鈴蘭の魔女の代替り

拝詩ルルー

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誘拐グループ掃討作戦1

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「軍部から魔術師の派遣要請があった。ここ最近、水や氷魔術を使える子供たちの誘拐事件が相次いでたんだが、誘拐犯の一味を何人か捕まえた。尋問の結果、犯人の一味に魔術師がいることが判明したんだ」

 クリフが重々しい口調で告げてきた。その眉間には薄らと皺が寄っている。


 レイは今日も、王立魔術研究所にあるクリフとジョセフの共同研究室に来ていた。
 応接室のソファには、クリフとジョセフが並んで座り、クリフの前の席にはレイが腰掛けた。

「それで、魔術師団に? 私も参加ですか?」

 レイは自分を指さして尋ねた。

「その一味の魔術師のレベルが、おそらく中~上級に当たるとされていて、できる限り上位の魔術師を指名だ。俺も作戦に参加することになった。今は王宮内の祭祀の準備で魔術師が取られていて、人手が足りない……レイは一応研究員だが、俺の助手ということで、悪いが参加してもらいたい」

 クリフは始終しかめ面で説明してくれた。
 レイが王都ガザルに滞在している今のうちに、できるだけこの国にかかった呪いの調査・研究を進めておきたいのだ。また、ルーファスからレイを預かっていることもあり、あまり今回のような危険を伴う作戦に、彼女を参加させたくないようだ。

「分かりました。ジョセフも参加するんですか?」

 レイはこくりと頷いて了承すると、今度はジョセフの方を振り向いた。

「いいや。こういう時に、応用魔術しか使えないと不便だな。俺の魔術だと、誘拐された子供ごと吹き飛ばす可能性があるからな。筋肉の方も、正規の兵士がいるから、今回は参加無しだ」

 ジョセフは残念そうに太い首を横に振った。

 ジョセフが扱える攻撃系の応用魔術は、そのほとんど全てが威力も規模も大きく、街一つ簡単に吹き飛ばせると言われている——それこそジョセフ自身、サハリア王国の『主砲』と異名を持つほどだ。
 そんな気軽に普段使いできない魔術しか扱えないジョセフは、戦闘時に却って足を引っ張らないよう己の肉体を鍛え、剣や杖術など使えるよう鍛錬を積んでいた。


「ただ、ヤミル殿下は参加するはずだ。もし何かあったら早めに言ってくれ」
「ゔっ……」

 ジョセフが申し訳なさそうにそう伝えると、レイは嫌そうな顔をした。会うたびにチクチクと小言を言ってくるヤミルは苦手なのだ。

「レイの気持ちも分からなくないが、殿下の前ではその顔はするなよ」
「……はい。努力します……」

 クリフに諭され、渋々レイも頷いた。


***


「……なんで俺がチビ助のお守りなんだ?」

 第五王子で上級魔術師のヤミルが不機嫌そうに腕をくみ、苦々しい表情で呟いた。

 ヤミルは、魔術師らしい長い金髪を固く編み込んでまとめ、戦闘時でも邪魔にならないようにしていた。今日は丈の長過ぎない戦闘用のケープを羽織っている。上級魔術師らしく青色のライン入りだ。
 そして、先端に大きな紫色の魔石が付いた細身の杖を持っていた。上等な魔術師の杖だ。


(そんなこと私に言われても……むしろ、それはこっちのセリフだし……)

 レイは王宮外での作戦中なので、簡易な礼の姿勢をとると、スンと無表情をとった。下手に反応すれば、何か暴言が出てしまいそうだ。

 レイも今日は動きやすいようにパンツスタイルだ。中級魔術師の赤いラインが入ったケープを羽織っている。いつ戦闘になっても大丈夫なように、シャマラに頼んで、長い黒髪を三つ編みにしてアップにまとめてもらった。


 今回の作戦では、一班につき一人か二人、魔術師がつくことになった。

 クリフは最高位の国家魔術師ということもあり、主戦部隊に配属になった。アジトに突入して犯人を取り押さえる部隊だ。

 今回はレヴィも主戦部隊にいる。
 はじめはレイの護衛役として、クリフがレヴィの参加希望を軍部に出していたのだが、王宮一の剣士ということもあり、激しい戦闘が予想される主戦部隊に急遽配属されてしまった。

 レイは幼く、また研究員という立場もあり、あまり前線に出したくない第五王子ヤミルと同じ、サポート部隊に配属された。主にアジト周辺の警戒と、もし犯人が主戦部隊から逃れて来た場合に捕まえる役割だ。

