鈴蘭の魔女の代替り

拝詩ルルー

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誘拐グループ掃討作戦3

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「レイ、無事で良かった!」
「ルーファス!? 何でこんな所に!?」

 ルーファスが、がばりとレイを抱きしめた。
 今日は青いマントを羽織って、一般人の格好をしている。

「クリフから連絡があったんだ。危険な作戦だから、見に行ってやって欲しいって」

 ルーファスは瞬時に小さな防音結界を張ると、レイに耳打ちをした。

「そうだったんですね……」

 レイは目を丸くした。そこまでクリフが気を回してくれていたとは思わなかったのだ。

「まさか、ここまで危険だとは思わなかったよ……まぁ、後はオルドゥに任せておけば大丈夫だから」
「もしかして、さっきの方が……?」

 レイは、先ほど壁の向こう側へ歩いて行った双剣の剣士を目で追った。
 ゆったりと散歩するような足取りなのに、どこにも隙がない。

「うん、オルドゥだよ。後でちゃんと紹介するね」

 ルーファスも壁の向こう側の様子を、ひょっこりと覗き込むように窺った。

「……やはり、ご本人様でしたか……」

 ファハドも固唾を飲んで、赤髪の少年に近づいて行くオルドゥの背中を見送った。


***


「よう、坊主。随分、派手にやってくれたな」

 オルドゥは知り合いに気軽に挨拶するかのように声をかけた。

「……はぁ。また増えたの? マジ、めんどいんだけど」

 赤髪の少年が、辛そうな表情でのそりと顔を上げた。額には脂汗が滲んでいて、顔色は真っ青を通り越して白くなっている。

「もう長くはなさそうだな。調子に乗って何回も使ってきたんだろ、それ」

 オルドゥが少年の腕を指差した。
 彼の腕に刻まれた魔術式の光は、鈍く、煤けたようになっていきてる。

「生き残るためには、死に向かうしかないことだってある」
「全く、嫌だねぇ。うちにも坊主ぐらいの子供がいるんだよな」

 オルドゥは心底悲しそうな顔をした。

「……そういう同情は、マジでムカつくんだよ!!」

 少年の魔力が爆発的に上がった。
 可視化できるほどに真っ赤な魔力が燃え上がり、両腕に刻まれた魔術式もビカビカと不穏に光り輝いている。
 少年が極大の火球を放とうと、両腕をオルドゥの方へ突き出した時、一瞬、ピカッと少年の魔力が一際眩しく輝いた。そして、シュンと一筋の煙のように断ち消える。

「そうだよなぁ。悪かったな。せめて、苦しまずに逝け」

 オルドゥがキンッと双剣を鞘におさめると、どさりと少年が倒れた。すり抜けざまに、一瞬でオルドゥが斬り伏せたのだった。


***


 少年魔術師が倒れた後は、全員で被災者の捜索と消化活動に当たった。

 幸い、夜の倉庫街は人が少なく、倉庫の警備で残っていた人々も、一番最初の爆発音を聞いて直ちに逃げ出していたようだった。
 レイの探索魔術にも引っ掛からなかった。

 水が少ない砂漠事情のためか、消化は砂を大量に火に掛けて行われた。
 ただ、大きな炎には効かないため、レイが渋々「私が水を出すしかないか」と腹を括っていたところ、ポツリポツリと雨が降り始めた。
 雨で火の勢いがおさまった所に、砂魔術が使える者は魔術で、それ以外の者はそこら辺にあったバケツでも箱でも何でも使って、砂を掛けた。

 アジト制圧の方も終わったのか、手すきの主戦部隊員や他の地区に配属されていたサポート部隊員、近隣住民も集まり、夜通し消化活動が行われた。

 薄く夜が明け始める頃、消化活動は終わった。辺りにはまだプスプスと燃え燻った臭いが、雨の匂いに紛れて充満していた。


「聖剣の騎士オルドゥ殿、この度のご協力感謝いたします。倉庫街がこのような状態ですので、また後ほど、王宮の者より追ってご連絡させていただければと存じます」

 ファハドは感謝を伝えて、キリッと王宮兵らしく敬礼をした。
 度重なる戦闘と消化活動でかなり煤けてはいるが、所作はキッチリと整っていた。

「いや、いいですよ。俺もたまたま居合わせただけですから。それより、後片付けと復興の方が大事でしょう」

 オルドゥはにこやかに、やんわりと辞退していた。


「ルーファスは、いいんですか? オルドゥさんが助けて欲しそうにチラチラこちらを見てますよ」
「大丈夫。オルドゥはこういうのは慣れてるだろうし。それに僕は今、お忍びの一般人だからね」
「一般人はお忍ばないですよ!」

