鈴蘭の魔女の代替り

拝詩ルルー

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流行性の恋6〜Revenge〜

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「うん? 僕のことかな?」
「そうです! もしご迷惑でなければ……」
「握手ぐらい、いいよ」
「きゃあ! ありがとうございます!!」

 フェリクスは、恋の精霊と握手をした。ほのかにその手が光る。

 フェリクスがいつものようにふわりと微笑むと、恋の精霊は両頬を押さえて、ぴょこんと飛び跳ねた。

「ファンサ、ありがとうございます!!!」
「うん? 僕、何かした?」
「ファンサですら圧倒的ナチュラル!! ……尊い……」

 恋の精霊は、何やら感動に浸っていた。フェリクスの微笑みにくらりと倒れ込みそうになり、慌てて黒歴史の精霊が支えに入った。
 とても幸せそうな顔でにやけたまま、「はにゃ~~~」と変な声が漏れている。

 黒歴史の精霊は、「恋!? 戻って来て! 現実世界に!!」と彼女を揺さぶっていた。


「義父さん、お待たせ~!」
「おかえり」

 フェリクスは、戻って来た義娘へと視線を向けた。

「はっ!」

 恋の精霊は、トイレから戻って来たレイを見て、驚愕の表情で固まってしまった。

「あっ!」

 レイも恋の精霊を見て固まった。

(うそっ! なんでこんな所に!?)

 レイは急いで空間収納から捕獲玉を取り出そうとした。ポケットに手を突っ込んで、まるでそこから取り出したかのように見せかけようとした。

「ガーーーンッ!! 推しがこの若さで子持ち!? しかもかなり大きい!!!」

 恋の精霊は、突然叫び出した。レイの元の世界でいうムンクの叫びのような表情になり、しなしなと萎れるように倒れ込んでしまった。

「えっ……???」

 状況を飲み込めなかったレイは、思わず立ち止まってしまった。

「恋っ!? 大丈夫か!? ……すみませんでした!!! 我々はこれで!」

 黒歴史の精霊は、ショックのあまりくったりと萎びれてしまった恋の精霊を抱えると、フェリクスに深々と一礼して、一目散にその場を去ってしまった。

「……あ……」

 レイは突然のことに動揺して、身動きが取れなかった。目線だけが虚しく二人の背中を追った。

「とりあえず、お昼食べちゃおうか?」

 フェリクスがのほほんとレイに声をかけて、席に座るよう促した。

「え、でも、今追いかけた方が……」
「大丈夫。マーキングしといたから。僕のマーキングはミーレイでも外せないし、いつでも転移できるよ」

 フェリクスはにっこりと微笑んで、自らの手を指差した。

 レイはびっくりしすぎてポカンと口が空いたままになった。

(でも、ミーレイ様なら、絶対、義父さんのマーキングは外さないと思う……)

 ふと、レイの頭には、フェリクス大好きな当代魔王ミーレイがよぎった。
 あまりにもいつも通りの雰囲気のフェリクスに、なんだか毒気が抜けてしまったこともある。

「……じゃあ、せっかくですし、いただいちゃいましょうか……」
「うん。ここのご飯は美味しいからね。それに、フロランツァ料理、楽しみにしてたでしょ?」
「……そうですね……」

 なんとも釈然としなかったが、レイは席に着いて昼食をとることにした。


***


 ここは美術館前の広場にあるカフェだ。

 クレマチスの花がグリーンカーテンのようにカフェの壁を覆い、見事な青紫色の大輪を咲かせている。
 カフェのオープンテラスには、何組もの客が、お茶をしつつ楽しそうにおしゃべりしたり、少し遅めのランチをとったりしていた。


「たまにはこういう場所での仕事もいいな。気分転換になるし、多少ざわついてる方が却って集中できる」

 ニールは、カフェのオープンテラスでコーヒーを飲みながら仕事をしていた。

 午前中はフーの街で、キャラバンの準備の指揮をとっていた。
 午後からはレイの手伝いで、フロランツァで捕縛員の仕事だ。とはいえ、目標が罠にかかるのを待っている間は、各支店からの報告書をチェックする予定だ。報告書は、足元に置いた空間収納魔術が付与されたクラシカルな手提げトランクに入れている。


「恋、さっきの人の存在圧はかなりのものだったよ……おそらく、相当高位のお方だ。下手したら殺されてたかも」
「ごめんなさい、黒歴史。あまりの尊さに、どうしても想いが止められなくて……でも、『推し』も恋の一種よ。尊い種類のね」
「『尊い種類の恋』って何!? それよりも、命の危険があったんだよ!?」
「恋はいつでもリスキーよ。時には命懸けだわ」

