。ニールと出会ってからのことを思い返してみたが、それらしいことを話した覚えはなかった。
 ただ、ニールは魔術が得意だ。レヴィとの間の魔術契約を見て、推測されたのかと考えた。それ以外に思い当たる節はなかった。

「周りにはレイが魔術師だということにしておいて、剣のことは護身用って伝えてるんだろう?」
「そうです」
「誰も彼もが、当然のように当代剣聖は『男』だと思い込んでる。面倒なことに巻き込まれないようにするには、今のスタンスを維持した方がいいね」

 ニールは防音結界があるというのに、声を潜めて、レイの耳元で囁いた。

 レイはドキドキしつつ、こくりと静かに頷いた。


 その時、コンコンッと防音結界が叩かれた。
 ルーファスが心配そうに、レイたちを見ていた。

「ニール様、レイ、レヴィ。夕飯だそうですよ。みんなもう集まってます」
「分かりました。すぐに向かいます」

 ニールは防音結界を解除すると、サッと立ち上がった。
 レイに手を差し伸べて起き上がらせると、連れ立ってキャラバンのメンバーの元へ向かった。


しおりを挟む
◆関連作品

『砂漠の詩』
『雨の回廊』編の過去編スピンオフです。

『冒険者を辞めたら天職でした 〜パーティーを追放された凄腕治癒師は、大聖者と崇められる〜』
『冒険者パーティーを追放された凄腕治癒師を拾いました』編のスピンオフです。

『ジャスティンと魔法少女のステッキ』
『魔法少女』編のスピンオフです。

あなたにおすすめの小説

【完結】番である私の旦那様

桜もふ
恋愛
異世界であるミーストの世界最強なのが黒竜族! 黒竜族の第一皇子、オパール・ブラック・オニキス(愛称:オール)の番をミースト神が異世界転移させた、それが『私』だ。 バールナ公爵の元へ養女として出向く事になるのだが、1人娘であった義妹が最後まで『自分』が黒竜族の番だと思い込み、魅了の力を使って男性を味方に付け、なにかと嫌味や嫌がらせをして来る。 オールは政務が忙しい身ではあるが、溺愛している私の送り迎えだけは必須事項みたい。 気が抜けるほど甘々なのに、義妹に邪魔されっぱなし。 でも神様からは特別なチートを貰い、世界最強の黒竜族の番に相応しい子になろうと頑張るのだが、なぜかディロ-ルの侯爵子息に学園主催の舞踏会で「お前との婚約を破棄する!」なんて訳の分からない事を言われるし、義妹は最後の最後まで頭お花畑状態で、オールを手に入れようと男の元を転々としながら、絡んで来ます!(鬱陶しいくらい来ます!) 大好きな乙女ゲームや異世界の漫画に出てくる「私がヒロインよ!」な頭の変な……じゃなかった、変わった義妹もいるし、何と言っても、この世界の料理はマズイ、不味すぎるのです! 神様から貰った、特別なスキルを使って異世界の皆と地球へ行き来したり、地球での家族と異世界へ行き来しながら、日本で得た知識や得意な家事(食事)などを、この世界でオールと一緒に自由にのんびりと生きて行こうと思います。 前半は転移する前の私生活から始まります。

私の入る余地なんてないことはわかってる。だけど……。

さくしゃ
恋愛
キャロルは知っていた。 許嫁であるリオンと、親友のサンが互いを想い合っていることを。 幼い頃からずっと想ってきたリオン、失いたくない大切な親友であるサン。キャロルは苦悩の末に、リオンへの想いを封じ、身を引くと決めていた——はずだった。 (ああ、もう、) やり過ごせると思ってた。でも、そんなことを言われたら。 (ずるいよ……) リオンはサンのことだけを見ていると思っていた。けれど——違った。 こんな私なんかのことを。 友情と恋情の狭間で揺れ動くキャロル、リオン、サンの想い。 彼らが最後に選ぶ答えとは——? ⚠️好みが非常に分かれる作品となっております。

夫の隠し子を見付けたので、溺愛してみた。

辺野夏子
恋愛
セファイア王国王女アリエノールは八歳の時、王命を受けエメレット伯爵家に嫁いだ。それから十年、ずっと仮面夫婦のままだ。アリエノールは先天性の病のため、残りの寿命はあとわずか。日々を穏やかに過ごしているけれど、このままでは生きた証がないまま短い命を散らしてしまう。そんなある日、アリエノールの元に一人の子供が現れた。夫であるカシウスに生き写しな見た目の子供は「この家の子供になりにきた」と宣言する。これは夫の隠し子に間違いないと、アリエノールは継母としてその子を育てることにするのだが……堅物で不器用な夫と、余命わずかで卑屈になっていた妻がお互いの真実に気が付くまでの話。

婚約破棄されて辺境へ追放されました。でもステータスがほぼMAXだったので平気です!スローライフを楽しむぞっ♪

naturalsoft
恋愛
シオン・スカーレット公爵令嬢は転生者であった。夢だった剣と魔法の世界に転生し、剣の鍛錬と魔法の鍛錬と勉強をずっとしており、攻略者の好感度を上げなかったため、婚約破棄されました。 「あれ?ここって乙女ゲーの世界だったの?」 まっ、いいかっ! 持ち前の能天気さとポジティブ思考で、辺境へ追放されても元気に頑張って生きてます!

異世界から来た娘が、たまらなく可愛いのだが(同感)〜こっちにきてから何故かイケメンに囲まれています〜

恋愛
普通の女子高生、朱璃はいつのまにか異世界に迷い込んでいた。 右も左もわからない状態で偶然出会った青年にしがみついた結果、なんとかお世話になることになる。一宿一飯の恩義を返そうと懸命に生きているうちに、国の一大事に巻き込まれたり巻き込んだり。気付くと個性豊かなイケメンたちに大切に大切にされていた。 そんな乙女ゲームのようなお話。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

異世界で婚活したら、とんでもないのが釣れちゃった?!

家具付
恋愛
五年前に、異世界に落っこちてしまった少女スナゴ。受け入れてくれた村にすっかりなじんだ頃、近隣の村の若い人々が集まる婚活に誘われる。一度は行ってみるべきという勧めを受けて行ってみたそこで出会ったのは……? 多種多様な獣人が暮らす異世界でおくる、のんびりほのぼのな求婚ライフ!の、はずだったのに。

魔法が使えない令嬢は住んでいた小屋が燃えたので家出します

怠惰るウェイブ
ファンタジー
グレイの世界は狭く暗く何よりも灰色だった。 本来なら領主令嬢となるはずの彼女は領主邸で住むことを許されず、ボロ小屋で暮らしていた。 彼女はある日、棚から落ちてきた一冊の本によって人生が変わることになる。 世界が色づき始めた頃、ある事件をきっかけに少女は旅をすることにした。 喋ることのできないグレイは旅を通して自身の世界を色付けていく。

処理中です...