鈴蘭の魔女の代替り

拝詩ルルー

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閑話 恋のおまじない

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 悪夢のC型の会議の後、ユグドラの低層階にある食堂で、ミランダとシェリーは夕ご飯をとっていた。
 レイは護衛任務のキャラバンの方で先に夕飯を食べていたため、お茶とデザートのいちごタルトだけいただいていた。

「ねぇ、ふと思ったんだけど、ダリルって恋の精霊に近づけそうかしら?」
「えっ……お仕事ならちゃんとしてくれそうですけど……」

 ミランダの疑問に、レイは目をぱちくりと瞬かせた。

 レイとダリルは、同じ三大魔女とはいえ、正式に仕事で組んだことは無かった。だが、生真面目そうな研究者風のダリルの雰囲気からして、仕事はきちんとこなしてくれそうなイメージを持っていた。

「ダリル様は奥手そうよね。ローザ以外の女性には興味なさそうだし……」

 シェリーも両方の眉を下げて訝しげだ。
 こっくりと甘いコーンクリームスープのマグを、両手で包み込んでいる。

「そうよね。恋しなさそうだし……でも、それって恋の精霊が食いつくかしら?」

 ミランダは首を捻った。

「う~ん……それじゃあ、せめて恋の精霊の気を引けるような工夫をした方がいいですよね?」

 レイは、サクリといちごタルトにフォークを入れながら言った。
 ぱくりと一口食べると、いちごが甘酸っぱくて、レイはきゅっと目を瞑った。

「確かにそうね。でも、魅了系の人の気を引く魔術は、国によっては法で規制されてるのよね。そうなると、使えるものが限られてくるわ。それに、ピンポイントに恋の精霊の気を引きたいのよね? そういう場合には、相手の体の一部——爪とか髪の毛とか血液なんかが必要になってくるわ」

 ミランダが魔術師としての見解を述べた。
 本日のメインは、チキンのハニーマスタードソースがけだ。ミランダはナイフとフォークで綺麗に食べていく。

「そんな物は持ってないですよね……あっ! 『恋のおまじない』ってこの世界にもありますか? きっと、恋のおまじないをメガネにかければ、恋の精霊も気になっちゃいますよね?」
「『恋のおまじない』ねぇ……確かに、有りね。魔術未満でそういうものがあるわ。魔術に比べたら効果にばらつきがあるし、使ったことは無いけど……明日、図書館で調べてみましょうか?」
「そうしましょう!」

 ミランダの言葉に、レイも笑顔で賛成した。


 次の日の朝、ミランダとレイはユグドラ図書館に向かった。

 レイが図書館に一歩足を踏み入れると、すぐさま司書長のアイザックが早足にやって来た。

「いらっしゃい、レイ! 今日もかわいいね!」

「……何で、そんなすぐに来れるのよ?」

 ミランダがじと目でアイザックを見つめた。

「ちょっとね~。今日はどうしたの?」
「本を探しに来たんです」

 アイザックは、ミランダには適当に答えて、レイに尋ねた。

「あっ! 入り口に警報の魔術が敷いてあるじゃない! これでレイが来たことが分かるようになってたのね!?」

 ミランダは図書館の入り口付近で叫んだ。そして、ベリッと魔術式を引き剥がしていた。


「恋のおまじない?」

 アイザックはサファイアブルー色の瞳を丸く見開いた。

「レイにはいらないんじゃないかな? 今でも十分魅力的だよ」

 アイザックはどさくさに紛れて、レイの頭を撫でた。

「そうじゃなくて、悪夢のC型の仕事で、ダリルに身に付けてもらう伊達メガネに恋のおまじないをかけようって話になったんです。それなら、恋の精霊の気を引けるかと思って」
「確かに、それはいい案だね。僕も精霊寄せの魔術は考えてたんだけど、それだと恋以外の他の精霊も寄って来ちゃうんだよね。恋のおまじない、いいかもね」

 アイザックはにんまりと笑って「本の場所に案内するよ」と答えた。

 おまじないについての本は何冊かあった。
 魔術に比べて効果にばらつきがあり、効果があってもそこまで強力なものは少ないためか、あまり研究はされていないようだ。

「元々、おまじないは魔力が少ない人間が、気休めに使うことが多いんだよね。あまり魔力を使わないし、やり方もまちまちだし……」

 アイザックが特におすすめの一冊を本棚から引き抜いた。
 近くにあったテーブルに本を広げ、三人して覗き込む。

 いくつか恋のおまじないを調べて、今すぐできそうな「異性との出会い」のおまじないをかけることにした。

「ふーん。『普段身につける物に、ローズベリーを煮詰めた魔術インクでハートマークを三回描く。その時に、理想の相手をイメージしながらやる』と……」

 アイザックが、該当箇所をスラスラと読み上げた。

「伊達メガネはこれでいいかしら? あと、ローズベリーの魔術インクね」

 ミランダが、空間収納から太めの黒縁メガネとローズベリーの魔術インクを取り出した。黄ばんだラベルが貼られたインク瓶は、かなり年季が入ったもので、インクの色は黒々と変色していた。