 ニールは、近くの席からとある男女の会話が聞こえてきて、口角をフッと上げた。

「失礼。そこのお嬢さん、今、お時間よろしいでしょうか?」

 ニールは席を立つと、人好きするような商売人の笑顔で、恋の精霊に話しかけた。

 ニールの嫣然とした微笑みに、恋の精霊の目は釘付けになった。
 一方で、黒歴史は、突然見知らぬ男に声をかけられ、警戒心を露わにして睨むようにニールを見上げた。

「はい……」

 恋の精霊は、ポーッと夢見るようにニールを見つめたまま、自然と頷いていた。
 黒歴史の精霊は、ぴくりと眉を顰めた。

「私、バレット商会のニールと申します。実は、フロランツァの花織りを使った普段着用のドレスのモデルを探しておりまして……お嬢さんがちょうどイメージに合ったので、是非ご協力いただけないかと思い、声をかけさせていただきました」

 ニールは笑顔のまま、スラスラと声をかけた理由を伝えた。物腰も丁寧に、さりげなく彼らのテーブルの空いている席に座り、拒否感を抱かれない程度に自然と距離を詰める。

「えっ!? く、黒歴史、どうしよう!? 私がモデルだって!!」

 恋の精霊は喜びのあまり、隣に座る黒歴史の精霊をガクガクと揺さぶった。

「俺は反対だな」
「えぇーっ!」
「そもそも、普段着用のドレスなんて。彼女は貴族じゃないぞ」

 黒歴史は腕を組んだまま、硬い声で言い放った。

「今回のものは貴族向けではなく、商家のお嬢様など中産階級向けのドレスなんです。そうですね。例えば、こういったものをイメージしてます」

 ニールは手提げトランクから、花織りの布サンプルとドレスデザインのラフ画を何枚か取り出した。

 恋の精霊はますます瞳を輝かせ、黒歴史の精霊は余計に顔を強張らせた。

 ラフ画はどれも恋の精霊に似合いそうな可愛らしいデザインで、白いゼラニウムの花織りのサンプルからは、バラに似た甘い香りがほのかに漂っていた。

「あぁ……敏腕マネージャーと新人モデルの秘密の恋……彗星の如く現れた話題の大型新人モデルの私。仕事の悩みを相談しているうちに芽生える恋心……仕事をしてどんどん綺麗になっていく私。手に手を取り合ってライバルたちの妨害工作も乗り越えて、二人の絆が深まって、そして私はトップモデルへ……」
「恋っ!? 何言ってるんだ!? 妄想が全部口から出てるぞ! 現実に戻って来い!!」

 ラフ画を見つめてだばだばと呟く恋の精霊を、黒歴史の精霊は思いっきり揺さぶった。

「…………」

 ニールの笑顔がピシリと固まった。

「それに、恋は俺よりもこいつなんかの方がいいのか!?」

 黒歴史の精霊にズビシと指差され、さすがのニールもぴくりと笑顔の口角をひくつかせた。

「えっ……」

 恋の精霊が即座に否定しなかったことで、黒歴史の怒りがさらにヒートアップした。

「そもそも今日の恋は浮かれすぎだ! 顔が良ければホイホイとついて行こうとして!!」
「ちょっと! 私はついて行こうとなんてしてないわ! 向こうから声をかけてきたのよ! 不可抗力よ、ふ・か・こ・う・りょ・く!! あらやだ、私がモテるからって、嫉妬してるの?」
「そんなことねぇよ!! こっちは心配してるんだぞ!」
「そんなことないって、どういう意味よ!? 私のことはちっとも気にしてないっていうの!? そういえば、初めは私のこと『ちんちくりん』って言ってたわよね!?」
「それは今回のこととは関係ないだろ!? 今はそういう風には思ってないし、いい加減、蒸し返さなくてもいいだろ!? しつこいんだよ!!」
「なんですって!!?」

 恋の精霊と黒歴史の精霊の騒々しい応酬に、テラス席の周りには、ざわざわと野次馬が集まり始めていた。

「……まあまあ、お二人とも落ち着いて……」

 ニールも面食らって、取りなすように二人に声を掛けたが、全くもって聞かれてないようだ。

「もう! 黒歴史のわからず屋!!」
「あっ! ちょ待てよ!!」

 恋の精霊はガタンッと席を立って、駆け出して行った。野次馬も掻き分けて、逃げるように走り去って行く。

 黒歴史も一拍遅れて、弾かれるように後を追った。

「お客様。申し訳ございませんが、他のお客様のご迷惑になりますので……」
「ええ、すみません……」

 ちょうどその時、ニールはカフェの店員に声をかけられていた。

 ニールがカフェの店員も取りなして、せめて黒歴史の精霊だけでも確保しようと振り向いた時には、すでに二人はどこかへ消え去っていた。

 あとには、ニールと店員、野次馬だけが残っていた。


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◆関連作品

『砂漠の詩』
『雨の回廊』編の過去編スピンオフです。

『冒険者を辞めたら天職でした 〜パーティーを追放された凄腕治癒師は、大聖者と崇められる〜』
『冒険者パーティーを追放された凄腕治癒師を拾いました』編のスピンオフです。

『ジャスティンと魔法少女のステッキ』
『魔法少女』編のスピンオフです。

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