 同じ班には兵士が六人。
 週に二回、レイはアルメダという女剣士の姿に変身して、軍部で剣の指南役をしているため、同じ班に王族を護衛する近衛兵が何人か紛れ込んでいるのには気づいていた。訓練で何度か目にしたことがあったのだ。おそらく、第五王子ヤミルの護衛役も担っているのだろう。


「それに、魔術師なのに杖はどうした?」
「私は杖は使わないです。これです」
「は? 剣か?」

 レイはヤミルに見せるように、腰元のショートソードに軽く手を添えた。——師匠のウィルフレッドに買ってもらったミスリル製のものだ。ここは冒険者ギルドでもないので、使っても問題ないだろう。

「魔術師が剣なんか握ってどうする? 杖がなきゃ狙いがブレるだろうし、威力も安定しないだろ?」

 ヤミルの眉間に不愉快そうにギリギリと皺が寄る。

「そうなんですか? 今までこれできてしまったので、何とも……」
「はぁ。これだから、ガキのお守りは嫌なんだよ」
「……」

 ヤミルはやれやれと大仰に肩をすくめて、溜め息をついた。


「レイは、魔術は何を使えるんだ?」

 班長のファハドが話しかけてきた。ヤミルとレイが今回所属する作戦班のリーダーだ。色黒で黒髭を生やし、兵士らしくがっしりと鍛え上げられた大男だ。

「主に火と風です。探索もできますし、結界も張れます」

 レイは、あらかじめクリフと相談して決めていた「自分が使える魔術」を話した。

「それはありがたい。さすが、クリフ様の助手だ。警戒中は探索魔術を張って、報告してくれるか?」
「分かりました」

 ファハドはレイの視線までしゃがみ込むと、小さく耳打ちした。

「それから、もし敵が現れた場合は、殿下を優先して結界を張ってくれないか?」
「……それで大丈夫なんですか?」
「うちの班はほとんどが王族の護衛か、同等の手練れの兵士だ。賊に遅れは取らんよ」

 ファハドは子供に言い聞かせるように優しくそう告げると、バチリとウィンクをした。

「分かりました」

 レイはこくりと素直に頷いた。


 誘拐グループのアジトは、王都の西側にある倉庫地帯にあるようだ。
 近くには、大型船用の船着場もあり、東や南の大橋を通らずに小麦などの食糧や資材などの大物を大量に運べるようになっている。
 オアシス・ガザルを挟んで反対側の岸にも同様の船着場があり、あちら側にも大きな倉庫街がある。

 倉庫街は夜になれば、人通りは少なくなる。さらには誘拐した子供たちを荷物に紛れ込ませれば、運びやすくなるのだろう。


 作戦は、夕闇に乗じて決行される。
 ファハド班は、アジトがある倉庫街と船着場の間が持ち場だ。
 主戦部隊が現場に突入する前には、積荷の検閲の役人に紛れて、早くも配置について警戒を始めていた。

(確かに、犯人の潜伏先としては、ちょうどいいのかも……)

 レイは倉庫地帯全体に、薄く広く探索魔術を張った。すぐにいくつもの反応が返ってくる。
 主戦部隊もすでに集合しているようで、少しずつアジトの方へと近づいて行っている。隠蔽や消音、隠密など、敵に見つからないような魔術やスキルを使用しているためか、レイでも少し捕捉しづらくなっている。
 その他にも、レイたちの班と同じように警戒についている兵士や魔術師たち、普通に倉庫で警備の仕事についている人たち、それから……

(探索魔術の反応? 駆け足? こっちに来てる!? 兵士や警備員とも違う!?)

「班長! 反応二!! こちらに駆け足で近づいてます! おそらく二人とも魔術師です!!」

 レイが慌てて叫んだ。

「まさか!!? 総員、戦闘態勢!! ぐっ!!」
「うわっ!?」

 瞬きする間もなく、班長とその近くにいた兵士が、ボフンッと大きな炎に巻かれた。

「班長!!?」
「……大丈夫だ」

 もくもくと上がっていた煙がおさまってくると、ファハドともう一人の兵士が魔道具で結界を張っているのが見えた。

「……結界の魔道具か」
「チッ。精鋭部隊かよ。奇襲、意味ないじゃん」

 倉庫の影から出て来たのは、二人の魔術師——砂色の髪の痩せぎすな青年と、背の低い赤髪の少年だった。


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◆関連作品

『砂漠の詩』
『雨の回廊』編の過去編スピンオフです。

『冒険者を辞めたら天職でした 〜パーティーを追放された凄腕治癒師は、大聖者と崇められる〜』
『冒険者パーティーを追放された凄腕治癒師を拾いました』編のスピンオフです。

『ジャスティンと魔法少女のステッキ』
『魔法少女』編のスピンオフです。

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