 レイとルーファスは遠巻きに、ファハドとオルドゥの攻防を眺めていた。
 ファハドとしては王宮の者として教会にあまり借りを作りたくないようだし、オルドゥも面倒事は避けたいようだ。

 なお、ごく稀にしか聖鳳教会ガザル支部には訪れない光の大司教ルーファスは、こちらではあまり顔を覚えられていないようだ。不幸にも巻き込まれた一般人扱いを受けている。


「おい、チビ助! 大丈夫だったか!?」

 二人の元へ、ヤミルが駆けつけて来た。魔術師のケープは消化活動で煤け、きっちりと固く編まれた髪は雨に濡れている。

「はい。ファハド班長に助けていただきましたので、大丈夫です。殿下はお怪我などはありませんか?」
「ああ。お前が結界を張ってくれたし、班の兵にも助けられた。怪我もない。礼を言う」

 ヤミルが紫色の瞳で、レイを真っ直ぐに見つめて伝えた。

(はじめてまともなことを言った!?)

「それは良かったです」

 レイは内心、変な方向に感動していたが、表情には出さないように努めた。
 はじめてヤミルに礼を言われて、なんだか頬が勝手にニマニマとしてくる。


「レイ、大丈夫ですか?」
「無事だったか!?」

 レヴィとクリフが駆けつけて来た。二人とも特に怪我もなく無事なようだ。

「レヴィ、クリフ!」

 レイも両腕を広げて駆け寄って行くと、レヴィが抱き上げてくれた。

「こっちの方が被害が酷いな。よくみんな無事でいてくれた」

 クリフがチラリと辺りを見回した。
 昨日までは倉庫街だったものが、無惨にも瓦礫と燃えかすの山になっている。地面でさえも、ボコボコと穴が空いている。

「そちらの方は、大丈夫でしたか?」
「ああ。アジトは制圧した。犯人は捕まえたし、誘拐されていた子供たちも保護できた。まさか、魔術師がこっちの方に逃げていたとはな……」
「敵も探索魔術を使ってました。もしかしたら、それで察知されたのかもしれないです」
「できるだけ気配を消して近づいたんだけどな……」

 クリフは端正な眉を顰めた。

「そういえば、犯人の魔術師はどうした?」
「それが……」

 レイは暗い顔をして、とある方向を向いた。

 その視線の先には、全身に黒い布をかけられて、横たわっている者が二人いた。

「歯の奥に、敵に捕まったら自動で毒殺するような魔術式が施されてたんだ。両腕にも魔術式が彫られていて、魔力が足りなくなれば、命を魔力に変えて補填するようになってたんだ」

 ルーファスが憐れむような表情で伝えた。

「そうであれば、厄介だな……アジトにいた他の者にも同様の魔術式が無いか調べてみる」

 クリフは非常に難しい顔をしてそう言うと、すぐさま主戦部隊の方へ戻って行った。


「私たちもそろそろ……クシュンッ!」

 レイがくしゃみをすると、その場にいた全員が彼女を振り向いた。

 今回の作戦は、人手不足の中、できるだけ上位の魔術師が駆り出されたこともあり、女性で子供の参加者はレイだけだった。大人の男性ばかりの厳つい現場で、さらにこの惨状だ——この場にそぐわない可愛らしいくしゃみの音に、思わずみんなが振り向いたのだ。

「レイ、君はもう帰りなさい。雨も降ってるし、風邪をひかないよう、早く帰って暖かくして寝なさい」

 ファハドが、黒々しい眉毛を情けなく下げて言った。
 周りの兵士たちも、うんうんと頷いている。

「……それでは、お先に失……ハッ……クシュンッ!」

 今度は勢い良く、くしゃみが出る。

「はいはい、もういいから。おやすみなさい」

 ファハドが、「早く帰った、帰った」と急かすように手を振った。

「ゔぅっ……すびばせん。おやすみなさい」

 レイがレヴィに抱っこされて、小さく手を振ってバイバイすると、ファハド班のメンバーたちも笑顔で手を振り返してくれた。


 こうして、レイは次の日には、剣の指南役の仕事を風邪で休むことになった。——某やんごとなきお方がお見舞いに行こうとして、ダズとアッバスが必死に止めに入ることになったのは、言うまでもなかった。

 また、クリフの助手の仕事も、掃討作戦に参加したということで、数日間、特別休暇をもらえることになったのだった。


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◆関連作品

『砂漠の詩』
『雨の回廊』編の過去編スピンオフです。

『冒険者を辞めたら天職でした 〜パーティーを追放された凄腕治癒師は、大聖者と崇められる〜』
『冒険者パーティーを追放された凄腕治癒師を拾いました』編のスピンオフです。

『ジャスティンと魔法少女のステッキ』
『魔法少女』編のスピンオフです。

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