「えっ……これ、大丈夫?」

 アイザックがインク瓶を見て、ぎょっとした。

「以前の三大魔女から代々受け継いできたものよ。見た目はアレだけど、きっと効果はバッチリよ!」

 ミランダは「だって、おまじない程度だし、手持ちだとコレしか無いし」と押し通した。

「じゃあ、やってみますね!」

(たぶん、こっちの世界では、おまじないでもちゃんと魔力を通した方がいいよね?)

 レイは、ダリルに似合いそうな可愛らしい女の子をイメージし、魔力をガラスペンとインクに流して、メガネのテンプルの裏側に、小さくハートマークを三つ描いた。
 インクも黒いためか、黒縁メガネだと、どこに描いたのか全く分からなくなった。

 レイが描き終わると、しゅわしゅわと淡いローズ色の光が霞のようにメガネから上がり、消えていった。辺りには、ローズベリーの甘酸っぱい香りがほのかに残っていた。

「へぇ……おまじないでも結構、効果が乗るんだね」

 アイザックが興味深そうに目を眇めて、メガネを眺めた。

「……ちょっとやり過ぎだったかしら……? まぁ、でも使うのは一日だけだものね、大丈夫よね……」

 ミランダの言葉は、少し歯切れが悪かった。どこか視線も泳いでいる。

「でも、恋のおまじないが付いたメガネって、ダリルは身につけてくれるでしょうか?」
「まあ、このままだったら、渡した時点で一発でバレちゃうわよね。レイに上級の隠蔽魔術を教えてあげるから、やってみる?」
「是非! お願いします!」

 レイは新しい魔術に、キラキラと瞳を輝かせた。

 早速、レイはミランダに習って、上級の隠蔽魔術をメガネにかけてみた。メガネの下に魔術陣が淡い紫色の光を放って現れ、消えていった。

「ふぅ……こんな感じでしょうか?」
「筋がいいわね。これならダリルにバレなそうね」

 教えたミランダも納得の出来のようだ。メガネを手に取ってしげしげと眺めると、いい笑顔で答えてくれた。

「いや、鈴蘭の香りがするよ。鼻がいい奴ならバレちゃうんじゃない?」

 アイザックはミランダからメガネを受け取ると、魔力の香りを誤魔化す魔術を重ねがけした。

「三大魔女も、この魔術はできるけど、使えないよね」

 アイザックは、メガネをミランダに戻した。

「確かにそうよね。結局、香りを誤魔化す魔術自体にも、魔力の香りが乗っちゃうものね」

 ミランダは「そういう所は不便よね」と肩をすくめた。

「三大魔女だけ、魔力の香りが異質なんだよね。普通の人間の魔力はここまで香らないし、花の妖精や精霊でもないのに、花の香りがするし。あまりにも香りがしっかりしてて、僕たち魔力をよく扱う種族みたいに誤魔化すことも難しい……無限の魔力の代償かな?」
「そうなんですね」

 アイザックの意見に、レイも「へぇ……」と興味深く頷いた。


 こうして、強力な恋のおまじないが、極秘に付与された伊達メガネが完成した。

 その後、アイザックは、「僕も精霊寄せと恋のおまじないを組み合わせて、恋の精霊を釣ろうかな」と、おまじないの本をペラペラと捲っていた。


***


 ダリルは、管理者の仕事だとユグドラに呼び出された。
 ミランダとレイに悪夢のC型の仕事の説明を受け、「それなら仕方ないな」と苦い顔をして渋々頷いた。

「……それから、捕縛員をやってる間は、絶対にこれを身に付けて。絶対よ?」

 ミランダが黒縁の伊達メガネを手渡した。

「何だ? メガネか。度は入っていないようだな?」

 ダリルはメガネを受け取ると、何の疑いもなくかけた。いつも通りの視界なので、問題なさそうに、ふむ、と頷く。
 元々、生真面目そうだが整った顔立ちだ。伊達メガネもよく似合っていた。

 ミランダとレイは顔に出ないよう気をつけながら、後ろ手にグッと親指を立てたのだった。


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◆関連作品

『砂漠の詩』
『雨の回廊』編の過去編スピンオフです。

『冒険者を辞めたら天職でした 〜パーティーを追放された凄腕治癒師は、大聖者と崇められる〜』
『冒険者パーティーを追放された凄腕治癒師を拾いました』編のスピンオフです。

『ジャスティンと魔法少女のステッキ』
『魔法少女』編のスピンオフです。

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